第1074話 レムリア海戦(2)
「……おのれ、やってくれたなぁ、魔女め」
想定以上の破壊力を前に、さしもの西方大帝ザメクもしばしの間、言葉を失ってしまっていた。
敵の先手で被害は甚大だ。
まず前衛艦隊の大半が壊滅。さらには本隊である征服艦隊にも被害が及んでいる。
もしも聖歌隊による守りが無ければ、本隊の被害はこんなものでは済まなかった。あの一撃が放たれる寸前、エミリアが独唱で本隊前面に結界を集中展開させたことで、僅かながらも射線を逸らすことに成功していた。
それでも単純に艦艇数だけで見れば、半減近い被害状況である。
さらには、貴重な空を飛ぶ古代兵器――――飛行巡洋艦を一隻、完全に失った。
「ギル、お前の言う通りにしておいて本当に良かったわい。のこのこアスガルドで飛んでいれば、アレで真っ二つになっておった」
「私もあれほどの威力は想定しておりませんでした。全く、恐ろしい魔女です。帝国軍の最大火力など、戦意高揚の二つ名と思っていましたが……まさか、文字通りの意味とは」
エルロード帝国軍も自分達と同様に、古代兵器を戦力として実用化していることは判明している。むしろ、ロンバルトに先んじて天空戦艦を飛ばしている以上、古代の魔法技術の研究も帝国の方が上回っていると見るべき。
故に大艦隊で相対した時、こちらの最大射程の攻撃であるアスガルドの主砲を超える、長射程・大火力の攻撃が飛んでくることを参謀たるギルフォードは想定した。
未知の一撃が判明していない状態で、旗艦にして最大戦力でもある天空戦艦アスガルドが標的になるような事態は避けたかった。
そこで用意したのが囮である。
グレゴリウスの協力によって、アスガルドは空を飛んだ。しかし成果はそれだけに留まらない。
新たに判明した様々な古代魔法の情報によって、飛躍的に解析が進んだ。その結果、これまで発掘され、修復作業こそ進められていたものの、稼動するには至らなかった数多くの古代兵器も、実戦投入するに至るまでとなったのだ。
その中でも最大の成果が、飛行巡洋艦である。
天空戦艦は古代でも数の限られた超大型の決戦兵器と思われる。一方、飛行巡洋艦は数が揃った主力の軍艦である。事実として、天空戦艦はアスガルド一隻しか見つかっていないのに対して、飛行巡洋艦は西部の主要な古代遺跡ダンジョンで幾つも発見されている。
そうして天空戦艦アスガルドに次ぐ古代兵器として飛行巡洋艦の修復と研究が同時並行で進められ、グレゴリウスの出現によって、ついにその成果が実ったのだ。
かくして、復旧の完了した飛行巡洋艦が合計6隻もアスガルドの随伴艦として飛ぶこととなった。
その内の一隻を、連合艦隊の出方を見るための囮として利用した。
ただのホログラムによるデコイであれば、見破られていただろう。しかし本物の古代兵器である飛行巡洋艦ならば、エーテル反応は誤魔化せる。
ホログラムによる偽装は補助程度に留め、ハリボテの増設装甲でアスガルドらしく見せた飛行巡洋艦は、正しく囮としての役目を果たした。
とはいえ、天空戦艦に次ぐ古代の主力級兵器が、たったの一撃で撃墜されるとは思わなかったが。
「だが、凌いだぞ。やはり最大の防御とは地形であるな」
ザメクの乗る天空戦艦アスガルドは、海中にあった。
エーテル反応を極力抑える巡航速度で、他の飛行巡洋艦と共に潜航していたのだ。
空を飛べるのならば、海の中にだって潜れる。古代兵器に不可能は無い。
そもそもアスガルドはランスロット湖の底に沈んでいた。千年単位の長期間、水底にあったにも関わらず、時の経過の影響は船体表層に積もった堆積物のみ。内部は全く浸水しておらず、艦内は維持されていた。
それはすなわち、天空戦艦は水中での行動も可能とする証でもあった。
「凄まじい一撃だったが、アレは間違いなく連射が効かん代物だな」
「はい、現在はあの異常なエーテル反応も沈静化しています。今すぐ二射目が飛んでくることは無いでしょう」
あれほどの威力の攻撃を放つならば、再び長い溜めと、それに応じたエーテル反応が必ず発生する。通常のセンサー感知だけでも、次の発射の兆候は掴める。
「何としても次を撃たせてはならん。最早、悠長に構えている状況では無くなった、こちらも全力で打って出るぞ――――アスガルド、浮上せよ!」
ザメクの命が下り、海中に潜んでいたアスガルドは唸りを挙げてエーテル出力を急上昇させ、一気に海面へと向かう。
それに続いて、随伴艦の飛行巡洋艦も続く。
巨大な艦船が一気に海面を割って飛び出す様は、鯨のモンスターの群れが一斉にブリーチングするよりも迫力がある。
圧倒的な存在感を誇る巨大な古代兵器が、力強く海を割り、そのまま飛び立つ姿に、大損害を被って心が折れかけたロンバルト兵の心も奮い立つ。
あれこそはロンバルトが誇る最高戦力、天空戦艦アスガルド。
そこに乗るのは偉大な大王と聖剣の勇者。そして西部を代表する英雄達、六聖将である。我が艦隊の戦力に陰りは無く、強大な連合艦隊を真っ向から打ち破ってみせる――――と、ザメクは自ら檄を飛ばし、士気の回復に務めた。
そうして天空戦艦を中央に、飛行巡洋艦が周囲を囲む、空中機動艦隊の陣形が大空に組まれると、征服艦隊も混乱から立ち直り、体勢を立て直していた。
そこまで至った段階で、ザメクはこちらの切り札も早々に切ることを決断する。
「ロイ、あの魔女を任せる」
「えっ、魔王はいいんですか?」
「クロノはオルテンシアに出張っておるようだ。恐らく、この戦いには間に合うまい」
「そうですか、残念です」
「なぁに、ここを勝てば、次は必ず出てくる。それに、あれほどの魔女を相手するには、お前を置いて他にはおらんだろう」
「すっごい強かったですね! ビックリしました、僕でもあんなこと出来ません」
聖剣の勇者ロイはどこまでも素直な感想を口に、モニターに映された天空母艦を見つめていた。
「あの魔女は、あまりにも危険すぎる。魔王がおらぬ今を置いて、討ち取る好機はないと思え」
「はい、頑張ります!」
「うむ、頼んだぞ、我が剣。ロンバルトの誇る勇者よ」
ザメクの信頼厚き言葉に、ロイは最初に教わった礼をとると、ブリッジから疾風のように去って行った。
「ギル、お前も行くがいい。六聖将を遊ばせておる余裕も無いのでな」
「はい、私も予定通りの配置につきます……が、陛下、ジンより奏上が。プランBで行かせて欲しい、と」
六聖将の一人、ジン・ブリッツ。
『蒼雷騎士アルテナ』の加護を授かる、六聖将随一の猛将である。ギルフォードが参謀役であれば、ジンは典型的に最前線で暴れる将。単純に敵を討ち取った武功であれば、六聖将でも一番。かつて敵対していた頃は、単独で勇者ロイを抑え込むほど驚異の力を発揮していた。
そして何より、ジンはギルフォードの幼馴染。
卓越した魔術師であり智将のギルフォードと、親友の作戦指揮を心から信じる無双の猛将ジン。取るに足らない小国を征するのに、最後の最後まで手こずったのは、間違いなくこの二人の存在による。
あんな端の国の領土全てより、この二人の方が遥かに価値がある。
欲しい、何としても……多少の犠牲を許容してでも、決して二人に自死を許さず、生け捕りにして配下に加えたことは、今も英断だったと思っている。この二人がいたからこそ、西部の名だたる英雄を束ねる六聖将の地位も誕生したのだから。
「プランBか、馬鹿げた策だと笑ってやったが……ジンの奴め、こうなることを直感しておったか」
「ええ、まぁ、ジンのことですから。何となく察していたのかもしれませんね」
卓越した超人的な戦士にあるのは、理屈を超えた直感である。
それに気づける要素など、物理的に何一つ存在しなくとも、身に迫る危機を未来予知したかのように察して動けることがあるのだ。
作戦立案時には、あまりに危険で馬鹿々々しいとされた策も、今の状況下に置いては最善手に見えてくる。
「良かろう、プランBで行く。全てジンに任せる。思うがままに暴れよ」
「御意」
かくして、ギルフォードもブリッジを去り、六聖将も動き始めた。
ザメクは艦の玉座にどっしりと腰を据え、戦場全体を映し出すモニターを鋭い目つきで、されど不敵に笑って見つめていた。
「特大の先制攻撃には驚かされたが、これよりは我がロンバルトの真の力、とくと見せつけてくれよう」
◇◇◇
「やってくれましたね、フィオナさん……これほどとは、聞いていませんよ……」
天空母艦プルガトリオのブリッジにて、フィオナの『極烙焦土』がもたらす大破壊の光景を目の当たりにしたネル提督は、正直ちょっと引いていた。
ネルだからこそ、ちょっと引く、くらいで済んでいる。
フィオナの力を知らぬ将兵達は、正に怒れる不死鳥が荒れ狂った龍災の再現が如き光景にドン引きしている。その証拠として、これほど圧倒的な力が披露されたにも関わらず、どこからも歓声が上がっていない。
特にルーン艦隊などお通夜ムードである。ついこの間、メラ霊山大噴火を目の当たりにして、故国存亡の危機を味わったばかり。御子の力によって、噴火そのものが巻き戻るという奇跡を目にしたが、それでもあの時、あの瞬間に感じた絶望感は変わらない。
そのトラウマを、フィオナは抉るような形で見せつけたも同然だった。
ブリッジにいる敬虔な太陽神殿の教徒であるルーンの将校は、さっきからずっと一身に太陽神へ祈りを捧げていた。
祈りたくなる気持ちはよく分かるが、いつまでもそうしてはいられない。
敵はまだ殲滅されておらず、主力は健在。レムリア海戦はここからが本番である。
「全艦、砲戦用意!」
ネル提督の凛々しい号令が、連合艦隊に通達される。
本番とはすなわち、艦隊による苛烈な砲撃の撃ち合い。より多く、より大きく、大砲を揃えた方が勝つ、というのは魔導式戦艦が広まりつつあった、ここ最近の海戦におけるセオリーである。
速力と火力、さらには結界による防御にも優れた魔導式戦艦が台頭してくる以前は、古式ゆかしい巨大帆船による接近戦が主流であった。敵艦に乗り込み制圧を狙うのも、当たり前に行われていた。
しかし強力な火砲を備えた魔導式戦艦が出てくれば、鈍足な帆船など良い的にしかならない。
そして魔導式戦艦同士であっても、より射程が長く、火力の高い主砲を持つ方が優位となった。
そうして艦と砲、両方の性能強化の競走となっていたのが現代の海軍事情であり――――ロンバルトとルーン、レムリアに名だたる海洋国家として、どちらも我が国こそが最強、最先端、と自負している。
自負、していた……『極烙焦土』は彼らの技術競争を一蹴するほどの威力を見せしまったから。
しかし今は、すでに大海戦が始まっている。あんな例外は見て見ぬふりをすべき、と両国共に思いを一つとして、いざ正々堂々勝負、といった気持ちで向かい合っていた。
ロンバルトは僅かな残存戦力である前衛艦隊を吸収しつつ、本隊である征服艦隊が代わりに前面へと出て、真っ向勝負の構えを見せている。
一方、あまりの破壊力に動揺しながらも、あらかじめ陣形を保っていた連合艦隊もまた、撃ち合い上等の体勢で突き進む。
上空から見ればジリジリと距離を詰めて行く姿が見えるだろう。互いに互いの射程は明らかとなっていない。次の瞬間には、敵の方が先に撃って来るのではないか……そんな緊張感に海兵の誰もが固唾を飲みながら、間合いを詰める時が過ぎ、
「全砲門、開け――――」
奇しくも、ネルとザメクが号令を下したのは同時であった。
目には見えない有効射程ギリギリのラインが、共に重なったのが古代製のセンサーが示す。
「――――砲撃開始っ!!」
万雷の轟くが如き砲声を上げ、両国の魔導技術の粋を集めた大砲が火を噴く。
ロンバルト側の主砲は、発掘された古代の艦艇から分捕ったものが多く、その威力は戦人機のライフルと同じ、圧縮したエーテルの塊を放つブラスター方式である。
形状の違う様々な艦から流用した結果、放たれた光の砲弾は、赤、青、緑と色とりどりに輝いていた。
ただ色は違えど、その威力には何ら変わりはない。何れも敵を焼却し爆ぜる、強大な破壊力となって炸裂する。
一方の連合艦隊は、従来通りに砲弾を用いた主砲となっている。
古くは岩を、それから鉄の砲丸を、撃ち出す弾として発展してきた大砲だが、帝国とルーンはそれぞれにおいて、砲弾の改良が進んでいた。硬い装甲を貫通し、内部で炸裂するような構造を。あるいは、広範囲に弾けて飛ぶもの。燃焼剤をばら撒いて火の海とするものと、様々な用途を砲弾によって使い分けられるようになっていた。
無論、今この場で放たれるのは、整然と並び立つ海の要塞たる、敵戦艦を貫くための徹甲弾が選ばれた。
輝くエーテルの砲弾と、空を裂いて飛翔する徹甲弾。
両者は瞬く間に空中ですれ違い、それぞれの敵を撃滅せんと殺到し――――どちらも敵艦に届くことなく、結界によってその威力は阻まれたのであった。
◇◇◇
聖歌隊が乗る専用艦艇、劇場艦『セイレーン』。
ロンバルト海軍の実用重視で設計された無骨な軍艦とは全く異なり、王侯貴族が優雅な海の旅を楽しむ豪華客船のような外観である。
美しい純白の船体には、ザメク好みの黄金装飾と女神ミクゥーを象徴するエメラルドで彩られていた。艦橋から内装に至るまで、宮殿が如き豪奢なデザインで仕上げられている。勿論、ただの見栄えだけでなく、ここで発せられる歌声を戦場へ響かせるための音響設備に、加護の力を高めるために歌の女神を祭った神殿など、聖歌隊の力を最大限に発揮するための機能性も有している。
ここは正に、歌の殿堂。
広々とした甲板を目一杯に使った、開放型のメインステージの上に、これまでと同じくエミリアは堂々と立っていた。
けれど今この時、ステージの上に立っているのは彼女一人だけである。
「みんな、大丈夫!」
「え、エミリアぁ……」
「今の何なのよ……金色の光で、みんな、吹き飛んで……」
敵の天空母艦から放たれた黄金の一閃によって、前衛艦隊は壊滅。あまりの威力に、本隊のど真ん中という最も厳重に守られた位置についていた『セイレーン』にも、灼熱の熱波と大揺れに揺れる高波が襲い掛かっていた。
古代の艦艇から丸ごと移植したという高性能なオートバランサーによって、『セイレーン』はこれまでほとんど揺れとは無縁の航海をしてきた。それはここに至る道中で幾度かあった、他の都市国家との海戦でも同様。
聖歌隊は歌の女神ミクゥーの加護を授かった乙女達。加護が宿った歌声の力は本物だが、彼女達は決して、屈強な海兵などではない。
か弱い少女達であっても万全の態勢で戦場で歌えるよう、ザメクが安全と配慮の限りを尽くして用意したのが『セイレーン』なのだ。
だがしかし、あまりに強大な魔女の一撃は、絶対的な安全圏に守られているはずの、歌姫達の宮殿を揺るがした。
これまでの戦場には無かった、自分の命に届きうる脅威を前に、聖歌隊の乙女達が揺れる船体の上で膝を折るのは無理からぬことである。
そんな中で、エミリアだけはただ一人、文字通りに不動のセンターを体現するかのように、マイクを握りしめ立ち続けていた。
ただ立っているだけでは無い。天空母艦から攻撃が飛んできた瞬間に、すでに歌っていたメロディーを瞬時に自分の独唱に切り替え、追加の防御結界を紡いだ。
単独で、かつ瞬間的に『セイレーン』含めた周囲をカバーするほどの結界を歌い上げてみせたエミリアは、正にミクゥーの御子と呼ぶに相応しい力。
だがそんな卓越した加護の力を誇るでもなく、エミリアは何てことないように、倒れた仲間達へと声をかける。
「大丈夫よ、みんな落ち着いて。ちょっと揺れただけじゃない」
「で、でもぉ……」
「私、怖い……怖いよ……」
エミリアの励ましの言葉に、その場にへたり込んだ聖歌隊の少女達は震える声を上げる。
そんな彼女達の姿を、エミリアは怒るでも、蔑むでもなく、ただ真っ直ぐに見つめた。
「怖いのは、私も一緒よ。でも、歌うの――――私達のライブは、もう始まっているのよ!」
訴えかけるのは、勇気でも忠義でもなく、ただ一人の歌い手としてのプライド。
聖歌隊はザメク直属の特別部隊。所属こそロンバルト軍になるが、彼女達の誰もが君主に忠義を誓った騎士などとは思っていない。主たるザメクも、そんなことは望んでいない。
聖歌隊に求められるのは、ただ歌うこと。声の限り、自分が持てる力の限り。
そのひたむきな熱唱こそが、苛烈な戦場で兵士を奮い立たせる何よりの力となることを、ザメクは知っている。
「私達は聖歌隊。ロンバルトの女の子がみんなが憧れる、聖歌隊なの。私達が一番、聖歌隊こそが、アイドルの頂点なのよ!」
確かに自分達は、兵士や騎士のように、死ぬ覚悟をもって戦場へ来ているワケではない。命の限りに戦い続ける忠義も無ければ、一人で多くの敵を殺してやるという戦意もない。
けれど聖歌隊の一員として、誰もが懸命に尽くしてきた。
ロンバルト中の少女が志願し、凄まじい倍率の選抜を潜り抜け、そこからさらに『天音神楽ミクゥー』の加護を授かるかの試練が待つ。
ここにいる誰もが、熾烈な選抜争いを勝ち抜いて集った、精鋭中の精鋭。歌唱力の刃を磨き、舞踏の型を身に着け、美貌の鎧に身を包む。
美しく舞い踊る乙女にこそ、歌の女神の加護ぞある。
「立ちなさい。立って歌うの。それが私達のするべきことで、何よりやりたいと、選んだ道でしょう!!」
エミリアの叫びに、恐ろしい魔女の一撃に萎えかけた闘志が戻る。
命を奪い合う戦場、そのど真ん中のステージで立って歌うことこそ、聖歌隊の使命であると思い出す。
座り込んでいた少女達の目に、再びアイドルの輝きが宿る。
『――――どうやら、余が口出しすることなど無いようだ。エミリアよ、よくぞ言った。流石はロンバルト一の歌姫よ』
「いいえ、陛下、私は世界一の歌姫よ」
がっはっは、とザメクの豪快な笑い声がステージに響く。
旗艦アスガルドに乗るザメクからも、『セイレーン』の様子は把握していたようだ。聖歌隊が怯えて、歌が中断したことを憂慮していたようだが……エミリアの一喝によって、再びステージへと立ち上がった。
『うむ、それで良い。さぁ、麗しき歌姫達よ、女神の歌声を聞かせてくれ』
「行くわよ、みんな。世界で一番の歌姫――――『天音神楽ミクゥー』」
仕切り直すように、始めから。配置についた全員で、神名と神言を唱和する。
それと合わせて軍楽隊が音色を奏で、女神の加護が宿るサウンドが再び戦場へと響き渡る。
「天音神楽・第一楽章――――『機械仕掛けの歌声』」
◇◇◇
「はぁ……嘘でしょ、何よこの加護の気配……」
今にも砲撃戦が始まろうかという間合いを、両艦隊が詰め寄ってゆく中、御子フィアラはウンザリしたような表情で、ロンバルト艦隊を眺めていた。
噂に聞いた聖歌隊が、一度は綻んでいた歌声による広域結界を再展開してゆく様を、フィアラにははっきりと見えている。
それは強い風属性の力を秘めたような、翡翠に輝く風のようなものが渦巻くところから始まった。しかしそれは、決してただの風属性防御魔法などではないことは、第六感の薄い者でも分かるだろう。
次の瞬間に緑の風は、長く、艦隊の広がりよりも長く伸びた、二本の帯となる。まるでエメラルドに輝く乙女の長い髪が靡くような動きを見せて、艦隊を覆いつくしてゆく。それは天高く飛翔したアスガルド率いる空中機動艦隊まで届く。
あまりにも巨大な翡翠の結界が展開されれば、その緑の輝きに沿うように、赤、青、黄色、と鮮やかな光のラインが幾つも走って行く。
巨大な緑色の結界は、全てを支える土台だ。そして、それに折り重なるように数多の歌姫達が、己の歌声を載せることで、結界を強化。あるいは、更なる多重構造として、結界としての防御力を高めている。
恐ろしく強固な広域結界だ。
しかし最も恐るべきは、この結界の土台となる緑の輝きを発する、たった一人の歌姫。
「とんでもない御子がいるわね……」
フィアラは生まれた時より太陽神殿の御子として育てられてきたし、本人もそうあるようにと励んできた。故に黒き神々の加護については、ただそれらを授かった冒険者や騎士などより、よほど深く理解が及んでいる。
自前の魔法か、加護による力か、というのも一目で判別できるし、目を瞑っていても気配で分かる。
加護には様々な力があるが、例えば身を守る結界に限って言えば、既存の結界魔法を強化するパターンと、神の力の顕現たる固有の結界が発現するパターン、大きく二つに分類される。
聖歌隊は完全に後者のパターンである。それも、専用に振り切った特化型。
現代魔法の系統外にあたる、神固有の力は非常に強力な効果を持つことが多い。しかしながら、全て神の力に依存しているので、出力が不安定になりやすい。場合によっては、全く加護の力を引き出せず不発、などということも十分にあり得る。
一方、既存の魔法や武技を強化するようなパターンの加護は、非常に安定的である。使用者がすでに習得した技能に、上乗せするような形で発揮されるため、不発はまず無い。
だがしかし、強力な固有の力を、常に安定的に発揮できる者がいる。
それこそが、神に愛された御子。ただ加護を授かる以上に、神との繋がりを強く持つ、正しく選ばれた者なのだ。
フィアラは古代より紡がれてきたソレイユという血筋によって、御子の資格が担保されていると言えよう。パンドラ各地にある、その地方で厚く信仰されている神も、同じように御子の血筋があるだろう。ファーレンの御子ブリギットなどは、中でも特に強力である。
しかし、極稀に現れるのだ。その神が直接に目をかけたかの如く、恐ろしいほど加護の力を引き出す寵児が。
その生まれも育ちも一切関係なく、強大な加護の力を授かる。
「あのエミリアって人、なんで逃がしちゃってんのよ」
「そんなこと私に言われても。気づいたらいなくなっていたので」
いまだ主砲の射程外、遥か遠くで肉眼ではとても確認できないが、フィアラははっきりと劇場艦『セイレーン』のステージでセンターに立つ、凄まじい加護を発する少女の存在を感じ取っていた。
その少女が、かつてカーラマーラ最高の歌姫にして、クロノが行動を共にしていたという、エミリアという人物だという情報も、フィアラは知らされている。
もしも彼女をこちら側に抱えていれば、ロンバルト特有の女神であるミクゥーの加護こそ得られなくとも、あれほど強力な御子を敵に回すことにはならなかっただろう。
無論、そんなケチをつけたところで、フィオナで無くとも「知らんわ」としか言えないが。
「まぁ、あの人の気持ちも分からないでもないですが」
「魔王陛下に恨みでもあるの?」
「リリィさんにこっぴどくやられていたので。何か精神的に。だから悔しいんじゃないですか?」
「ええぇ……それでここまで敵対する……?」
「しますよ。クロノさんを巡って争うなら、殺し合いは避けられませんから」
「ホントそういうの、美談みたいに言うの止めてよね。普通にドン引きだから」
「ふふっ、フィアラにはまだ分からないことでしょうね、この領域の話は」
この姉ウッザ……と心底思いながらも、フィアラは再び己の魔力を練り上げて行く。
開幕のド派手な一撃は、フィオナの大魔法だ。自分達はあくまで、発動のサポートに回ったに過ぎない。
けれど、ここから先はフィアラが御子として、自ら発動を制御をしなければならない。
「大丈夫ですか? お姉ちゃんが手伝いますか?」
「だからっ、そういうのいらないっての! 私を妹だと思ってんなら、信じて任せてよ――――私は太陽神殿の御子、フィアラ・ソレイユなんだからっ!!」
天才魔女であり、御子としての素質も己を遥かに上回る姉フィオナ。
そして目の前には、歌の女神の寵愛を一身に受けているとしか思えない歌姫エミリア。
どちらも、自分の持つ才能を超えた、特別な存在だ。
だが、それは自分が退く理由にはなりえない。フィアラには、太陽神殿の御子としてのプライドがある。
負けられない。負けてはならない。
ここは太陽神を祭る神殿。フィオナが『黒魔女エンディミオン』ではなく、『黄金太陽ソルフィーリア』に合わせて作った天空母艦だ。
自分が最大の力を発揮するのではなく、妹であるフィアラの力をこそ最大化するための設計なのである。
下駄を履かせてもらった自覚はある。けれど、それが何だ。
使える手段を全て尽くして、勝ちに行く、勝たねばならぬのが戦争。
ならばルーンを守る御子として、賜ったお役目を果たすことこそ、フィアラの使命であり誇り。
覚悟を決めた御子が奉る祈りによって、再び煉獄炉から炎が吹き上がる。
「見てなさい、私がみんなを守ってみせるから――――『太陽神殿結界』」




