第1062話 ダークストーム作戦
戦人機と真っ向勝負するために、まず対策すべきは射撃武器である。
エカテリーナは機体だけでなく、きっちり装備も発掘し、当時と同じ性能を発揮するよう整備まで完璧にさせていた。機体と武装、両方揃えば、通常戦力では全く太刀打ちできなくなる。
天空戦艦があるとはいえ、たったの一隻。確かに主砲は直撃させれば戦人機も一撃で吹き飛ばせるが……相手は十分な数を揃えている。単艦で戦ったところで、戦闘機に群がられて撃沈する大戦艦と同じ末路だ。
おまけにオルテンシアとの戦いに、フィオナはいない。遠距離での撃ち合いで、俺達が勝てる目は無いのだ。
「射撃を無効化しつつ、接近戦に持ち込む。俺達の勝ち筋はこれしかない」
「でもどうやって射撃を防ぐのさ。そもそも戦人機の射撃武装を防ぐくらいの結界が張れるなら、苦労はないよ」
俺の意見に、シモンは渋い顔でそう言った。
気合を入れた大結界を用意すれば、一時的に凌ぐことは可能だが、ジリ貧になるのは目に見えている。普通に考えれば『聖堂結界』のようなチート結界術でもなければ、実現不可能である。
しかし、俺には一つのアテがあった。
「情報によれば、オルテンシアのスプリガンは標準装備だ」
「みたいだね。特訓の時と同じライフルと盾なのは間違いないし」
標準装備、すなわち古代の時点での正式装備である。
エカテリーナは間違いなく、完全な保存状態のスプリガンを格納した古代の軍事基地を手に入れている。故に、そこに揃っているのは本来スプリガンが装備すべき武装の数々。
過不足のない万全な装備品。しかし特訓のできる俺達にとって、その装備は既知のモノでもある。
「スプリガンのライフルはブラスターだ。実弾兵器じゃない――――光魔法と同じように、散らせるはずだ」
光属性攻撃魔法を黒煙で減衰させるのは、イルズ村で司祭をぶった切った時から使っていた方法だ。
サリエルなんかはリリィと戦うにあたって、『暗黒雷雲』という専用の防御魔法を編み出したりもしている。
「なるほど、ブラスターの放つエーテルの塊を拡散させる煙幕を作れれば……」
「射撃を無効化しつつ、煙幕を突っ切って間合いを詰められる」
「よし、早速やってみるよ!」
アイデアさえ閃けば、天才錬金術師の動きは早い。
それに今は魔導開発局に帝国工廠と、組織力もある。シモンが基礎理論と試作品を作った後は、試行錯誤をマンパワーで補うのだ。
そうして、短期間の内に急速に効果が洗練されていった結果、
「エーテルの光を9割吸収する『黒煙』できたよー」
実戦で通用するレベルの煙幕を、見事に完成させてくれた。
これを持ち込んで特訓を繰り返すことで、実証試験と同時に、拡散煙幕を用いた実戦訓練もこなせるワケだ。
お陰様で、真っ黒い煙幕が漂う本番の戦場であっても、兵の動きに迷いはない。
これが正攻法で攻めて来るであろう、戦人機部隊と真っ向から戦うために編み出した対策その1、通称『ダークストーム作戦』だ。
「先制攻撃はこっちが叩き込む――――突撃」
◇◇◇
「なんだこの煙はっ! エーテルライフルが散らされる!」
「ただの煙幕じゃないぞ」
「こんなモノがあるなんて……」
帝国軍が焚いた煙幕がエーテルの弾丸を散らしているのは一目瞭然だった。
こんな現象は初めて見る。砦に籠城しようとも、城壁ごと貫くのがスプリガンのエーテルライフルの光弾だ。この武器に貫けぬものなどない、と思っていたが、今はあまりにもあっさり黒煙の中で儚い光の粒子に解けるように散っていく。
「ええい、怯むな! 攻撃は続行!」
「ライフルが通じぬだけで退くような臆病者は、我らヴァルキリーに一人もいはしない!」
「総員、抜刀! 近接戦闘で蹴散らすぞ!!」
黒煙の射撃無効化に困惑こそするが、怯えて竦む者はいない。すぐに勇ましく攻撃継続の命令が飛び交う。
自分達は最強の古代兵器に乗っているのだ。ライフルが封じられたなら、剣で斬り、盾で叩き、巨体でもって踏み潰せばいい。鋼鉄の巨人と化した精鋭が、接近戦を恐れる理由など何一つありはしない。
そうして目の前に拡散煙幕を展開された前衛の戦人機部隊は、ライフルを背部にマウントし、代わりに標準近接装備である長剣を抜いた。
形状はシンプルなロングソードだが、戦人機が持つ以上、その刀身は何メートルもある巨大なものだ。両刃の刀身が鞘より引き抜かれると、白銀の金属光沢が次の瞬間には淡いグリーンの輝きに変化した。
刀身にエーテルを流し込むことで、切れ味と耐久を強化させている。原理としては基礎的な強化魔法を付与された魔法の剣と同じだが、古代純正の兵器は現代魔法とは一線を画す強化出力を発揮する。
この黒煙の中では、多少なりとも切れ味は落ちるだろうが、光弾と違ってエーテルを刀身に流し続ける構造なので、完全に無効化されることはない。もっとも、ただの鋼の剣になったとしても、巨人サイズの巨大な刃に斬りつけられて無事な者などいないのだが。
「行くぞ、前進――――」
右手に剣を左手に盾を構え、正しく騎士に相応しい装備となったスプリガンが、勇んで黒煙の中へと踏み込んで行こうかという瞬間、黒い嵐が先に襲い掛かった。
ドッ! ガガガガガッ――――
けたたましい音をたてて、戦人機の装甲が、あるいは構えた盾の表面が、激しい火花を散らした。それは確かな衝撃を伴って、鋼鉄の巨躯を揺るがすほどに。
「撃たれているっ!」
「盾、構え!」
「ちょっと、何でこっちだけ撃たれてんのよぉ!?」
「ブラスターは通らないはずじゃあ……」
「実弾兵器だっ!」
「そうか、エーテルの光は通らないが、鋼の弾なら通る」
「はあっ!? ズルじゃんそんなのぉー!」
まだ若いヴァルキリーの怒声は、正しく嵐のように叩きつけられる弾丸によってかき消される。
帝国軍はエーテル拡散煙幕によって、スプリガンの標準装備であるエーテルライフルを封じた。その一方で、自分達は煙幕の影響を受けない、火魔法を炸裂させて砲弾を放つようなシンプルな物理攻撃、すなわち実弾兵器で統一することで遠距離攻撃を可能としたのだ。
幸いというべきか、天空戦艦の主砲クラスの超威力は飛んでこず、直撃を受けてもスプリガンの装甲が一発で貫通されることは無かった。
しかし、かといって無視できるというほど弱くも無い。僅かながらも、着実に機体へダメージを蓄積させられるだけの口径を、帝国軍の砲火は備えているようだ。
「しっかり盾を構えろ!」
「前進だ! 進めぇー!!」
「さっさと要塞の砲台を潰すぞ!」
いつまでも弾丸の嵐を棒立ちで受け続けてやる義理などない。
装甲と盾の防御を活かし、正面突破は十分に可能だ。そして戦人機を持たない帝国軍に、これほどの弾幕を張る大砲を運用するには、防壁の上に並べて撃つより他はない。
防壁上には四脚戦車も確認されているが、それほど数は多くない。逃げられたとしても、あの程度の小型兵器をさして警戒する必要はないだろう。
まずは煙幕を張って一方的な射撃を仕掛ける、鬱陶しい戦術の要塞を沈黙させる。それから真の本丸たる天空戦艦を攻略。
いいや、地上部隊の自分達が要塞を制圧する頃には、航空部隊が天空戦艦を落としているかもしれない。
何にせよ、ここは攻撃あるのみ。そう心得て、弾丸の嵐が吹き荒ぶ闇の中へと踏み込んで行けば――――
ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
帝国軍の砲火などとは、比べ物にならない轟音が衝撃波と共に炸裂する。
途轍もない破壊力を秘めた、大きな一撃だ。戦人機であっても、直撃すれば一発で大破するだろうというほどの力が爆ぜていた。
幸いだったのは、射撃を防ぐべく前面に盾を構えていたお陰で、その致命的な一撃を盾のど真ん中で受けることができたこと。
しかし大爆発を起こしたような凄まじい衝撃は、一発で盾を変形させた。盾を保持する左手のマニュピレーターに過負荷を示すレッドアラートが点灯すると共に、戦人機の巨躯はあまりの威力に踏ん張りきれずに、仰向けに倒れ込んでいた。
ヴァルキリーにとって、戦人機が戦場で倒れたところなど初めて見るものだ。
だが注目すべきは戦友の無様な姿などではなく、ソレを成し遂げた敵の存在。
そう、戦人機を真っ向から打ち倒す、強大な敵を彼女達は濛々と漂う黒煙の闇の中で目の当たりにした。
「なっ……なんだ、コイツ……?」
「はぁっ!? デッカ!?」
それは巨大な人影だった。
戦人機に乗り込めば、自らが20メートル級の巨人と化した視点となるが、そのヴァルキリーから見ても、見上げるほどの巨躯がある。
人型とはいうが、二足で直立し、二本の腕を持ち、頭らしきモノがある、という程度。目測で全長30メートルを超える巨体は、横幅にも広く小山のようだ。
戦人機スプリガンのように、巨大人型兵器として洗練された姿ではない。分厚い装甲板を何重にも張り合わせ、不格好に膨れ上がったが故の体格。
だがその圧倒的な巨躯は、真正面からぶつかってもスプリガンを跳ね除けるほどの超重量と超パワーを誇ることを、この上なく分かりやすい見た目で示していた。
ヴァルキリー達は生身で狂暴な雪山のサイクロプスと遭遇したような心地となる。
事実、見上げた先にある頭には、大きな赤い一つ目が輝いていた。
そして、その黒い鋼のサイクロプスは、堂々と名乗りを上げる。
「俺様はガルダン――――パンドラ最強の、大騎士様、だぁっ!!」
壮大な名乗りと共に薙ぎ払われるのは、その巨躯に相応しい巨大な戦槌。轟々と破滅的な雄たけびを上げて迫り来る鋼鉄の凶器は、そこにエーテルの力など無くとも、ただただ純粋な物理的破壊力を伴って、盾を構えて並ぶスプリガンを襲った。
再び戦場に響き渡る轟音を放ちながら、3機ものスプリガンが吹き飛ばされる。
正しく力自慢のサイクロプスに、ただの人間の兵士が薙ぎ払われたような光景であった。
「ぐうっ……」
「なんてパワーなのっ!」
「だが相手はたったの一機だ」
「どうせ力と装甲だけの鈍亀だっての」
「連携してかかれ! 対戦人戦の訓練、忘れたとは言わせんぞ!!」
ガルダンと名乗った巨大ゴーレムだが、後に続いてゾロゾロと同じ機体が出てきていない。恐らくは帝国軍が用意できた、戦人機と渡り合える貴重な一機。量産型で数を揃えたワケではないのなら、いまだ優位性は揺るがない。
ヴァルキリー達は敵に戦人機がいない戦場しか経験していないが、訓練では自分達で切磋琢磨することで、その腕前を磨いている。もしもどこかの国が偶然にも戦人機を手に入れ、実戦投入したとしても、パイロットの腕前で負けるつもりは微塵も無い。
故に戦人機、あるいはそれに準じた大型兵器を相手にしても、対抗できる連携をヴァルキリーは叩き込まれている。
ガルダンはデカくて強いが、見るからに機動力は低い。スプリガンのブースト機動を駆使した連携攻撃を仕掛ければ、容易く倒せると見て、各機のブースターにエーテルの燐光が灯る。
「ハァアアアアアアアアアアッ、ウゥラァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
スプリガンがブーストダッシュで動き出すよりも先に、ガルダンを踏みつけて天高く舞い上がり、甲高い奇声を上げながら襲い掛かって来る人影――――否、兎影があった。
頭の上に生える長い耳を揺らめかせ、ハンマーを振りかぶったソレは、巨大な兎である。しかし、ただ大きいだけの兎ではない。
「コイツもなんなんだ……」
「ウサギデッカぁ!?」
「おい、よく見ろ、このウサギ……戦人機の装甲を鎧にしてやがる!」
「モルスァアアアアアアアアアアアアアア!!」
荒ぶる巨大ウサギは、空中からハンマーを無慈悲に振り下ろす。その鉄槌が叩きつける先は、ガルダンの一撃によって体勢を崩され、まだ立ち上がっていない隙を晒すスプリガンであった。
鋼鉄の悲鳴と共に、エーテルの火花が散る。
ハンマーの強烈な叩き付けが頭部に直撃し、破片とスパークを盛大にまき散らしながら、スプリガンの頭は砕け散った。
「ああぁーっ、ウサ公テメぇ! 俺様が倒した獲物横取りしやがったなぁ!!」
「フンスゥ」
さらに二度三度、首無しのスプリガンへハンマーを叩き付け、手足も砕いてから、一足飛びに後退してウサギはガルダンの傍へと戻る。
ガルダンは自分が手を付けた相手に、勝手にトドメを刺されてご立腹のようだったが、ウサギはそっぽを向いて鼻を鳴らしていた。
「すまんな、ガルダン殿。加護を使えば、溢れ出る闘争心を抑え込めぬのだ――――だからと言って、砲を背負わずハンマーだけを手に飛び出すのは命令違反である。帰ったら厳罰に処す、楽しみにしていろ」
「ファー、ブルスコファ……」
黒煙の向こうから悠々と現れたのは、大型地竜、に限りなく近い巨大なリザードマンである。
その姿を確認して、ヴァルキリー達もようやく相手の正体を察した。
「我らは『巨獣戦団』」
ヴァルナ百獣同盟が誇る、巨大な戦士達――――などと言っても、戦人機の敵ではないと誰もが思っていた。
実際、今目の前に現れた、団長のダイナレクス種に続く団員達は、加護の力を解放する奥義『原始鼓動』を行使した、全力の戦闘形態にある。それでも、彼らの身の丈は10メートル前後といった程度であり、スプリガンの半分ほど。
そして獣の神を厚く信奉する彼らは、この『原始鼓動』こそが力の頂点。すなわち、これ以上は無い、とオルテンシア軍の戦術分析で結論付けられていた。
この程度の巨大化が限度であるならば、『巨獣戦団』とて人間に対する野生のゴブリンの群れといった程度の脅威度となる。
戦人機の敵ではないと思われていたが、その認識を覆されてしまう。
「我々は己を強靭な戦士であると自覚し、それを誇りに思っていたがとんでもない――――この身に宿した加護を費やしても尚、貴様ら戦人機には及ばない」
団長はギラつく狂暴な地竜そのものの目つきで立ち並ぶ、己を倍する戦人機の軍団を睨みながらも、淡々と語る。
己の力のみでは及ばぬという、戦士としての恥を承知で。
「勝てぬのならば、誇りなど叫んだところで無様な言い訳にしかならん。故に、我らは手にすることを選んだ、古代の叡智を」
団長が構えた大剣には、スプリガンの剣と同じエーテルの輝きが宿る。動力としているエーテルの質が異なるためか、その刀身は真紅に輝いており、さながら炎の魔剣のようである。
全長10メートルを越すリザードマンが構えても、尚巨大な刀身を持つ赤き大剣は、間違いなく戦人機用の装備だ。スプリガンとは別な機体が持つべき、白兵戦用の近接武装。
そして手にしているのは、武器だけではない。
加護の力によって太古の大きく強い肉体を取り戻した姿でありながら、さらにその身に装甲を纏っている。
随所にエーテルラインの走る装甲板を組み合わせて作られた鎧兜は、これもまた元々は戦人機に使われていた装甲パーツの数々と見て間違いない。
その鎧は単なる防具だけでなく、肩や背には大砲を背負っており、黒煙の中で使う前提の実弾兵器まで搭載されている。
巨大化と原始的な武器のみで戦うとされていた『巨獣戦団』は、現れた全員が戦人機の装備に身を包んでいた。
それは太古の猛獣が、人の武器を手にしたに等しい。
「よもや、卑怯とは言うまいな。オルテンシアの戦女神達よ」
「舐めるなよっ、獣人風情が!」
確かに相手は戦人機を仕留められるほどの火力を手にしていた。しかし、それでも獣神の奥義たる『原始鼓動』の使い手は多くない。今この場で戦場に立てるのは、精鋭中の精鋭という限られた少数の戦士のみ。
数的有利もまだ覆られない。
野良ゴブリンの群れが、しっかり武装したゴブリン軍団に変わって程度のこと。
「――――舐めるなどとは、とんでもない。手段を選ばねば抗いきれぬと思ったからこそ、誇りを捨てて、古代の武装に身を包むことを受け入れたのだ」
そう応えたのは、団長ではない。
彼らのさらに背後、黒煙を割るようにガルダンと並ぶほどの巨躯が次々と現れる。
それこそ、地上部隊が唯一、損害を被る可能性がある危険な敵戦力の一角。
「ラグナの黒竜……」
「だが、元より我らは主の忠実な下僕であるが故。命じられれば、如何様にも戦って見せよう」
ついに姿を現した帝国軍の地上戦力の中核。地竜型の黒竜軍団は、その漆黒の鱗と甲殻を纏った体でありながら、さらに古代の装甲を纏っていた。
黒竜もまた、古代の装備で更なる武装が施されていたのだ。
その武装は戦人機だけでなく、天空戦艦など、より大型の兵器から流用したと思しき装備が見受けられる。
帝国で戦人機は発掘されていない。だが、それはあくまで動くほど保存状態の良い戦人機、という意味である。すでに破壊されたもの、朽ち果てたもの、あるいは扱う機体のいなくなった専用装備の数々。そういった雑多な装備品や機体は、古代遺跡のダンジョンから産出される。
それらを今の戦力でも扱えるよう転用した。正に形振り構わぬ、不格好な寄せ集めのキメラ装備――――しかし帝国の総力を結集した、渾身のキメラ装備である。
「さぁ、行くぞ。我らが魔王陛下は、ただ勝利のみをお望みだ」
ついにその力を拮抗させた、帝国軍とオルテンシア軍の地上部隊は、絶え間なく焚かれ続ける黒煙の中で、その巨大にして強大な力を今、真っ向からぶつけ合う。




