第1059話 四帝大戦の始まり
2026年1月2日
新年あけましておめでとうございます。
年始めは2話連続更新で、こちらは1話目となります。
ウィンダム首都を戦人機部隊の奇襲によって、僅か一日で占領したオルテンシア軍は、悠々と歩兵を送り込み、その制圧を確固としたものとしていた。
人の矮躯ではとても歯が立たぬ鋼鉄の巨人を前に、ハーピィの戦士達も迂闊に手出しはできない。すでにして地の利を失った上に、ソレがあっては勝負にならなかった。
力の差を理解せざるを得ない状況下で、彼らは淡々と首都の区画を勝手に慣らして陣地を構築するオルテンシア軍を、黙って眺めていることしかできなかった。
事実、ウィンダムのハーピィなど歯牙にもかけず、エカテリーナはこの首都を南征への橋頭保とすべく、拠点化を進めた。
首都には幾つかモノリスもあり、平定した北部との転移機能が限定的だが開通している。
それに加えて、空戦用装備の戦人機『エール・スプリガン』による空中輸送も可能なため、険しいアスベルの山々をものともせず、兵站を確保できていた。
しかし、中でも最大の輸送量を誇るのは、地上を走る船だ。
地上を走る船といえば、アトラス大砂漠の流砂に乗る砂漠船が有名だが、オルテンシア軍の地上船は、それらと一線を画す古代兵器の一つである。
『エーテルクラフト』と呼ばれる地上船は、クロノが見れば「ホバークラフトだ」と言うだろう。
構造としてはほぼ同じ。スカートというエアクッションが船体下部にあり、そこが地面から浮き上がって走行する。
ホバークラフトは大量の空気を直接吹き込むことで浮上するが、エーテルクラフトはエアクッションそのものが浮遊する。
十字軍が実用化した飛行船、その原理を古代の魔法技術により洗練させた姿でもある。風属性に似た高濃度エーテルがエアクッションを満たすことで、船体を浮遊させるほどの浮力を生む。
そして船体が浮かべば、後は多少の推力があれば滑るように進む。
現代の戦艦と同等以上の巨大なエーテルクラフトは、ただそれだけで並みの軍隊を圧倒するだろう。
しかしエーテルクラフトは古代において攻撃用の兵器ではない。真の目的は戦人機を運用するための移動基地である。
エカテリーナは多くの戦人機を発掘したが、同時にそれらを格納したエーテルクラフトも手に入れている。
イオスヒルトが勝手に見せる数々の夢のシーンが、エカテリーナにその運用法を教えてくれた。
それを可能な限り再現した結果、オルテンシアは古代における戦人機部隊とほぼ同等レベルの運用ができるようになった。
すなわち、攻めるべき現地まで戦人機を部隊丸ごと運ぶ、揚陸艇としての扱いだ。
これによって、戦人機部隊を格納、整備すると同時に高速での移動も出来るため、短期間で北部を制圧するに足る、火力と機動力を得るに至った。
複数台のエーテルクラフトを保有するオルテンシア軍は、これに物資を満載して山を走らせることで、力業での大量輸送も可能としている。
そうしてウィンダム首都の拠点化が着々と進む一方で、一隻のエーテルクラフトは早々にアヴァロンを臨む南側の中腹まで進んでいた。
それはオルテンシアで最も大きく、白と淡い緑に彩られた壮麗な一隻。
女帝エカテリーナが乗る旗艦『クリームヒルト』である。
「ここに陣を張る」
「ウィンダムにて、アヴァロンを奇襲する手筈を整える方が確実では?」
「ならん、イオスヒルトは魔王との決戦をこそ望んでいる」
戦略的な観点で見れば、難攻不落の要地にあるウィンダムで地盤を固め、アヴァロン側へと睨みを利かせていた方が良い。
まして今の状況は、ロンバルトが動き出し、十字軍も虎視眈々と帝国の隙を探っている。山の上から各勢力がぶつかり合い、弱体化した後に攻めるのが上策であろう。
如何に帝国といえども、ロンバルトと十字軍の双方と削り合った後となれば、戦人機部隊による急襲という、オルテンシア必殺の機動打撃戦術を防ぐことは困難だ。
しかし、そんなことなど分かり切った上で、エカテリーナは宰相ナタリアの献策を蹴った。
彼女にとってこの戦いは、ただ勢力拡大のための戦争ではなく、己に課された神の試練である。
「どうしても、でございますか」
「すまぬなナタリアよ。お前の国を思う気持ちはよく理解している――――何となれば、この私を刺し違えてでも止めようという覚悟もな」
「滅相もございません。御身があってこその、オルテンシアです」
「案ずるな、お前が君主殺しの咎を負うことは決してない。試練を超えられねば、私が死ぬだけのこと」
「おやめください、そのような不吉なことは、口にすべきではございません」
「ふぅむ、フラグ、とやらか?」
「は……?」
「いや、何でもない。夢で聞いた戯言よ」
在りし日のミアとイオスヒルトの、他愛のない日常会話など、どれだけ見せられたことか。
エカテリーナは眠りについて時を跨いで目覚めるため、起きた時の文化がどれほど変化しているのか、把握するのに時間がかかる。それでいて、夢の中ではイオスヒルトの思い出ばかりを見せられるので、どんなスラングが今風なのか余計に分からなくなったりするものだ。
「どの道、一番に魔王の相手になろうと啖呵を切ってしまったのだ。今更、姑息な手を打つわけにはゆかぬであろう」
「戦争に卑怯も何もありはしませんが」
「それは魔王とて同じこと――――ここで帝国の主力を叩き潰せねば、我らは泥沼の消耗戦を強いられることとなるであろう」
「それも『星詠み』の結果でございますか?」
「いいや、魔王クロノ、あの男の戦歴を調べれば、泥水を啜ってでも戦い抜く覚悟があると分かるものよ」
エカテリーナは目覚めてより今日まで、己の最大の敵にして試練となる魔王について、可能な限り詳細に調べ上げていた。
その経歴は正しく魔王ミアに導かれるが如く、瞬く間にパンドラに台頭し、大帝国を築き上げるに至っているが……
「あの男には野心がない。だが己の抱えた者は何が何でも守り切るという、強い守護の意志がある。常識的で理性的な振る舞いでありながら、戦場では狂戦士と化すのは、守るために形振り構わず全力で戦う姿勢の現れよ」
「君主としては立派ですが、敵とするなら厄介でございますね」
「ふっ、厄介では済まぬ。なにせ史上初の魔王の加護持ちぞ」
相手にとって不足はない。
魔王クロノは最大最強の敵と見做している。
だからこそ、これを完全に征すれば、オルテンシアはパンドラを征したも同然だ。
しかし、もしも半端な形でとり逃したとあれば、クロノは最後の最後まで諦めず抵抗し続ける。そしてそんな彼の元には、多くの者も集まり、支えることだろう。
そうなれば広大な帝国の版図に散った魔王の味方が、オルテンシアが進撃する度に妨害するようになる。戦人機を中核としたオルテンシア軍も、その数には限りがある。広い範囲に抵抗勢力が散って、粘り強くゲリラ戦などされては、いつまで経っても大陸が平定される時は来ない。
「故に正々堂々、一大決戦でもって完膚なきまで魔王を叩き潰さねばならぬのだ」
「では、向こうも同じ思いで、決戦兵力を持って出て来るというワケですか」
逃がせば厄介なのは、帝国とて同じこと。
一機でも稼働する戦人機があれば、それは大きな脅威となる。
オルテンシア軍が誇るエーテルクラフトによる機動打撃戦術は、すでに帝国も知るところ。何としてでも、この戦術を封じるほど戦力を削らねばならないと息巻いているに違いない。
「女神が望まずとも、私も魔王も共に決戦を望む」
「それは素敵な両想いでございますね」
「やめよ、色恋の冗談は性に合わん」
本物の魔王ならば、この氷の女王もあるいは……などと自分含めて、多くの者が思っていることは、絶対に悟られまいと、本当に不機嫌そうに口を尖らせるエカテリーナの顔を見て、ナタリアは誓った。
◇◇◇
紅炎の月15日。未明。
なだらかな稜線を描くアスベル山脈と、大きく開けたダキアの平野部は、とても大軍が布陣しているとは思えぬ静けさに包まれていた。
「夜が明ければ、いよいよ出撃ですね」
「伝説の魔王軍と大会戦かぁ」
「伝説なんて言ってもさぁ、戦人機の一機も無いんでしょ?」
「相手になんなくない? 今までの相手と同じで、ちょっと蹴散らしてやったらすぐ降伏するっしょ」
「油断は禁物だ。帝国軍には天空戦艦がある。戦人機を撃破するに足る火力を持った古代兵器だぞ」
「それはそうだけどー、天空戦艦はシミュレーションで何度も相手してるし」
「直掩機のない単艦相手なら……正直、負ける気はしませんよね」
傍目から見れば、うら若き乙女達がお喋りに興じているように思えるだろう。
細くしなやかな身体のラインが浮かぶ全身スーツに、麗しいエルフ美人となれば、どこを切り取っても絵になる。
しかしながら、彼女達はただの乙女ではない。
オルテンシア軍が誇る『戦人機』を駆る、パイロットチームである。
戦人機は古くより、エカテリーナが見出したことで、オルテンシア軍の秘密兵器として連綿と受け継がれてきた。
その性能は正に最高戦力であり、国の守護神に相応しい絶大な力を誇る。
故にこそ、歴代の戦人機パイロットは、何れも軍事史に名を遺す英雄達であり、オルテンシアの騎士ならば、誰もが憧れる最高の栄誉だ。
これまでは少数の戦人機だけを抱え、十数年に一度、発掘されれば御の字といったところ。パイロットという栄光の座は非常に限られていた。
だがしかし、此度の女王の目覚めより、急速な軍拡が成された。
パンドラ大陸に、クロノという新たな魔王が現れたのに呼応するように、エカテリーナは次々と新たな戦人機を見つけ出し、急ぎ実戦投入できるよう全国力を投じた。
それを、あまりに都合が良すぎるタイミング、などと疑う国民はいない。何故ならば、これこそエカテリーナが授かった女神の加護の力なのだから。
『北天星イオスヒルト』の『星詠み』が、エカテリーナに魔王を討つための導きを与えたのだと。
そうして、急拡大した戦人機の保有数に対応して、パイロットも急遽、選抜されることとなった。
無論、パイロットは誰もがなれるわけではない。
厳しい魔力適性、優れた身体能力、不屈の精神。それらを併せ持った優れた騎士であったとしても、巨大人型兵器を操る技術は、また別な能力が求められる。
的確な操作を行うセンス、空間認識能力、さらには機体越しに気配を察知する第六感など。
戦人機の操縦に求められる能力を、全て高水準でクリアした者だけがパイロットへと選ばれる。
そしてオルテンシアを守護する英雄として選ばれたのが、彼女達である。
これまでの傾向と、今回の大量選抜からも明らかだが、戦人機のパイロットは女性が圧倒的に優れている。オルテンシアの歴史上、男のパイロットは一人もいない。
故に、パイロットは何れもうら若き乙女であり、心技体と美貌も兼ね備えた者が揃っている。
その強く美しい姿から、戦人機パイロットは『ヴァルキリー』と呼ばれていた。
「しかし、本当に魔王軍は戦人機を持っていないのだろうか」
「えっ、実は隠し持ってるとか……?」
「ありえない話ではないですよね。帝国は古代兵器の発掘にも積極的ですし」
「あっても数は少ないでしょ。イッパイ持ってんなら、ウチみたいに並べて圧倒してるって」
連戦連勝、常勝不敗、と謳われる帝国軍だが、まだその底力は知れない。
大々的に天空戦艦を運用していることから、高度な古代魔法の知識があることは間違いなく、状態の良い戦人機を発掘できれば、それを扱うだけの技術力はあるだろうと推測されている。
幸いなのは、どれほど調査しても、帝国が戦人機を運用している形跡が全く見当たらないこと。
「実際、向こうの布陣は通常戦力だけだし」
「竜騎士揃えたり、四脚戦車とか並べちゃったりして、涙ぐましい努力よねー」
「普通の軍隊相手なら、凄い混成軍団なんだろうけど……」
「いくらラグナの黒竜軍団もいるって言ってもさぁ、こっちは戦人機の軍団だっての」
帝国軍はすでに、ダキアの国境線にある砦に戦力を結集させていた。
オルテンシアの主力が戦人機である以上、従来の距離感で布陣すれば、間合いの内に入ってしまう。お互い、目視距離に入った時点で砲火を交わすことになる。
オルテンシア軍はエカテリーナが定めた、山の開けた中腹に本陣を構え、号令が下ればすぐにでも国境線を超えて侵攻できる距離にある。
一方の帝国軍は、防衛戦のように国境の砦に集まり、固く門を閉ざして籠城の構えをとっている。
城の主はアヴァロン時代から変わらずこの地の守護を任されているヴィッセンドルフ辺境伯だが、大規模な要塞は魔王が君臨する決戦場に相応しい堅牢さ。短期間であれほど巨大な要塞を築き上げたのは、この戦いにかける帝国の意気込みを感じさせる。
果たして、魔王はそのまま籠城を貫くか、それとも打って出てくるか、とオルテンシア兵の間では今一番熱い賭けの対象とされていた。
そうした帝国軍の布陣が、空中偵察などで大まかに判明している。
虎の子の天空戦艦は、どこかに隠しているのか、巨大な空飛ぶ艦影こそ確認できなかったが、国境砦には帝国軍でも名だたる主要な戦力が集まっていることは確認されている。
目立つのは『帝国竜騎士団』。オルテンシア以外であれば、どこも恐れるほど多くの竜騎士とサラマンダーの騎竜まで揃えた、非常に大規模な竜騎士団だ。
しかし空中戦が可能な『エール・スプリガン』を擁するオルテンシアにとって、今更ただの竜騎士など大した相手ではない。
ヴァルナで勇名を轟かせている『巨獣戦団』も同様だ。
歩兵からすれば、巨躯を誇る獣人戦士は脅威だろうが、戦人機と比べれば膝丈程度の大きさである。冒険者が野生のゴブリンを相手にするよりも楽勝。
それからダークエルフの一団に、四脚戦車を揃えた部隊、砲兵などなど、色々と戦人機にダメージを与えられそうなものを集めているようだが、全く物の数ではない。
現状で判明している限り、帝国軍で警戒すべきはラグナの黒竜と天空戦艦。そして魔王クロノと妖精女王リリィ、その突出した個人戦力くらいである。
しかし、それら全てを含めても、戦人機軍団の圧倒的な戦力を前にすれば、劣って見えてしまう。
大陸を征服する強大な魔王軍に相応しい陣容だが、自分達からすれば決死の抵抗をするために、形振り構わず使えそうな戦力を選んだ寄せ集め、のようにしか思えない。
「なーんかさ、あの程度だったら、例の新型機の的になって終わりそうじゃない?」
「あー、あの2号機ね」
「あれはもう全く別の機体ですよ」
「陛下も容赦ないわよね、この上さらに新型機まで投入するんだから」
オルテンシアが北部の平定に乗り出した後も、新たな戦人機の発掘と整備は本国で行われていた。
そして帝国との決戦に何とか間に合わせたのが、現在の主力機『スプリガン』に勝る性能を誇ると噂の新型機である。
現地にまで届いたのは2機のみだが、その新型機がどれほどの性能かと、ここまで実戦を経験してきたヴァルキリー達は注目していた。
「私たちは幸運だ。戦人機という最強の力を、パンドラ全土に知らしめる役目を賜ったのだから」
「そう、ですよね……昔から、戦人機の力があれば大陸統一できる、ってずっと言われてきましたし」
「いやー、昔の一個小隊だけじゃ、流石に無理っしょ」
「だからここまで戦力を揃えたんでしょう。陛下が大陸統一をご決断なさった『その時』に現役の私達は、本当にツイてるわよね」
負けるはずない。負ける理由がない。
今日、魔王軍はオルテンシア軍の前に粉砕され、パンドラの真の支配者が誰であるかを思い知るであろう。
そうして、静かにヴァルキリー達が出撃の夜明けを待っていた――――その時である。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオン……
静寂を破る凄まじい爆音が轟いた。
それは、ただの攻撃魔法が炸裂した音ではない。この爆発音は、他でもない、自分達が操る戦人機が発する、破壊の音であるとヴァルキリー達は瞬時に察した。
「ちょっ、ちょっと、何なのいきなり!?」
「敵襲!?」
「うろたえるな、すぐに機体へ乗れ! 総員、緊急出撃だ!!」
たとえ今夜、魔王軍の奇襲があっても即座に対応できるよう、自分達はこの場で待機しているのだ。部隊長の鋭い指示により、ヴァルキリー達は状況確認よりもまず先に、戦人機へと乗り込み出撃することとした。
状況など、後で幾らでも通信で聞ける。まずは戦闘態勢を整えるのが何よりも優先という、的確な判断だったが、
ドッ! ドドン! ズズゥウウウウン――――
戦闘の轟音は、乗り込んで起動するまでの間も鳴り響き、切迫した状況を伝えている。
逸る気持ちで格納庫から、ヴァルキリー達が乗り込んだ戦人機が次々と発進すれば、いまだ夜明け前の暗闇に包まれていたはずの陣地が、すでに赤々とした炎によって照らし出されていた。
故に、索敵をするまでもなく、すぐに襲撃者の姿は見つかった。
燃え盛る炎を背景に、堂々と立つ黒鋼の巨人。
「馬鹿なっ、どうして『リンドヴルム』が!?」
ヴァルキリーの驚愕を他所に、期待の新型機『リンドヴルム』は、一切の情け容赦なく、手にした大型ライフルを、立ち上がったばかりの味方へと向け、そのトリガーを引いた。




