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黒の魔王  作者: 菱影代理
第48章:パンドラ四帝大戦
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第1049話 誘惑されるプリム

 レーベリア会戦を超える大戦が始まる――――その情報が伝えられた『暗黒騎士団』は、より一層の鍛錬に励んでいた。中でも、今やエースを名乗るに相応しい活躍を遂げている専用機乗りのプリムは、無感情に任務を遂行するのみの同僚ホムンクルスよりも、強い熱意が籠っていた。


「強く……もっと、強く……」

 

 覚醒した淫魔の加護の力の一端たる『鎧の乙女オーバーメイデン』を、実戦と訓練によって使いこなしつつある。

 より力強く、より素早く。この力に、専用機『ケルベロス』は応えてくれる。


 だがその代償とでも言うように、この力を使った後は途轍もない飢えと渇きに苦しむ。

 体が強く求めるのは、カロリーでも水分でもない。愛だ。

 愛、愛、愛が欲しい。愛が欲しくて、愛しくてたまらない。

 その時、脳裏に浮かぶのは己の主ただ一人。人造人間ホムンクルスとして主人のことだけを考えるのは当然の思考回路だが、プリムは違う。自分の異常を自覚している。

 何故なら、普通のホムンクルスは、愛など欲しない。愛かどうかも分からない。ただ強烈に近づきたくて、触れたくて、一つになってしまいたい……そんな破滅的で非合理的な欲求が、人の語る愛なのかどうか。プリムには分からない。


 分からないから、ただ苦しむ。

 ベッドの上で一人、叫び出しそうな衝動を、必死に息を押し殺して 耐える。刻まれた淫紋が妖しい桃色の輝きを放ち、下腹部には火が灯ったように猛烈な熱さに苛まれる。

 そうして歯を食いしばって耐えているというのに、そんな時には決まって、耳元に淫魔の女神の優しい囁き声が聞こえてくる。

 それは甘い誘惑の言葉で、どうすればこの苦しみから解放されるのか――――その方法を語っているらしい。

 らしい、というのは、プリムが言葉の意味を理解できていないから。

 どうすればいいのか。どうしたいのか。

 故にプリムはこの身を焦がすような熱の発散の仕方さえ知らず、ただ治まってくれるまで耐え忍ぶのみ。吹き荒れる嵐の夜が過ぎ去って、穏やかな朝を迎えられることを祈るように。


 けれど、もしかしたら今夜はもう、乗り越えられないかもしれない。

 そんな不吉な予感がプリムの脳裏を過ったが、


「っ! あっ――――」


 直後、目の前を通り過ぎて行った黒い一閃に、余計な思考を差し挟む余地などないことを悟る。

 危ない。運が良かった。

 今の一撃を回避できたのは、単なる偶然に過ぎない。


「ブースト!」


 これ以上の追撃は捌き切れないと、プリムは全力で地を蹴ると共にブースターも全開で噴かせた。煙幕代わりに巻き上げた土煙を浴びせかけながら、急速に後退して距離を取る。

 追撃は……無い。どうやら、相手も仕切り直すつもりのようだ。


「はぁ……ふぅ……」


 与えて貰ったクールタイムの間に、深く息を吐き出す。

 すでに自分は全力を尽くしている。発動させた『鎧の乙女オーバーメイデン』は、恐らく過去最長。現在進行形で記録更新中といったところ。


 まだこの脆弱な肉体にガタは来ていない。『鎧の乙女オーバーメイデン』の強化は十全に発揮している。それどころか、さらに出力を増しているように感じた。

 今の自分は、今までのどの自分よりも確実に強い――――けれど、目の前の相手をするには、到底及ばないことを、こうして強くなる度に痛感させられた。


「そろそろ、終わりか」


 晴れ行く土煙の向こうから現れるのは、黒の魔王。

 戦場に君臨する漆黒の鎧兜に、手にした呪いの刃が二振り。完全武装のクロノである。


 ここはパンデモニウムの訓練場。ついこの間に行われた総合演習と同じ場所だ。よって、ここで振るわれる武装は全て本物さながらの偽りであり、不運にも急所に直撃したとしても、事故死するようなことは絶対にない安全設計。

 そう分かっていても、幻に過ぎない呪いの大剣の切先が向けられれば、死が明確な形をとって迫り来る気分にさせられる。


 自分に勝ち目など万に一つも無いことは百も承知。

 重要なのは、勝てずとも、どこまで食らいつけるか。絶対に失望させてはならない。何も上手に出来ない平均以下の自分だから。神の如き慈悲を賜って、強くなれることを証明する。

 もっとお役に立てると。だからもっと、もっと、傍に近づけるように。


 力を示せ。

 そうやって、サリエルもファナコも、その隣に立つことを許されたのだから。


「まだ……まだっ、です!」

「そうか、その意気だ」


 自分が来るのを待っていてくれる。そう感じられた一言がただ嬉しくて。

 プリムは、これ以上『鎧の乙女オーバーメイデン』を使えば、どれほどの反動に襲われるか予感しながらも、


「行きます!」


 限界を超えるべく、更なる力を淫魔の女神に求めた。




 ◇◇◇


「はっ……」


 プリムが目覚めた時、訓練は終わりを迎えていた。

 クロノとの一騎討ちは終盤の記憶が定かではないものの、自分の限界を超える力を発揮したせいで、最後は気を失ったと理解してしまう。

 トドメを刺されず倒れるとは情けない、と悔いる反面、今の自分の全てを出し切ったという達成感もあった。


 すでに『ケルベロス』を脱ぎ、ボディラインの浮かぶパイロットスーツ姿で寝転がるプリムは、心地よい疲労感と、体の芯まで響くような鈍痛に包まれて、すでに戦う者のいなくなった訓練場を眺めていた。


「目が覚めたか、プリム」

「ご主人様!」

「そのままでいい。疲れているだろう」


 主を前に身動きもとれず寝転がったままの自分に不敬を覚えるが、そんなことは気にするなとばかりに微笑みながら、隣に腰を下ろしては、フワリと頭を撫でられる。

 くすぐったい幸福の感触。けれど、欲深い体が焦らされるような手つきのせいで、勝手に熱く飢えて渇いていくのも感じた。


「プリムは強くなったな」

「いいえ、まだまだご主人様の求める強さには、及びません」

「そんなにハードル上げたっけ……」


 団長たるサリエルと同格の強さにまで至らなければ、魔王の寵愛を直接その身に受ける資格は無い。少なくともプリムはそう信じているし、事実として、ただの政略のみであてがわれた姫君などクロノの傍には一人もいはしない。


「自信がないなら断ってくれてもいいんだが、特別な訓練を受ける気はあるか?」

「はい」


 一も二も無く肯定。自信の有無など関係ない。主がそう望むなら、死んでも応えるのがホムンクルスだ。

 そこに個人的な感情を差し挟む余地など、


「そうか、なら今夜、俺の部屋に来てくれ」

「はい」


 はっ!?

 条件反射の返事をした後にプリムは気づいた。今、自分が何を言われたのかを。


「あの」

「ん?」

「ご主人様の寝室、で、お間違いない、でしょうか……」

「ああ、間違いない。大丈夫だ、来れば黙って通してくれるから」


 待て、落ち着け、これは淫魔女王の罠だ……一足飛びに夢が叶うかのようなクロノの言葉に、プリムの脳内は混乱を極めた。

 ただ疑いようのない真実として、「今夜、俺の部屋に来いよ」という命令が下されたこと。ならばホムンクルスとして、暗黒騎士として、命令は何としてでも果たさなければならない。

 一体、何を悩む必要がある。すでにイエスと応えた。後は下された命令を忠実に遂行するのみ。


「はい、分かりました……ご主人様のお部屋に、行きます……」

「良かった。それじゃあ、楽しみに待ってる」


 それまではゆっくり体を休めてくれ、と言い残してクロノは去って行った。

 それから、夜が更けるまでどうやって過ごしていたか、プリムはあまり覚えていない。


「……」


 今、プリムは自室で瞑想していた。

 迷走ではない、魔術師の基礎的な魔力鍛錬法であり精神修練でもある、瞑想だ。


 クロノのお誘いを受けてから、自分が夢を見ていたワケではないと確信するまでに、しばしの時間を要した。そしてソレが事実だと理解してからは、どう備えてよいものかと悩んだ。


 ひとまず訓練後の汗に塗れた体を清めるところから始め、メイドとしての身だしなみを整えるまでは、いつものルーチンとして動きに迷いは無かった。

 だがその先は……果たして、魔王から閨へ誘われた姫君は、一体如何なる備えをするものなのか。一介の暗黒騎士のメイドに過ぎないプリムには、全く想像の埒外だ。


 故に、すでにその高みへ上った暗黒騎士団長サリエルに、助言を求めたのは当然の判断であろう。


「貴女は、そのままでいい」


 しかし、返って来た言葉はその一言。

 そのまま、とは。まるで言葉の意味が分からずさらに問いただそうとはしたが、余計なことをする必要はない、ただ時間通りに行けば良い、と念を押されて、話は打ち切られた。

 プリムはもう一度、身を清めることにした。


 サリエルに聞いても分からないものは仕方がない、と割り切って、次に相談相手としての候補に選んだのは、頼れるメイド長ヒツギである。


「……いない」


 しかし自由奔放で好きな仕事しかしないメイド長は、こういう時に限って見つからなかった。

 もしかすれば、ちょうどクロノの傍に付きっ切りでいるのかもしれない。

 まだ時間になってもいないのに、今からクロノに近寄るのは避けたかった。


 すでにこの身には、日中に『鎧の乙女オーバーメイデン』を過去最長の最大出力で発動させた反動が、起こりかかっている。

 冷たい水のシャワーを浴びても、体の火照りが収まらないほどに熱を宿しているような錯覚。強烈な飢えと渇きが、ジワジワとこの小さな体を蝕んでいく。

 けれど、いつものように叫び出しそうな衝動の発露がないのは、この卑しい肉体が理解しているから。今夜はもう、コレを抑える必要はないのだと。


「はぁ……ふぅ……」


 そして、プリムが最後に行き着いたのが瞑想だ。

 このたった数時間の待ち時間の間に、頭と体がどうにかなってしまいそうだった。頭脳も肉体も未知の期待感に浮かされて、自分が正常な思考ができていない自覚がある。

 今の状態でうっかりクロノと出くわせば、体の方が勝手に動いてしまいそうで、恐ろしくもあった。


 早く、早く、とそう願うほどに、時間は遅々として進まない。まるで永劫の責め苦に囚われた地獄の罪人のような気分。

 この瞑想は、暴走してしまいそうな心と体を抑え込むための拘束具だ。自分で自分を縛ることで、プリムはひたすら、この耐え難い時を過ごした。


「……」


 そして、ついにその時は訪れる。

 時刻は夜9時。騎士団で言うところのフタヒトマルマル。

 命令は夜9時以降に寝室へ到着すること。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ。


 装備は万端。新品のメイド服に、新品の下着。着衣に乱れナシ。

 二度見、三度見、と自分と時間を確認してから、満を持して出撃する。


 元よりプリムの自室は、メイドとしても仕えるためにクロノの居住区のすぐ傍、実質、隣接する第五階層の区画にある。徒歩ですぐ、転移を潜る必要もなく、目的地へは辿り着く。


「F-0081・プリム。通行を許可」

「中で魔王陛下がお待ちです」


 プリムが寝室手前の区画にやって来れば、確かに護衛の暗黒騎士が顔パスで通してくれた。

 これから自分の身に起こることを、この無感情な同僚は知っているのかいないのか。一体どうなってしまうのか、自分でも分からないのに、ホムンクルスでなくとも他人になど分かろうはずもない。

 ここまで来れば、最早プリムにも迷いはない。

 ただ一歩ごとに鼓動が高鳴り、張り裂けそうな胸中で、主の待つ楽園へと踏み入った。


「よく来たな、プリム。それじゃあ早速、始めるか」


 寝室へ招かれれば、クロノは普段の訓練と同じように、何の気負いも無くプリムを見下ろしてそう言った。


「はい」


 世間一般に語られる、ロマンだのムードなどプリムは求めない。クロノに求められた、ただそれだけで十分。

 出会って5秒で始める覚悟完了をしていたプリムは、一切の迷いなくエプロンを脱ぐべく手をかけたが、


「ふわぁっ!?」


 脱ぎ去るよりも前に、クロノに抱えられた。

 あまりに早い接近、接触。優しく抱きかかえられる浮遊感に、一気に意識から現実感が失われ、夢見心地になる。

 けれどこの体は逞しい腕に抱えられて、強烈な反応を示している。メイド服を脱ぐ前で良かった。すでに下腹部に刻まれた淫紋が、眩い輝きを発しているだろうことをプリムは実感してしまう。

 まだ何も始まっていないのに、ソレを見られてしまうのは、何故だか酷く恥ずかしく思えたから。


 そんなプリムの困惑も、すぐに終わりを迎える。

 皇帝陛下がその身を横たえるに相応しい、巨大なベッドの真ん中に降ろされた。どこまでも沈み込んで行くかのような、極上の寝心地は、ヒツギに誘われ何度も一緒に寝転がっているので知っている。

 けれど、隣にいるのがクロノというだけで、本当にこのまま溶けていきそうな錯覚を覚えてしまう。


「緊張しなくていい。リラックスして、目を閉じて」

「は、はひぃ……」


 ただ返事をするだけ、もう呂律も回らなくなっている。

 意識はフワフワ夢見心地の酩酊感に揺れ、体はどんどん熱を増して燃えてしまいそう。

 リラックスなんて到底無理、そう思っていたはずなのに、


「はぁ……ふぁ……」


 どこからともなく、強烈な睡魔が襲い掛かって来る。

 ソレはこの身を焦がすような衝動さえも覆いつくすように、眠りのヴェールで全てを優しく包み込んでいく。

 そうして、プリムは成す術も無く眠りの淵へ落ち、


「――――ハッ!?」

「起きたか、プリム」


 目覚めてまず、視界に入ったのは、自分を覗き込む凶悪な髑髏の面。

 よく見慣れた、けれど今は見るはずもない、『暴君の鎧マクシミリアン』のヘルムである。


「……どうして」

「ここは『黒の魔王オーバーエルロード』の中だ」


 夢の中でもある、という説明と共に、この場が黒い大地と赤い空だけが広がる、禍々しくも虚しい空間であることを悟る。


「さぁ、対戦人機戦の特別訓練を始めよう」


 驚愕の真実を突きつけられ、プリムは背筋が凍り付くような感覚と、羞恥で真っ赤に燃えるような感情を同時に覚えた。


「ふふ、何を期待していたのかしら」


 右を見れば、『ヴィーナス』に乗ったリリィが蔑むような目で見下ろしている。


「だから、いつも通りと言った」


 左を見れば、『反逆十字槍リベリオンクロス』を握ったサリエルが、目も合わせずに呟いた。


 そして視線の向こう側では、赤い空から降り立つ古代兵器、戦人機の巨躯が映る。

 つまり、全てはそういうコトだったのだ。


「行くぞ、プリム」

「イエス、マイロード――――『鎧の乙女オーバーメイデン』」


 いつの間にか装着完了していた『ケルベロス』に感謝する。

 兜の中なら、零れた涙を見られることは無いのだから。

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― 新着の感想 ―
ネル姫が報われてしまったので次の虐待枠に就任したプリムさん
プリムがなにしたって言うんだよ! 懸命に頑張っていたというのに、サリエルは言葉が足りん。リリィも読心して追い打ちするな、正ヒロインと正妻を名乗るならもっと余裕を持てぃ。 クロノにそういう意図はなかった…
北神のやらかしのおかげでミアちゃんは他の神々に喧嘩を売らずに、クロノへ戦人機対策ができる口述を手に入れたと思うんですよ(多分、理由のない戦人機の訓練を加護を与えたものに施すのは神々にとっては越権行為)…
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