第1047話 四帝会談(2)
「うーん、そうだなぁ――――」
腕を組んで、もったいぶって唸りを上げてから、アイは口を開く。
「――――スパーダでクロノくんを待ってるよ」
「そうか」
「安心してよ、北と西から攻められている隙をついたりはしないから。強敵に挑む時は正々堂々とね。アルザスでも、そうだったでしょ?」
「ふん、あの時はお遊び気分だったくせに」
「本気にさせたのは君たちの方なんだから」
初心を思い出させるようなことを言いやがって。わざわざ焚きつけなくたって、俺はお前への復讐心は衰えちゃいない。
正々堂々、大いに結構。アイ、お前はミサのように拍子抜けするような最期を見せてくれるなよ。
「うん、誰にも邪魔はさせないよ。女帝エカテリーナ、西方大帝ザメク、誰が相手だろうと魔王クロノは負けない。全て打ち倒して、必ず私の前に現れる――――だから、アルスくんにも、ちゃんと余計な真似はさせないから」
「第八使徒アイ卿、私は十字軍総司令官として――――」
「これが私の神意だよ。ただの人間風情が、神様のご意志に反しちゃあ、ダメダーメ」
口調こそ相変わらずの軽さだが、すぐ隣に控えるアルスの頭をポンポン叩くアイの目は真剣そのもの。
十字軍を動かすことも許さない。余計な真似すれば殺す。そう言っているも同然であった。
「ならば、俺も約束しよう。アイ、お前は俺が殺す」
「嬉しいよ、楽しみに待ってるからね、クロノくん」
そうして、笑いながらアイのホログラムは消えていった。
「なんじゃあ、もうお開きとは。折角盛り上がってきたところではないか」
「すでにこちらの意は伝えた。そして、魔王クロノも我が神意を知るというならば……これ以上、語るべきことはない」
不満げに口を尖らせるザメクに対し、エカテリーナは静かに、けれど決然と言い放つ。
「次に見える時は戦場となろう。魔王クロノ、そこでお前の器を見極めるとしよう」
「おいおい、余のことも忘れるでないぞ。パンドラに二つとない大器であるからな!」
「この私が魔王を下した後でも尚、その大口が叩けるならば相手をしてやる」
そう言い放って、エカテリーナのホログラムも姿を消していった。
「連れない女よ。ああいう方がそそるのか?」
「それしか考えていない男だと思われるのは心外だな」
「くっくっく、極上のハーレムを築いた男に対するやっかみよ。甘んじて受けるがよい、色男」
確かに、俺の婚約者達を見れば誰もが嫉妬するだろう。それほど清く正しく美しく、そして何れも一騎当千の強者だからな。
だからといって、それを殊更に自慢したいワケではない。
「そんなケチしかつけないならば、俺もここで退くとしよう」
「うむ、そうか――――この度は、誠に有意義な時を過ごせた。このような場を設けてくれたこと、心より感謝する」
「こちらこそ。招かれざる客もいたが、こうして顔を合わせられて良かったと俺も思っている」
「やはり大将の顔くらいは見知っておかねば、相対した時に張り合いもないからのう! ではな魔王、貴様と大陸の覇を競う時を、楽しみに待っておるぞ」
そうして、最後に不敵な笑みを浮かべながら、ザメクのホログラムも消えていった。
これで全員の姿が消え、モノリス通信もオフラインとなる。
三ヵ国首脳会談と思っていたが……終わってみれば、四帝会談とでも言うべき集まりになったな。
まったく、それぞれが己の意志を主張するだけ主張して、駆け引きや交渉の余地など一切なかった。実質、宣戦布告を互いに確かめ合っただけである。
「本当に、どいつもこいつもヤル気満々で参るな」
「仕方ないわよ、すでに軍を起こしている以上、もう止まれないもの」
分かっちゃいたが、アイの十字軍に加えて、二大国とも矛を交えることになるとは。どうにも気分が重くなる。
こういう時に、歯向かうならば全て滅してくれよう! とテンション上げられる奴の方が魔王向いてると思うんだが。
「それで、リリィはどう見る」
「あからさまに本心を隠しているようには思えなかった。アイは元からあんなだし、ザメクも仮面を被って謀略に執心するようなタイプでは無さそう」
「あの豪快な態度は演技ではない、と」
「典型的に自分の力に絶対の自信を持つタイプ。昔のゼノンガルトと同じよ」
確かに、ザメクの成り上がりはゼノンガルトが予定していたものと似たような感じだ。
違いと言えば、魔王として自ら最強であろうとしたゼノンガルトに対し、ザメクは自分自身の強さにさほど執着しているようではない。そもそも魔王を名乗ってないし。
そうでなければ、あれほど自慢げに、まだ幼さの残る少年剣士を我が国の最強として誇ることはしないだろう。
俺も別に自分が最強であることにこだわりはないので、リリィやフィオナの方が強くね? って囁かれても一向に気にしない。事実を言われただけのことだ。
「だがそのカリスマは本物だ。統一した西部全土が安定し、一丸となって発展し続けているのは、それだけザメクの治世が優れているから。重臣の多くも、都市国家の頃から仕えていた者よりも、征服した国々から選りすぐった者だという」
「強力な加護を授かった英雄もね」
ザメクは典型的な実力主義で、積極的に有能な者を重用してきた。その姿勢に都市国家時代からの者達の反発は強かっただろうが……最早、そんな声など気にする必要はないほど、ロンバルトは巨大な国家となった。
最古参でありながら、今もすぐ隣で重用されている者は、あの聖剣の勇者ロイくらいだという。現時点でも中学生くらいにしか見えないのに、ザメクが覇道を歩み始めた時から一緒にいるって、幼児の頃から聖剣振ってたのだろうか。
リリィが先んじてロンバルトに派遣したオルエンの調査報告では、確かにロイは子供ながらに聖剣の力で、数多の武功を挙げてきた、と記録に残されているという。
その勇者ロイを筆頭に、後に続く個人戦力は皆、それぞれの国元で名を轟かせていた英雄達。いずれも黒き神々の加護持ちだ。
「これだけ上手く取り込んだ国々の者を使っている以上、ただの自信家ではない。見る目は本物だし、しっかり損得勘定に人の心理も読めるのだろう」
本来、それこそ王に求められる能力だ。
ザメクは自ら目利きした人材を集めているが、俺はただ偶然、リリィという突出した存在がハナから傍にいてくれたというだけのこと。考えるまでもなく、王としてはザメクの方が圧倒的に有能だろう。
「豪快に見えて、腹の内では計算高い男に違いない――――このテのタイプがもう一人いたら、手を組まれてかなりの不利になっただろうな」
「そうね、アイはクロノとの勝負に夢中だし、エカテリーナはイオスヒルトの神意を優先しているようだし」
今頃はザメクも、オルテンシアと十字軍のどちらも、交渉して利用できる余地が無さそうなことに、苦い顔をしているかもしれない。
「エカテリーナはどうなんだ? 正直、発言の意図が読めなかったんだが」
「もう、クロノも分かってて言ってたんじゃないの?」
「いや、分からん」
自分でも分からんのに、エカテリーナはこっちの意図お察ししてるよね? って態度だったのが一番謎なのだ。
「イオスヒルトがどういう女神かミアから聞いている、って自分で言ったじゃない」
「ちょっと変わった子だった、という程度だぞ。それで実際にエカテリーナがどんな神託を受けているのかは、全く分からないだろう」
「そりゃあ実際に何て言われているのか、なんて分かりようもないけれど……顔を合わせて、私は何となく察しはついたわよ」
「本当か!」
「ええ、簡単なことよ」
そこでピョンと飛んで俺の胸元に治まってから、リリィはどこか嘲笑うような表情で言い放った。
「あの女は、嫉妬しているだけなのよ」
「嫉妬……?」
「そう、だって私にはクロノがいるのに、彼女には誰もいない――――私は妖精女王イリスの導きで運命の出会いを果たしたのに、エカテリーナはイオスヒルトの導きの先に、いまだに伴侶と出会えていないんだもの」
だから私を見たら、嫉妬くらいする。
そうリリィは言うのだが……正直、全くピンと来ない。
「いや、そんなことある……? これから大陸統一しようって時に、行き遅れを気にするとか」
そもそも自ら眠りについて、長い年月をかけてオルテンシアの女王で居続けているのだ。これ完全にアレだろ、私は国と結婚している、ってヤツだろ。行き遅れがどうとか気にする次元をとっくに超えている。
男になんぞ現を抜かすことなく、ひたすらオルテンシアのため、あるいはイオスヒルトのために尽くしている。そういうスタンスのはずだ。
「俺はむしろ、リリィほど神に愛されている者が、誰かの下についてることを良しとしていないように見えたが」
「ええぇー、絶対違うと思うなー」
俺の推測はそんなに的外れだろうか? エカテリーナは俺よりもリリィの方にこそ価値を見出していたように思えてならない。
俺の器を見極める、なんて言っていたのも、リリィを従えるに相応しいかどうか、といった意味だと思うのだが……どちらにせよ、エカテリーナは一番乗りで俺を討つとヤル気満々だ。
「ひとまずは、最初の相手になるだろうオルテンシアへの対策を考えないとな」
「タイミング的には、三正面作戦を強いられることになりそうだけどね」
「戦力三分割なんて、今から胃が痛くなる……」
オルテンシアに対抗するには、何よりもまず戦人機と真っ向勝負できる戦力がなければ、話にならない。すなわち現代基準の通常戦力は、まず役に立たないと見るべきだ。
「ロンバルトは海から来るわけだし、そっちは海軍戦力中心で振り分けられるのはまだ良かったと思いましょう」
「またルーンのお世話になるな」
「もう少し時間はかかりそうだけど、セレーネで建造させている艦隊も形にはなるわよ」
こんなこともあろうかと、というワケでもないのだが、ヴァルナでミサを討った後くらいから、レーベリア会戦を見越してアヴァロンでは海軍戦力の増強も始めていた。
無論、海軍戦力の中核となる軍艦は一朝一夕で出来るものではない。さらに言えば我らが帝国工廠が注力していたのは天空戦艦を始めとした古代兵器だったし、物凄く力を入れていたワケではない。
ないのだが、アヴァロン総督ミリアルドの主導によって、港町セレーネでの造船は進められていた。
もしもルーンの協力を得られなければ、かき集めた艦艇と急造の軍艦を合わせた自前の艦隊だけで、レムリア海の封鎖……は無理なので、せめて大遠征軍のアヴァロン上陸を防ぐための、最低限の防御となった。
実際はルーンが協力してくれたお陰で、レムリア海の封鎖は完璧で、ネロが海路で逃げ出したり、他所に兵を送り込む余地が無くなったのは、本当に助かった。
「そういえばフィオナが、アヴァロンの新造艦を使わせて欲しいって言ってたわよ」
「新しい必殺技の的にしたい、って言うんじゃないだろうな」
「流石のフィオナでもそんな馬鹿なことは言わないでしょ……言わないわよね?」
「俺に聞かないでくれ」
フィオナは今でこそこっちに顔を出しているが、ここ最近はずっとルーンに行ったきりだ。基本的には例の海底遺跡に籠って、鋭意研究中とのことだが……
「何かしらの成果物が出来たから、新造艦で試したいってところか」
「もうすぐ帰って来るでしょうから、その時に聞きましょう」
本人がいるなら、何を考えているのか聞くのが手っ取り早い。
もしも有効な新技術の開発に成功しているならば、集中的な生産、配備をすることもあるからな。
「それよりも、やっぱりオルテンシアの戦人機部隊は厄介ね」
「厄介なんてもんじゃない。最強の古代兵器だアレは……」
夢に現れたミアが自信満々に「戦人機戦のいろは!」なんて豪語していたが――――何のことは無い、本物の機体と本物のエースパイロットが動かす、十全な戦闘能力を発揮する戦人機と実戦形式で戦わせてくれる、というだけのことだった。
実は知られざるこんな弱点が、こんな死角が、なんてことは全くなく、ただひたすらに力強く素早い鋼鉄の巨人を相手にする理不尽さを味わった。
そりゃあ先進的な魔法文明となった古代において、主力兵器としての地位を築いた存在だ。ちょっと小突いただけで大爆発するような、致命的な弱点や欠陥なんぞあるワケがない。
古代にだって戦車や戦闘機のような兵器だってあっただろうに、それらを押し退けて主力の座を独占していたのだから、隙の無い万能機に決まってる。
そりゃあ使徒であるアイだって、何機もの戦人機と戦うなら、おふざけ抜きで本気を出さざるを得ない。そしてアイツは本気を出すことを選ばなかったから、すぐにオルテンシア国境線から退いたのだ。
「クロノでも一機相手にするだけ手一杯かしら?」
「ああ、それも武装はない状態で」
まずは戦人機の挙動を体で覚えよう、ということで、武装のない状態での戦いから始めた。
量産機『スプリガン』はシンプルな人型で、非常にスタンダードな機体。それを操るのは、最強の戦人機パイロット、ミアだ。
本人曰く、当時のベテランパイロットくらいの挙動で戦ってくれていたという。
巨人のような相手との戦いは、俺がよく鍛錬で使っている『デウス神像』で慣れている方なのだが……やはり、あの巨体で滑らかに人間並みの動作をする上に、短時間ながらも飛行すら可能とする出力を発揮するブースターを背負った機動性は、脅威的である。
戦い方そのものは人型の制約を脱することは無い、俺自身もよく慣れた機甲鎧と同じようなものだが、巨人サイズとなるだけで、その強さは跳ね上がる。
「俺ももっと練習が必要だが……その内、リリィ達もできるよう機会を設けるよ」
「できるの?」
「できるようにする。これも『黒の魔王』を使いこなすのに必要な練習だ」
要するにミアの訓練モード開催中に、『黒の魔王』へリリィ達を招けるようにすればいいわけだ。
今はまだ出来ないが、どうにか出来そうな手ごたえは掴んでいる。やっぱ魔法も、練習あるのみだ。
「それじゃあ、お誘いを楽しみに待っているわ」
だがリリィには悪いが、最初に来れそうなのはサリエルなんだよなぁ……思うものの、余計なことは言わないことにした。
「失礼します、マスター」
「ああ、サリエル」
済まないな、ちょっと話し込んでいたせいで、迎えに来たのか。
会談に臨んだ玉座の間には、俺とリリィしかいなかった。しかしながら、サリエルを始めとした面々は、別室で会談の様子を見ている。会話は勿論、その顔と仕草もしっかりと観察できていたはずだ。
で、いつまでも玉座に座ったまま出てこないから、呼びに来た……ってワケでも無さそうだな。
「マスター、一つだけ気になったことが」
「聞かせてくれ」
「アルス枢機卿の顔色が、非常に悪いように見えた」
流石は元同僚といったところか。よく見ているな。
しかし、あんなにアイに振り回されてれば、顔色の一つも優れないのは当然だと思うが、そういうことではないのだろう。
「まさか病気だとか?」
「いいえ、体調には問題ない。アレは精神的なもの」
「じゃあやっぱりアイのせいか」
「使徒一人分の横暴を受け流すだけの度量はある。そんな彼でも、限界を超えるほどの問題に直面したと見えます」
戦場を共にしてきたサリエルだから、分かるのだという。
あの顔は、超ド級の厄介事が起こった時の顔色だと。
「新たな使徒が配属された可能性があります――――」
そう、サリエルは最悪の予測を口にした。