第1043話 西からの脅威
結局、マッサージはした。
だがサリエルが仕切ってくれたお陰で、サキュバス式ではなく健全なマッサージになった……ヒツギとプリムとサリエルの三人に集られてするマッサージは言うほど健全かと思うが、健全ということにしておくのが国是なのである。
そうしてヴェーダの湯を堪能しつつ、俺達は数日間滞在して諸々の協議を終えて、パンデモニウムへ帰ることとなった。
「うぅーん、カーラマーラは久しぶりだぞぉ! ちょっと空気良くなったか?」
「なんでルルゥいるんだよ」
いやぁ、ヴェーダとの会談は大成功でしたねぇ、という終わった感全開で転移を潜って、帰還アピールのために一番目立つテメンニグルのエントランスに戻って来れば、チョロチョロと飛び出して行く小さな影が目に入った。
リリィは俺が抱っこしているから、リアル幼女サイズの妖精など、他に一人しかいない。
「なんでって、クロノの近くにいた方がいいだろ」
「マスター、ルルゥは『暗黒騎士団』への入団希望とのことです」
「えー」
と、難色を示したのはリリィ。
うーん、ルルゥはその気のようだし、ヴェーダとしても俺に近い立場に天子の親友である彼女がいるのは利点となる。でもリリィは損得抜きの感情的にちょっと嫌そうで、サリエルは……どっちでも良さそうな無表情だが、リリィの態度を見ても止める意見を言わないということは、かなり採用に前向きということなのか。
「おい、ルルゥの力がいるだろ、クロノ!」
「別にいらなーい」
「リリィには言ってない!」
「それじゃあ、採用試験を受けてもらう。結果はサリエルが決めてくれ」
「はい、マスター」
近衛たる『暗黒騎士団』は、レーベリア会戦にてネオ・アヴァロン軍の機甲騎士団と真っ向勝負をしたせいで、結構な被害を受けている。新たな人員の補充は必要だが、かといって魔王の身辺に侍る近衛を、適当な人選で採用するワケにはいかない。
だからこれまでも戦闘力よりも、決して裏切らない忠誠心を重視して、基本的にはリリィが選抜したホムンクルスだけを採用している。一般採用はいまだにセリスとファルキウスだけである。
今回の損耗を再びホムンクルスのみで埋めようと思えば、確実に戦力の質は下がってしまう。スパーダ奪還に加えて、オルテンシアも動きを見せている。厳しい戦いが、これからも続きそうな以上、『暗黒騎士団』の戦力向上は必須。
なにせ魔王の俺が最前線を張るのが、魔王軍の基本戦術だ。儀礼的な警護役としての近衛ではなく、戦場で活路を切り開く強い力こそ、魔王の近衛『暗黒騎士』に求められるのだから。
その辺を鑑みれば、ルルゥの暗黒騎士採用はかなりアリだ。ついでに付き人のレヴィも必ずセットでついて来るだろう。
両者の実力はすでに確認済み。そして肝心の忠誠心は、正直期待はできないが……良くも悪くもルルゥは妖精だ。妖精らしい妖精だ。
だからこそ、下手に忠誠心を語る者より、信用できる。もしもルルゥが俺を裏切る時が来るならば、それは俺自身が妖精の純粋な善性に背くほどの悪逆をした時だろう。天子を無理矢理に手籠めにした、とか。
「だから、そんなに膨れるなよ」
「むぅーん」
不服そうに膨らませたリリィの頬をツンツンしている内に、ルルゥはレヴィを連れてさっさとどこかへ行ってしまった。
そういえば、ルルゥも元は『超新星』というパーティを組んでいた。真っ当な冒険者パーティというよりは、ただの盗賊団だったが。俺も絡まれたし。
カーラマーラへ戻って来たならば、昔の仲間と顔も合わせたいだろう。後で知ったことだが、パーティメンバーはルルゥ自ら助けた女性達ばかりだという。
行き場のない彼女達を自分の下で保護していたとも言えるワケで、ルルゥはあれでいて面倒見の良いところもあるようだ。そういう性格だからこそ、天子とも上手くやっていたのか。
「無事に戻ったようだな、クロノ」
「おお、ウィル」
わざわざ出迎えに来てくれてありがとう、とやって来たウィルと握手を交わすが、その表情はどこか固い。
ああ、こりゃあ何か厄介事があった顔だな。
「戻って早々に済まないが……」
「分かった。リリィも一緒の方が良さそうだな」
「頼む。かなりまずいコトになっている」
どうやら、思った以上に事態は深刻なようである。いよいよ、帝国のどっかで反乱でも起きたか。
ネロと大遠征軍が滅んだことで、喉元過ぎて熱さを忘れたように、もう帝国の庇護など必要ない、俺達は独立する! と言い出すところが出てきてもおかしくないタイミングだしな。
そんな思い当たる最悪のケースを考えつつ、ウィルの案内で俺達はすぐに第五階層の司令部へと飛んだ。
席に腰を下ろせば、すでに勝手知ったるとばかりにウィルがデバイスを操作し、大きなホロウインドウを展開する。
そこに映し出されていたのは、空飛ぶ天空戦艦――――
「……これ、エルドラドじゃないな」
「天空戦艦『アスガルド』、というそうだ。西の大国ロンバルトが誇る古代兵器……だったが、空を飛んだのはつい最近のことらしい」
「おいおい、まさかコイツら」
「うむ、そのまさかよ」
西方大帝ザメク・ヴィ・ロンバルトが、東を征する大遠征を宣言した――――
◇◇◇
ロンバルト最大の港町ビフレスト。
今日も大勢の人と物が行き交うこの港に、一人の男が降り立った。
端正な顔立ちに、灰色の髪。眼鏡をかけたその容貌は理知的である同時に、己の若い才能を信じる自信に溢れていた。
そんな若くして一端の商人にまで成り上がった商会の若旦那――――といった姿に、ルーンの第二執政官にして、秘密諜報機関『忍』の長、ソージロ・テオ・レッドウイングは扮していた。
ルーンの裏社会で暗躍していた最大の魔導結社『払暁学派』は、ついに検挙された。正確には、帝国の魔女フィオナが本拠地の海底遺跡と首領たるクーリエを預かることとなっている。
不死鳥の怒りを買ったルーン存亡の危機を乗り越え、『払暁学派』の脅威も無くなったとあって、ルーン国内の治安は大きく改善された。
よって、次に大きな問題となるのは、内憂ではなく外患。
ソージロは親愛なる従姉ファナコの婚約話が落ち着いたのを見計らって、すぐに自ら西へと向かった。
レムリア海での交易が国家を支える最大の経済活動であるルーンにとって、海を通した各国の情勢は非常に敏感だ。レムリアに面する国々には、どこでも現地の諜報員を潜ませている。
そうした中で、特にここ最近で大きな動きを見せているのは、パンドラ西部の覇者、大国ロンバルトであった。
西方大帝を名乗るロンバルト国王ザメクは、魔王クロノ同様に短期間で西部を統一した傑物だ。ここまでならば、ルーンとしても大した問題ではない。
むしろ西部がロンバルトによって統一されたお陰で、より一層に海洋交易が活発化しており、西側の海域の安全性も上がっている。これからもロンバルトはレムリアの西端にある大国として、末永くお付き合いができれば最善であったが……海を超えて大陸中部にまで、支配の野心を抱いているならば話は別である。
やはりザメクは西部統一だけで満足するような男では無かったらしい。
自ら強欲を公言し、欲しいモノは己の力で勝ち取る、というシンプルな欲望をこの上なく体現している。
瞬く間に西部統一を成し遂げたザメクの力は伊達ではない。レムリアを渡って大陸中部にまで進出するのは、途轍もないコストがかかる大遠征となるだろうが、ロンバルトの国力を考えれば決して不可能ではない。
むしろ大陸統一を目指すために、早々に西部統一を果たしたと見える。強欲の王ザメクの野望は、まだまだ先があると考えるべきだった。
当たり前の話だが、レムリア海の西から大陸中部へ向けて侵攻するならば、ルーンはその橋頭保としてこの上ない立地だ。
ルーンを占領すれば、ここを起点として大陸中部に広がる、北はアヴァロン、東はスパーダ、南には各都市国家と、好きなところへ攻められる。そしてルーンを抑えておけば、レムリアの海洋交易はほとんど停止状態にもなるのだ。
そうなれば、貿易を柱とする中小の都市国家など早々に干上がり、戦わずとも降伏するだろう。そうした地域を傘下に加えて地盤を固めることが出来れば、いよいよアヴァロンやスパーダといった大国を相手にできるだけの体勢が整う――――というのも、去年か一昨年までの話だろう。
今やレムリア海の東側は、スパーダが面する僅かな海岸線を除き、その全てがエルロード帝国の領土と化している。
ついこの間、レーベリア会戦で聖王ネロと大遠征軍を撃滅したので、まだ版図に加わって日は浅いが……魔王とファナコ姫との婚約成立もあり、ルーンと帝国の同盟関係はより固く強化されている。
ルーンが完全に親帝国の態度であるため、レムリア海の東側は最早、完全に帝国の領域といっても過言ではないだろう。
そんな状態で攻め寄せれば、本来なら個別に相手できたはずのレムリア東の沿岸国家が、今はエルロード帝国という巨大な国家との正面対決となってしまう。これではロンバルトが当初思い描いた中部遠征の計画は大きく狂うこととなる。
だが、それでも西方大帝ザメクがその野望を諦めなかったとするならば――――真っ先に戦火に晒されるのは、対帝国としての地理的価値がさらに高まった、島国ルーンである。
もしかすれば、次にルーン存亡の危機に陥れるのは、件の十字軍よりも、ロンバルトの方が早いかもしれない。このような危機感を、ソージロは勿論、ハナウ王も憂慮しているのだ。
故に、次なる脅威の備えとして、ソージロは自ら現地へ赴き、情報収集に当たることとなった。
初めて訪れた遠い西の国にあっても、ソージロは幾度も通い慣れているかのような足取りで、大勢の人々が行き交う通りを歩き始めた。
「むふふっ、イイ男。ねぇお兄さん、ちょっと遊んでいかなぁーい?」
通りを歩いて早々、甘ったるい声音でそんな誘い文句をかけられる。
この場は港から出てすぐにある歓楽街。昼間からでも、上客と見ればこのテのお誘いもあるだろう。
ましてソージロは、如何にも成功を収めた若き商人。スラリとした長身に、怜悧な美貌を併せ持つ美男である。ダメ元で商売女が声をかけるのも、当然とも言えた。
「失礼、お嬢さん。先約がありますので、少々先を急いでいるのです」
無論、ソージロとてこういった手合いは慣れている。ただの声かけなど気にも留めない。忍ならば、酒に酔った状態で美女に迫られても、篭絡されることなどあってはならないのだから。
軽く一瞥して、そのまま歩き去ろうとしたが、
「そうだよねぇ、早くしないと、天空戦艦が飛ぶとこ、見られないもんね?」
しつこく客引きするように、肩が触れ合うような位置で追走しながらも、彼女から出てきた台詞は核心を突くモノだった。
「へぇ、そうなのですか。それは面白そうなコトを聞きました」
実に興味深いことを聞いた、とばかりに微笑みを浮かべて足を止めたソージロ。行き交う人々は誰も気にも留めない、何気ない台詞と立ち姿だが……いつでも目の前の相手を、呻き声一つ漏らさず始末できる構えであった。
「んふふ、良かったぁ、ちょっとはその気になってくれたみたいだね」
ソージロが相対するのは、娼婦であってもかなりの高級となるだろう身なりをした少女であった。
勝気な目の溌剌とした美貌。長い紺色の髪からは、フワフワの毛並みをした狼のような耳が立つ。
実に美しい、半獣人の少女――――だが、それは自分と同じ単なる変装の姿であることを、ソージロは見抜いた。
「美しいお嬢さん、よろしければ、貴女のお名前を聞かせて貰えませんか」
道端でナンパでもしているような、キザったらしい台詞と所作で、ソージロは彼女に手を差し出す。
そうして目の前に差し出された手を、美味しそうな餌でも見るような眼差しで眺めてから、半獣人の少女はその手を握った。
「ボクはオルエン。君と同じ『忍』だよ」
◇◇◇
「まさか、帝国が先んじて調査の手を出していたとは。遅れを取ってしまいましたね」
「ボクはほとんど独断で来たみたいなモンだからー」
でもちゃんとリリィ女王陛下にはお許し貰ってるから、とあっけらかんと語るオルエンは、どこまでも能天気に笑っていた。
西の大国ロンバルトの動きについては、帝国にも伝わっていた。
しかしカーラマーラでパンデモニウムが成立してより、クロノは十字軍と大遠征軍、目前に迫っていたこの二つの脅威への対処に集中せざるを得ない。事実、帝国の総力を挙げて、どうにか連勝し続け、ついにレーベリアにてネロを討ち取ることができた。
ここまで至り、ようやく帝国には余所にも注意を向けるだけの余力が生まれたのだ。
オルエンは元々、ラグナ公国の忍一族の者だ。
龍災、あるいはそれに準ずる危機の調査のために、『極狼会』というギャングとしてカーラマーラで活動を続けてきたが――――今やラグナ公国は、忠実な魔王の僕である。
本国と黒竜大公が喜んで魔王に従っている以上、オルエンもまた今やエルロード帝国に忠義を尽くす忍となっていた。
そこでレーベリア会戦が終結する頃合いを見計らって、オルエンは自らリリィへと上奏した。ロンバルトが大陸統一の野望を抱いているならば、十字軍に次ぐ脅威となる可能性がある、と。
西方大帝ザメクとロンバルトの勢いは、リリィも噂以上に聞き及んでいた。
正直、リリィとしてはさっさと十字軍だけ壊滅させて、クロノと共に一線を退き静かな余生を存分にイチャつきながら過ごしたい、と思っているので、ロンバルトが西で黙っているならどうでも良かった。
野心があって方々へ侵略を始めようとも、帝国に喧嘩を売らなければ放置しても構わない。
だがしかし、いよいよスパーダに居座る十字軍を叩き潰す、詰めの大一番で邪魔が入ろうものなら、堪ったものではない。
こちらが大陸の情勢を調べているように、ロンバルトとて諜報の手を伸ばしている。
もしもロンバルトが本気で大陸統一の野心を抱いているならば、最大の敵は今やパンドラで最も巨大な国と化したエルロード帝国である。
その帝国が最も敵視しているのが十字軍であり……スパーダへ攻め込んだ時、レムリア海を渡ってルーンやアヴァロンに攻め込まれようものならば、大陸中部は大荒れとなる。最悪スパーダ奪還を断念せねばならない可能性も有り得た。
よって、リリィは即座にオルエンの奏上を受け入れた。
オルエンの諜報能力は、リリィもそれなりに信頼している。伊達にラグナが遠いカーラマーラの調査に送り出してはいない。オルエンには個人の戦闘能力もさることながら、すぐに現地へ溶け込める適性もある。
帝国が大きくなればなるほど、このテの人材の重要性は増してくるとあって、リリィは手厚い支援の下で、オルエンをロンバルト調査の代表として送り出したのであった。
「で、もしルーンの人と会った時は、しっかり協力するように、ってね」
「まったく、そこまで見通しておられるとは。本当にリリィ女王陛下は恐ろしいお方です」
「ホントだよねー。ボクでも謁見するとちょっと緊張しちゃうから」
かくして、ソージロはオルエンの手引きによって、予定を大きく前倒ししてロンバルトの首都ガリアンへと向かった。
ガリアンはレムリア海に通じる大河と、巨大なランスロット湖を臨む、肥沃な平野部に構えられた、巨大な都市である。
元々ガリアンは、ザメクの故国であり、ここから彼の西方大帝としての歩みが始まった。ザメクの故郷であるという以上に、農耕に適した広い平野と、レムリアの海運に繋がる大河の傍という、非常に恵まれた立地から、西部統一を果たした後も首都としてあり続けている。
そんな首都ガリアンは、ロンバルトの拡大と共に大きくなり、とても街を囲む防壁の建設が全く間に合っていない。
今でもガリアンにある防壁は、元々のガリアン王城とその周囲を囲う、さして大きくも高くもない古い城壁のみである。
しかし防壁建築をハナから諦めたことで、ガリアンは広々とした都市計画に基づいた、巨大な街として今も拡大を続けていた。
「なるほど、これほど肥大化した首都を守り続けてきたのが、天空戦艦『アスガルド』というワケですか」
「飛べなくても、移動できる要塞ってだけで十分凄いからねー」
ザメクが故国ガリアンを掌握した時、初めて現れたのが天空戦艦『アスガルド』である。突如としてランスロット湖から浮上してきたアスガルドに、ガリアン王城は戦う前から士気が折れていたようだ。
それも無理はない話である。古代の遺物を兵器として転用するのは、どこの国でも熱心に研究され、一部では実用化もされているが、そうそうモノになるものではない。それが本物の古代兵器が起動しただけでも快挙なのに、実戦に投入できるだけの動きを見せるとなれば、それだけで戦力差は決定的となる。
かくしてガリアンを容易く手中に収めたザメクだが、それ以後の戦いでアスガルドが決してただ動くだけの張り子の虎ではないことが証明された。
西部統一に乗り出したザメクは、幾度となくこの開けた首都を攻められた。
そして、その度に空こそ飛べないが、地上を浮遊して移動できるアスガルドが、移動要塞として立ち塞がった。
ザメクは巧みにアスガルドを操り、この防壁のない首都を守り切ってみせたのだ。
「その天空戦艦が、ついに飛ぶと?」
「まだ秘密にされているけれど、今日の記念式典で飛ばす計画らしい」
これぞ忍の本領発揮とばかりに、オルエンは自ら掴んだ機密情報を明かす。
ここ最近、天空戦艦を始めとした古代兵器と、保有する古代遺跡の研究が活発化していること。ザメク自ら天空戦艦を操って国盗りを成し遂げているので、元より古代の研究は推進されていたが……どうやら最近になって飛躍的に研究が進んだようだった。
その成果のお披露目として、首都の守護神たるアスガルドを飛行させる、と秘密裡に推し進められていることをオルエンは調べ上げていた。
そうして、ソージロとオルエンは若き商人とその奥方といった感じの変装に身を包み、西部統一の周年記念式典に湧き上がる首都ガリアンへと入った。
まずはひとしきり目ぼしい箇所を観光を装い回ってから、オルエンの案内でメインイベントとなるランスロット湖の湖畔にある大広場へと向かう。
広場には、すでに大勢の観客が詰めかけていた。
この会場で国王ザメク直々に挨拶を賜る、とは広く伝わっており、君主であり西部一の大英雄を一目見んと、人々が殺到するのも当然であった。
その混雑ぶりは開催側も予想していたのか、これといった厳しいチェックなどもなく、各所に分かりやすく警備の兵士が立っている、といった程度の警戒態勢であった。大国の君主が不特定多数の前に出るとは思えぬほどザルな警備だが、万が一が起こったとしても全く自身の身の安全に不安はない、と公言しているようにも感じられる。
そういう状況もあって、ソージロとオルエンも、何の工作も必要なく、すんなりと会場入りを果たした。
後はただ、サプライズで登場する、天空戦艦の初飛行お披露目を確認するだけなのだが……
「――――こんにちは、この度、新たに『聖歌隊』の隊長を務めることとなりました、エミリアです」
「うわっ、なんでエミリアがここに!?」
全く予想外の人物の登場に、オルエンは素で目を剥いて驚いた。
今、ステージに上がって来たのは、煌びやかな衣装を身に纏った美少女達。いわゆる踊り子の類で、イベントの盛り上げ役だろうと思っていたソージロも、オルエンのリアクションの大きさに何事かと気にかける。
「知り合いなのですか?」
「カーラマーラでぶっちぎり一番のアイドルだった娘だよ」
「それほどの実力者ならば、引き抜きにでもあったのでは」
「クロノくんといい仲だったけど、いきなり失踪していた、って言ったら?」
「それは……なるほど、あまりいい予感はしませんね」
どれほど人気を誇ろうとも、それがただの歌姫ならば何の問題もない。
そこにこれからのパンドラの運命を握る、魔王と個人的な関係がある、となれば話は変わって来るだろう。
ましてそれが、敵対勢力の精鋭部隊の長となっているのであれば。
「『聖歌隊』は、いわゆる強化専門の支援部隊でしたか」
「うん、こっちで有名な音楽の女神の加護を授かってる子達で固めて、凄い効果があるって話だけど……エミリアは加護なんて持ってなかったはずなんだよね」
「しかし、この感じは――――」
舞台に上がったエミリアは、これほどの大観衆の前でも一切動じることなく、『聖歌隊』のセンターに立ち、朗々と歌い上げる。
その身に授かった、神名と神言を。
「世界で一番の歌姫――――『天音神楽ミクゥー』」




