第1035話 残された使徒
シンクレア共和国、聖都エリシオン。
アーク大陸を席巻し、今まさにパンドラ大陸をも蹂躙せんとする十字教の総本山、聖エリシオン大聖堂の最奥にある一室。
そこで静かに座して待つのは、実質的な使徒のトップたる第二使徒、『白の勇者』アベルと、すぐ隣で穏やかな微笑みを浮かべる第三使徒、『聖女』ミカエルの二人であった。
使徒としても男女としても深い関係性を持つ二人であるが、今この場には甘い空気の気配は全く無い。どこか緊迫感さえ張り詰めたような静寂を破ったのは、二人の待ち人であった。
「やぁやぁ、第六使徒エドワルド、神命に従い、ただ今戻りましたぞ!」
バーンと扉を開け放って現れたのは、第六使徒エドワルド。
金髪碧眼の精悍な青年といった風貌で、その身は筋骨隆々。アベルよりもさらに頭一つ分は大きい。
聖職者というよりも、エリート騎士といったような逞しい大男であるエドワルドだが、纏っているのは鎧兜ではなく、十字教の法衣に違いは無い。ただし、白を基調としたオーソドックスなタイプではなく、赤白青のトリコロールカラーの派手な配色に、大粒の宝石と黄金で彩られた煌びやかな十字のアクセサリーが随所に輝く。
そして大きな背に翻るのは、青地に黄金の十字が描かれたマント。風のない屋内なのに、何故か誇らしげにマントが靡きながら、ずかずかとエドワルドは入室を果たした。
「第十使徒マグス、戻りましたー」
にこやかな笑みで男性アイドルのように堂々と入って来たエドワルドと打って変わって、あからさまに不機嫌な表情を浮かべて入るのは、まだ少年といえる風貌の第十使徒マグス。
赤と青、ツートンカラーの髪色と瞳をした目立つ色合いながら、どこまでも陰気な雰囲気を漂わせている。それなりの身長だが、痩せぎすの体と猫背気味のせいで、エドワルドと並べば小さく細く映ってしまう。
だが肉体の強さなど無意味と主張するかのように、その身に纏う衣装は魔術師のローブであった。白を基調とした色合いこそ十字教らしいが、小脇に抱えたのは聖書ではなく魔導書であり、装飾品も全て魔法具である。
「ご無沙汰しております、お兄様、お姉様。第九使徒ジャンヌダリアでございます」
最後に入室したのは、第九使徒。だが、その姿は地方の教会ならどこにでもいそうな、老齢の修道女である。
すっかり白く色あせてしまった栗色の髪。かつては美貌を誇った細面も、長い人生の証として深い皺が刻まれている。
特別な衣装も装備も持たず、ごく一般的な修道女の姿で、第九使徒ジャンヌダリアはやって来た。
「急な呼び出しに応え、よく集まってくれた」
「皆さん、お久しぶりですねぇ。まずは、みんなの無事な顔が見られて嬉しいです」
アベルとミカエル、二人の声に笑みを浮かべるのはエドワルドとジャンヌダリア。
マグスは仏頂面のまま、つまらない挨拶など聞きたくはないとばかりに口を開いた。
「今更、急に戻って来いってどういうこと? いくら神命って言ってもさぁ、コッチも神命で東の最前線まで出張ってやってたんだが?」
「無論、東部戦線の事情も承知の上だ」
ジワジワと使徒のオーラが漏れ出すほどの苛立ちを見せるマグスに、全く気にせずアベルは淡々と答える。
今日ここに集った三人の使徒は、それぞれに神命として役目をすでに賜っていた。
第六使徒エドワルドと第十使徒マグスは、アーク大陸の完全制覇を目指し、大陸東部の侵攻を。
第九使徒ジャンヌダリアは、シンクレア国内においてより一層の布教と慈善活動を。
少なくとも、そのような意味に取れる神命を以前に賜っていた。当然、彼らは白き神の使徒として、その神命通りに動いていた。
「知っての通り、パンドラ遠征は難航している。第十二使徒マリアベル、第十一使徒ミサが相次いで討たれ、さらには欠番となった第七の代わりとなる第十三使徒も、あえなく倒れた」
「今、パンドラに残っているのはアイちゃんだけですから、私もとっても心配です」
「神命を果たせず死んだ雑魚共のことなんて、どうでもいいでしょ。その内また補充されるんだし」
「こらこら、マグス君。彼らも尊い使徒の仲間だよ。そんな言い方は良くないね」
「うるせーエド、燃やすぞ」
「それは困るなぁ、この法衣も新調したばかりなんだ」
マグスの悪態に、さわやか教師のような物言いのエドワルド。二人の仲が一方通行なのは、東部侵攻に赴く前からであったが、どうやら同じ戦場で共闘しても関係性に変化は無かったようである。
「この事態を白き神は憂慮しているのだと思われる。故に、君達三人の使徒にも、いよいよお声がかかった、というワケだ」
「ちっ、雑魚の尻ぬぐいとか、やってらんねぇ……」
「パンドラ大陸、か。うぅーん、新天地とはワクワクするよ!」
「如何なる苦難があろうとも、神命とあらば、必ずや成し遂げましょう」
三人の使徒、それぞれにパンドラ遠征への思いはあれど、神命として下された以上、そこに拒否権は無い。
「で、東はもう諦めるのかよ」
「パンドラを優先する以上、占領地の放棄もやむを得まい」
アーク大陸は、パンドラと同じほど広大な大陸である。そのアーク大陸を、現在のシンクレア共和国は約三分の二を領有しているのが現状だ。
元々は大陸西部の一国に過ぎなかったシンクレア。近隣では様々な異教徒が跳梁跋扈しており、北はバルバトス、南はイヴラームの二大国の脅威が迫り、さらに東には大陸中部を治める、強大なドラグノフ帝国が君臨していた。
方々の脅威によってジワジワと国土が削られ、衰退していくような苦境にあったシンクレアを救ったのが、正しく勇者アベルであった。
勇者アベルとその仲間、聖女ミカエル、賢者ユダ、聖騎士ヨハネス。伝説の勇者パーティの活躍によって、シンクレアは周辺の雑多な異教徒勢力を一掃。立て続けにバルバトス、イヴラームを下し、ついにはドラグノフさえも滅ぼした。
三つの大国を征したことで、シンクレアはアーク大陸最大の版図を誇るに至る。最北の島国であったバルバトスの北端にある氷山も、イヴラームの最南端に広がる砂漠も、すでにシンクレアが治めている。
そして大陸中部を広く支配していたドラグノフの領地まで我が物とすれば、大陸西側は全てシンクレアのもの。残るは大陸東側、おおよそ三分の一ほどの面積だけ。
この東部に侵攻し、アーク大陸を十字教が完全に制覇することが、以前までの神託であった。
「あーあ、俺らの頑張り丸ごと無駄になるってか。シンクレアの聖戦に殉じた勇士も、ただの犬死になるワケだ」
「そんなことはないさ。我らと共に東部戦線で戦い、散って行った者達は皆、尊い犠牲であり、白き神の身許に召されたのだ。彼らの死を卑下する必要などないだろう」
「くっくっく、そうだよな、信者共は最終的に天国にさえ行けりゃあ、どんな無駄死にでもコスパに合うって満足だからなぁ」
アーク大陸に残る東部と言っても、その領域は広大だ。いくら使徒二人が前線に立つとはいえ、容易に支配領域を広げる事は難しい。
使徒の力によって一点だけ侵攻地点が突出しすぎれば、退路を断たれて孤立する。そうなった場合、東側の異教の領域内となり、加護の力が弱まったりすれば、使徒としても致命的。
そうならぬよう、最低限の足並みは揃えて侵攻せねばならないが……使徒のいない戦線においては、理不尽な侵略に抵抗すべく固く団結した東部の国々を前に、苦戦を強いられていた。
結果的に、エドワルドとマグスが東部戦線に参加してから東へ広がったシンレクア領は、合わせて中規模な国一つ分といったほど。一部優勢は取れるが、東部侵攻を決定的に推し進めるほどには至らなかった。
本来、この状況を打破するために、ミカエル指導の元、第十一使徒ミサと第十二使徒マリアベルの戦力化が期待されていたのだが……
「準備が整い次第、すぐにパンドラへ向かってくれ。魔王軍は強大だ。スパーダとて、いつまでも安泰とはいかない」
「はぁーっはっは! どうぞ、この第六使徒エドワルドにお任せあれ!」
「魔王、ねぇ……ソイツはちょっと興味あるかも」
「主の御心のままに」
おおよそ、それぞれの近況報告と今後の方針などを話し合えば、すぐにお開きの流れとなる。
三者三様にパンドラ遠征への了承の意を口にし、席を立ったところで、
「第二使徒アベル卿、失礼する――――」
俄かに眩い閃光となってオーラを放ったのは、第六使徒エドワルド。恐ろしく濃密な魔力が室内を満たしきるよりも前に、エドワルドは動いていた。
その逞しい肉体は、さながら妖精の様に全身光り輝き、力強く振り上げられた拳は全てを白く塗りつぶさんばかりの途轍もない光量が宿っている。光の上級攻撃魔法を束ねても及ばぬほどに、強烈な光の拳を、エドワルドは遠慮も躊躇も一切なく、アベルへと振り下ろした。
「――――『天涯撃滅拳』ぉおおおおおおおおおおお!!!」
エドワルド渾身の一撃は、大聖堂を揺るがす。
凄まじい轟音と衝撃が駆け巡っていったが……過ぎ去った後、室内には再び静寂が訪れた。
これといって荒れた様子はない。壁や床にはヒビ一つ入らず、神の殿堂らしい美しい白壁があるがまま。
変化はただ、使徒の力を瞬時に解き放ったがために、弾け飛んだエドワルドの法衣。そして、『天涯撃滅拳』を受け止めたアベルの掌から、一筋の鮮血が流れ落ちたことだけ。
「エドワルド、いきなりはやめてくれないか」
「ぬぅう、よもや盾も鎧も出さず、ただの素手のみで止められるとは……私もまだまだ、精進が必要ということですな」
本当にやめて欲しそうな気配を放つアベルに対し、エドワルドは本気で放った武技を無造作に掲げた片腕だけで受け止められたことを、痛恨といった表情で悔やむ。
力及ばず、実に悔しがっているが、すぐに立ち直り宣言する。
「それでは、パンドラ遠征にて私の力をさらに鍛え上げるとしましょう。パンドラ全土征服の暁には、このエドワルド、アベル卿を超える勇者となってみせまする!」
「ああ、私は勇者を継いでくれる者を、いつでも待っている」
「頑張ってね、エドワルド君。貴方はとっても頑張り屋さんだから、きっと出来ますよ」
「温かなお言葉、ありがとうございます! アベル卿、ミカエル卿!」
感動、とばかりにその身を震わせるエドワルドだが、
「てかさっさと服着ろや。いつまでも汚ぇ野郎の全裸なんか晒してんじゃねぇ」
「はっはっは、神より授かったこの完璧な肉体に、恥ずべき点など一つもありはしないよ。存分に見たまえ、マグス君、この美しきパーフェクトボディを!」
大きく両手を広げながら、再び輝きを放って全身をアピールしてくるエドワルドに、汚物を見る目で舌打ちしてから、もう付き合ってられないとばかりにマグスは黙って退席していった。
「おっと、待ちたまえよマグスくぅーん! やはり君には、もっと筋肉が必要だ!」
続いて、マグスを追うようにしてエドワルドも出て行った。裸で。
そうして嵐のような騒がしさは過ぎ去って行き、部屋の隅で気配を消すように佇んでいた老婆、第九使徒ジャンヌダリアはゆっくりとアベルへと近づいた。
「お兄様の御手に傷が。すぐに癒して差し上げます」
「あらあら、いけませんよジャンヌちゃん。彼を治すのは、私だけの特権です」
「ああ、そうでございましたね。失礼しました、お姉様。お兄様が御怪我をされるなど、あまりにも久しぶりなことで、つい失念しておりました」
掌に少々の血を滲ませるアベルへと、誰にでもそうするようにジャンヌダリアが治癒魔法をかけようとすれば、可愛らしい嫉妬をする少女のようにミカエルが止める。
ジャンヌダリアが伸ばしかけた手をやんわりと遮って、ミカエルはアベルの手をとった。
「もう、エドワルド君だって成長しているのですから。素手で受けるなんて、危ないですよぉ」
「どうやら、そのようだ。本当に、久方ぶりに傷の痛みを感じたよ」
「うふふ……もう少し、感じていたかったですか?」
「いいや、ありがとう、ミカエル」
ゆっくりとアベルがミカエルの手を解けば、その掌には一切の傷跡どころか、流れ出ていた血の跡すらも消え去っていた。
「いつ見ても、惚れ惚れするほどの御手前でございます、お姉様」
「ありがとう、ジャンヌちゃんにも、まだ負けるつもりはありませんから」
明らかに年老いたジャンヌダリアが、若々しい妙齢のミカエルを遥か年上のように接するのは、些か奇妙に映るが、そこには深い理由など一つもない。
第九使徒ジャンヌダリアにとって、アベルとミカエルは間違いなく、お兄様、お姉様、と呼び慕うに相応しい関係性なのだ。
まだ彼女が使徒に目覚めたばかりの、成人すら迎えていない少女だった時から、アベルとミカエルはそのまま。強く、優しく、美しい。いつまでも憧れの姿を二人は保ち続けている、というだけのこと。
それこそ、同じ使徒でありながらも、自分とは違って真に神へと選ばれた特別な存在であることの証明だ。
「ジャンヌダリア、君には別な使命を託したい」
「使命、でございますか」
「か弱いジャンヌちゃんには、あまり恐ろしいパンドラの地で、無理をして欲しくはないのです」
これは神命ではなく、使徒としての頼み。故に使命。
神託では、確かに使徒を失ったパンドラへ、更なる使徒の派遣を求める内容だったが……それは決して、三人を名指ししているワケではない。
「エドワルドとマグスだけでは、魔王軍には勝てぬ」
「なんと……それほど強大なのですね、パンドラの魔王とは」
「そうだ。君はスパーダに留まり、防衛に専念するんだ。そして、ついに魔王軍がスパーダにまで攻め込んできたら――――その時、シンクレアへと帰って来い」
「同胞を見捨てるような形となってしまいますが……本当に、それでよろしいのですね?」
堂々と敵前逃亡を進めるアベルに、ジャンヌダリアも少々、驚きの表情でもって問う。
それでも一向に構わぬと、アベルは力強く頷いた。
「そこから先のことは、ジャンヌ、君が気にする必要はない。後のことは、俺達に任せろ」
「まぁ、それでは……」
「ああ、俺達も行くことになるだろう」
◇◇◇
シンクレア共和国の、とある地方。これといった特徴はなく、遠くには緑の山々が連なり、青々とした平原が広がる、どこでも見られる牧歌的な田舎町がそこにあった。
天気が荒れることも無く、長閑な一日となりそうな青空の下で、その町は存亡の危機に瀕していた。
「グゲゲ、ギィァーハァアアアアア!!」
雄たけびを上げるのは、一体のゴブリン。
一人ではなく、一体。すなわち、人の言語を解さぬ、野生のモンスターとしてのゴブリンである。
だがしかし、ただの野良ゴブリンでは無かった。
持ち前の狡猾さを遥かに超えた、邪悪な叡智を兼ね備え、その頭脳によっておぞましい魔法の数々を習得し……ついには、邪神の加護すら授かった、極めて危険なボス個体と化していた。
本来は深い緑の体表をしたゴブリンだが、その肌は限りなく黒に近い暗緑色となり、全身には自ら刻んだ邪神を讃える文様が、不気味な赤い輝きを放つ。
そんなゴブリンの魔導王が従えるのは、万を数える大軍勢。
同胞たるゴブリンを筆頭に、調教した獣や、魔法で操る精霊など、実に様々なモンスターを抱えている。
これほどの戦力となれば、この地方を治める貴族の騎士団が総出となっても抑えきれるか怪しいものだ。ましてここは田舎町。戦力を集結させて死守するよりも、さっさと放棄して城壁のある都市で守りを固めた方が、現実的な判断となる。
現に、この町は見捨てられる予定であった。明日には町民の避難を命じる領主直筆の書状を持った伝令が辿り着き、それから数日の後に、無人となったこの町を存分にゴブリン軍団が略奪をすることとなる――――はずだった。
大きな四足歩行の草食地竜に組み上げた櫓の上で、ゴブリン魔導王は無人の野を行くが如く、悠々と己の軍勢を進軍させている。
事実、彼らの前に立ちはだかる者など誰もいない。今、この時までは。
「グゲェアァ……?」
最初にその人影を発見したのは、遠見の魔法を行使し、高い櫓の上から周囲を見渡していた魔導王本人である。
それは、一人の人間だ。
若い女で、その出で立ちからして、自分と同じく魔法を操る者であると、すぐに分かった。
彼女が手にするのは、一本の長杖。白を基調に、鮮やかな紫が映えるローブに、大きな真っ白の三角帽子。
それが魔女、と呼ばれる恰好であると、世界の知識を学んでいる魔導王は理解する。
たった一人で大軍勢の前に現れた魔女。ならば、よほど己の魔法に自信があるのだろう。
そう考えた魔導王は、万全の守りとなる邪神の力による結界を巡らせながら、お手並み拝見とばかりに、あえてこちらから先手を打たず、魔女の詠唱に耳を傾けた。
「يمكنني إنشاء حرق(私を燃やして創り出す)」
流麗な魔女の声が高らかに響き渡る。
振り上げられた杖の先に、少しずつ、けれど加速度的に魔力と熱量が収束されてゆく。
「グルギィガァア!!」
まずい、と魔導王は膨れ上がって行く魔力の気配に声を上げるが、全ては遅きに失する。
すでに彼女の魔法は、完成している。
「هنا، مع خلق الشمس في اسمي(ここに、娘の名を持つ太陽を創り出す)――『白銀太陽』」
魔女の杖より放たれたのは、巨大な青白い火球。
ゆっくりと放物線を描いて軍団のど真ん中まで飛翔してゆく。その弾速の遅さによって、方々から迎撃の攻撃魔法や付加の施された矢が殺到してくるが、それらは火球を散らすどころか、近づく端から灰となって消え去って行く。
「ングゥウギィ……ゴルガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
魔導王が最後に頼みの綱としたのは、邪神の力による結界。赤紫の輝きを放ちながら、軍団の頭上を傘のように覆い、迫り来る大魔法から身を守る最後にして最大の防御はしかし、何の意味も成さなかった。
フォオオオオン――――
そよ風が吹き抜けるような音。青白い巨大火球、『白銀太陽』は今まさにその破壊力の全てを解き放ったというのに、大地を揺るがす爆音も、青空を覆う噴煙が上がることも無かった。
しかし、その青い火がもたらした威力は絶対的。蒼白の波動となって炸裂した『白銀太陽』は、邪神結界を容易く無に帰し、魔導王とその配下の軍勢へ平等に降り注いだ。
爆発、と呼ぶべきか怪しい波動の広がりは、触れた端から真っ白い灰へと変えて行く。ゴブリンの緑の体も、身に着けた武具も、全てを灰燼に帰してゆく――――そうして、最後に残ったのは、緑の草原に粉雪が舞い降り積もったかのような光景。
田舎町を蹂躙し、この地方に甚大な被害をもたらすはずだった魔物の軍勢は、灰となって殲滅された。
「――――相変わらずの威力だな。腕が鈍るどころか、さらに磨かれているようだ」
「んん? わっ、アベルくんじゃあないですか、久しぶりですねー」
第二使徒アベルが音もなく背後に現れたというのに、魔女は純粋に旧友と街中で偶然の再会を果たしたかのような、喜色満面の笑みを浮かべて振り返った。
「ああ、本当に久しいな」
「龍帝征伐以来ですから、何十年……いえ、よしましょう。過ぎ去った時を数えるのは、無為な行いです」
「そうかもな」
勝手に再会の年月を数えて自爆しそうになっていた魔女に、アベルは適当な相槌を打つ。
昔から、彼女は変わっていない。
その卓越した魔法の実力も。そして、若く美しい容姿も。使徒である、自分と全く同じように。
けれど己と決定的に異なっているのは、その在り方もまた変わらずにいること。
彼女は初めて会った時から、今この時に至っても、一切変わらず『魔女』であった。
「もしかして、ゴブリン討伐のクエストでも受けてました?」
「たまには初心に帰って、そういう真似をするのもいいかもしれない」
「ふふ、依頼があるのは、アベルくんの方みたいですね」
話が早くて助かる、とアベルは頷く。
滅多なことではエリシオンから離れない第二使徒が、わざわざこんな地方までやって来ているのだ。それ相応の依頼、すなわち神託が下されたのだと察しはすぐにつく。
「俺のパーティに入ってくれないだろうか」
「ええぇー、魔法使い枠は賢者のお爺様がいるじゃあないですか」
「ユダはいない」
「誰かに負けた、なんて話は聞いてませんし、まだまだ元気に研究に打ち込んでいるはずでは?」
「第四使徒ユダ、その名の意味をお前は知っているはずだ」
「約束された裏切り――――なるほど、とうとう、その時が来てしまったと」
魔女はしみじみと、そう呟いた。
またしても、過ぎ去った時の長さに思いを馳せるかのように。
「それで、新しい勇者パーティの目的は?」
「魔王討伐」
「パンドラの」
「そうだ」
一切隠すことなく言い放つアベルの言葉に、魔女は満足そうに頷いた。
「分かりました、いいでしょう。どうやら、私にも『その時』というのが来たようです」
にこやかな笑みで、魔女は手を差し出す。
感謝の言葉と共に、勇者はその手を握る。
「よろしく頼む、『白魔女』メル・エレクティア」
「はい、頑張らせてもらいますよ、勇者様――――私の愛弟子が、パンドラで待っていますから」
ねぇ、フィオナ。
そう呟いて、魔女はただ一人の弟子であり、娘の成長した姿に思いを馳せた。
2025年7月18日
ようやく残ってた使徒の登場となりました。
東部で戦ってる、ミサがかすむクソ問題児、くらいの設定しか開示されてませんでしたが・・・私の中でも長らく自由枠のように、色々なキャラ案を考えていました。
それでも第9使徒ジャンヌダリアは、割と早く決まってましたが。使徒全員問題児だったら、そもそも十字教の評判ガタ落ちでは、と思い、敬虔な十字教徒としてシンクレアで活動し続けた真っ当な使徒、というタイプは必要だったので。現在のシンクレアでも使徒が崇められるのは、この歳になるまでジャンヌダリアがずーっと真面目に信者救済を分け隔てなくやってきたからです。
どの時代でも、こういう人が最低一人はいたお陰で、使徒の評判は保ってるといったところですね。
もしサリエルが第七使徒のまま健在で、ミサとマリアベルが成長すれば、彼女に代わって使徒の名声はさらに上がったでしょう。サリエルは言わずもがな。マリアベルは元から良識に溢れた少年だし、ミサはピンクロールプレイでイケメン集めするくらいで、ワガママの内容もたかが知れるので。
この三人揃っていれば、東部を滅ぼしてシンクレアがアーク大陸征服完了できてましたね。
そしてフィオナの師匠もついに登場です。
彼女の存在はフィオナ初登場の頃から語られているので、本当にやっとキャラとして出せたな、といったところです。ただ、コミカライズだとフィオナの回想の1コマにて、少しボカして姿が描かれているので、ビジュアルだけは先に明らかとなっていましたね。
さて、第48章では章タイトルと前話とでお察しですが、十字軍だけが相手になるワケではありません。本来はそれぞれ1章毎に分けるべき分を、一つに詰め込みまとめる形としましたので、かなり長い章になるかと思います。レーベリア会戦は越えますね・・・
それだけ大きな戦いとなりますので、これまでのように気長に楽しんでいただければ幸いです。
それでは、これからも『黒の魔王』をよろしくお願いします!