第1031話 海底遺跡
「いや放送事故だろコレ」
帝国軍総合演習の生放送を、ルーンでのんびり視聴していたのだが、端的に言って地獄のような内容だった。
開戦直前にリリィが参戦を表明したのも大概だが、さらに新たな力を身に着けたフィオナが飛び入り参加を決めたことが、終わりの始まりであった。
まず二人の空中決戦の余波で、地上部隊は半壊。あんな開けた場所で、ドッカンドッカン大魔法が降り注いでくるのだから、まぁそりゃそうなるなと。あの戦いぶりは、竜騎士でもおいそれと近づけない。
で、壮絶な空中戦を演じた二人だが、ここでフィオナがやはり慣れない新魔法の影響か、大爆発してぶっ飛び墜落していった。ライバルの思わぬ自滅によって一人空に残ったリリィだが、そこへ帝国軍の空中戦力が襲い掛かった。
まだ余力を残していたリリィは、ベルドリアでの空中演習の時のように情け容赦なく迎え撃ち、それと同時に地上部隊同士の戦いも始まった。
ここでようやく本来の演習らしい様子になったか、と思ったところで、フィオナがフィールドの隅で復活。アダマントリアから参戦してきたドワーフ戦士団と手を組んで逆襲を開始。
配下を従え戦力の増したフィオナを危険と見て、リリィは戦闘中だったクリスティーナの首根っこ掴んで、強引に結託することを了承させた。
こうしてドワーフ戦士を率いるフィオナと、竜騎士団を取り込んだリリィとの集団戦が始まると、なんやかんやで他の軍団もリリィとフィオナ、それぞれ陣営に加わり、二大勢力でのぶつかり合いと化していった。
ざっと見たところ、リリィは『帝国竜騎士団』に『ベルドリア竜騎士教導団』の主要な空中戦力に加え、『混沌騎士団』も取り込んでいた。いずれも実戦か演習でリリィ直々にボコボコにされたことのある軍団だ。
さらには上手いこと立ち回って兵力を維持していたハロルド大隊、それからアトラス大砂漠出身の部隊を多く従えていた。自由学園の卒業生が多いハロルド大隊と、連合艦隊を壊滅させられたアトラス勢は、リリィには逆らえないのだろう。
一方、フィオナは愛弟子のレキウルがいる『第一突撃大隊』と『巨獣戦団』、二つの地上での主力を引き込み、さらにブリギットと何やら密談して、ファーレン軍も味方につけていた。
空中戦力では劣るものの、アダマントリアでは絶大な支持を誇るフィオナの下で、ドワーフ戦士全員が工兵と化して即席の野戦築城を始め、強力な地上部隊とフィオナの広域防御も合わさり、猛攻撃を仕掛けるリリィ軍を相手に驚異的な粘りを見せる。
攻めるリリィ軍と守るフィオナ軍、どちらも加速度的に脱落者を出しながら――――最期はリリィとフィオナが陣地のど真ん中で再びぶつかり合い、お互いに一歩も譲らず自爆技を使って、共倒れ。
生存者ナシ。勝者ナシ。ただただ虚しい全滅の光景だけが映し出されていた。
「い、いやぁ、流石は大遠征軍を倒した帝国軍ですな。凄まじい戦いぶりだ」
「ははっ、死なない演習だから、みんな張り切り過ぎたみたいで……」
是非ご一緒に、とこちらの方から誘って、共に中継を見ていたハナウ王が明らかに引いた様子で口にする感想に、俺はいたたまれない気持ちになってしまう。
どう考えてもやり過ぎだ……なんでこんなコトに……
「やっぱり、フィオナさんを相手にすると、リリィさんも本気になっちゃいますね」
やれやれ、といった感じでネルが言うけど、リアクション軽過ぎないか。
『拡張幻影器』の実用化で、あんなド派手な戦いをしても軽い怪我人しか出ていないから、ネルとしては気軽な見世物感覚なのだろうか。
そりゃあ確かに死人が出ない安全な戦いとはいえ、こんなの本当に放送して良かったのかというほどの死闘だった。
「うぐぅ……」
見ろ、ファナコは真っ青になっている。
自分と同じ俺の婚約者が、こんな壮絶な殺し合いを披露すれば、そりゃ恐ろしくなるに決まってる。
恐らく、本気で『鬼々怪々ユラ』の力を解き放っても、リリィとフィオナには勝てないだろうことを悟ったに違いない。
「それにしても、まさかフィオナさんが空を飛べるようになるなんて」
「ずっとメラ本殿に籠って何かしてると思っていたが……これの修行だったんだろうな」
飛行能力、なんて繊細な制御が要求される代表格みたいなのを、あのフィオナが習得したのだ。どう見ても不死鳥の力を利用しており、そうなると妹であるのをいいことに、御子フィアラにも相当な無茶ぶりをして付き合わせたに違いない。
下手するとまた不死鳥叩き起こしてルーン滅亡の危機だったんじゃないのか。
「フィアラにはしっかりお詫びしとかないとな」
「太陽神殿にそれなりの喜捨も必要かもですねぇ」
どうやら俺と同じ結論に至ったらしいネルと目が合って、お互いに溜息を吐いたのだった。
◇◇◇
ルーンには休暇としてやって来たワケだが、俺も魔王としてのお仕事だってそれなりにあったりする。
で、今回はその内の一つ。というか、不死鳥事件のせいで新たに生えてきた仕事といったところだろう。
「お前が『払暁学派』のボスか」
「クロノ魔王陛下へ拝顔の栄に浴し、光栄の極みにございます」
ルーンでの囚人服となる簡素な白い服と、厳重な魔力封印の枷をかけられながらも、実に堂に入った臣下の礼をとっているのが、今回の事件の首謀者たる『払暁学派』の首領、魔術師クーリエだ。
本来ならば即時処刑されてもおかしくない、現代のルーンで断トツトップの大罪人が、何でわざわざ俺の前まで連れて来れられているかといえば、
「早く海底遺跡に行きましょうよ」
「もう、フィオナさん。これでも一応、公の場なのですから、最低限の体裁は整えなければいけないのですよ」
急かすフィオナの言う通り、クーリエはルーン近海の底にある古代遺跡を掌握している。
あんまりな言い草に、ネルが呆れたように嗜めるが、本人に響いていないだろうことは明らかだ。
新しい飛行能力をリリィに見せびらかし、全力で総合演習を楽しんだフィオナは、満足してルーンへと戻って来た。そして今は未知の古代遺跡を前にウキウキ気分である。
すでにメラ本殿のオリジナルモノリスと転移は正式に開通した。
表向きには、いざという時に帝国と迅速な連携体制をとるため、という友好と同盟関係の強化としての方策だが……その実態は、すぐにフィオナを呼ぶためだ。
クーリエを捕らえ、『払暁学派』もこれから壊滅させられる状況となったが、それで永遠に安泰とは誰にも言えない。今は不死鳥も治まっているが、この件の影響で何かの拍子に再び機嫌を損ねないとも限らない。
そして御子フィアラ一人だけでは、不死鳥を抑えきることはできないのだ。
故に、御子を超える不死鳥の封印能力を誇るフィオナは、特別にルーンへのフリーパス扱いとされた。
だからといって即日で、帝国・ルーン間を好き勝手に行ったり来たりしているフィオナは問題だが……まぁ、ハナウ王も太陽神殿もケチはつけられまい。
そういうワケで、早速戻って来たフィオナも連れだって、クーリエを引っ立て海底遺跡へ踏み込もうというのが今日のお仕事である。
元々はナミアリアが発見した海底遺跡は、彼女の魔女工房として利用され、そして魔導結社『払暁学派』を結成した時の本拠地にもなった。
話を聞く限り、結構な規模の遺跡であり、機能もかなり生きている。というのは、あの海魔軍を量産してみせた結果だけでも、十分に察せられるものだが。
悪名高く、執拗な捜査が続けられたにも関わらず、クーリエが『払暁学派』を存続させ悪事を働けたのは、この海底遺跡があるからこそ。現代人がどれほど頑張っても、隠蔽された古代遺跡を発見することは、宝くじに当たる以上の幸運を要するだろう。
だが、すでに遺跡の支配権を持つクーリエを捕らえられたのだから、本人に案内させれば、砂漠に落とした針を探すような捜索をする必要は無い。
「それでは、参りましょう。枷の封を一部解除しますので、警戒を」
鋭く指示を発し、クーリエに海底遺跡への転移を開く準備をさせているのは、ルーン側の責任者としてこの場を預かる、第二執政官ソージロ。今は『忍』の長と言うべきか。
王宮で見かけるスーツに近いカッチリした文官装束ではなく、数々の暗器を忍ばせた黒いコートを纏った完全武装の出で立ちだ。
今回はソージロが忍の調査部隊を率いて、海底遺跡の実況見分という建前となっている。ルーンとしては、クーリエの危険性を考えれば彼女を殺して、もう誰も利用できないようにしておくのが最善という意見も強かったが……他でもないフィオナが、クーリエと遺跡を利用すべき、と声を上げた。
絶対自分で利用する気である。
まぁ、それで帝国の利になれば良し。ルーンの利にもなって、承認されればさらに良し、である。
たとえ海底遺跡が海魔軍の製造設備だけしか機能していなかったとしても、アレを戦力として利用できるだけでも十分過ぎる価値だ。
海底遺跡へ続く転移魔法陣は、ルーン各地に設置されている。犯罪組織として活動するなら、目立たない複数個所に出入口を儲けるのは当たり前の話。
今回俺達が通るのは最も利用頻度が高かったという、首都サンクレインの港湾倉庫に設置された転移だ。
サンクレインは国防の要である軍港としては勿論、経済の柱となる貿易港としても最大規模を誇る。大量に港湾倉庫が立ち並び、ひっきりなしに輸送の往来がある。
だからこそ、色んなモノがこの場所には運び込みやすく、持ち出しやすい。ここに海底遺跡に通じる転移を設けるのは当然であろう。
そんなことはルーンだって分かり切っているが、クーリエが転移を起動させなければ、何の変哲もない倉庫があるだけで、絶対に遺跡まで辿り着けない。幾度となく港湾倉庫地区が怪しいと捜査が入ったものの、尻尾が掴めないのは当たり前の結果だった。
しかし、今その隠され続けた入口は開かれた。
クーリエは大人しく従い、転移魔法陣を起動させたのだった。
「――――ようこそ、『払暁学派』へ」
海底遺跡は、ウチの第五階層を彷彿とさせる、画一的な造りであった。
如何にもダンジョンらしい石の神殿建築ではなく、SFチックな白壁に、エーテルラインが走る箇所もちらほら見受けられる。
もしかすれば、ここも龍災から逃れるためのシェルターだったのではないか、と思ったが……
「なぁ、サリエル。もしかしてここって、石油プラットフォームじゃね?」
「はい、その可能性が高い。採掘の他にも、精製設備の整ったプラント区画もある」
クーリエにざっと中を一周して案内してもらった結果、俺とサリエルはそのように当たりをつけた。
海魔軍のモンスターが大量に含んでいた、如何にも石油みたいな黒い油。アレはクーリエが作り出した錬金油の類ではなく、この遺跡で自動的に採掘されて溜め込まれているモノだった。
彼女はあくまで、強い火属性の力を含んだ油を、不死鳥覚醒の起爆剤として利用したに過ぎない。採掘した原油そのままではなく、精製用プラント設備も駆使して、より不死鳥に作用しやすいよう自分で成分を調整した、というのは流石の技術力だが。
「クロノさん、内緒話ですか。私も混ぜてくださいよ」
俺とサリエルが「これ絶対、石油基地」と話していると、フィオナが首を突っ込んでくる。こういう時には敏感なんだよな。
「俺達の世界には、石油という燃える油を採掘して、エネルギー資源として利用していたんだ。ここは、その石油を採掘する基地とよく似ているなと話していたんだ」
「燃えるだけの油がそんなに重要なのですか?」
「こっちの世界じゃピンとこないが……『アルゴノート』を動かすのに、魔石を燃やすだろ? アレと似たように、地球は燃やすことで動力を得る仕組みが、最も普及してるんだ」
「なるほど、確かに。では、この油で動く古代の遺物もあるかもしれないですね」
「無かったとしても、コイツを動力源にしたモノを作れるかもな」
「ああ、いいですね……いいですよ、ソレ。流石はクロノさん、それでいきましょう」
「……なにが?」
いいこと思いついた、と言わんばかりの雰囲気で、フィオナが歩き出す。
向かう先は、ソージロと、そのまま縛られているクーリエ。
「ソージロさん、お願いがあります」
「はい、なんでしょうかフィオナ様」
ボンヤリ顔のフィオナと、油断なく怜悧な視線を眼鏡の奥から向けるソージロが相対し、それをクーリエが面白そうな顔で眺めている。
こっから無理難題を吹っ掛けるな、と分かっているのは俺だけだろう。
「この海底遺跡とクーリエを私にください」
「……それでルーンに、どのような見返りがあるのでしょうか」
流石の第二執政官。フィオナの全部寄越せ、という要求を突きつけられて、即座にソレを通せるほどの利益がある可能性を見出して応えたな。
「ルーンでは魔石、ほとんど取れないのですよね」
「ええ、その通りです。メラ霊山には豊富な鉱脈があると分かってはいますが、如何せん、聖なる山ですから、おいそれと手を加えるワケにはいきませんので」
魔法具の要となる材料が、魔力を含んだ鉱石である。
豊かな地脈に恵まれているルーン本島のメラ霊山なら、そりゃ大きな鉱脈も形成されているだろう。だが、それほど大きくはないこの島で、他に鉱脈がある場所は無い。
そして不死鳥の眠るすぐ傍で、ガッツンガッツン採掘するのは、勇気ではなく無謀でしかない。
なのでルーンにおいて魔石の供給はほとんど輸入頼みである。
これだけ海洋交易が発展しているので、輸入で賄うだけで十分な供給体制は取れているのだろうが……やはりこういった天然資源は、自国に抱えておくに越したことは無い。
「私とクーリエに任せてくれれば、誰よりも早く、魔石に変わる黒油を精製してみせますよ」
「ふむ、なるほど……お手を拝借しても、よろしいですか?」
「どうぞ」
ソレが大言壮語かどうか、テレパシー持ちのソージロには手を握れば判断できる。
フィオナとソージロが握手が交わす。きっとこの瞬間に、フィオナの抱く絶対の自信と計画が、彼にも伝わったのだろう。
「素晴らしい。早速、ハナウ陛下へ奏上するとしましょう」
「よろしくお願いします」
「ああ、これでようやく、私も新たな主を得られる。こんなに嬉しいことは無いよ、ありがとう、フィオナお嬢様」
「そうですか。かなり酷使することになるので、精々頑張ってくださいね」
フィオナは新たな古代遺跡を得られて満足。ルーンは新時代のエネルギー資源を得られて満足。クーリエはご主人様を得られて満足。
三方良しの、素晴らしい取引が成立したようだった。
でも俺は、フィオナが何かやらかさないか、心配になってしまう。
たらふく黒油を溜め込んでから、海底遺跡大爆発、なんてオチだけは勘弁してくれよな。