第1029話 燃え上がって地固まる
メラ霊山の噴火と共に怒れる不死鳥が覚醒したことで、ルーンは滅びると誰もが絶望した直後……太陽神の奇跡によって、全てが治まった。
その翌日、清水の月4日。
最大の脅威は無事に去ったものの、昨日の海魔軍襲来から始まったルーン全土を巻き込む大事件の後始末で、ルーン王宮は変わらぬ慌ただしさである。
ハナウ王を筆頭に、昨日の朝から緊急招集された閣僚や将校は徹夜で事態の収拾に務めている。現場で海魔軍と戦った騎士や兵士も、サンクレインの港を始め、各地の襲撃地点は大爆発する性質の敵を相手取ったせいで、かなりの損害を被っていた。戦いこそ終わったものの、巨大ハリケーンが過ぎ去ったかのような惨状となっており、とても戦勝を喜んで祝うどころではない。
そうして各地の甚大な被害報告が次々と寄せられて、関係各所から悲鳴と怒号で実に騒々しい王宮だったが……その時、シンと静まり返った。
「陛下、ただ今、ファナコ王女殿下と……その、クロノ皇帝陛下がお戻りになられました」
不気味な静けさの始まりは、徹夜明けで目が充血してちょっとハイになってたハナウ王の元に、その報告がもたらされたことだ。
「おお、戻ったか! ああ、良かった……本当に、無事で良かった……」
愛娘であるファナコと、今パンドラで最も強い帝国の皇帝が、どちらも無事であることを昨夜の内に報告では聞いていた。しかしながら、二人とも元気に自分の元へ戻って来たくれたことを、ハナウ王は素直に喜んだが、
「……何だ、様子がおかしい」
堂々と正門から凱旋したクロノとファナコ、二人が玉座の間まで近づく度に、城内がどんどん静かになっていくのをハナウ王も気づいてしまった。
本来なら、歓声と共に出迎えられてもおかしくないはずなのに、妙だな、と考え始めるものの、それらしい理由を思い当たるよりも前に、二人は玉座の間までやって来た。
形式的なハナウ王の許可を経て、近衛騎士が扉を開き、二人を招き入れる。
ついに現れた愛娘と魔王の姿に、ハナウ王は驚愕で目を剥いた。
「失礼する」
「ただいま、お父様」
言葉としては、至極ありふれた挨拶。しかし、言葉の内容などどうでもいい。
二人の姿が問題だった。
より正確に言えば、服装ではなく体勢。
クロノは魔王として王宮に参上するに相応しい黒い礼装に身を包んでいる。
一方、ファナコもまたお姫様らしく着飾ったドレス姿。
ただ、その目元を完全に覆い隠す鬼眼封印の眼鏡が無かった。
「ヒュッ……」
久方ぶりに直視する鬼の眼に、ハナウ王も思わず呼吸を忘れそうなショックに身を固めた。精神系の魔法防御のアクセサリーを装備していても、文字通りに息が詰まる威圧感は抑えきれない。
だがそれ以上にショックなのは、そんな鬼の威風全開となったファナコを、クロノがお姫様抱っこしていることだ。
なんだこれは。まるで首都の広場でイチャつくバカップルのようではないか。
鬼の威圧感に圧迫されながら、愛娘が魔王と一目で分かる親密ぶりを見せつけられて、ハナウ王の胸中は大荒れに荒れていた。
「お父様、私、大事な話があるの」
「ファナコ、それは俺から言わせてくれ」
カツカツと高らかに足音を響かせて、玉座の間をファナコを抱き上げ堂々とクロノが歩みを進める。
ハナウ王は勿論、集った大臣や将軍達も、あまりに異様にして威容な様に、誰も口を挟めず押し黙る。俄かに王宮が静かになった理由を、事ここに及んでようやく彼らは理解した。
「ハナウ王よ、ファナコ王女はこの魔王クロノが貰い受ける」
「お父様、私達、結婚します!」
「あっ……はい……」
玉座の上で、衝撃的な宣言を受けても、ハナウ王は間の抜けた返事を漏らすことしかできなかった。
◇◇◇
「なっ、なんでぇ! 結婚なんでぇえええええっ!?」
ハナウ王への婚約報告は、快く認めてくれたことで難なく済んだのだが……やはり最も荒れるのはネルに伝える時だった。
ひとまず、ファナコは王宮に残り、俺は宿へと引き上げてきた。
ここからは、お互いに経緯をしっかり説明しなければならない人と話をしようということで。
「ふっ、ぐぅ、ううぅうううううううううううううううう!!」
声にならない嗚咽を漏らしてマジ泣きし始めるネルを抱きしめて、落ち着くまでに小一時間。
昨日はサンクレインに残ったネルは、王宮と俺達への繋ぎに、首都の戦いでの救護活動など、一人で頑張ってくれていたのに、この仕打ち。
俺としても酷いコトを言っている、と思うが……すぐに打ち明けず黙っている方が不誠実だろう。ネルに対しても、ファナコに対しても。
「ぐすっ……すみません、取り乱しました……」
「いや、いいんだ。あまりに突然だろうから、仕方ないさ」
そりゃ俺だって、出会って一日二日の女性にプロポーズするなんて想像もしてなかった。というか、そんな真似が出来るような男じゃないと自分で思っていたし。
なにせ俺は、リリィとフィオナが殺し合うまで好意に気づきもしなかったクソ鈍感野郎だったからな。
その上、自分からアプローチをかけるような度胸も無いチキンだし……それでも、今は伊達に何人も婚約者を抱える身ではない。こんな俺でも多少の思い切りってのも出るというものか。
「クロノくんのことですから、単純に政治的な理由だけで婚約するワケではないのでしょう」
「ああ、俺がファナコを放っておけないと思ったから、強引にでも結婚することにした」
「へぇ、それは……一体どうすれば、クロノくんを一晩で口説き落とせたのか、私とっても気になります」
皮肉気にそう言われると、ぐぅの音も出ないな。ネルもネルで、随分と俺に思いを打ち明けるまで悩んだそうだし。
そんな自分を差し置いて、こんな短い間で俺から告白させたと聞けば、一体どんな魔法を使ったのかと疑いもするだろう。
「まずは趣味が合ったことが大きかった」
『プリムの誘惑』の作者であることが判明した後からはもう、お互い本音トークできるようになって距離感一気に縮まったからな。やはり趣味、共通の趣味は人との仲を深める最良の方法だ。
そういう意味では、ウィルが恋愛相談でネルに『プリムの誘惑』をオススメしたのは正解である。
しかしながら、にわかオタクとも言えない嗜む程度に済ませているネルと、本物の作者様ご本人とでは理解度のレベルは天地の差。同じ土俵で戦って勝てる道理もないわけで。
「うぅ、私の想定が甘かったようですね……」
「俺だって、あんな蔵書があるとは思わなかったし、ファナコが読み込んでいるとは想像もできなかったよ」
レッドウイング伯こと赤羽善一が残した魂の作品情報に、熱心なオタク気質のファナコが触れて、そこへ原作を知る異邦人の俺がやって来る、という奇跡の連鎖だからな。
そもそも人との出会いや縁なんて、どれも奇跡みたいなモノではあるが。
「けど、それだけだったら同好の士だけで終わったんだけど」
「ふぅーん、そうでしょうか」
「含みのある言い方……」
「そういうところから、惹かれ始めるなんて、ありふれたコトでしょう」
せやろか、そんなら俺にも文芸部の女子部員ともうちょっとこう何かトキメキ、のようなモノを感じられるイベントがあってもいいと思うのだが。
やっぱ白崎さんが告白した瞬間に異世界召喚しやがったジュダスのクソジジイ、ぶっ殺してやる。全て十字教が悪いんだ。
「ともかく、そうやって打ち解けられた翌日に海魔軍の襲来だ」
「ええ、そこから先は私も報告で聞いた通り、ですよね」
これだけなら大した問題は無かった。いや、『払暁学派』の主目的はまんまと達成させられてしまったので、普通に不手際ではあるが、あの状況下では俺達に出来るのは町の防衛に徹するくらい。
押し寄せる海魔軍を無視して、奴らの本命である人里離れた川から内陸へ進行する別動隊を叩きに行くなんて、町を犠牲にするような真似は出来なかった。それをやったところで、今度はレッドウイング城の龍穴を抑えられて差し引きゼロどころかマイナスだし。
だから俺達は最善を尽くしたし、町は沿岸部こそ損害は大きいが、人的被害はゼロに治まった。
ただ例外だったのは、ファナコの加護の暴走だけである。
「私もまさか、あのファナコ姫がこんな秘密を抱えていたとは」
「そりゃあ、下手するとスキャンダルだからな。隠すのは当然だろう」
ファナコと近しいネルでも気づかなかったのだから、ハナウ王の隠蔽は完璧だったってことだ。
ただ鬼の眼だけはどうしようもないから、魔眼を封印している、と半分事実を混ぜたような状態で晒す結果となっているが。
「でも一番の想定外は、鬼の眼がそこまでクロノくんに刺さったコトですよ」
「うっ」
そう、結局のところソコなのだ。
同情とも共感ともとれる、自分の目つきに対するコンプレックス。これが思った以上に刺激されて、こんな俺に自分からプロポーズなんて思い切った真似をさせた、一番の要因だろう。
「それほどまでに気にしていたとは……私としたことが、まだまだ理解が足りなかったようで、反省です」
「いや、俺としては気にしてくれない方がありがたいというか、気にしなかったから気軽に接することが出来たワケで」
日本ではヤンキー疑惑確定の目つきの俺だが、顔そのものが鬼や獣の異種族が当たり前に存在するパンドラ大陸では、特に気になるような要素ではない。
だからリリィと出会って以降、気にするような場面は無かったのだが……かと言って、自分の目つきの評価が改められることも無かった。
今でも相手に顔を見てビビられたら、あっ察し、となって俺は自分から引いてしまうだろう。
「全力で殴り合っただけで愛し合えるなら、私だってそうしてますよ」
「そういう性癖はないつもりだが」
だがファナコとの激闘は、強く告白を後押しする要因ではあった。
実際、彼女が恋愛を遠ざける最大の原因がコレであることに変わりはない。暴走する鬼を宿す自分に、恋など出来ないと涙するファナコの姿は、とても放ってはおけなかった。
鬼の力と真っ向から殴り合って抑えきれる男は、俺だけ、とは言わないものの、数は限りなく少ないだろう。我らが帝国軍でも、カイ、ファルキウス、ゼノンガルト、と人間ならこの辺くらいしか候補に上がらん。
それでもファナコがただの少女であれば、自分より強い男に会いに行く、で済んだかもしれないが、第一王女の身分を考えると、強さだけで相手を選ぶワケにもいかない。
だからこそネロとの婚約を進めたのだろうが――――アイツが女ならとりあえず手を出すような遊び人じゃなくて良かった。
第十三使徒の力があれば、ファナコの暴走だって抑えるのも余裕だろうし、それでちょっと優しく口説いてやれば、彼女を弄ぶことだってできただろう。
リィンフェルト一筋だったことだけは、ネロの評価できるところだ。
「確かにその場の勢いもあった事は否めないが……それでも俺は、ファナコを婚約者として迎えることを決めた」
「はぁ……本当に、ファナコ姫がここまでクロノくんと相性良かっただなんて、思いませんでした……これは認めざるを得ませんね」
すっかり諦めたような表情で、ネルが寄りかかって来る。それを俺は黙って抱きしめる。
「これでも私、結構嫉妬してるんですからね……」
ごめん、と気軽に謝ることもできない。
結局、俺は自分の立場に甘えただけだ。ファナコも抱えられると。
元の世界ではありえん決断だ。一人の相手と結ばれることしか許されなければ、俺もファナコを泣かせるままにすることしかできなかった。
まぁ、そんな環境だったらリリィとフィオナと共倒れしていただろうから、考えるだけ無駄なこと。
嫁を複数人抱えても許される魔王まで成り上がって良かったのだと、そう思おう。
「……でも、リリィさんに伝える時はフォローしますから」
「い、いや、そこは自分で何とか……」
「ファナコ姫の心配をしてるんです」
「お願いします」
流石に短絡的に逆上して殺しにかかることはないだろう……と思うが、ネルは冗談ではなく真剣に言っている。
俺はリリィを信じている。信じているが、でも万が一に備えることは必要だと思うんだよね。
「それに、フィオナさんは」
「ああ、フィオナはまだメラ霊山に残ってる。今は俺よりも、妹の方が優先だ」
腹違いではあるが、本物の妹である。フィオナとしても、色々と思うところはあるだろう。
今頃は、家族水入らずの時間を過ごしているはず――――
◇◇◇
メラ本殿の一室にて、負傷した御子フィアラはベッドの上で身を横たえ、安静状態とされていた。
身体的には少々の火傷、魔力的には欠乏症状と精神疲労といったところ。十分な休息が必要だが、緊急搬送しなければならないほどではないので、彼女の意志で今もこの場に残ることとした。
ルーン滅亡の危機から一夜明けて、メラ本殿でも事後処理が始まる慌ただしい気配を感じながらも、太陽神殿の総意によってフィアラは寝かせられている。
ただ寝ているだけでも、見舞いに訪れた者に顔を見せるだけで安心感は得られるものだ。御子としての仕事も十分に果たしていると言えよう。
そして今、また一人見舞客がやって来たのだが、
「……」
「……」
実に重苦しい沈黙が、フィオナとフィアラの間に流れていた。
やって来たのは、何故かやたらと姉を自称する帝国の魔女フィオナ。
見舞い品としては定番のフルーツが、山と盛られた籠を抱えて彼女は見舞いに訪れていた。
「……そんなに黙って見られても、困るんですが」
沈黙と視線に耐えかねて、フィアラが渋々ながらも口を開く。
フィオナは黙っているくせに、自分と同じ煌めく黄金の瞳は逸らさず真っすぐに向け続けている。見舞いに来ておきながら、ただガンを飛ばしにきただけ、とは思いたくなかった。
「どうやら、不死鳥に触れた後遺症は無さそうですね。安心しました」
「勝手に人の体を解析しないでください」
妙な気配は感じていたが、ただ見るだけで相手の魔力の流れと質を凡そ見切れるのか、とまた一つ明らかになったフィオナの能力に才能の差を感じつつも、ケチをつけた。
実際、テレパシーをかけるのと同じように、鑑定や感知系の魔法で相手を探るのは失礼にあたる。もっとも、優れた魔術師が相手の魔力を見抜くのは、魔法を用いて探っているワケではないので、その限りではないが。
純粋に心配した上でのことだろうが、完全に不死鳥と一体化を果たした本人に、ほんの表層に干渉した程度でしかない自分の身を案じられるのは、子ども扱いされているような気分である。
「やはり妹ですね。自分とよく似た魔力の持ち主だと、隅々まで見えやすいですよ」
「私は……私は、貴女のことを姉だなどとは認めません」
「ですが、ティオール・ナナブラストという男が父親であることは事実でしょう」
そして互いの母親が実の姉妹だったことも。
遥か古の時代では魔女として、現代ではルーンの御子として、連綿と魔法の力を継いできたソレイユの血が二人には流れているのだ。
その水色の髪と黄金の眼の色をした美貌を、父親から受け継いだのも同様。
二人が並べば、誰もが姉妹と思うに違いない。
「分かっているのです。私が貴女を認められないのは、単なる自分の嫉妬に過ぎないということは」
「はぁ、それは仕方ないですね。私はクロノさんの婚約者ですし、パーティメンバーとして付き合いも長いですから」
「男の話は関係ない!」
クロノの婚約者である、という以外に自分に嫉妬される要因などとんと思いつかない、といった顔の姉を、妹は苦々しい表情で睨んだ。
「ルーンの御子には、貴女の方が相応しい」
「いえ、私に御子は務まりませんよ」
「だったら! だったらどうして……私は……こんなにも力が及ばない……貴女の足元にも」
幼い頃、母親が姉であるナミアリアの名を聞いた時に見せる、鬼のような表情が恐ろしかった。それは純粋な殺気であり、憎悪であり、けれどただ恨むべき怨敵ではなく、共に生まれ育った実の姉だからこその、重く深い感情。
そろそろ成人を迎えるという年頃となった時に、ようやく母ミナエリスと姉ナミアリアとの因縁について詳しく聞かされたフィアラであったが……その時は、御子の使命を放り出すだけでなく、人の道を外れた犯罪魔術師と化し、さらには自分の男を結婚式当日に攫ってゆくという所業をされて、これだけやって殺したいほど恨まないはずがない、と納得したものだ。
けれど、それだけでは無かった。
今だからこそ、フィアラは母の気持ちが分かる。
自分よりも圧倒的に優れた姉が存在する、途轍もない劣等感を。
こんな怪物と生まれた時から一緒で、そのくせ年頃になれば太陽神殿を裏切るなんてされれば、どれほど感情が荒れるか想像を絶する。
「それも仕方のないことです。私は貴女よりも四年分の成長があり、そして何より経験が違います」
しかしフィオナは、それほど大きな才能の差など無いと思っていた。
太陽神殿の御子としての務めを果たす能力だけを比べるなら、四年前の自分、エリシオン魔法学院を卒業した辺りの頃と今のフィアラでは、確実にフィアラの方が上である。
当時のフィオナが優れていたのは、その圧倒的な破壊力を誇る魔法の威力と、ソロでダンジョン攻略できるだけの多才な魔法を習得していること。
不死鳥の目覚めに備え、大いなる龍を鎮める儀式魔法など専門外。御子としての教育に、修行を重ねてきたフィアラの方がこの道では先達となっているのは当然の結果だろう。
だがしかし、今のフィオナはパンドラでの激戦と死闘の連続を経て、大きく成長を果たしている。使徒という強大極まる敵に、リリィのようなライバル。そして隣で共に戦う、愛する人がいたことで、師匠の修行や魔法学院の授業とは異なる経験を得ることができたのだ。
それはきっと、シンクレアにいたままでは出来なかったこと。自由な冒険者としてパンドラの地を進んだからこその道である。
「私の目指すべき場所と、貴女の進むべき道は違うのです。比べることに意味はありません」
「でも、結局ルーンを救ったのは、貴女の力ですよ」
「私がいて良かったですね。それでいいじゃないですか」
どうあがいても自分の力だけではどうしようもない事態に、たまたま何とか出来る能力を持った人が助けてくれた。
そんな状況を、人は『幸運』と呼ぶのだ。
だから余計に思い悩む必要などない。ただ運が良かった、ラッキー、それで済ませばいい話。
そして自分の幸運と、その後の自分の成長は、また別の話でもある。
「怒った不死鳥を相手にできたのは、良い経験になったでしょう。これから御子として、精進していけばよいだけのことです」
「それで貴女に追いつけると」
「無理ですね。今の私には追い付けても、その時の私はもっと先を行きますから」
驕りの欠片もなく、ただ純然たる事実であるように言い放つフィオナに、不思議と苛立ちは湧かなかった。
何となく、理解できてきたから。この人は、こういう人なのだと。
「そうですね、比べることに意味などないのかもしれません」
「ええ、それは絶対に負けられない相手でも出来た時にするべきことですから」
「貴女ほどの魔女とライバルになれる者がいるのですか」
「いますよ、沢山。世界は広いですからね」
あれほどの力を振るいながらも、自分を頂点だなどとは言わない。これこそ正しき魔導の探求者、そして成長を続ける心構えだと説かれた気分であった。
そんなフィオナだからこそ、疑問を抱く。
フィアラは最も核心的な質問をぶつけることにした。
「どうして、会ったばかりの私を妹だと思えるのですか」
事実としての姉妹関係。よく似た容姿、よく似た魔力。
だが、出会ったのはつい先日。二人の間に、幼少期を共に過ごした思い出など欠片も存在してはいない。
普通なら「そうなんだ」くらいにしか思えない関係性。その後の付き合いによって、兄弟姉妹としての仲が深まることはあるだろうが……少なくとも、ストイックに精進を続けている魔導の探求者ならば、自分よりも劣る格下の相手になんて、気にもかけないだろう。
事実、フィオナ自身に生まれを気にしたことはないし、リリィにフィアラのことを聞いても生き別れの妹かもしれない、と心動かされることも無かった。
フィオナにとって自分は、ただ御子という不釣り合いな役割を背負っただけの、未熟な少女でしかない。
何の思い入れもなく、見るべき実力も才能もない。そんな相手を妹である、という関係性だけで特別視するとは思えなかった。
「そうですね、きっと私の母にはソレが分からなかったのでしょう。そして昔の私もまた、同じだったのだと思います」
フィアラに問われれば、なるほどその通りだとフィオナは思った。
学院卒業直後あたりの自分が、フィアラと出会ったところで「妹? そうですか」という感想だけで終わっただろう。これといって興味を抱くことも無い。
けれど今の自分ならば、妹を大切な身内として愛し、慈しむことができるという確信があった。
「ですが、そんな私にも仲間ができて、愛する人もできました。今では弟子だっているのです――――だから、自分の妹を大切にしよう、という当たり前の人情くらいはありますよ」
「そう、ですか……それは、クロノ魔王陛下に感謝しなければいけませんね」
こんな天然を極めた危険な魔女に、人並みの感情を身に着けさせたことが、どれほどの偉業であるか。それをフィアラは実感できてしまうのだった。
「ところで、体が治ったらもう一回、不死鳥に挑戦しませんか?」
「……は?」
「次はもっと上手く出来ると思うんですよね」
これで不死鳥の力を制御できれば、姉妹揃って大幅レベル&スキルアップ間違いなし。お互いに得るモノしかない素晴らしいウィンウィン。これぞ姉妹の絆の力。
ただしルーンの危険は考えないモノとする、という注意書きが脳裏に浮かび上がってくると同時に、フィアラは叫んだ。
「このイカレ魔女がっ、二度とやるかっ!!」