第1021話 母の遺した試練
「――――なるほど、どうやら本当のようですね」
クーリエに連れられてフィオナがやって来たのは、自分が生まれた場所。そして母親を焼き殺した場所。
メラ霊山の麓に広がる樹海の中にあった古代遺跡は、ヴァルナ森海の隠し砦と似たような施設であった。
ヴァルナの隠し砦はリリィによって機能が掌握されたことで利用されているが、どうやらこちらの方は、怒り心頭で殴り込んできた先代御子ミナエリスによって破壊されてしまったようだ。
今はただの廃墟として、樹海の中で荒れるがままにされている。
そうして放棄された遺跡の中、溶けかけた儀式祭壇だけが原型を留める広間に、フィオナは立っていた。
機能が死んだ遺跡であり、ただの廃墟と化しているものの、フィオナは現場を見るだけで、クーリエの話に嘘がないことを確信できた。
広間の各所と祭壇に残された魔法陣を見れば、おおよそどういう目的の儀式がされたのかが分かる。
「それで、貴女は主を殺した私を恨んでいるのですか?」
「恨みがない、と言えば嘘にはなるね……ナミアリア様は、私の全てだったのだから」
「それは恨みしかないのでは」
「いいや、こうして顔を合わせ、言葉を交わして、ひしひしと実感しているよ。確かに貴女は、ナミアリア様の娘だと」
「そんなに似てますか?」
「顔は父親似だけれどね。でも、その人の気などまるで気にも留めない超然とした態度は、人智を超えた魔女のものだ」
「失礼ですね、空気を読まずに孤高を気取っていたのは、学生の頃までですよ」
心外だ、と口を尖らせるフィオナに、クーリエはクスクスと笑い声をあげる。きっと、似たようなやり取りをかつてしたことがあったからだろう。
「だから私は、ただ真実を貴女に教えるだけ。そしてナミアリア様の遺言通りに、全てを託すことにしましょう」
「何か遺産でも貰えるのですか?」
「すぐに分かることさ……さて、話はまだ途中だったね」
クーリエはわざとらしいほどに話題を戻したが、フィオナは気にも留めない。そういうところよ、とリリィがいれば苦言を呈したことだろう。
「貴女が生まれ落ちた直後に、広間へミナエリスがやって来た」
「それでよく、私は生き残れましたね」
当時、あそこへ踏み込んだ直後のミナエリスの心情は想像に難くない。
結婚式にまんまと男を奪い取られ、やっと取り戻せると勇んで来れば、そこには愛しの彼と憎き姉の間に出来た子供がいるのだ。
子供に親の罪は関係ない――――本来そう語るべき立場の御子であっても、我を忘れて殺そうとするに決まっている。
「父君たるティオール様の愛があってのことさ」
燃え盛る修羅と化して襲い来るミナエリスを、ティオールはフィオナを抱きかかえて身を挺して庇った。
流石にそうまでされては、強引に奪い取って殺すこともできない。その時のティオールは、この子を殺せば自分も死ぬと、そう詰め寄ったほどであった。
「結局、その場で貴女はティオール様と共に、太陽神殿で保護されることとなった」
「では、私が捨てられたのは」
「勿論、捨てたのではない。転移で飛ばすより他に、生かす方法が無かったのさ」
魔女ナミアリアを焼き殺して生まれた呪い子フィオナ。
彼女をどうするか。当時の太陽神殿は大荒れに荒れた。
即刻、この忌まわしい赤子を殺すべき。この子は必ずや、ルーンに災いをもたらす。ナミアリアを超える邪悪な魔女となって。
そう主張するのは、怒りに燃える御子ミナエリスを筆頭とした、太陽神殿の大神官達。
そもそもナミアリアは御子となることを拒み、自ら魔導へと落ちた裏切者。太陽神に背いた大罪人の子供になど、慈悲の欠片もくれてやる道理はない。
一方、子に罪は無いとして必死に助命を懇願したのは、父親たるティオール。
実家であるナナブラストにも頼み込み、どうにかフィオナをただの子供として育てられないかと必死になったが……
「やはり、処刑すべきと決まった」
「それで貴女が、ティオール……父を手引きしたのですね」
いよいよ進退窮まったティオールの前に現れたのが、クーリエだ。
当時の彼女もまた、敬愛する主たるナミアリアを殺したフィオナに恨みをぶつけるべきか悩んだ者の一人。
けれど主が残した最後の言葉を信じ、フィオナのことは彼女自身の運命に任せることとした。
「ああ、そうして私は貴女を抱えるティオール様を連れて、再びここへ戻って来た――――元々、この広間は転移魔法だけが設置されていた。古代人にとっては、ここが本当の玄関口だったのだろうね」
すでに半年ほどの年月が経ち、現場検証も終わりすっかり人の掃けたこの場所へ、再びやって来て忍び込むのはそう難しいことではなかった。
しかし、時間には限りがある。
フィオナを連れてティオールが太陽神殿を抜け出したことは、すぐにミナエリスの知るところとなり、追手は放れたのだから。
「ここの転移がどこに通じているか、私は知らなかった。あの頃は私も、まだ古代魔法には無学でね……貴女を逃がすだけで、精一杯だったのさ」
どこか懐かしむように、祭壇の残骸をクーリエが撫でる。
流石に今はもう、転移魔法を起動させるだけの動力も機能も失われているようだ。
「すまないね。どことも知れぬ場所に、無力な赤ん坊の貴女を放り出すだけになってしまった。ティオール様も、最期まで貴女の身を案じておりました」
行けるならば自分も共に、という父親の覚悟は、転送量の制限によって虚しく阻まれた。
結局、託すことが出来たのは、フィオナという名と、この子が類まれな魔力の才に溢れていることを認めた手紙。そして幾何かの金貨と、ただ一つ父親との繋がりを示す、魔法具『蒼炎の守護』だけだった。
「ありがとう、と言うべきでしょうね。お陰様で私は生き残りましたし、良き師に拾われましたので」
そこから先は、フィオナ自身が知る話だ。
物心ついた時には、魔女の師匠の元で、杖を振って魔法の真似事をしていた。
転移によってアーク大陸はシンクレアへと飛ばされてすぐに、自分は拾われたのだ。
そしてフィオナは師から『蒼炎の守護』が顔も名も分からぬ親から与えられた唯一の品だと、子供の頃に教えられた。
しかし彼女自身、親に対する興味は抱かなかった。すでにしてフィオナは、幼くとも立派な魔法探求の徒となっていたが故に。
ただ『蒼炎の守護』は便利な火耐性付与のアクセサリーとしてしか利用しなかった。だから出会って間もなくのクロノに貸し与えることにも抵抗は全くなかった。
けれど、今にしても思えば、そんな一品を最愛の男が持ち続けてくれていることが、どこか運命的にも思える。
「ええ、こうして貴女が魔女となって戻って来たことは、正に奇跡。これぞ太陽神のお導きとでも言いましょう」
「残念ですが、私の加護は『黄金太陽ソルフィーリア』ではありませんけど」
「加護を授けた神のみが、その人を見守っているわけではないのさ。パンドラの黒き神々は、いつだって数多の人々を祝福してくれている」
「貴女がそんな敬虔な信者だとは思えないですが」
「まぁね、これも誰かの受け売りさ」
この様子から、恐らくは自分の加護が『黒魔女エンディミオン』であることも調べがついているのだろう。その上で、クーリエはフィオナをナミアリアの娘と認めている。
「それで、話はこれでお終いですか?」
「そうだね、君には是非とも在りし日の母君の話をたんと語って聞かせてあげたいところだが……それほど興味はないだろう?」
「まぁ、それしかネタがないなら、私はもう行きますけど」
フィオナとしても自分の生まれを多少は気にしてルーンへとやって来たが、いざ両親の正体が判明したといっても、その個人について深い興味はない。
優先すべきは本来の目的通り、メラ霊山のオリジナルモノリスと地下にまだまだ広がるだろう、生きた古代遺跡にある。
「では、本題に入ろう――――フィオナお嬢様には、是非とも我が主ナミアリア様が遺した試練に挑んでいただきたい」
なんだか面倒くさそうな話だなぁ、とフィオナが思った矢先、クーリエは見せつけるように腕を掲げて、指をパチンと響かせた。
その瞬間、部屋中に刻み込まれていた魔法陣が光り輝き起動する。
それはフィオナが生まれた儀式祭壇に刻み込まれた魔法陣……ではない。ただ上書きされただけの、全く別のモノ。正確には、召喚陣だ。
ズゾゾゾゾゾゾ――――
轟く咆哮もなく、ただ不気味に大きく蠢くような音だけが広間へと響き渡る。
焦げ跡や煤けて黒々とした屋内だったが、それは別種の暗い底なし沼のような不気味な黒光りが壁面から天井まで、埋めつくすように溢れ出す。
「はぁ……本当に、面倒なモノを出してきましたね」
「流石だよ、一目でそこまで見抜くとは」
現れたのは、今にも爆ぜそうな濃密な火属性魔力をたっぷりと含んだ、黒い油に塗れ、さらに大量にソレを内包した、クラゲのような形状のモンスターだった。
部屋中を埋めるように黒油クラゲが群れを成して蠢き、一瞬の内に不気味な空間と化している。まるで巨大な魔物の腹の中に飲み込まれてしまったと錯覚しそうな光景だ。
「帝国軍の最大火力、と称されるその力、ここで解き放てばどうなるか」
「貴女が死ぬだけですよ」
「そちらも無事では済まないだろう」
フィオナは自身の魔法、特に火属性に対する耐性は抜群に高い。それはフィオナに限った話ではなく、得意属性はそのまま高い耐性も発揮してくれる。自らの力で自分の身が傷つかないようにする、ごく自然な体質と言えよう。
だがしかし、規格外の火力を持つフィオナ。それがこれほどの閉鎖空間、さらに炎熱に反応して凄まじい爆発力を発揮するだろう黒油クラゲの群れの詰まったここで火が点けば……流石のフィオナでも無傷で防ぎきることは出来ないだろう。
自身の超火力に、さらに上乗せして爆発力が加われば、一体どれほどの破壊力と化すか。少なくとも、機能が死んでいるこの古代遺跡は間違いなく更地どころか、巨大なクレーターを穿つことになるだろう。
「けれど私には、全く貴女を傷つけるつもりはない。これはあくまで、必要な仕込み……と、すでにお察しのようではあるけれど、改めて説明しよう。貴女には幾つかの選択肢がある」
一つ、と芝居がかった動きで指を立てる。
「これから起こる試練から、逃げる。所詮、試練に挑んで欲しいというのは、私の勝手な願いだからね。ルーンから逃げるのであれば、決して船を狙わないと約束しよう」
付き合ってられない、と無視するのもフィオナの自由とクーリエは言い放つ。
だが、絶対にそうはしないという確信をもった笑みを浮かべて、二本目の指を立てた。
「試練に挑む。成功すれば、私もナミアリア様も念願適って大変喜ばしい。失敗したところで、このルーンという国が滅びるだけ……今やパンドラの半分を支配する広大なエルロード帝国にとって、こんなレムリアに浮かぶちんけな島など、無くなったところで何の影響もないだろう」
確かに、究極的に言えばフィオナは一国の滅亡を見逃したところで、揺らぐような精神はしていない。もしソレがどうしても必要ならば、躊躇なくその選択を取れる魔女。
だがしかし、決してそんなことを許さぬ者を伴侶して選んだのは、他でもない自分自身である。
「貴女を殺して、その危なそうな試練を無かったことにする」
「そう言うと思ったよ――――けれど私はね、このために準備をしてきた。ナミアリア様を失い、フィオナお嬢様の行く末も知らぬまま、虚しい中でも、私は準備を進めた」
20年近い、忍耐の時だ。あるいは虚無と言うべきか。
ナミアリア亡き後、黄金の夜明けを迎えること適わず、いまだ『払暁学派』を名乗り続け、ルーンの闇に潜む大魔導結社として活動してきたのは、全て滞りなく、ナミアリアが挑むはずだった試練を実行するため。
「けれど貴女様は戻られた。私の20年は、無駄ではなかった」
「困りましたね、すでに制御は貴女に無いのですか」
「その通り。私はただ始まりの幕を上げるだけ。後は全て仕込んだ通り、自動的にコトは成される」
「メラ霊山に火を点ける、と」
召喚術が発動した直後、フィオナが察したのは黒油クラゲの性能だけではない。この特大の爆弾を使って何をしでかすのか、そこまで見抜いたことを、クーリエは理解したが故の賞賛だ。
すなわち、メラ霊山の噴火。
十年前、『払暁学派』が起こしたルーンが滅びかねない最悪のテロ事件。その再来である。
「アレはただの予行演習に過ぎない。だと言うのに、それすら満足に止められなかったミナエリスは、やはりただの凡才。ナミアリア様のいない時代に生まれていれば、良き御子と讃えられただろうが……試練に挑むには、あまりにも力不足だったよ」
「だから死んだのでしょう。その身を捧げなければ、噴火を止められないほど」
「凡百の御子一人じゃ足りないから、ティオール様も共に逝かれたのだ。全く、力無き御子は罪深いものだね。真に尊い犠牲を強いねば、己の義務すら果たせないのだから」
十年前のメラ霊山噴火危機。
大噴火の寸前まで至ったのを、当時の御子ミナエリスと伴侶たるティオール、両名の犠牲によって食い止められたことは、ルーン国民なら誰もが知っている悲劇である。
だがルーン中が涙した英雄的行動を、クーリエはただ蔑みの色を瞳に讃えて、力不足の一言で切って捨てた。
「けれど貴女は違う。ナミアリア様の屍を超えて生まれた君ならば」
「クロノさん、そっちで海から脂ぎったモンスターがいっぱい出てきて大変なことになっていませんか?」
これ以上はクーリエから有益な情報は出ないだろうと早々に踏んで、フィオナはクロノへの連絡を優先した。こういう時のためのヴィヴィアンである。
『海魔軍と名づけられたモンスター軍団が、今まさに上陸していきている。俺達はこれから迎撃に出るところだ』
「なるほど……どうやら、本当のようですね」
これがただのブラフであることを多少は期待したが、事態はすでに大規模に引き起こされているようだった。
このクラゲを含む海魔軍というモンスターは、クーリエが掌握する古代遺跡で生産されたモノだろう。彼女が苦労を滲ませて語る20年に渡る、その準備の一旦が使い魔の量産。
遺跡は恐らくルーン近海の海底にある。そんな場所に潜まれれば、どれだけルーン本島内を探したところで、見つけることはできない。
そこでメラ霊山噴火という災厄を引き起こすために、大量のモンスター、すなわち海魔軍を揃えた。
『フィオナ、そっちで何があった』
「えーと、そうですね……私は予定通り、メラ霊山の麓までやって来たのですが――――『払暁学派』のボスと名乗る人が、今目の前にいます」
個人の召喚術士が呼び出せる使い魔の数は限られる。この広間に出したクラゲはクーリエ自身の召喚術によるもの。追加で呼び出せたとしても、すでにかなりの量を出しているので、残りはたかが知れている。
召喚術で必要な場所に、必要な時にモンスターを繰り出すのは最も確実だが、絶対的な召喚量の制限がある以上、サブプランといった扱いのはず。
本命は大量に用意した海魔軍をつぎ込んでの物量作戦。
首都サンクレインを筆頭に、ルーン各地を同時に襲えば、それだけで陽動として凄まじい効果を発揮する。陽動といっても、このクラゲ一匹でも上陸を許して町中で爆発すれば、甚大な被害は確実。国と民を守らねばならぬ以上、ルーン側は絶対に対処しなければならない存在だ。
そして水際での海魔軍迎撃に紛れて、本命が狙うのはルーン本島各地の龍穴と、メラ霊山の巨龍穴だ。
ここでクラゲの爆発力と、現地で仕込んである精霊の暴走を引き起こす類の儀式魔法を併用することで、メラ霊山を揺るがす――――フィオナはそうクーリエの計画を見抜いた。
そしてその噴火を、フィオナが御子となって食い止める、その力を見たいといったところだろうと理解した。
「海魔軍の狙いは町の襲撃ではなく、各地の龍穴――――」
「おっと、悪いが妖精通信は断たせてもらおう。流石にその通信速度は反則だからね」
事ここに至って、エルロード帝国軍を支える妖精通信の存在が明らかになっていることの弊害が出た。
クーリエは間違いなく、フィオナ・ソレイユの名が広まった頃には、すぐに注目して情報収集を始めていたはず。それがスパーダでランク5冒険者として名を上げた頃か、カーラマーラにてエルロード帝国を立ち上げた時かはフィオナには分からないが、少なくともここ一年以内に起こした、帝国の戦については十分に調べがついているに違いない。
最大火力にして魔王の伴侶たる彼女に、緊急連絡用の妖精くらい、ついているに決まっている。
そしてナミアリアを彷彿とさせる才能を発揮するフィオナに、今このタイミングでこちらの狙いを魔王へ即座に伝えられるのは困る。かの魔王の力をもってすれば、海魔軍さえも陽動の役目を果たす間もなく壊滅させられるかもしれないのだから。
「テレパシーの遮断まで用意するとは、本当に準備が良いですね」
「こんなこともあろうかと、を20年もやっていれば、これくらいはね……さて、そういうワケだから、試練がちゃんと動き始めるまで、貴女にはもう少しの間だけ、大人しくしていて欲しいのだけれど」
つまり、足止めのために呼び出したクラゲの群れということだ。
その有り余る火力でもって、力技で強引に突破し今すぐ対処に動き始められるのが一番困る。
「素直に待っていてくれると言うのなら、お茶の一つでも御馳走しよう。従者の経験は豊富だから、自信はあるんだ」
「もう朝はたくさん食べてきたので、今は必要ありませんね」
そう返しながら、フィオナは五分咲きにした『ワルプルギス』をクーリエへと向けた。
「――――『凍結防壁』」
無詠唱で瞬時に発動させたのは、氷属性の中級範囲防御魔法。
大きな氷壁を作り出す魔法だが、フィオナの手にかかれば周囲一帯を氷漬けにする威力を発揮する。
冷気が広間を駆け抜けていった、そう感じた瞬間には、壁面と天井で蠢いていたクラゲの群れはまとめて巨大な氷の壁の内に閉ざされた。
床を除いた壁と天井がまとめて分厚い氷の層に覆われ、一瞬の内に広間の中が二回りは縮んだように錯覚する。
そして氷の壁に閉ざされたのは、クラゲの群れだけではない。術者であるクーリエも、お喋りできる立ち位置にいたせいで、防御魔法の効果範囲内に入っている。
太い氷の柱の中でクーリエは氷漬けと化すが、
「……まさか、氷属性もこれほどの威力で扱えるとは」
氷の柱の中で、クーリエは平然と喋り出す。
「けれど、氷で助かったよ。私は氷属性が最も得意でね。熱し過ぎたナミアリア様を冷やして差し上げるのが、一番の仕事だったんだ」
粉々に砕け散る氷の柱より、悠々とクーリエが歩み出る。
それも、ただ氷を砕いただけではない。フィオナが作り上げた氷を、すでに自らの支配下に取り込んでいる。
キラキラと破片となった氷が、グルグルとクーリエの周辺を舞い踊り……次の瞬間には、寄り集まって美しい氷の剣と化し、その手に収まった。
騎士礼装のクーリエが剣を握る姿は実に様となっており、さながら舞台役者のような煌めきを纏って立つ。
「それではフィオナお嬢様、お時間となるまで、このクーリエがダンスのお相手を務めさせていただきましょう」
自ら剣をとり、時間稼ぎを宣言するクーリエに、フィオナは黙って七分咲きへと広げた『ワルプルギス』を向けた。




