第1017話 ルーンの王女(2)
「ここには、レッドウイング伯が書き残した、異邦人の世界の物語が収められています」
「なるほど、道理で見覚えのあるタイトルばかり……」
まず目につくのは有名漫画タイトルばかりで、さながら漫画喫茶のような様相である。しかし少し回ってみれば、漫画の他にも、ラノベ、ゲーム、さらには映画やドラマといったメディアやジャンルを問わず様々な名作ストーリーの名前が並んでいる。
「手に取って見てもいいか?」
「はい、一冊毎に保護用の魔法もかけられていますので。素手で触って問題ありません」
しっかり保管についても徹底されているようだ。いずれも50年以上前に書かれたものだが、あまり古さ、紙質の劣化を感じさせないのは、早々に魔法による保護がかけられていたのだろう。
その説明に安心して、俺は手近にあった一冊を手に取る。
選んだのは、日本で一番有名な海賊漫画。その最新刊にあたる巻数。
「……今の俺なら、口に剣を咥えて三刀流もできそうだ」
懐かしい内容の数々に、ついそんな感想が漏れてしまう。
本の中身は、可能な限り詳細にその物語について記した、いわば資料集であった。
日本語で綴られた説明文だけでなく、豊富なイラストや図解によって、キャラクターの姿から、名シーンの情景が事細かに解説されている。特に重要な部分など、画風も似せた上で丸ごとシーン再現もされていた。
本物を知るオタクの俺が見ても、再現度の高さに唸らされる。赤羽先生、本職かアニメーターやってらしたのですかってほどだ。
俺が手にした最新刊では、バラバラに散った仲間達が2年後に再集結して、新たな冒険へ踏み出すところであった。
俺も赤羽善一も、同じ年月日に召喚されている。だから、俺達が知るこの物語も、ここで止まったまま。彼らはもう、タイトルを冠する財宝を手に入れただろうか。いや、大長編の超長期連載作品だから、まだまだ冒険は続いているに違いない。
「どの本も、こんなに詳しく書き記されているのか?」
「あくまで本人の記憶に基づくものですので、多少のバラつきこそありますが……どれでも、覚えている限り、詳細に書かれています」
凄いな、この密度でこんなに書いたのか。
これだけ膨大な量を、幾ら頭の中に知識があるとはいえ、一冊の本として出力できるのは、人間一人が人生かけても不可能に思えるが……どうやら赤羽善一はそれなりに魔法も習得していたらしく、魔力で作ったサブアームを駆使して、一人で複数同時に執筆を可能とする凄腕の魔術作家だったという。
腕が増えたところで、違う内容を書き記すには、頭の方が追いつかない。恐らく、リリィのように魔法演算力が高く、並列思考ができたのだろう。
俺が似たような真似ができるのは、集中した戦闘中だけ。つくづく自分の才能なさを実感させられるね。
そうした凄まじい作業量とアウトプット能力を活かして、生涯かけて残されたのが珠玉の名作解説本。コレを読み解けば、ほとんど地球で見たのと同じ脚本が再現できるだろう。
「ファナコ姫は、ここにあるものは凡そ目を通しているのか」
「はい、未知の作品に溢れるこの場所は、子供の頃からお気に入りだったもので」
どうやら、本当にこの場所の案内人としてファナコ姫は適任だったようだ。
俺も近所に大手古本屋が出来たお陰で、金のない小中学生の頃に、様々な名作漫画を目にする機会を得られた……おい、なんで5巻だけねぇんだよ!! と巻数歯抜けトラップには苦しめられたが。
「ただ、ひらがなとカタカナは覚えましたが、漢字という固有の意味を持った字だけは、どうしても解読できず……どの本においても、大事な意味の込められた部分は漢字で書かれているので、私には半分も話の内容を理解しきれていません」
「ああー、確かに漢字までは全て伝えるのは無理だよな」
「漢字の翻訳書も存在したのですが、残念ながら失われてしまっていて――――」
何でも、漢字の翻訳書を巡って、ルーンに暗躍している非合法の魔術結社とイザコザが発生したらしく……危険だからと本を破棄し、赤羽善一は二度目も書こうとはしなかったのだとか。
古代にも日本人の召喚者や転生者がいたというのはミアが証言している。なので、古代魔法には日本人が関り、日本語で記した文書や術式なんかもちらほらあるらしい。だから正確な漢字の翻訳書は、そうした古代魔法を紐解く重要なヒントになるとして、魔術結社が狙ったという話だ。
とは言え、俺の下には今のところ、日本語で解読できる凄い古代の遺物なんかは無いのだが。もし見つかったところで、赤羽善一の手記みたいな内容じゃないかと思うね。
「それじゃあ時間があれば、簡単な漢字だけでも読めるような表でも作った方がいいかもな」
「ほっ、本当ですか! 是非っ!!」
「お、おう」
凄い食いつきにちょっと引いたら、自分がオーバーリアクションだったことを察したのか、恥ずかしそうに三歩くらい下がっていくファナコ姫だった。そんなに離れなくてもいいじゃん。
「ともかく、今日のところはこれを読ませてもらおうと思うが……その前に一つ、ファナコ姫に聞いておきたいことがある」
「はひっ、な、なんでしょうかぁ……?」
改まって俺が真剣に問いかければ、ファナコ姫は目に見えて身構える。瓶底眼鏡で視線は見えずとも、それとなーく脱出経路を探っているようにも見えた。
どんだけ警戒されてんだ俺……
しかし、これこそが本命の質問。昨日の式典での問いかけと、今ここでの話を鑑みて、今こそこれを問いただす時だと決めた。
「ファナコ姫が『プリムの誘惑』の作者、モンドクリスタル伯ではないか?」
「ふひっ……な、何故バレたし……」
どうやら、大当たりだったようだぞ、ウィル。
◇◇◇
ルーンバカンスが決まった時、ウィルからこんな話を聞かされた。
「『プリムの誘惑』の作者であるモンドクリスタル伯は、いわゆる覆面作家というヤツでな」
魅力的なキャラクターと先進的なシナリオで一躍、文学少年から紳士たちの間で有名となった娯楽小説『プリムの誘惑』。その作者の素性は全く明らかにされておらず、ルーンの大手出版社から出されている、という以上のことは分かっていない。
「我らの業界では、ファナコ姫が作者ではないか、という説が有力とされているのだ」
「それってなんか根拠があるのか?」
「まず、覆面作家をする理由として、やんごとなき身分の人物である、という可能性が高いということ」
まぁ、この青少年をドキドキさせる絶妙なエロとラブコメのバランスで成り立つラノベを、お偉いご当主様が執筆されている、と宣言するには恥ずかしいだろう。
好き勝手に遊び回れる放蕩息子みたいな立場ならば、何ら気にするべきことでもないが、この内容の本を書いていると思われたくない立場の者も多い。それがお嬢様ともなれば、尚更だ。
「そして『プリムの誘惑』の大きな魅力の一つとなっている、斬新な設定や展開の数々……これはルーンの識者によって、初代レッドウイング伯爵が残した異邦人文化の影響を大きく受けているのではないか、と言われている」
「ああー、道理でテンプレが多いと思ったよ」
パンを咥えたヒロインと通学路でぶつかったり、うっかりドアを開いたら着替え中だとか、あの手この手で混浴を成立させたり……俺も読んでいて、懐かしさを覚えるシチュエーションのオンパレードだったからな。
「しかし如何にルーンとはいえ、初代の残した文献を数多く読み解ける人物は限られる」
「なるほど、ファナコ姫はその立場にあると」
「然り! そして我はここ最近、新たな確証を得るに至った」
「ほう、それは?」
「ネル姫だ。彼女のお陰で、それが明らかとなったのである」
ウィルに騙されて『プリムの誘惑』を読まされたネルは、微妙にズレた男心の理解度を深めてしまった。羽猫メイドで暴走したのが、その最たる例である。
あるのだが、生真面目なネルはなんだかんだできちんと『プリムの誘惑』最新刊まで読み込んでいる。
そんなネルから、ウィルは思わぬ感想を聞いたという。
「サキュバス王宮の描写が、非常にルーン王宮と似通っている、と指摘したのだ」
「ファナコ姫が作者なら、自分が見慣れた王宮を参考にして書いたからってことか?」
「その通り。残念ながら我はルーンへ行ったことはないのだが、ネル姫は何度もルーン王宮へと招かれている。アヴァロン王女だからこそ、普通はお目にかかれぬ場所も見慣れているのだ」
確かに、これはなかなか明らかにならない情報だ。
ファナコ姫がルーン王宮をモデルにしていても、ソレと気づける者は王宮関係者だけ。少なくとも一般読者では確かめようのない部分である。
「この辺の描写がやけに詳しかったりするのも、自分が王族だからこそ、ってことか」
「うむ、かなり信憑性のある説となったであろう」
「いやでも……名前を伏せてるってことは、バレたら困るからだろ」
興味本位で覆面作家の正体を明かせば、作者本人が困ることになるのではないだろうか。理由も無く、ただカッコいいから、でやっているならいいが……嫌だぞ俺は、これで特大地雷が炸裂したりしたら。
「確かにその懸念は大いにある。我も一読者として、先生に迷惑をかけるつもりはない……だがクロノよ、汝は魔王であり、本物の異邦人である。そして何より、話の分かる男だ」
「素直にただのオタク野郎だって言ってもいいぞ」
「それが重要なのだ。オタクは同志にしか心を開かぬ!」
まぁ、にわかだとか、世間で大袈裟に取り沙汰されたりするのを嫌がるのがオタクだしな。いわゆる『分かってない奴』に対する目は厳しいのだ。
「無理強いはせぬ。だが、機会があれば、確かめてみるのも一興ではないか?」
というワケで、俺はファナコ姫に探りをいれつつ、可能性を感じたので、思い切って質問したのだ。
まさか、一言目で素直に白状するとは思わなかったけど……
◇◇◇
「うっわ、これ懐っつ! マジかよ、この外伝ちゃんと完結してたの!?」
「えっ、これ外伝なん!? 本編どこ?」
「ああ、本編はコレで、こっちの外伝はメインヒロインを差し置いて一番人気になったヒロインが主人公やってる」
「あっ、言われてみればキャラデザ一緒やん! かぁーっ、なんで気づかなかった私ぃーっ!」
「で、この巻で何と、ついに本編主人公登場で」
「なにそれ激熱じゃん!!」
「この時だけ主人公もただのヒロインに戻っちゃうのが堪んないんだよね」
「エモォーい!」
と、大いにはしゃいでいる現時刻、21時。気づいたら、飯もとらずにこんな時間。視界の端でそれとなーく時計をもって時間を教えてくれるサリエルを見て、俺は時間を忘れて夢中になっていたことに気づかされた。
ここは本物の異邦人の証明がされてからやって来た、赤羽善一の残した書物が保管された地下書庫である。
そう、朝にやって来たのだが、俺達はいまだにここに入り浸ったまま。
「ああぁー、次はコレ……いやコッチが先かなぁ……ふふっ、どぅふふっ、これは正に革命……新たなルーン文化の夜明けですぞぉ……」
で、俺の隣ですっかりハイになってんのがファナコ姫。
出会った時のオドオドした雰囲気はどこへやら。今の彼女は、いっつも文芸部で大声ではしゃいでいたミーハーかつヘヴィなオタク女子部員と全く同じノリと化している。
それもこれも、我こそ『プリムの誘惑』の作者ぞ、とカムアウトして吹っ切れたことが一番の原因だろう。
最早、俺に対して隠し立てするようなことは一切なくなったワケだ。
俺としても、彼女の素はそんなような気はしてたんだよね。だから彼女のキャラ変にドン引きしたりはしないし、むしろ一気に親しみやすくなった。
人間やっぱオタトークできるのが一番仲良くなれるんだよ。
「ファナコ、そろそろ夕食にしよう」
「んえぇー、もうそんな時間ー? 飯めんどくなぁーい?」
「気持ちは分かるが、折角用意してくれているんだ。それに、ここらで酒を入れてテンション上げてくのもいいんじゃないか」
「おっふ、流石はクロノ様、楽しみ方が分かってるじゃあないですかぁ」
にへらぁ、とだらしない笑みを浮かべながら、ヨタヨタと歩き始めたファナコを伴って、一旦書庫から戻ることとした。
ここは元々、伯爵の居城なので立派な食堂なんかもあり、そのまま利用できる。今日は皇帝と姫君が使うとあって、気合の入った準備がされているが……今の気分はオタ友と散々遊んだ後に夜のバーガーショップで駄弁る感じなんだよな。
「……いやぁ、こうして改めて席につくと、なんだかちょっと照れくさくなりますね」
「今更、気にすることないだろう。俺はファナコと打ち解けられて、嬉しいぞ。こんなに語れる相手は、数が少なくて貴重なんだ」
日本の話ならサリエルだけだし、こっちでの娯楽作品について語れるならウィルくらいなものだ。
そしてファナコは、赤羽善一の残した名作資料を読み込んだ知識量に加えて、パンドラに流通する作品の多くを網羅している。お姫様の地位と財力を活かした、いわばトップオタである。
だからこそ、いざその領域に踏み込めば、分かり合うのも早かったワケで。話が通じる、と思えばどんどん遠慮もなくなり、すぐに名前で呼び合うくらいになった。
「私も、まさかあの魔王陛下がここまでの理解者だとは……」
「こう見えて文芸部だったからな」
「ペンより先に剣持ってそうなのにー」
「剣なんか触ったこともないって。あっちの世界じゃ、俺は何の力もないただの学生だったよ」
日本の話を語れば、ファナコは目を輝かせて興味深そうに聞き入ってくれる。
彼女は日本の名作達に入れ込んでいたが、肝心の日本そのものについての知識は無いのだ。日本どころか、地球の常識さえ分からない。この世界の住人からすれば、魔力が存在せず科学技術の文明が発達した世界、というだけで詳しい設定説明がなければ理解できないことだろう。
「けど、その辺の文化の違いを上手く改変しているのは凄いセンスだと思う」
「いやぁ、その……よく分かんない部分は、勝手に自分のオリ設定で補完するのに慣れているというかぁ」
「そういう所で、描写の説得力が変わって来るからな。これが上手く出来るってのも、立派な作家の実力だよ」
でへへ、と素直な賞賛に溶けるような笑みのファナコ。
数々の元ネタを知ると共に、すっかりこの異世界生活にも慣れた俺だからこそ、彼女が名作をどれほど上手く作品に取り込んでいるのかが分かる。少なくとも、俺が『プリムの誘惑』を読んでいても、モロパクリや違和感を覚えさないほどには、自然な描き方や落とし込みがされていた。
軽快で読みやすい文章に、面白おかしいキャラクターの会話。見事にプロ作家の力量といえよう。
素晴らしい完成度と名作への熱意が込められた『プリムの誘惑』だが……
「でも、本当に書きたかった話は他にあったんじゃないのか?」
「えっ……」
心底驚いたような表情のファナコだが、それほど意外な指摘ではないと思うが。
日本でも世界でも数々の女性作家が人気作を世に送り出している。作品に性差はない、が、傾向は確実に存在する。物書きの出発点は、やはり多くは自分の好きなモノを書くところから。
要するに、女子文芸部員を彷彿とさせる性格のファナコが、最も好きなジャンルが少年向けラブコメではないだろ、ってコトだ。
「『プリムの誘惑』は上手い作品だ。ヒロインはそれぞれ違った魅力に溢れているし、実に男心をくすぐるシチュエーションの数々……だが、それは数多の作品の研究によって、最もウケるよう計算され尽くしたモノではないか」
実際にファナコと話し、あの地下書庫を見て、俺はそう確信した。
狙って書くのは悪いことではない。むしろプロなら狙って書くのがお仕事だ。好きなものを好きなだけ書くことが許されるのはアマチュアまでなのだから。
故に『プリムの誘惑』は、男が自分の夢と希望と性癖を詰め込んだ理想の作品世界ではなく、女性のファナコが己のセンスで厳選した男にウケる要素全部盛りの、技巧派作品なのだ。
「まさか、そこまでお見通しとは。本当に驚くべき見識です、クロノ様……確かに、『プリムの誘惑』は私がこの地下書庫で培ったネタを、最もウケるであろう形を目指して書いたものです」
「しかし、生活のために本が売れなきゃ困る、ってワケでもないだろうに」
生活に困る身分じゃなければ、自分の好きなモノだけ書いていればいい。売り上げなど気にする必要はなく、少数でも同志の支持が得られれば十分だろう。
わざわざ覆面作家をしてまで、『プリムの誘惑』を世に送り出したワケは、果たして……
「だ、だって……恥ずかしいじゃないですかぁ……」
「あー、自分の好み全開で書いた話が見られるのは?」
「そう、ソレ!!」
分かるってばよぉ……すでに俺はサリエルによって、白崎さんに「黒乃の話、いっつも奴隷エルフ出てくるな」って思われていたことが明らかになり、恥ずか死にそうなショックを受けたからな。
そうでなくても、男友達にヒロイン登場のシーンなんかを「お前こういうの好きなん?」とか茶化されたりすれば、下手をすれば将来の大物作家の芽が潰れかねない。
「初めての作品、それも自分の好み全開の話を出すのは、覚悟がいるよな」
「わ、私には、その覚悟はとても……でも、本は出してみたかったの……沢山の人の感想を聞きたい……私の物語がどこまで通用するか、試してもみたかった……」
「なるほど、それで自分の好みをあえて外した人気作を狙って書こう、というチャレンジだったワケだ」
やむにやまれぬ深い事情などは特に無い、あくまで個人的な感情の話。けれど、だからこそ納得もできる。
「でも、『プリムの誘惑』は十分に大人気作品になったんだし、もう自分の好きな話を書いてもいいんじゃないか」
「クロノ様は……男同士って、どう思いますか」
「俺の世界では、ありふれた作品ジャンルだ」
ガチホモからBLまで、そのテの作品もまた数多く存在している。だから特別に騒ぐようなモノじゃない。ゾーニングは必要だけど、性的な要素を多分に含むならば。
「そう、ですか……でも太陽神殿では、同性愛は否定的な立場を取っているので」
「宗教となると、おいそれと口出しは出来ないな。それじゃあファナコは、信仰を守って書きたいモノを書けないのか」
「いえ、私自身が書くのは別に……というか発表してないで書いてるのは沢山ありますし……」
やっぱりな、これだけ書ける人が、自分の大好きを書かずにはいられない。世には出せないが、自分で楽しむためだけの話を抱えているってのは、そう珍しいことじゃないだろう。
だが、ファナコほどの作家がソレを抱え続けるだけというのは、パンドラ文学界において多大な損失ではないだろうか。
「もっと自分の性癖に、素直になれ」
性癖暴露、大いに結構。表現の自由を、我がエルロード帝国では保障するぞ。
「だからルーンで出版しにくいのが問題なら、帝国から出してみるか?」
「へっ……い、いいん、ですか……?」
「そこはほら、これでも皇帝だから。パンデモニウムのどっかで本出せない、ってワガママくらいは通せるだろ」
その気になれば、俺の『勇者アベルの冒険』を大ベストセラーにすることだって出来るんだぞと。
まぁ、これでも文芸部に所属した素人作家の端くれだ。そんな権力を笠に着て自分の作品を広めようとは思わない。そういう真似をするのは、大成功自伝を社員に買わせるワンマン社長みたいな野郎だけで十分だ。
「そ、それでは……今度、私の書いた話を読んでもらえますか。その上で、帝国で出すかどうか、クロノ様に判断していただきたいのです」
眼鏡のせいで彼女の瞳は見えないが、俺には分かる。今、ファナコの胸には新たな挑戦に向けて、メラメラと作家魂が燃え盛っていることに。
ああ、いいなぁ……本当は俺も、こういう方向で全力を出したかった。
「分かった、楽しみに待ってるよ」




