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黒の魔王  作者: 菱影代理
第47章:黄金の日出国
1019/1044

第1012話 太陽神殿の御子(1)

 ルーン首都サンクレイン。

 白い壁に朱色の柱、そして太陽の光を模した黄金文様の装飾が美しい、一際に巨大な寺院。それがサンクレイン太陽神殿であり、ルーンの太陽信仰の総本山である。

 その神殿の奥深く。大神官の位を持つ者だけが集う一室に、今代の御子フィアラ・ソレイユは凍てつくような無表情で、ある一つの報告を聞いていた。


「私を魔王の婚約者として推す、と」

「それが最もルーンと太陽神殿のためになる、とハナウ陛下はお考えのようです」


 正式にそんな命令が来たワケではない。そもそも宗教組織である太陽神殿には、国王といえど命令する権利などない。

 ただ、あくまでそういう意向で王宮は話を進めているということだ。


「もし、私が断ればどうなります」

「何とも言えませんな」

「クロノ魔王陛下は慈悲深いお方。これまで取り込んだ国々へ、無理難題を押し付けたことはないと」

「敵対し、自ら攻め滅ぼした国であっても、優秀な人材は取り立てるとも聞いた」

「ベルドリア、だったか。竜騎士の戦力となれば、魔王も欲するのは当然か」

「ただのプロパガンダではないのかね。所詮は遥か彼方の砂漠の出来事。我らには詳しく知り様もないであろう」

「だが女の事となれば、話は別だ。希代の女誑しと言うではないか」

「根も葉もない噂、とは言い切れぬな。事実、帝国の中枢には魔王の女ばかり」

「見る目はあるのだろうな。それで帝国はこれほどの勢いで拡大できているのだから」

「ならば狙った女はどんな手を使ってでも手に入れるというのは……」

「断れば機嫌を損ねると?」

「そう短絡的な判断はせぬと思うが。暗殺未遂にまで発展した、ヴァルナの裏切りがあっても、武功を立てて汚名を雪ぐ機会を与えているともいうではないか」

「若さゆえの甘さ、というやつかのう」

「ただ甘いだけの男が、大陸の半分を制するはずもあるまい」


 大神官達は、期待と不安が半々に入り混じったようなことを口々に語る。

 正直なところ、彼らもまた図りかねているのだ。

 突如としてパンドラで名乗りを上げた、魔王クロノという男を。


「ハナウ陛下の判断は賢明かと存じます」

「うむ、帝国と組んだのは結果的に大正解となった」

「ここでより一層の結びつきを強めることは、当然のことでしょうな」

「……その外交目的のために、私という駒を利用するワケですね」


 どこまでも冷めた物言いのフィアラに、大神官達も唸ってしまう。

 彼らとて、大切な御子であるフィアラを、どこの馬の骨とも分からぬ男に嫁がせてやるつもりなど毛頭ない。

 それこそ赤子の頃からの付き合いだ。老齢の者が多い大神官達にとって、可愛い孫娘も同然の存在である。

 そんな可愛い子を、誰が無碍に扱おうか。


「御子様、これは国内での政略結婚とは、まるで意味合いが異なります」

「うぅむ、ルーンの行く末がかかっておるからのう」

「それに魔王クロノは紛れもなく、本物の魔王の加護を授かりし者」

「その男と御子様が子を成さば……我らが悲願の成就も、夢ではないかもしれませぬ」


 太陽神殿の悲願。

 それを言われると弱い、とフィアラはつい溜息を吐いてしまう。


「そう、ですね……私とて、魔王に興味がないワケではありません」

「おお!」

「それはそれは」

「いやぁ、浮いた話の一つもないので、心配しておったのよ」

「うむうむ、御子様も人並みに乙女の心をお持ちのようで、一安心ですな」

「もうっ、茶化さないでください!」


 可愛い御子様のお怒りに、大神官達は揃って顔を綻ばせてしまう。


「しかし、私には魔王よりも気になる者がおります――――魔女、フィオナ・ソレイユ」


 その名を口に出した途端、和やかだった空気が一瞬で緊張感が張り詰めた。


「よく似た名前ですね。聞くところによれば、私と容姿も瓜二つ、なのだとか」


 魔女フィオナの名は、帝国軍の快進撃と共に知れ渡っている。

 最初は魔王の側近であり婚約者として。クロノがまだ冒険者だった頃からの付き合い、いわば最古参の臣である。


 そしてただ魔王の傍で寵愛を受けるだけの女ではないことは、その恐るべき戦果によって知らしめている。

 曰く、帝国軍の最大火力。

 ただの一撃で固い城門さえも吹き飛ばし、万の軍勢を一人で焼き払う。特に有名なのは、ドワーフの国アダマントリアの首都ダマスクを、一晩で灰燼に帰したという。


 どこまで嘘か真か。判然とせずとも、事実として帝国軍は連戦連勝で、魔女フィオナの恐ろしさは数々の戦場で語られている。少なくとも、国を代表する天才的にして英雄に相応しい実力を持つ魔術師であることは間違いない。

 だがフィアラが気にするのは、その魔法の威力ではなく、どのような魔法を使ったか、ということ。


「『黄金太陽オール・ソレイユ』、という正に黄金に輝く太陽を落とすかのような大魔法を得意とするようですね――――私は、まるで『ソレイユの魔女』の逸話を聞かされた気持ちになりましたよ」

「御子様……何事も憶測で語るものではありませんぞ」

「ええ、まだそうだと決まったワケでは……」

「でも、そうかもしれない」


 ギリリ、と固く拳を握りしめ、フィアラは絞り出すような声で呟いた。


「もしもフィオナという女が、あの呪い子で、再びこの国に災いをもたらすと言うのならば……その時は、私がこの手で殺します」




 ◇◇◇


「むぅーん、ルーンは美味しいモノがイッパイですね」


 さて、いきなりルーンの海産物を満喫しているのが、帝国の最大火力こと魔女フィオナだ。

 相変わらずの魔女装束だが、今はその手に杖の代わりに串焼きにされた大きな海老やら貝やらが握られている。香ばしい磯と香辛料の匂いを漂わせてご機嫌なフィオナの姿を見ると、冒険者時代に戻ったような気分になる。


「もう、今日は私のデートだと思ったのに……フィオナさんに振り回されっぱなしじゃないですか」


 と、口先を尖らせるネルだった。

 彼女の姿は政庁とも戦場とも異なる、完全に私服だ。シンプルながらも、最上質の絹によって織られた純白のワンピースと、つばの広い帽子。

 ネルのような黒髪美人にこのコーデは、まるで古き良き正統派ヒロインを思わせる。こんな娘と真夏の田舎で出会ったなら、素敵な恋の予感しかしないだろう――――と、オタク男子の心理を完璧に理解した、これほどまでに刺さるコーデを進言したのは、サリエルだったと言う。

 白崎さんに俺の好みが把握され過ぎてて、恥ずかしいやら何やらだ。


「まぁまぁ、今日はまだ初日だし。これからもっとゆっくり出来る日もあるから」

「本当ですか? 絶対ですよ」


 なんて不機嫌なフリをしながら、甘えたように腕を絡ませて来るネルの姿には、思わず顔が綻んでしまう。

 そんな如何にもカップルらしいやり取りを見たフィオナは、俺を見て、自分の手を見て、少し悩んでから、串焼きに齧り付いた。今は色気よりも食い気のようだ。


 そういう感じで俺達は今、ウィルの計らいとリリィの許可によって、ルーンへとやって来ていた。

 表向きの理由としては、帝国とルーンの今後の同盟関係についての協議。これはこれで仕事としてちゃんとやりはするのだが、大戦続きで休暇も兼ねて滞在期間は長めにとっているということは、先方も了承済みとのこと。

 なのでルーン到着早々に、堅苦しいあいさつ回りやら歓迎式典やらはせずに、こうしてお忍びで首都サンクレインをのんびり散策できているワケだ。

 もっとも、ルーン側も万が一があっては困るということで、そこかしこに憲兵が厳重警戒で歩き回っている。お陰で、サンクレインの一般市民も、誰かお偉いさんでも来ているのか? と雰囲気を察しているような感じだ。

 ただデートするだけで申し訳ないな、と思うが、こういう機会は稀だし、今は気にせず堪能させてもらおう。


「――――アレが太陽神殿か」

「はい。見ての通り、パンデラ神殿とは大きく異なる、ルーン独自の神殿建築ですよ」


 ネルの案内で、俺達はサンクレイン太陽神殿へとやって来た。

 ルーンはアヴァロンと友好関係にあったため、ネルは何度か来たことがある。特に首都の有名所などはしっかり抑えてあるので、彼女に案内してもらった。


 確かに、一目でパンドラ神殿との違いが明らかな、独特な建物だ。パンドラ神殿の建築様式は、パルテノン神殿みたいな如何にも古い西洋風であるが、太陽神殿は……うん、どう見ても寺っぽい。

 だが正門となる真正面には、でっかい鳥居みたいなのも立ってるし、太陽神殿の設立に異邦人の影響があるのかもしれない。古代はそこそこいたって言うし。


「では、私は一足先に見学して来ようと思います」

「フィオナさん、お一人で?」

「それが私の目的ですし、一応」


 この太陽神殿に、フィオナ出生の秘密があるかもしれない。

 フィオナ自身がそれを追及することを望むなら、俺は魔王としての権力を使ってでも調べたいと思っている。逆に望まなければ、彼女はこの先もずっと、ただの『魔女フィオナ』でも一向に構わない。

 だがひとまず、今日のところは初日とあって、魔王として公式に太陽神殿を訪問する予定にはなっていない。俺とネルは冷やかしの観光客が如く、今は外から眺めるだけ。


「それに、今日はネルのデートですから」

「そんなっ、フィオナさんが空気を読むなんて!?」

「精々、傷心を理由に甘えるといいですよ」

「もう、そういうところですよっ!」


 余計な一言も忘れずに言い放ってから、フィオナはさっさと一人で太陽神殿へと乗り込んでいった。

 まさか、このまま真っ直ぐ御子に会いに行くつもりじゃないだろうな……?


「大丈夫ですよ。太陽神殿の御子は、決まった祭祀の時にしか人前に現れないですから。今日いきなり訪れて、そのまま会わせてくれることはありませんよ」

「でもフィオナも一般人ではないから」

「帝国の地位で無理を押そうとすれば、私達にまず抗議が来るでしょうし」

「まぁ、フィオナはそういうやり方はしそうにないしな。大丈夫か」


 突拍子もないことを平然と仕出かすのがフィオナの天然だが、自分の身分を笠に着るようなやり方はまずしない、というか利用しようという意識すら無いのがフィオナである。

 となれば、そうそう外交問題に発展するようなやらかしはしないだろうと思われた。

 今日のところは、大人しく太陽神殿の中を見学して回って来るだけだろう。やっても精々、立ち入り禁止の場所を強攻偵察するくらいか。


「それでは、クロノくん……ここからは、二人きり、ですね?」

「……ああ、そうだな」


 チラっと後ろに目を向ければ、黙って護衛につくサリエルとプリムのアルビノコンビの姿が。

 そしてさらにその後ろには、姫様を頼みます、とばかりの視線を寄越すセリスと、麗しい微笑みを浮かべて手を振るファルキウスがいる。


 やっぱりこの立場になると、護衛付きをいないモノとして割り切る気持ちが必要か。実際、本物の王族であるネルは、全く気にした素振りを見せていない。

 育ちの差って、こういうところでも出るんだなぁ……




 ◇◇◇


「なるほど、ここに神殿を建てるワケですね」


 サンクレイン太陽神殿へ、巨大鳥居を潜ってその敷地へ一歩踏み入れた瞬間に、フィオナは理解した。

 ここはかなり太い地脈が複数本繋がっている、大きな龍穴であると。

 漂う濃密な火属性魔力の気配に加えて、神殿特有の神々しい気も漂っている。初めて来たはずだが、どこか馴染み深い感覚を覚えるのは、『煉獄結界インフェルノフォール』の魔力環境と似ているからだろうか。


 単なる宗教施設という以上に、本物の神と魔法が存在するこの世界において、神殿の立地というのは非常に重要な要素である。神々からより大きな力を得やすく、また大規模な儀式魔法などの発動条件といった要素を満たすならば、やはり濃い魔力が漂う龍穴が最適だ。

 そのセオリーに当てはめれば、これほど濃い魔力で満ちているこの場所は、かなりの好立地であると言えた。


「しかし本命は……やはり、あの山ですか」


 手持ちの料理を食べ尽くしたことで、再びその手に握った愛杖『ワルプルギス』、その柄の先をコンと地面へと衝く。

 その動作一つで、ここの龍穴に出入りする地脈がどこへ通じているかを探れば、その最も大きな流れが行き来しているのは、首都からも良く見えるルーンが誇るメラ霊山であった。


 メラ霊山は、綺麗な二等辺三角形のような稜線を描く、標高4000メートル級の巨大な山だ。国で一番高い山であり、その美しい起伏と山頂を彩る雪化粧、ただ一つだけ天を衝くように聳え立つ威容から、ルーンの象徴の一つでもある。パンドラ中部の風景画家なら、一度はメラの山を描くべし、と語られるほど景勝地としても有名。

 しかし魔女であるフィオナにとって、この山の真価は大陸でも有数になるであろう規模の、巨龍穴となっていること。

 往々にして、そういった場所には人を寄せ付けぬ強大なドラゴンの巣と化しているか、未踏の古代遺跡があるか、あるいは古くからの大神殿としてすでに利用されているか。


「この感じなら、オリジナルモノリスの一つも抱えていそうですね」

 

 ルーンは帝国と同盟こそ結んでいるが、その版図に治まったワケではない。あくまで二国間、対等な国同士の同盟である。

 そもそもルーンは滅亡寸前まで十字軍に追い込まれていないので、スパーダやアヴァロンのように帝国へ下って亡命政府として保護されるといったような事情もない。レーベリア会戦で帝国が圧勝したことで、目前に迫っていた十字軍の脅威も、これで当面は退けられたといったところである。


 故に、ルーンがオリジナルモノリスを抱えていても、それを帝国に譲ることはないし、そもそもウチにある、と伝える義理もない。

 エルロード帝国の強さの秘密が、古代遺跡の利用にあることはルーン側も把握している。下手にオリジナルモノリスの存在が知られれば、最悪の場合力づくでも……と危惧するのも当然のことであろう。


「まぁ、今は別にいいでしょう」


 メラ霊山にオリジナルモノリスを隠していたとしても、それをわざわざ暴きに行こうという気はない。

 今のフィオナが欲するのは、閃き、というべきか。

 フィオナはアダマントリアで『バルログの怒り』を成功させたことで、精霊の使役については一つの到達点へと届いた、と自信が持てていた。この力があれば、場所こそ限定されるが、大砂漠を操るリリィの『アトラスの怒り』にも匹敵する威力だと。

 しかし、それは自信の驕りであったと、深く反省することとなった。


「竜妖花『ヴァイラヴィオーラ』……あの完成度には、まだ届きそうもありません」


 一夜にして首都ネヴァンを取り戻し、王城に巣食った十字軍を殲滅した、黒薔薇の竜。そのあまりの脅威に生き残った十字軍は震えあがり、ダークエルフは伝説を目の当たりにした感動に湧いた。そして発動に協力したクロノも、その凄まじい威力に驚嘆したが――――あの場にいた誰よりも、『ヴァイラヴィオーラ』の力を理解していたのは、他でもない魔女フィオナであった。


「いくら種族の固有魔法とはいえ……龍穴でもない立地で、あれほどの精霊を行使……それも龍を利用したものではなく、自ら育てた使い魔サーヴァントを使って……」


『バルログの怒り』が強いのは当たり前だ。炎龍という、決して人が手を出してはならない『龍』という禁断の種の力を借りているのだから。ただ暴走させるだけなら、フレイムオークの術者でもやっていた。最も難しいのは、そのコントロール。龍を刺激した自分が生き残る、ただそれだけで無謀な試みと言えよう。


 しかし『ヴァイラヴィオーラ』は、元々は自ら使役していた黒薔薇の精だ。それなりに強力な精霊の使い魔ではあったのだろうが、龍に並ぶことは決してない。所詮は人が操れる範囲。

 だがその黒薔薇をドラゴンのキメラと化し、さらに土地に定着させて、儀式による制御と、いわば拠点防御専用の仕様へと変更した。

 その仕様変更だけならば、まだいい。似たような真似が出来る術者は他にもそれなりにいるだろう。

 だがあの日の夜に目覚めた『ヴァイラヴィオーラ』の力は、正に龍を彷彿とさせるほどのものだった。


「あの域に達するには……はぁ、こんなことなら、もっと真面目に使い魔の扱いを学んでおけばよかったです」


 なんて、今更な後悔を覚えてしまうほどには、フィオナを悩ませていた。


「それから淫魔術も……あんな素敵な使い方があるなんて……やはりブリギットは侮れませんね」


 自分一人で煉獄炉アルゴハートへ沈んで炎龍を行使したフィオナに対し、クロノと愛し合うことで『ヴァイラヴィオーラ』を目覚めさせ、暴れさせたブリギット。

 より強く激しく愛し合うことが、そのまま強大な戦闘力へと直結するという構図は、目から鱗という他ない。ただ性交を通じて黒色魔力を溜め込むだけの自分が、下級淫魔に過ぎないと思えるような屈辱も感じた。


「ふぅ、魔道の深淵は、まだまだ底が見えませんね」


 そんな風に黄昏ながら、フィオナが雄大なメラ霊山をぼんやりと眺めながら無為に歩いていた時だった。


「――――貴女がフィオナ・ソレイユですね」


 声をかけられて、振り返った。

 その先に鏡があるのかと、一瞬だけ錯覚する。

 けれどすぐに気づく。そこにいるのはもう一人の自分などではない、紛れもない他人であると。


「私はフィアラ・ソレイユ。太陽神殿にて、今代の御子を務めさせていただいております」

「そうですか」


 なるほど、と思った通りの人物であることをフィオナは確認した。

 自分と瓜二つの風貌。そしてそこらの神官とは異なる、純白の布地に太陽光の金色装飾が施された、神秘的な衣装。

 リリィがわざわざテレパシーで見せてくれた通りの姿だ。


 かくして、太陽神殿の片隅で、黒衣の魔女と白衣の御子が対峙した。


「よろしければ、少々お時間を頂戴いたしたく」

「はぁ、別にいいですけど、私に何か用事でも?」

「はい、貴女と是非、手合わせを一つお願いしたいのです」




 ◇◇◇


「おお、絶景だな」


 暮れなずむ夕日で朱に染まるメラ霊山を、王族御用達の高級宿の最上階でネルと共に堪能している頃になると、俺も気分はすっかり観光客となっていた。フィオナと分かれた後も、引き続きネルの案内でサンクレインの名所を歩き回っていたのだが、そうしている内になんだかんだで難しいことは忘れて、純粋に楽しめる気分になれた。やはり人間、リフレッシュって大事だな。


「そうでしょう、メラ霊山はルーンの誇りだそうですから」

「そりゃあこんだけ立派な山があればな」


 まるで富士山だ、とかつてのレッドウイング伯爵も思ったのではないだろうか。日本人なら、この形の山を見ると、真っ先に連想してしまう。


 この展望台も同然の一室から、栄えたサンクレインの街並みと、その後ろにドーンと突き立つメラ霊山の景色は本当に圧巻だ。巨大な港湾を挟んだ先はレムリアの大海原が広がり、山も街も海も、この瞬間だけ赤く照らされる様は一見の価値があるだろう。

 我が帝国の本拠地であるパンデモニウムは、摩天楼の突き立つ大都市ではあるが、周囲一帯は寂寞の砂漠が広がるばかりで……俺としては、やはりこういう景色の方が好きだ。


「クロノくん」


 俺を呼ぶ声にネルの方を向けば、彼女の目も夕日の絶景に負けぬとばかりの、熱く潤んだ視線で見つめていた。

 これだけロマンチックな雰囲気なら、イチャイチャの一つもしたくなるのが人情だ。勿論、俺だって人並みの欲求はあるし、何よりも今回はネルのためでもある。

 だから俺は何も言わずに、ただネルの顎に手をかけて、自ら唇を寄せ――――


「マスター、緊急事態です」


 ネルと唇が触れる寸前、狙ったかのようにサリエルが口を挟んだ。

 勿論、サリエルに限って嫉妬心で邪魔なんてするようなことはないから、言葉通りに本当に何かが起こったのだろう。

 まさか、ルーンでも反乱が起こって俺を暗殺に来た、なんてことはないよな?


「どうした、サリエル」

「……落ち着いて聞いてください」


 わざわざ前置きされるせいで、嫌な予感しかしないんだが、


「フィオナ様が太陽神殿を燃やしました」

「落ち着いてる場合じゃねぇ!? すぐに行くぞっ!!」

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― 新着の感想 ―
早速やらかしたな(笑)
フィオナが本気出したら、クロノ達は即座に察知出来そうだし中火ぐらいの筈…!燃え尽きてないならセーフだな。 まぁ国1番の宗教神殿に火をつけるなんて、一発アウトすぎるが…
やりやがった…流石ッスわ。
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