第1007話 ネヴァン奪還作戦(2)
2025年1月3日
今回は2話連続更新となっています。
こちらは2話目となりますので、先にここを開いてしまった方は前話からお読みください。
氷晶の月24日。
首都ネヴァン解放戦は暮れなずむ陽が血のように赤く空を染め上げた、夕刻に始まった。
「――――『黄金太陽』」
開幕の一撃は、フィオナの必殺技。
帝国軍の最大火力。その二つ名に恥じない超威力の原初魔法が、首都を守る正門へと炸裂した。
「本当に一撃で正門を破るとは……途轍もないですね」
「フィオナも成長しているからな。バグズブリゲードを相手にしていた頃よりも、威力はずっと上がっている」
途轍もない爆音と熱風を巻き起こし、巨大な正門が爆散する光景を遠目に、俺とブリギットはそんな感想を言い合う。
今作戦の本命は、敵の本丸となる黒薔薇城への潜入と制圧だ。流れとしては、コナハトの城館を抑えた時と同じだが、これから乗り込むのは一国の王城。規模が違う。
だからといって、早々大人数を潜らせるわけにもいかず、実際の潜入メンバーはコナハトの城館の時とほぼ同じ。少しだけ人員が増えたといった程度。
まずは俺とブリギット。それから暗黒騎士団からサリエルを筆頭に、古代鎧『ヘルハウンド』装備の騎士だけを連れている。一方、ファーレン軍からはブリギットが直々に選抜したドルイドと騎士。それから長年、王城務めだった宮廷魔導士や神官などを加えている。
潜入メンバーにはフィオナも参加を希望していたが、
「いやぁ、やっぱ屋内潜入でフィオナはちょっと……」
「えーん、えーん、聞いてくださいリリィさん。クロノさんが私だけ除け者にするのです」
「ああ、なんて可哀想なフィオナ。『エレメントマスター』の絆は、もう無いというのかしら」
実に白々しい演技で俺を糾弾するリリィとフィオナに、苦笑いを浮かべるより他はない。
幼女リリィに泣きつくフィオナが、えーん、と棒読みの泣き声を上げる度に、チラっと様子を窺ってくる姿はわざとやっているとしか思えない。
そりゃあね、二人を足手まといだなどとは断じて言わないが、状況的に二人を潜入メンバーに加える利点はない。
どう考えてもフィオナは火力で陽動役が最適だし、リリィは元帥として帝国軍の指揮を任せたい。
魔王のお前が指揮とればええやんけ、と言われるかもしれないが、ブリギット曰く、俺は是非とも潜入メンバーに来て欲しいとのことで。
何でも、黒薔薇城の秘儀、に関わるらしい。
「何故そのようなワガママを言うのですか。マスターの采配は最適かと思われます」
「一緒にいけるサリエルは黙っててください」
「貴女に除け者にされた気持ちなんて分からないのだから、黙りなさい」
「……」
「こら、サリエルに当たるんじゃない」
本当に黙ってしまったサリエルを撫でて擁護すれば、二人からさらなる攻撃が飛んで来てしまうが、
「お二人とも、クロノ様に構って欲しいのですよ。可愛いものではありませんか」
余裕の表情でブリギットがそう言えば、あからさまに睨むような視線がリリィとフィオナから飛んでくる。
「うふふ、ごめんなさいね。けれどネヴァンを解放するまでは、どうか私をクロノ様とご一緒させてくださいませ」
「そこはまぁ、ダークエルフの国なので、仕方ないですけど」
「なぁーんか、ヤな予感がするのよね……」
ジト目のリリィは、絶対に強めのテレパシーを飛ばして内心を探ろうとしているな。けれど大神官のブリギットの精神防護はかなりのもの。ただで読み取ることはできないだろう。
「作戦が成功すれば、一晩でネヴァンを取り戻せるが、もし失敗したら、苦しい戦いになる。今回はブリギットを信じて、この布陣で力を尽くして欲しい」
「仕方ないですね」
「はーい」
と、何とか了解をとったお陰か、無事にフィオナは『黄金太陽』をぶっ放して正門破りをしてくれたというワケだ。
開幕から正門が破られ、頼りの防壁が突破されることになり、十字軍の守備隊は大慌てだろう。
ここで防壁を放棄して市街戦へ移っても良し。何とかこのラインを死守すべく、早々に切り札を切るのも良しだ。
最初の一発で、すでに流れは帝国軍へと傾いた。
「どうやら、あのゴーレムを出すようですね」
「グリゴールの巨躯が並ぶだけで正門は塞げそうだからな」
十字軍が選んだのは、切り札のグリゴールのようだ。
ズズン、と重苦しい足音を立てて、正門から続く大通りを4機の縦列となって歩いてくる。動きそのものは鈍重に見えるが、20メートル級の巨体は普通に歩くだけでも、それなりの速度が出る。
いまだ『黄金太陽』の余波で赤熱化した地面をものともせずに、鋼鉄の足で踏みしめ、新たなる防壁として巨大ゴーレム兵器が立ちはだかった。
「よし、十分に敵を正面に引き付けられた。俺達も行くとしよう」
「はい、クロノ様。こちらへ」
ド派手に始まった攻城戦。陽動としては十分過ぎる演出だ。
俺はブリギットの案内に従って、郊外から王城内へと通じるという、秘密の地下通路へと向かう。
◇◇◇
重低音を上げて正門から歩み出る白銀の巨大ゴーレム。
その圧倒的な威容に、ただの歩兵なら恐れを抱くより他は無いが――――今ここには、不敵な笑みを浮かべる戦士達だけが立ち並んでいた。
「ようやく、我らが全力を奮うに相応しい相手が出てきたな」
「うむ、あのデカブツは、レーベリアで見た時から気になっていたぞ」
「正に、相手にとって不足無し」
「イィイイヤァアアアアアハァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
機甲巨兵『グリゴール』に相対するは、ヴァルナ百獣同盟が誇る最強の精鋭部隊『巨獣戦団』である。
団長のダイナレクス種のリザードマンを筆頭に、幹部クラスは3メートル越えの巨躯を誇り、他の団員でも2メートルを下回る者は一人もいない。帝国軍でも群を抜いた大きさを誇るが、流石に20メートル級の巨大ゴーレムと比べれば、ただの人にしか見えない。
それでも彼らに一切の恐れはない。その胸に抱くのは、ただ選ばれし戦士としての誇りと闘志。
ドン、と力強く一歩を踏み出した団長は、大きく両腕を掲げ――――加護の力を解き放つ。
「太古の大牙『ダイナレクス・サウロス』――――『原始鼓動』」
「太古の重脚『エレファンティア・マモス』――――『原始鼓動』」
「太古の大角『ミノタウロス・オーロック』――――『原始鼓動』」
「ウゥウルララパヤパヤパヤ――――モルスァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
古くからヴァルナに伝わる、部族の起源とも言える神名と神言を唱えれば、刹那、戦士達の体は燃えるようなオーラと共に、倍するほどの巨躯へと変貌した。
『原始鼓動』、と呼ばれる奇跡の御業は、己の血に眠る太古の記憶と力を呼び覚まし、一時的な先祖返り……すなわち、まだ人ではなく野生に生きる巨大な一頭の獣であった頃の姿へと変身する。
人は発達した頭脳によって、高度な文明を発展させてきた。ただの動物、ただのモンスターではありえない、人だけが成し得る進歩はしかし、個の力と引き換えにするかのように、肉体は弱体化した。
体は小さく、毛皮は薄く、爪も牙も縮んだ。見上げるほどの偉丈夫と呼べる団長でさえ、太古の森においては脆弱な小さき者となってしまう。
けれど今、誇り高き獣の戦士達は、かつて捨て去ったはずの強大にして巨大な肉体を取り戻した。大いなる祖先の力を以て、現代魔法技術の結晶たる巨大兵器へと挑む。
「グルゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
先頭を駆けるのは、一際大きな地竜と化した団長。
琥珀色に輝く分厚い甲殻を纏い、より前傾姿勢となり、長く尻尾を伸びた姿は本物のドラゴンのようだが、己が戦士であることだけは忘れていないかのように、野太い腕には固く武器が握りしめられている。
『巨獣戦団』の戦士が使う武器は特別製だ。『原始鼓動』に呼応して、共に巨大化するように術式が刻まれた、神聖な魔法武器である。
太古の力と戦士の象徴といえる武器を携え、巨獣の戦士が迫り来るのを前に、グリゴールはその一つ目を輝かせた。
主武装であるエーテル砲が、蒼白の光と化して放たれる。
レーベリア会戦にて、その脅威的な破壊力の魔力大砲は、フィオナが結界で防いだ。常人では抗いようもない、魔術師部隊でも受けきれないような脅威的な威力。
しかし、その恐るべき蒼白の奔流は、ただ一人の戦士によって遮られた。
「グラララァ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
放たれたエーテル砲は二筋。正門の前で2機横並びとなったグリゴールがそれぞれ発射している。
それを防いだのは、大剣を盾のように構えた団長と、二本のメイスを交差させて受け止める、副団長の象獣人。
巨大化を果たしても、そのサイズは20メートル級のグリゴールには及ばない。しかし二人は一歩も退かずに、巨人最大の攻撃を堂々と受けきった。
そして光線を食い止める二人の頭上を、巨影が悠々と飛び越してゆく。
「ブルルゥウァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ィイイェェァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
大地を揺るがすような咆哮の黒いミノタウロスと、耳をつんざくソプラノボイスを轟かせる巨大ウサギ。大跳躍を決めた両者の手には、大斧とハンマーが振り上げられ、
ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン――――
首都ネヴァンに響き渡る、途轍もない衝撃音が駆け抜けた。
大質量に叩きつけを喰らい、グリゴールの巨躯が揺らぐ。
あまりの衝撃に姿勢制御が一時的に乱れ、エーテル砲の照射も強制的に中断させられた。
「フゥ……グルルル……今だっ、畳みかけろぉ!!」
光線を生身で受けて濛々と上がる湯気を纏いながら、団長の号令が大気を震わす。
直後、その大声すらもかき消すほどの勝鬨と共に、本物の巨獣と化した戦士達が突撃を開始した。
◇◇◇
「――――なぁ、もうレクスの旦那達だけでよくね?」
「何言ってんですか、いいわけないでしょ」
レーベリア会戦の地上戦に負けず劣らずの大迫力怪獣バトルが繰り広げられる光景を前に、ハロルドが投げやりに呟けば、生真面目な副官が即否定する。
「でもあの時、本気んなってアイツらと戦わなくて良かったと思ったしょ」
「それはまぁ……あれほどの力を持っているとは、思いもしませんでしたから」
ハロルドがローゲンタリア軍として最初に帝国軍へ仕掛けた時、ちょうど迎撃に出張って来たのが『巨獣戦団』である。
一目見た瞬間に、バカデカい獣人軍団を相手に白兵戦は絶対に御免だと悟り、即撤退を決断したものだ。あれは今でも英断だと思っているが、この光景を前にして、益々その思いは強まった。
誰がこんな怪獣軍団と、ただの歩兵が正面切って喧嘩売れるのか。
「いやでも、レーベリアと同じで、あんな規格外の戦いに俺らみてぇなしがない歩兵が割って入れる余地ないっての」
「おいハロルド、元帥閣下から命令が来たぜ」
ハロルドの肩に停まって、葉っぱをスパスパしている専属の連絡妖精が、早速命令が来たと教えてくれる。
ハロルドが「げっ」と声をあげると同時に、妖精は耳を掴んで直接、脳内にありがたい命令を流し込んだ。
「いい、ハロルド。貴方達は防壁の上に陣取る守備隊を牽制しなさい。『巨獣戦団』に余計な横やりが入れられないよう、貴方達が援護するの。いいわね?」
勝手に脳内に浮かび上がってきたリリィの顔が、優しくそう語りかけてくる。まるで本当に目の前にいるかのようで、自然と体が強張った。生きた心地がしないとも言う。
「卒業生の子達の評価は、貴方の働きにかかっているわ。レーベリアに続き、今回もみんなをよろしくね」
「オール・フォー・エルロード!」
全力の敬礼をかますと、リリィの姿は消えていった。
「はぁ……頭の中に直接命令飛んでくんの怖っわ……」
「まっ、その内慣れるってモンさ」
本気で青い顔で冷や汗が止まらないハロルドの頬を、ポンポン叩いて呑気に妖精は笑った。
問答無用でテレパシーが飛んでくるのも怖いが、リリィ元帥閣下というトップから直々に命令が来ることも恐ろしい。なんで一番上からダイレクトに命令来るんだよ、帝国軍の指揮系統どうなってんだ――――と常識的には思うが、本当に一番のトップがリアルタイムで同時に全隊長に命令を下せるのだから、伝達時間は最短だ。
伝令を走らせるよりも、遥かに妖精通信を備える帝国軍の連絡・命令系統は素早いが……リリィが直々に指揮を執るとこうなるのか、とハロルドは今になって実感した。
「なんでもリリィ女王は、国中の情報をテレパシーで自分に集めた上で執政をされているとか」
「この規模の戦場で命令すんのは余裕ってか? もう半分、神様みたいなもんじゃねぇか」
「おう、ウチのリリィさんはイリス女王に認められてっからな。次の神様に決まったようなもんよ」
どうよ、スゲーだろ、と自慢気に言い放つ妖精の言葉を、とても戯言とは思えず、ハロルドは眩暈がしてきた。そんな神の領域に片足突っ込んでいるような人物に、自分の顔と名前が覚えられていることが、恐ろしくてたまらなかった。
「こうも名指しで命じられちゃあしょうがねぇ、真面目にお仕事するか――――全隊、前進! 『巨獣戦団』の援護に入る!」
2025年1月3日
ここまで読んで、すでにお気づきの方もいるかと思いますが・・・文章の改行を増やすことにしました。
すでに『呪術師は勇者になれない』の方でも、改行を増やす書き方で投稿しているのですが、『黒の魔王』も同様の書き方で統一するよう、これからは書いていきます。
理由としては、これまでの書き方だとスマホで読んだ時に、やっぱりちょっと読みにくい感じがすると自分でも実感したからです。
それでは、次回もお楽しみに!