第1006話 ネヴァン奪還作戦(1)
2025年1月3日
新年の連載再開というコトで、今回は2話連続更新とさせていただきます。
こちらが1話目となります。
「アイ、次はお前だ、と言ったが――――あれは嘘だ」
氷晶の月20日。我らがエルロード帝国軍は、ファーレンの首都ネヴァンを取り戻す電撃的な奪還作戦を開始した。
あのレーベリア会戦が終わってから一月も経たない内に攻め入るとは、ネヴァンを占領する十字軍も予想していなかったようだ。
レーベリアから逃げ帰って来た十字軍の増援部隊も、まだ半端にネヴァンへ残っているような状態だ。アテにしていたネロの大遠征軍が大敗したことで、十字軍も相当に慌てただろう。今はスパーダの防御を固めるのに集中しているようだ。
しかし、それも時間が経てば沈静化し、スパーダへ至る立地にあるネヴァンの防衛強化にも手を付け始めるだろう。
そうなると、こちらもより戦力を要する。
だから今なのだ。まだ十字軍が本格的にネヴァンの防御を固めるよりも前。流石にまだ魔王軍は来ないだろ、と思うタイミング。
無理は承知だが、それを推すだけのメリットがあった。
「後回しになってすまなかった、ブリギット。だが、これでネヴァンを解放し、ファーレンの領土は全て取り戻される」
「ええ、ようやく……私は感無量にございます、クロノ様」
艶やかな笑みを浮かべるブリギットだが、その姿はバリバリの戦闘装束。全身に闘志とでも呼ぶべき魔力が漲り、ヤル気も殺る気も満々といった様子である。
「ディランも、よく準備をしておいてくれたな。お陰で、順調に首都奪還に入れる」
「とんでもございません。これは我らが望んだ戦。レーベリアでの大会戦の直後にも関わらず、軍を興して下さった魔王陛下には、感謝の念が絶えません」
ブリギットはレーベリア会戦に少数ながらも最精鋭を率いて参加していた。よって、十字軍が占領する地域と接するコナハトの防衛は、ここの領主にもなったディランに任せていたわけだが……彼の本当の仕事は、レーベリア会戦後に首都奪還作戦を実行するための準備であった。
勿論、十字軍が欲を出してコナハトにちょっかいをかければ真っ当に防衛戦はしただろうが、幸いというか当然というか、ネヴァンに居座る十字軍が動くことはなかった。
そうしてネヴァンの十字軍が大人しくしている内に、ファーレンは軍を再編し、首都を取り戻すべくコナハトに戦力を結集させていたのだ。
「準備は万端だ。それじゃあ、行こうか。今頃はパルティア側からもリリィが侵攻を始めているだろう」
首都ネヴァンへと至るルートは、すでに二つ開かれている。
一つは俺のいるコナハトから続く、東側の道。
もう一方は、パルティアがファーレンと接する国境線のある西側の道だ。
レーベリア会戦で圧倒的な勝利を治めたことで、パルティアの大草原は全て帝国の支配下となった。会戦後にパルティアに居座っていた十字軍は必死になってネヴァンへと逃げ戻り始めている。
逃げ遅れたり、隠れ潜んだりしているような連中は、草原を取り戻しても恨みなど到底収まらないケンタウルス戦士に、草の根を分けてでも探し出されて徹底的に叩かれた。今も血眼になって、怨敵十字軍の残党狩りを彼らは続けているだろう。
そんなワケで、早々にファーレン国境線までの道も帝国軍が確保できた。勿論、線路も絶賛延伸中である。
会戦後、俺は早々にファーレンのオリジナルモノリスがあるモリガンへと飛び、そこからコナハトへと向かった。
そしてリリィにはネヴァン奪還に参加する軍を率いて、国境線まで進んでもらった。
流石に大会戦の直後とあって、そのままレーベリアの戦力を総動員することはできないが。
まず天空戦艦は使えない。損傷自体は小破に留まっているものの、燃料たるエーテルが心許ない。ネヴァン解放まで飛んでいられるかどうか怪しいので、決着がついた後、すぐにアダマントリアの地底都市のドックまで戻すことにした。
次いで黒竜のラグナ大隊。彼らも同格の戦竜機を相手にしたことで全体的に消耗が激しい。
ベルは気合でついて来ようとしていたが、どう見てもエーテル欠乏症で、高熱出して寝込んでいる子供みたいな状態になってたので、大人しく帰らせた。
じゃあせめて代わりとして、何故か元気なガーヴィエラだけ連れて行くわ、と言ったらギャン泣きしてた。
「いぃっ、嫌じゃあああああああああ! 魔王騎の座は、妾だけのモノなのじゃあああああああああああああああああ!!」
「はいはい、大人しく寝ていましょうねー」
手が付けられないほどの泣き喚きぶりだったが、白衣の天使に相応しい微笑みのネルが連れて行ってくれて事なきを得た。流石は医療大隊の長。ワガママを言う患者を黙らせるのも片手間で終わらせてくれる。
そのネルだが、勿論、会戦後で山のような負傷者がいるので、こっちの戦いに来るどころではない忙しさだ。
今回の戦いは、ネルが最もつらい思いをしただろう。ゆっくり休んで欲しいという思いもあるが……今は一人の治癒術士として働いている方が、気持ちが楽というのもまた事実だった。
それから、最前線で戦い敵本陣まで攻めよせた、第一突撃大隊と『テンペスト』も、どちらも今回はお休みだ。流石にあの激戦をさせておいて、すぐに次の戦いに投入というのは酷というものだろう。
戦いそのものは圧勝だったが、やはり最前線で戦い抜いた以上、それなりの損耗は避けられない。負傷者の復帰と戦死者の穴埋め、部隊を再編制する時間は絶対に必要だ。
だが最も高い損耗率を出したのは近衛たる『暗黒騎士団』である。
これはサリエルの指揮のせいとは言えない。幾ら機甲鎧を装備させているとはいえ、産まれたばかりのホムンクルスばかりで編成した軍団は、まだ本物の精鋭にはなりきれない。
今回は同じ機甲騎士を相手に真っ向勝負となったので、力不足はそのまま犠牲へと変換されてしまう。
「ああ、本当に良かったわ。この人形たちが犠牲になったお陰で、愛する家族のいる他の誰かが死なずに済んだのから。親愛なる帝国臣民を守って死んだ、誇りを胸に抱きなさい。よくやったわ、貴方達」
あまりにも多すぎる暗黒騎士の死者を前に、俺が何かを言うよりも早く、リリィはそう言ってのけた。
ホムンクルスを物のように扱う、非道な言葉とも思えるだろう。
けれど、彼らを殊更大事に扱ったなら、代わりに犠牲になるのはまた別の人々である。ホムンクルスとは違い、親から産まれ、愛し、愛され、育ってきた本物の人。
同じ兵士といえばそれまでだが――――結局、俺もまた命の優先順位をつけることを肯定したのだ。だから今でも、暗黒騎士はホムンクルスばかり。セリスやファルキウスは例外で、これからもよほど必要な実力者でなければ、暗黒騎士として取り立てることはないだろう。
「パンデモニウムの予備隊で補充をさせるわ。ネヴァン奪還作戦でも、魔王陛下に尽くしなさい」
「オール・フォー・エルロード!!」
リリィの命に喜んで彼らは答えた。
最も損耗率の高い部隊だが、補充が済めばすぐに次の戦いへ狩りだす。あまりに過酷な扱いだが、それこそが彼らの使命である。
「何も気にする必要はないわ。だって、クロノだってすぐに戦っているんだもの」
「俺はいいんだよ」
伊達にスタミナ自慢じゃないからな。
そりゃあ上司が働いてるのに部下だけ休むのは……なんてよくある理屈だが、それを俺に当てはめたら、誰もついて来れなくなる。人にはそれぞれ、限界というものがあるのだから。
ともかく、魔王である俺が出張る以上、『暗黒騎士団』もついて来る。
他に会戦後でも参加する部隊は、
「おぉーほっほっほ! このクリスティーナ・ダムド・スパイラルホーンがまたしても大戦果を上げてご覧にいれますわよぉーっ!!」
「ふん、俺の『混沌騎士団』を本陣守備などつまらん使い方をしおって。暇を持て余してしょうがなかったぞ」
「我ら『巨獣戦団』の力、こんなものではありませぬ。今一度、力を奮う機会を与えていただきたく存じます」
「俺らは結構、前線で体を張ったから、もう本国に引き上げても……ダメ? あー、ダメ……?」
ヤル気に満ち溢れた『帝国竜騎士団』、『混沌騎士団』、『巨獣戦団』が名乗りを上げ、貧乏くじを引かされてハロルドの歩兵大隊も随伴することが決まった。
天空戦艦が使えない以上、航空戦力は従来通りの竜騎士か天馬騎士に頼らざるを得ない。ファーレンには有翼獣騎士団もいるが、あまり多くはない。
クリスが参加してくれることは非常にありがたい。
それに『混沌騎士団』と『巨獣戦団』の二つがあれば、地上の中核戦力としても申し分ない。特に『混沌騎士団』はほとんど無傷だし、ネヴァンでの戦いに矢面に立っても大丈夫だろう。
で、これらの軍団をまとめてくれるのがリリィ元帥閣下であり、フィオナも一緒について来てくれると言うし、戦力的には十分だ。
強いて心配な所と言えば……立て続けの大戦で、兵站を担うウィルが倒れていないかどうかだな。
すまんな、ウィル。これもスパーダを取り戻すために必要なことだから。
最悪、カロブー由来の携帯食料だけ送ってくれればいいから。飯さえあれば、最低限戦える。
そうして電撃的な速攻をかける首都奪還作戦が始まった。
その滑り出しは順調……というより、そもそも戦いが起こらなかった。
「どうやら、奴らはすっかり首都へ引っ込んだようだな」
「逃げ足だけは立派でございますね」
「まぁ、この規模の軍勢を相手にしようと思えば、半端な防衛線は敷くだけ無意味ですからな」
首都ネヴァンへ向かう途上にも、幾つかの町を経由するのだが、十字軍は影も形も残さず引き上げていた。
この辺での戦闘は完全に放棄し、ネヴァンに戦力の全てを結集しているのは間違いない。思い切った判断だが、最善だと言えよう。
そうして途中の道は全て素通りできたので、僅か二日ほどでネヴァンを臨む位置にまで俺達ファーレン軍は辿り着いた。
それからさらにもう一日待つと、パルティア方面から進軍してきたリリィ率いる帝国軍も到着した。やはりそちらの方も、十字軍はすっかり引き払っていたようで、ただ歩いてくるだけの道のりだったという。
無事に両軍が首都の前で合流したことで、大天幕の中に幕僚が一堂に会する。
「――――流石は一国の首都と言うべき、防備はなかなかに堅牢ですわ」
最初に報告をくれたのは、早速、偵察に出てくれたクリスであった。やはり空中偵察は手っ取り早く相手の陣地を観察できて良い。
空からの目を隠すにしても、限度はある。少なくとも、そこに集まっている兵数はおおよそ分かるものだ。
首都ネヴァンは元々、対スパーダのために防備を固めてある。ファーレンの古式ゆかしいダークエルフの集落とは異なり、森を切り開いた平野部に、高い防壁を備えたオーソドックスな城塞都市となっている。
首都を囲う防壁と、中心に立つ王城たる黒薔薇城には、ドルイドが扱える様々な仕掛けが施されており、防衛戦の際には猛威を振るう。
しかし十字軍にこれらを扱うことは不可能だ。ドルイドは精霊信仰のダークエルフじゃないとなれない固有職みたいなもんだし。
特殊な防衛能力こそ使えないが、城塞都市としての防御力は健在だ。十字軍もファーレンの大半を奪い返されたことで警戒感を高め、さらに防備を増している。
本来ならば、デカい戦の後に勢い込んで狙うような場所ではない。十分な兵数と準備を整え、時間をかけて落とす大規模な攻城戦となる……が、一気に落とせる算段があるから、こちらも急いでやって来たワケだ。
「十字軍の銃、ブラスターの配備も進んでいるようですわね。防壁の上に立ち並ぶ守備兵の半分は、ブラスターを抱えていましたわ」
どうやらファーレン侵攻軍の方にも、すでにブラスターの配備はされていたらしい。十字軍もこちらのライフルに対抗して、急速に新装備の普及を進めているようだ。
レーベリア会戦から退いてきた十字軍の増援は、半分ほどはスパーダへ戻り、もう半分は新領土獲得の再起をかけてファーレンへ残っているらしい。なので、その分の軍勢が防衛に加わり、兵数は増している。
そしてコイツらにも、それなりの規模のブラスター部隊が存在していた。
合わせて考えれば、首都に立て籠もる十字軍には、相当数の銃口が揃っているだろう。
「けれど、最も警戒すべきは、例の巨大ゴーレム『グリゴール』が複数いることですわ」
これが最大の脅威だ。レーベリア会戦で、もしも黒竜を仲間に引き込めていなかったら、こちらも凄まじい犠牲を強いられただろう。
そして今回は、グリゴール軍団を真っ向から叩き潰せる黒竜陸戦隊はいない。
「確認できたのは4機。ですが、アレは召喚魔法で格納されているとのこと……後どれだけ控えているかは、未知数ですわよ」
「ありがとう、クリス。十分な偵察結果だ」
実にお嬢様らしい優雅な一礼をして、クリスは下がった。
恐らく、グリゴールはクリスが確認した4機で全てだろう。レーベリア会戦で動員したのと同数を抱えているなら、もっと並べている。
それにファーレンの密偵による報告では、こちらにスパーダから大規模な人員や物資の流入があったのは、レーベリア会戦前に増援を送ったタイミングのみ。
以降は敗残兵が出て行くだけで、スパーダにいる本隊の方から、ファーレン防衛の増援や支援の動きは見られていない。
そもそもファーレン侵攻軍は、さっさと新領土を獲得したい野心ある連中の集まり。ここで本隊のアルス枢機卿を頼るようでは、折角ネヴァンを維持できたとしても、その統治権すら取られかねない。
是が非でも、ここだけは自分達の力で守り抜かねば、手にしたモノを全て失いかねない、といった切羽詰まった状況だ。
そういう事情は分かるが、欲を張って俺達に敗れれば利益どころか命も失うことになると、何故分からないのか。
「報告の通り、首都の守りは堅牢。グリゴールも4機だけだったとしても、真っ向から戦うには危険な巨大兵器だ」
「でも、勝算があるから、わざわざここまで来たのでしょう?」
リリィの挑発的な言葉に、ブリギットがニッコリと笑って答えた。
「潜入して黒薔薇城を落とします。その後のことは、どうか大神官たるこの私にお任せを――――黒薔薇城に隠された秘儀、お見せいたしましょう」
2025年1月3日
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
というワケで、いよいよ『黒の魔王』の更新再開です!
せめて幕間でも挟んで、〇ヶ月更新されてません、の表示が出ないようにしたかったのですが・・・本編の執筆だけで手一杯でした、申し訳ありません。
最低限のストックは確保できていると思いますので、再び週一の定期更新を維持していきたいと思います。
それでは、続けて次話もお楽しみにください。