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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
1010/1047

第1003話 大遠征軍の最期(1)

「――――『黒の魔王オーバーエルロード』」

 次元魔法ワールドディメンションの発動と共に、クロノとネロは世界から消えた。

 文字通りに煙のように。かすかな黒色魔力の残滓である黒い靄だけを残し、二人の姿は一瞬にして消え去っていた。

 しかし、そんなことに驚いている暇はない。

 フィオナはチラと、クロノの立っていた足元に、黒々とした影で描かれた魔法陣が浮かび上がっているのを見て、正常に『黒の魔王オーバーエルロード』が展開されたことを確認した。

 そうして、いまだ魔人化状態を維持するフィオナは、再び『ワルプルギス』を掲げ、唱える。

「――――『炎龍砲ヴォルガフレア』」

 その一言で姿を表すのは、限りなく本物の炎龍に近い存在。

 燃え続ける『煉獄インフェルノフォール現界・マテリアライズ』より、マグマで肉体を構築した小型の炎龍が鎌首をもたげる。その数、四匹。

 煉獄の溶岩より生まれ出でた灼熱の大蛇は、無機質な炎色の瞳で敵陣を眺め、


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――


 獲物へと飛び掛かるように、炎龍は四つの熱線と化して解き放たれた。

「ちょっ、ちょっと!? ウソでしょ、アンタいきなりなに攻撃してんのよぉーっ!!」

 警告もナシにいきなり攻撃を再開したフィオナに、リィンフェルトは慌てて新たな聖堂結界サンクチュアリを張りながら叫んでいた。

「信じらんない、アンタはどこまで空気読まないのよ! 大将同士が一騎討ちしてんでしょうがぁ!?」

「それは貴女の感想ですよね」

 常識。良識。空気を読む。コミュニケーション。

 そんな言葉を盾として、学生時代は散々に言われてきたことを、フィオナは絶叫するリィンフェルトの姿を見て、つい思い出してしまった。

 どれだけ言われたところで、省みることも、理解を示すことも無かったが……愛する人と頼れる仲間が出来た今となっては、少しは自分にも問題があったかもしれないと思えた。

 だからこれは、戦場の空気を読まなかったのではない。

 最初から織り込み済みの、作戦行動である。

「ネロはクロノさんが必ず討ち取ります。よって、ここから先はただの掃討戦です」

 この状況下に至って、ネロには万に一つも勝ち目はないことをフィオナは理解している。それはきっと、クロノ本人よりも強く、勝利の確信を抱いていた。

 リィンフェルトを筆頭に、大遠征軍の兵士達はこの期に及んで神の奇跡が起こって、ネロの大逆転勝利を一心に信じて祈りを捧げているようだが……フィオナからすれば、すでに勝負の決まった戦場で、無駄な悪足掻きをすることを選んだ愚かな敗残兵の群れにしか見えない。

 すでに十分な降伏勧告は済ませた。それを蹴ったのは自分達だ。どうしてこちらに、遠慮や容赦がいるのか。

 大人しく降伏もしない敗残兵がいるならば、掃討戦に移行するのは当然のことである。

「サリエル」

「はい、私はこの場で備えます」

「頼みます。リィンフェルトは私が」

 サリエルは万に一つがあった場合の保険。

 この期に及んで一騎討ちの流儀など、律儀に守る必要などない。もしもネロが驚異的な粘りを見せて接戦になろうものなら、即座にサリエルが介入して速やかに討ち取る手筈となっている。

 それでも厳しいようなら、フィオナも戻るし、リリィも飛び込んでくるだろう。

 ネロは勘違いしているかもしれないが、『黒の魔王オーバーエルロード』は一対一の決闘を保障する、公平なルールで守られた試合場リングではない。

 あくまでもクロノが習得した、魔王の加護による次元魔法ワールドディメンション。その展開と終息、誰を中へと入れて、誰を出すか。選ぶのは全てクロノの意志。

 もしも『黒の魔王オーバーエルロード』が一対一の決闘を制約とするモノであれば、ここで使うことは『アンチクロス』の総意として反対するし、クロノとてそこまでネロへ義理立てする気もない。

 まんまと『黒の魔王オーバーエルロード』へと誘い込まれた時点で、ネロは単なる袋のネズミでしかなかったのだ。

 窮鼠猫を嚙むとは言うが……力に溺れたあの男には、もうそんな根性も残っていないとフィオナは思っていた。

「セリス、『暗黒騎士団』の指揮権を預けます」

「はい、団長。敵本陣の制圧はお任せください」

「残党狩りだ、我に続け」

 サリエルより指揮を引き継いだセリスの隣で、エメリア将軍が『テンペスト』へと号令をかける。

 フィオナによって、すでに本陣全てを守る聖堂結界は破られている。半分ほどが焼け落ちて、重騎兵も悠々と通り抜けられるだけの穴がそこかしこに開いていた。

「なっ、なによそれ……ふざけんじゃないわよ、ネロがいなくなったからって、調子に乗ってぇ!」

「あんな男に頼る方が悪いのでは?」

 追い詰められて、ようやく出てきたと思った次の瞬間には、次元魔法で隔離。

 このレーベリア会戦を通して見れば、ネロは戦場にいないも同然であった。

「戦いなさいよ、アンタ達ぃ! 敵が目の前に迫ってんのよ!? 祈ってないで戦えぇーっ!!」

 大将ネロが一騎討ちする姿を見せることなく消え去ったことで、兵士達の士気など上がろうはずもない。

 それでも情け容赦なく掃討戦を始めた魔王軍を前に、戦う以外の選択肢はもう残されていなかった。

 そのことにいち早く気づいたリィンフェルトは、必死に叫んで本陣の死守を命じた。

 しかし、元より追い詰められた状況。死ぬ気で抗ったとてすぐに限界は訪れる。そう誰もが分かっていたからこそ、使徒に祈るより他はなかったのだ。

 急造の野戦築城程度では、魔王軍の侵攻を抑えることはできない。

 正面からは暗黒騎士団とテンペストの混成軍団が、側面からは第一突撃大隊が仕掛ける。さらには、いよいよ射程圏内にまで辿り着いた黒竜陸戦隊も、支援砲撃のブレスを本陣へ向けて撃ち始めた。

 大遠征軍本陣は瞬く間に壊乱状態と化す。

 敵陣への突撃が始まり、そこかしこで激しい白兵戦が巻き起こる戦場を、フィオナは悠々と歩みを進める。必死に聖堂結界で本陣を守る、リィンフェルトに向かって。

「聖女様をお守りしろぉ!」

「ここが本陣防御の要! 何としても守り抜くのだ!!」

「死守だっ、死守ぅーっ!!」

 大遠征軍もリィンフェルトがただの神輿ではなく、最も強力な結界魔法の使い手であることは百も承知。ドラゴンブレスさえ飛んでくる状況下でも、その直撃を何とか防げているのは、彼女が煉獄の炎に焼かれながらも維持し続けている広域結界のお陰だ。

 近場の将校は声を張り上げて、決死の防御の構えを取る。

「لهب، حريق، واسع، حرق، أرض محروقة، جنازة، إطلاق ――――『火焔葬イグニス・フォースブラスト』」

 大盾を並べて防御陣形を組んだ騎士団へ、フィオナが放つのは、ただただ巨大な炎の津波。

 魔人化を果たし、満開の『ワルプルギス』を手に、完全詠唱で放つ上級範囲攻撃魔法の威力は、騎士団ごとリィンフェルトの元まで容易く飲み込んでいった。

「ぐぁあああああああああ!!」

「ダメだ、これ以上は……もう……」

「ああ、神よ――――」

 流石は決死の覚悟を決めた騎士団といったところか。炎に飲み込まれても、すぐに燃え尽きることはなく、荒れ狂う灼熱の嵐に抗い続けていた。

 しかし、僅か数秒で通過していくような、温い火炎放射ではない。フィオナの放った『火焔葬イグニス・フォースブラスト』は、彼らを包み込んだ後に火炎竜巻を形成し、さらに熱を増して渦巻き、地獄の責め苦を与え続けた。

 鍛え上げられた騎士であっても、その業火に耐えられたのは十秒か二十秒か。

 ちょうど一分が経過したところで炎を収めたフィオナの前には、淡い白光に包まれたリィンフェルトただ一人が残されていた。

「い、いや……来ないで……」

 ついに自分の元まで届いた魔女の火。炎に巻かれて骨すら残らぬほど焼き尽くされた騎士達の姿を、透明な結界越しに間近で見せつけられたせいか、リィンフェルトの瞳には、ただ怯えの色だけが写り込む。

 白き神に殉じる聖女ではなく、ただ恐怖に震える一人の少女となった姿を、フィオナはいつもの眠そうな眼差しで見つめるだけ。

「お願い、助けて! 降伏! 降伏するからぁ!!」

「……降伏、するんですか?」

 今になって突然それを言い出すのか、と驚いたようにフィオナは問い返してしまった。

「するする! 今すぐ降伏しますぅ! だから命だけは、どうか、お願い、助けてよぉー!!」

「まぁ、私は別にいいですけど」

 あっ、いいんだ……と、やけにあっさり了承するフィオナの言葉を理解するのに、リィンフェルトは一拍の時間を要した。

「じゃあ、結界は全部解いてください」

「……解いた瞬間、殺さない?」

「私が全部燃やしてもいいですけど、手間、かけさせないでもらえます?」

「今すぐ解きまぁす!!」

 ついに本陣を覆う広域展開された聖堂結界が完全に消滅したことで、ほんの僅かに均衡を保っていた防衛線は崩壊した。

 魔王軍のドラゴンブレスを筆頭とした遠距離砲撃が、一切遮られることなく次々と着弾し始めたことで、司令部を守る近衛騎士団さえ吹き飛び始めてしまった。魔王軍の攻撃から守られる安全な場所は、もうどこにも残されていない。

 そうして、最大の守りを失い一方的に蹂躙されてゆく陣地を、リィンフェルトはフィオナと並んで眺めることしばし。

「……そろそろ、だと思うのですが」

「何が?」

 フィオナの意味深な呟きに問い返してみれば、真冬の夜空に浮かぶ凍れるような黄金の瞳に射貫かれる。

 この自分が、まだ何か反撃しようと疑われているのかと思い、適当な言い訳の言葉が喉元まで出かけたその時だった。

「あっ、ネロ――――」

 強くその存在を感じると共に、リィンフェルトの右手の甲に『烙印王冠スティグマ・クラウン』の聖痕が浮かび上がった。

「ソレ、自分で止められます?」

「えっ、いや、だってこれネロの能力だしぃ……」

「召喚術士って、召喚獣を強化する術もあるじゃないですか。そして、たまにその逆、召喚獣の力を自らに集約して自己強化をする術もある――――『烙印王冠スティグマ・クラウン』もその類の能力でしょう」

 今、輝く王冠の聖痕が力を与えているのはリィンフェルトではなく、ネロの方である。

 フィオナはサフィールの使っていた『烙印王冠スティグマ・クラウン』の情報を聞き、すぐに強化は双方向性であると推測を立てていた。無論、それはクロノにも話しているし、ネロが追い詰められれば必ずそれを使うだろうとも。

 案の定と言うべきか、『黒の魔王オーバーエルロード』に囚われたネロはフィオナの推測通りのタイミングでその力を発動させた。

「それじゃあ、ネロは今……」

「貴女の力をアテにするほど追い詰められている。それで、止められるんですか」

「うっ!?」

 そのまま自然にネロの無事を祈ろうとしていたところに、フィオナは胸元に杖を突きつけて問い直す。

 ただの質問をしているのではないことは、リィンフェルトとて察せざるを得ない。

 止められなければ、今すぐ殺す。これのせいでクロノに万が一にも、余計な傷一つつくことさえ許さないと、魔人の目は訴えていた。

「ごめん、ネロ、私……」

 ここで我が身を省みることなく、一心にネロへと力を捧げられたのならば、きっと本物の聖女になれていただろう。

 けれどリィンフェルトは、そんな高潔な心根もなければ、折れない根性も覚悟もない。

 そして彼女の利己的な祈りは通じた。

 光り輝く聖痕を隠すように掴んだ左手の下で、『烙印王冠スティグマ・クラウン』はその輝きを失い、消えて行った。聖痕を刻まれたリィンフェルト本人が、力の譲渡を拒否したがために。

 だがそれで素直に自分が助かったと喜べるほど、ネロへの情も捨てきれない。

「ごめんなさい……ネロ……私じゃあ、アンタを助けられないよ……」

「もう終わりですね、この決闘も」

 つまらない演劇でも観ていたかのように冷めたフィオナの物言いを、リィンフェルトは溢れる涙と共に聞いていた。

 そして程なくすれば、フィオナの言う通りに決闘の結末が示された。

「――――っ!?」

 その身を上下に断ち切られ、無残にも血の海に沈むネロと、静かにその前に佇むクロノの姿が現れた瞬間、リィンフェルトの悲鳴はフィオナが突きつけた杖によって遮られた。

「ど、どうして……」

 最期の瞬間くらい、見送らせてくれもいいだろう。

 冷酷な魔女の仕打ちに、リィンフェルトもつい感情的な目を向けるが、冷めきったフィオナの視線が返って来るだけであった。

「感傷的になっている余裕などありませんよ。だって次は、貴女の番じゃないですか」

「はっ、なによそれ、私はもう――――」

 降伏している。命の保証はあって当たり前。

 ネロが戦いに敗れ死んで、悲しみ涙する感情はあれど……それはあくまで、傍観者の立場だからこそのものである。

 リィンフェルトは、自分のせいでネロが死んだとは欠片も思っていない。その死に責任を感じることも無い。

 確かに、この戦いも、この結末も、ネロ自身の選択の結果。全てが全て、リィンフェルトへと責任転嫁することを、他でもないネロ自身がよしとはしない。

 たとえこんな惨めな末路を辿ったとしても、それでもネロはリィンフェルトを愛していたのだから。

「私は貴女が降伏するのは認めますけど、彼女はどうか分かりませんよ?」

「あっ、アンタは……」

「ようやくお会いできましたね、リィンフェルトさん」

 ネロの死を見届けた後、フィオナの下へとネルはやってきた。

 かつてのネロと同じ、艶やかな黒い髪。赤く輝く瞳は、加護の発露の証か。なんて美しく可憐、憧れるほどにお姫様を体現する容姿。兄の死を見送って涙を流すその顔は、自分なんかよりも遥かに聖女らしい。

 けれど、今はこの美しいアヴァロン王女こそが、自分にとっての処刑人であるとリィンフェルトは察してしまった。

「貴女のせいで、お兄様は死んだ」

「違う! 私は……私はただ、ネロと出会って、愛し合っただけよ! それの一体、何が悪いっていうの!?」

 確かに、リィンフェルトはネロを騙すどころか、これといった隠し事もなく、常に本心を明かして、素の性格で接し続けてきた。

 ネロが一国の王子様であること。妙に自分を気に入っているのは、過去の恋人と重ねているらしいこと。そんな自分にとって都合のいい事実を知っても、特にリィンフェルトは態度を変えることなく、孤児院生活に文句一つつけることなく馴染んでいた。

 そんな彼女だったからこそ、ネロも心から惹かれた――――より正確には、無意識の内にリンと同一視してしまっていたのだ。

 そうして二人が結ばれたのは、半ば当然のこと。ネロはリィンフェルトを手放す気は毛頭ないし、彼女もまたその思いに答えた。世間一般的な男女の出会いでは無かったものの、そうやってお互いの気持ちを通じ合わせて結ばれた二人の関係を、一体誰が批判できようか。

「ええ、そうでしょう。貴女は嘘をついていない」

 生殺与奪を握られた恐怖で口から出まかせを言っているのではなく、本心からの言葉であると、ネルもテレパシーを通じて認められる。触れ合わずとも、強い感情の波が目の前のリィンフェルトからは発せられていた。

「でも貴女がいなければ、こんなことにはならなかった」

 すでに起こってしまった現実に対し、もしも、の話は意味がない。

 それでも人は考えてしまう。どうしようもないほどの後悔を抱いた時ほど、その『もしも』ばかりが頭に浮かんでしまうのだ。

 もしも、リィンフェルトがガラハド戦争にいなければ。

 もしも、クロノがあの場でリィンフェルトを殺していれば。

 もしも、ネロがリィンフェルトの脱出を決断しなければ。

 少なくとも、こんな未来に辿り着くことは無かっただろう。

 ダキア村の時のように、クロノとネロが衝突することは避けられない運命であったろうが、リィンフェルトの存在がなければ、使徒に目覚めることも無かった。

 一方的にぶちのめされたネロが、改心するか、更なる逆恨みをするか、どちらにせよクロノにとってもパンドラにとっても、これほどまでに影響を及ぼす存在には至らなかったに違いない。

 今やパンドラ大陸一の大帝国エルロードの皇帝、魔王クロノ。それに対し、アヴァロンという一国の王子など、比べるのもおこがましい存在だ。

 そうなれば、どんなに良かったことか。たとえネロがプライドを粉々に砕かれ、再起不能なほど心が折れてしまったとしても……こんな結末よりはマシだ。ずっとずっと、マシだった。

「貴女さえ、いなければ」

 いつかまた、敬愛する兄と共に心から笑い合える日が来るかもしれなかった。

 それを思えば、リィンフェルトの叫ぶ愛など――――

「待って、そんなっ、あんまりよ! 私は悪くない、何も悪くないじゃない!!」

「でもネロのこと止めなかったですよね?」

 縋るような目つきを向けてきたリィンフェルトに、フィオナは面倒そうにそんな返事を寄こした。

 降伏したのに、この女は自分の命を保障する気がまるでないのだと、リィンフェルトは事ここに及んでようやく悟る。

「貴女のせいで、お兄様は死に、アヴァロンは滅茶苦茶になりましたよ」

「ひっ、ちょっと待って、落ち着いて、私はもう降伏したから! 結界も解いたんだからぁ!?」

「この毒婦が――――」

 殺意と憎悪に塗れた瞳は、奇しくもネロがクロノへ向けるものと同じ輝きを放っていた。

 そしてリィンフェルトには、クロノのようにそれを真っ向から打ち破るだけの力は、

「『聖堂結界サンクチュアリ』ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 死の危険を前に、リィンフェルトは形振り構わず身を守るための力を行使した。

 ありとあらゆる攻撃を防ぐ神の守りはしかし、

「『聖堂崩し』」

 脆く、儚く、砕け散る。

 その花を愛でるだけのような白い指先は、容易く結界を突き崩し、その手をリィンフェルトへと難なく届かせた。

「んあっ、がっ!?」

 少女の胸板へ、鋭い貫手が突き刺さる。

 驚愕に目を見開くリィンフェルトは、自分の胸元へ人の腕が突き立っているのを信じられないといった表情で見つめていた。

 目に映る致命の一撃が紛れもない現実であることを示すように、ブチリ、ブチリ、と引きちぎる音を立てながら、ゆっくりとその手を引き抜く。

 ネルの掌は、リィンフェルトの命そのものが握られていた。

「なぁ、んでぇ……私、何にも悪いこと……してない、のにぃ……」

「――――貴女は存在そのものが、罪だった」

 握りつぶされた心臓で、リィンフェルトの死に顔は鮮血に溺れるほどの真っ赤に染まった。

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― 新着の感想 ―
愛する人に命も捧げられないなら、そんな心臓いらんよな?ってことかぁ・・・ネルが予想以上にクロノとリリィの心臓交換結婚式でここまで脳焼かれてるとは。
なるほど、ネルが聖堂結界特攻を得たのはこの時のためだったのですね……
惰性的に相手に迷惑掛けて私悪くないは通らないだろ 何もやってないってそこにいて直接人を殺してないだけで消極的な敵対を続けている。 行いの結果人が死んでるのに 無関心なある意味現代的な邪悪だよね
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