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黒の魔王  作者: 菱影代理
第46章:レーベリア会戦
1007/1048

第1000話 黒の魔王

 ネオ・アヴァロン軍の主力たる機甲騎士団は壊滅した。

 『暗黒騎士団』と『テンペスト』、さらに寝返ったヴェーダ傭兵団により、戦力差は決定的となり、勝敗は決したのだ。

 ブースターを吹かせて敗残兵が慌てて退いてゆく先は、小高い丘の上に設置された本陣だけ。目前に迫った帝国軍に対する最後の抵抗として、急造の野戦築城によって簡易砦と化している。

 しかし、それも所詮は虚しい悪あがきに過ぎないと、大遠征軍の兵士達も思っていることだろう。

「総員、整列。最後の突撃に備えよ」

 静かなサリエルの号令によって、戦場で散開していた暗黒騎士達が戻ってくる。同じくエメリア将軍も、重騎兵を呼び戻し本丸攻めの構えをとらせていた。

 敵は本陣に引き籠り、兵を繰り出す様子はない。ならばこちらも、余裕をもって隊列を整えなおすことができる。

「おい嬢ちゃん、大将首はウチらが貰っちまっても構わないよなぁ?」

「ネロの小僧は我らが『唯天』にも、随分と無礼な口を利いたらしい。ヴェーダでは首を落とすに十分すぎる理由だ」

 鉄くずと化して転がった機甲鎧を蹴とばしながら、ヴェーダの『双極』、青オーガの女傑ガオジエンとカルラ流剣士のシャニがやって来る。

 彼らとしても、ネロのことを良く思ってはいないようだが、

「クロノ魔王陛下との先約がある」

 今回は譲るわけにはいかない、とサリエルは断りをいれた。

「そうかい、一騎討ちの約束をしちまってんなら、しょうがねぇ」

「魔王の力、とくと見させてもらおう」

 他の国ならいざ知らず、君主自らが大将に挑む姿勢はヴェーダ人にとっては好ましいようだ。

 ヴェーダ法国の主力たる仙位持ちが勢揃いした戦場で、クロノが使徒との一騎討ちを見せるのは、最高のデモンストレーションになるだろう。彼らとしても、ここで無理を押して大将首を上げるよりも、これからヴェーダの頂点に立つ魔王の実力を、自分の目で確かめたいはずだ。

「サリエル、準備はどうですか?」

「はい、完了しています、フィオナ様」

 暗黒騎士団、テンペスト、ヴェーダ傭兵団と全ての隊列が整った頃を見計らったように、フィオナが後ろからサリエルの元へとやって来た。

 ここから先は後衛に甘んじるつもりはないのだと、サリエルも察してはいるものの、

「プリムに、何かしましたか」

「少しだけ手助けを。苦戦していましたので」

 フィオナを前に、ついそう問うてしまった。

 敵エースを相手に追い込まれていたのはサリエルも気配察知で感じ取っていた。もうダメだという時は、自分が手助けしなければと思った矢先に現れたのが、フィオナである。

 その後は、異様に魔力を上昇させたプリムが敵を圧倒したようだが……その戦闘能力の上昇は異常である。すなわち、フィオナは尋常ではない手段を彼女に講じたとしか思えなかった。

「プリムはマスターの傍仕えでもあります。あまり危険な真似は、させるべきではない」

「怖いですか、プリムに追いつかれることが」

 自分でも気づかない、無意識の心中を突かれたような思いだ。

 サリエルは自らに問いかけた。プリムのことを恐れているのか。

 もしも彼女が自分と同等以上の強さを持ったならば。いいや、強さだけではない。淫魔の加護を持つプリムは、今の自分だけが持ち得る絶対的な優位性さえ崩しかねないのではないか。

 そして、そうなることを他でもない、プリム自身が最も望んでいること。感情のないホムンクルスでありながら、強烈な欲望を持つプリムは正にイレギュラーに他ならない。

「そんなに気にしているとは、意外ですね」

「いえ、そんなことは……」

 微かに視線を逸らすサリエルの反応を、フィオナは見逃さない。自分には理解できない、繊細な心の機微である。

 堂々とクロノから告白され、求められた。その上、一晩中相手にしても倒れないという、唯一無二の適性も誇っている。さらには正確な故郷ニホンの知識まで有しているのだ。

 ここまで至っておきながら、今更、何を不安に思うことがあるというのか。

 たとえプリムがサリエルよりも強くなったところで、自分が捨てられるとでも思っているのだろうか。逆にどれほどサリエルが落ちぶれても、それこそ手足を失って身動き一つとれない体となったとしても、クロノは決して手放そうとはしない。

 彼が無情になりきれない、どこまでも甘く優しい人であることなど、とうに分かり切っているはずなのに。

「まぁ、いいでしょう。プリムには協力して欲しいことがありますから。私にとって、とても大切な目的のために」

「それは……」

「その邪魔をしなければ、プリムの処遇は好きにするといいでしょう、サリエル団長」

 フィオナの言葉に、サリエルは何とも返すことができなかった。

 今更、揺れる気持ちに従ってプリムを疎んじることも、その逆に特別扱いすることも、できそうにはない。メイドとして、暗黒騎士として、彼女の働きを正当に評価するより他にはサリエルが出来る対応はなさそうであった。

「ん、どうやら、話をしている内にクロノさんの方が先に始めたようですね」

「やはり『聖堂結界サンクチュアリ』で守られている」

 クロノが荷電粒子竜砲プラズマブレスを敵本陣へ向けて放ったことは、テレパシー通信で届いている。

 そして通信などなくとも、聖堂結界の白い光が瞬き、丘全体を覆いつくす広域展開されていることは、目の前の光景だけで理解するには十分だった。

「リィンフェルトがどこにいるか、分かります?」

「いえ、ここからでは察知できませんが、恐らくネロのいる司令部かと」

「じゃあ、ちょっと呼んでみますか」

「……?」

 何言い出してんだコイツ、と思う間もなく、フィオナは拡声魔法の風をビュウビュウ吹かせて、口を開いた。

「リーンフェルトー、いーまーすーかー」

 戦場に全く似つかわしくない、間の抜けたフィオナの声が木霊する。

「フィーオーナーでーす」

「フィオナ様、何を」

「まぁまぁ、ここは私に任せてください」

 何やってんだ、というヴェーダ傭兵団からの厳しい視線を察して止めに入るサリエルだったが、フィオナはやけに自信満々で取り付く島もない。あっ、これはダメな時のフィオナだ、と思うものの、こうなると言葉では止められない。

「貴女の聖堂結界は、私には効きませーん。学生の頃と同じように、黒焦げにしまーす」

 どうやら、投降を促しているらしい。

 確かにフィオナとリィンフェルトがエリュシオン魔法学院での同期であったことは事実だし、当時の聖堂結界を破ったのも本当にあったこと。

 しかし、だからといって今更そんな話を持ち出してきたところで、この戦況で取り合うはずもないだろう。本当に投降する気でもなければ、わざわざフィオナの前に顔を出す義理など何もないのだから。

「――――フィオナ! アンタやっぱり、フィオナ・ソレイユね!!」

「まさか出て来るとは……」

 ほら、私の作戦通りでしょう、とドヤ顔を浮かべるフィオナに、サリエルは素直に頷く気にはならなかった。

 何となく呼びかけてみただけで、本当に釣れる方がおかしいのだ。二人とも、自分の感情だけで生きているからこそ成立した、あってはならない現象だった。

「お久しぶりですね、リィンフェルト。こうして言葉を交わすのは、卒業式以来でしょうか」

「私はアンタなんかに会いたくもなければ、口も利きたくなかったわよ」

「それはそうでしょう。二度も焦げカスにしましたからね」

「四回よ! なにサラっと回数減らしてんの!?」

「そうでしたっけ」

「あぁもう、ホンッとに腹立つわね、アンタと話すのは!」

 まるで悪友同士が顔を合わせたような言い合い。

 リィンフェルトは丘の麓、防御魔法で築かれた岩壁の上に立ち、その姿と顔を堂々と晒している。

 対するフィオナも立ち並ぶ暗黒騎士団の前に出ており、投降を呼びかける使者のような立ち位置だ。

 彼我の距離はあるものの、フィオナの広大な拡声魔法の効果によって、二人の声はお互いは勿論、この場にいる誰の耳にもよく届いた。

「面倒くさいので、早く投降してくれませんか」

「するかっ!」

「もう勝負はついていると、見れば分かるでしょう」

 空の上では、飛行船が次々と爆発炎上を起こして墜落し、秘密兵器たる白竜も落とされている。

 そしてフィオナの後ろには、地響きを上げてゆっくりと接近しつつある黒地竜の群れが映った。

「貴女の聖堂結界が最後の守り。そして、私にはそれを破る手段があります」

「私の力を、学生時代と同じだと思わないでよね。もうアンタの火球一発で破られるほど、ヤワじゃないのよ!」

「――――『悪魔の存在証明ノワールタブー』」

 黒魔女エンディミオンの加護により、フィオナは瞬間的に魔人化を果たす。

 僅か数年前の学生時代。けれど人が更なる成長を遂げるには十分な時間である。それはリィンフェルトにとっても、フィオナにとっても。

 ただの平穏を望む少女は、己の意に反して聖女と祭り上げられてきた。けれどもう一方、魔女は自らの意志でもって道を選び、歩んできた。

「私が貴女の結界を破れないと、本当に思っているのですか?」

 長い青髪を揺らし、角の生えた人外と化したフィオナ。その背筋が凍りつくほどの視線を受けて、リィンフェルトは息を呑む。

 知らない、こんな化物は。

 学生の頃でさえ、ボンヤリした顔で途轍もない火力の魔法をぶっ放す、怪物だと思っていたが、今や本物の化物となっている。

 その悪魔的な姿は伊達ではない。リィンフェルトとて幾度とかの戦場を経て、相手の力量を見極める観察眼と第六感は磨かれている。その全てが危機を訴えかけているのだ。

 魔人と化したフィオナは、ガラハドで目の前に現れた狂戦士と同じ――――いいや、それ以上の力を秘めた化物であると。

「今が降伏できる最後の機会ですよ。私が結界を破った後では、もう全てが手遅れですから」

「くっ、うぅ……」

 完全に気圧されて、二の句が継げないリィンフェルト。

 その沈黙を否定と受け取り、フィオナは満開と化した『ワルプルギス』を掲げた。

「原初の火は消えず。恐れ見よ、地獄の蓋は開かれる――――『煉獄インフェルノフォール現界・マテリアライズ』」

 まず、草原の草が焼けた。

 杖を掲げるフィオナの足元に火花が散った瞬間には、緑の草の絨毯が燃え上がって消え失せる。剥き出しとなった土の地面もまた、加速度的に赤熱化を始め、すぐに赤々と輝く溶岩となって流れ出した。

 それは溶岩の小さな川となり、炎の蛇のようにくねりながらリィンフェルトの立つ方へと延びて行く。流れる川が海へと向かうように。けれど、緩やかな傾斜を描く丘を登ってゆく様は、自然の摂理ではなく明確な意思をもって進んでいることが分かるだろう。

 すなわち、この現世に溢れ出てきた煉獄は、敵へ向けられているのだと。

 一本の溶岩の流れは、少し進めば枝分かれをして広がる。二つ、三つ、四つ――――分岐が九つとなる頃には、フィオナの立つ先に展開されている聖堂結界に沿うように長く伸びる大きな流れと化し、その幅も十数メートルほどにも広がっていた。

 一見すれば、溶岩をけしかける火と土の複合魔法のように思えるが、リィンフェルトはその流れ続けるマグマが聖堂結界に触れた瞬間に、ようやく気づいた。気づかされてしまった。

「ひっ! な、なによコレぇ!? 私の結界が……燃えてるっ!!」

 あらゆる攻撃を防ぐ、聖なる神の守り。神聖不可侵たる聖堂の領域が、煉獄の炎によって炙られている。

 どんな強力な炎魔法も、どれほど巨大な土魔法も、その高熱と大質量を決して揺らぐことなく防ぎきるはずの結界が、ジリジリと、けれど着実に火がついたかのように端から焼失し始めていた。

「『聖堂結界サンクチュアリ』は防御魔法よりも、次元魔法ワールドディメンションに近い魔法です。そして次元魔法を破るには、同じ次元魔法をぶつけるのが、最も効率的なのですよ」

 次元魔法『煉獄結界インフェルノフォール』。

 元々、使徒を弱体化させる対抗策として用いられた。白き神の威光が届かぬ、別の神の領域へと引きずり込むことで、使徒の力を抑える。それと同時に、術者にとっては内部を意のままに操ることさえできる、有利な空間にもなるのだ。

 空間魔法ディメンションの延長としてある以上、次元魔法で作り出された空間は別な次元として存在することとなる。煉獄結界が発動すると、外からは巨大な火炎竜巻が渦巻いているようにしか見えない。

 しかし、この『煉獄インフェルノフォール現界・マテリアライズ』は、本来別次元に生成されるはずの空間を、現世に作り出す。

 灼熱の赤と焦土の黒に彩られた煉獄の世界そのものを呼び出すのだ。

 無論、術者本人のいる完成された現実世界そのものに、別な世界を構築することは、別次元で作り出すよりも遥かに難しく、途方もない魔力を消費する。それはとても効果に釣り合わないほどのコストがかかるということ。

 普通はしない。する意味もない。

 だがしかし、聖堂結界を破るために必要なのは、白き神の加護を遮るための別世界ではない。

 赤黒く焼けた空に噴火する大山脈、無限に続くマグマの大河と灼熱の荒野、そうした煉獄世界の全ては必要ないのだ。どんな攻撃も跳ね除ける結界を破る刃として、ほんの僅かな別世界の欠片があればいい。

 煉獄という世界の小さな断片を顕現させ、聖堂結界にぶつける。これがフィオナの編み出した、聖堂結界破りである。

「ぁあああああっ! そんな、嘘、ヤダっ! 燃えてる燃えてる! めっちゃ燃えてるぅうううううっ!!」

 かつてカーラマーラの大迷宮にて、最強を自負していた次元魔法『黄金魔宮ルール・オブ・ゴールド』を煉獄に浸食されたことにゼノンガルトが驚愕したのと同様だ。

 国に使い手が一人いるかどうか、というほどに希少かつ強力な次元魔法ワールドディメンション。それがぶつかり合うこと自体が稀であり、リィンフェルトもまた、同じ次元魔法使いと戦った経験などありはしない。

 学生時代にフィオナで力技で破られたのは、純粋に自身の力不足、そして圧倒的火力を前に結界を維持しきれなかった保有魔力量が原因である。

 だがしかし、戦場を経験して、正しく真の無敵と化した聖堂結界が破られたことはない。故にこそ宿敵フィオナを前にしても、即座に降伏しようなんて無様な選択を選ぶこともしなかった。

 くだらない意地を張ってしまった、とリィンフェルトは今この瞬間に後悔した。

 神聖な白い輝きの結界表面には、地に流れる煮えたぎったマグマの川の方から赤黒い炎が少しずつ広がり始めている。ゆっくりジワジワと炙られるようなじれったい速度だが、それでも結界の端はすでに灰と化して消滅しつつあった。

「ふむ、なかなかやりますね。よく耐えている方ですよ」

 聖堂結界に煉獄の炎が燃え広がっていることを視覚的にも魔力的にも実感させられているリィンフェルトは発狂したように叫ぶが、炎上速度が予想以上に遅いことで、フィオナは聖堂結界の完成度を讃えた。

 頑張れば炎上速度を上げることは出来そうだが、ここはゆっくりと焦らした方が良さそうだ。もう限界だと悟れば、リィンフェルトも諦めるかもしれない。

 彼女の身柄を抑えれば、もうこの本陣を守る防御など、既存の防御魔法と急造バリケードのみ。すでに制空権を得て、地上も制圧しつつある帝国軍を相手に、成す術もない。

「どうですか、リィンフェルト。今ならまだギリギリで間に合いますよ」

「ぐっ、ううぅぅ……」

 もうあと一分もしない内に、兵士が突入するのに十分なほどの穴が開いてしまう。

 リィンフェルトがどれだけ必至に焼失した結界を修復しようとしても、すでに煉獄の火が点いたところは全く干渉できない。

 これをどうにかしようと思えば、煉獄を上書きする更に強力な次元魔法としての出力を必要とする。そして今のリィンフェルトに、天才にして実戦と鍛錬で『煉獄結界インフェルノフォール』を磨き上げてきたフィオナを超える力など、あるはずもなく――――

「たっ、助けてぇ! ネロぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「――――ったく、ホントにしょうがねぇ奴だな、お前は」

 聖女の悲鳴を聞き届け、使徒は天より降臨する。

 リィンフェルトの下へ眩い白光が柱のように突き立つと、その頭上には輝く光の翼を生やしたネロが現れた。

 背中に生やした翼は、羽ばたく度に青白い燐光を散らしながら、ゆっくりとリィンフェルトの前へと降り立った。

「だから大人しくしていろって、言っただろうが」

「ううぅ! ネロぉ!!」

 恥も外聞もなく泣きつくリィンフェルトに、やれやれ、といつもの口癖をこぼしながらも、その艶やかな乙女の黒髪をネロは撫でた。

 二人がそうしている間に、制御が中断された聖堂結界は煉獄によって燃え落ちる速度が上がっていたが、最早リィンフェルトにとっては、結界の維持などどうでもいいことだ。

 ついにネロが動いた。

 第十三使徒、聖王ネロ。

 たとえ大遠征軍が無様な敗北を喫しようとも、彼一人がいればいい。何故ならば、ただの人間がどれほど犠牲になろうとも、神に選ばれた特別な人間には及ばないのだから。

「嫌になるぜ、本当にどいつもこいつも、雑魚ばかり。結局、奴らにいいようにやられて、このザマだ」

 リィンフェルトの肩を抱きながら、ネロはフィオナと、その後ろに展開する魔王軍の圧倒的な陣容を睨みつける。

 聖堂結界さえ焼き尽くす魔女に、機甲騎士団を蹴散らす暗黒騎士団。スパーダの亡霊に裏切者の傭兵共。さらにその後ろには、銃を携えた数多の歩兵部隊に、今も堂々と大地に屹立する黒竜の群れ。

 どんな歴戦の大将軍や伝説的な英雄であろうとも、これほどの軍勢を前にすれば白旗を上げるより他はないだろう。このレーベリア会戦は、間違いなく後世に残る歴史的な敗北として記録される――――ここまで追い込んでおきながら、たった一人の使徒を前に全滅した、哀れで愚かな魔王軍として。

「もういい、後は俺がやる」

 ハナから大遠征軍になど、期待はしちゃいない。だから好きにやらせた。口々に武功を上げると、聖王陛下に勝利を捧げると、大言壮語する連中に、ネロは総大将として一切の口出しをせずに任せたのだ。

 その結果はすでに出てしまった。命からがら本陣まで逃げ戻って来たようや奴らに、これ以上なにを期待しろと言うのか。

 聖女の守りがあったとしても、残存戦力のみで魔王軍相手には戦いにもならない。そんなことは、誰の目にも明らかだ。

 故に、ネロの言葉に意見できる者は誰もいない。

 俺達はまだ戦える。任せてくれ。必ずや魔王の首を――――戦の前に誰もかれもが口にしていた言葉は、今や一つたりとも上がらない。

 この本陣の丘に集った者達にできることは、ただ一つ。

「ああ、神よ……」

「聖なる使徒の王!」

「どうか我らに、神のご加護を!!」

 祈り。

 誰もが跪き、祈りを捧げた。

 聖王ネロへ。神に選ばれた十三番目の使徒に、奇跡を祈るより他はなかった。

「ああ、そうだ。無能なお前らは、そうやってただ祈ってろ」

 最後に残された希望。救世主への祈りを一身に受けるネロは、どこまでもつまらなそうな顔で吐き捨てる。

 そうして、深い溜息を吐いてから、その手を剣の柄にかけた。

「『聖者の鎧ジークフリート』起動」

「『GX―7』マスターキー認証。創世主機アルファドライブ解放イグニッション

 その身に纏うのは、使徒の力の証たる白銀のオーラ。そして純白に輝く古代鎧。

 ネロの言葉によってリアクターに火の灯った『聖者の鎧ジークフリート』の装甲には、俄かに蒼白のエーテルラインが浮かび上がる。

 ただの機甲騎士とは一線を画す、濃密な魔力がただそれだけで周囲一帯へ波動のように広がった。

「抜刀、『聖霊刀「神白星」』————『聖剣ブレイドスキル・光輝』」

 使徒と化した時、共に進化を果たした愛刀を抜き放つ。

 芸術的な白刃が陽の下でキラリと瞬いた次の瞬間には、莫大な量の白色魔力によって、天を衝かんばかりに巨大な光刃フォースエッジが突き立った。

 ほんの少し前、同じこのレーベリア平原にてパルティアの大軍団を葬り去った一刀である。

 有象無象が、どれほど群れようが関係ない。ただ一撃で切り裂いてくれよう。

 魔王が愛する美しき魔女ごと、聖なる光の刃で滅する。

「目障りだ、全て消えろ――――」

 これぞ神に逆らった天罰と言わんばかりに、振り降ろされた巨大な光の剣。

 フィオナはただ、いつもと変わらぬ眠そうな眼差しで、それを見上げ、

「――――喰い破れ、『天獄悪食』」

 根本から真っ二つに折れて、派手に空へと散って行く光の刃を見届けた。




 聖堂結界に守られた本陣から、俺達に向けて迎撃部隊が出張ってきた。

 砲撃を食らわせたが、どうやら敵の中にはウルスラと同じ能力を持つイヴラーム人の術者がいるようで、見事にドレインで防がれてしまった。

 接近戦は避けられない、と思った矢先に、俺へと強いテレパシーが届いた。

 それは言葉ではなく、明確な映像として脳内で再生される。

 映るのはウチの本陣とは違って、随分と豪華な装飾品や調度品で飾り立てられた、煌びやかな大天幕の中。白金に彩られた玉座のようなデカい椅子に座っていた男が立ち上がり、こちらへ振り向く。

「悪いな、ネル。俺はもう行く」

「そうですか。お約束は?」

「ふん、この戦況だ。すぐにでも出て来ると、お前だって分かってんだろうが」

 視界の主であるネルに向かって、そうネロは皮肉気な笑みを浮かべてそう言った。

「それでは、お兄様。ご武運を」

「そんなもんを、俺に祈っていいのかよ?」

「勝負はすでに決まっておりますので。せめて、良い勝負で最期を飾ることを、貴方の妹として願います」

「なら、待ってろよ、ネル。アイツの首を持って来れば、いい加減にお前の目も覚めるだろう」

 そう言い残し、ネロは青いマントを翻しながら天幕から出て行った。

「――――ようやく動きました。クロノくん、どうか後をよろしくお願いいたします」

「ああ、任せろ」

 脳内に響くネルの声に応えると、そこでテレパシーは打ち切られた。

 まだもう少し時間がかかるかと思ったが、ネロの方から出てきてくれるとは。やはりリィンフェルトだけは心配なようだな。

 さて、ようやくここまで来た。後は俺が、このレーベリア会戦を終わらせよう。

「済まないがカイ、俺は――――」

「ああ、分かってる。ここは俺達に任せとけよ」

 俺の本命が現れたことを、すでにカイは察していたようだ。

 それ以上の言葉はない。ネロを頼むとも、勝てよ、とも。

 カイはただ、笑って見送ってくれた。

 だから俺はメリーの手綱を手に、真っ直ぐフィオナのいる中央へと向かう。

 ネロはすぐにでも出て来る。そして間違いなく、最初に大技で薙ぎ払ってくる。使徒にのみ許された、力任せだが、無数の敵をまとめて屠る脅威の一撃だ。

「頼むぞメリー、今日はこれで最後のはずだ――――『嵐の魔王オーバースカイ』」

 メリーが不死馬特有の重苦しいいななきを上げると、それを置き去りにするような勢いで急加速。瞬間的にトップスピードに達したまま、草と土を巻き上げて草原を一気に横切り、

「ちっ、もうぶっ放す気か」

 立ち並ぶ帝国軍の隊列の向こう側に、真っ直ぐ空に向かって伸びる巨大な光の刃が現れていた。

 あれの直撃を喰らえば、いくら暗黒騎士団とテンペストでも無事では済まない。まぁ、フィオナが一番前にいるから、むざむざ斬られるようなことはないだろうが――――彼女の手を煩わせる必要はない。

 ここから先は、俺の戦いだ。

 影から抜刀するのと、メリーが隊列の上を飛び越えて行くのは、ほぼ同時。

 ロケットのような勢いですっ飛んできた俺は、今まさに振り下ろされようとしていたネロ自慢の必殺剣、『聖剣ブレイドスキル・光輝』へと刃を振るった。

「――――喰い破れ、『天獄悪食』」

 莫大な白色魔力で形成された光刃フォースエッジに、悪食の刃が喰らいつく。

 その手ごたえは、思った以上に軽い。なんだこれ、と拍子抜けする。

 ネロの奴、魔法剣士としての才能があるくせに、使徒の無限の魔力量に任せて術式構成と完成度が相当甘くなっている。

 唯天ゾアの『天上天下』はこれの比じゃない超密度の斬撃だった。この『天獄悪食』の刃をもってしても、ギリギリで断ち切ったというところ。

 あの一刀に比べれば、こんな魔力の垂れ流しみたいな刃など、ただデカいだけの巻き藁でも斬っているようなものだ。

 そうして難なく『天獄悪食』の刃は、真紅のオーラと共に光の剣を喰い破る。

 根本に近い部分から断ち切られたことで、切り離された刀身の大半が制御を失い、ド派手にキラキラ輝きながら急速に宙へと霧散してゆく。

 容易く人を滅する光の威力を失って、立ち並ぶ帝国軍には、ただエーテルの淡い燐光が粉雪のように降り注ぐだけに終わった。

「ふん、来たか、クロノ」

 フィオナのすぐ隣に降り立った俺へ、不機嫌そうに顔を歪めたネロが言う。

「せめて防御魔法を張る準備くらいはしても良かったんじゃないのか」

「間に合ったからいいじゃないですか」

「それ結果論」

 確かに間に合ったが、マジでギリギリだったからな。そんなドヤ顔で俺がいいタイミングで絶対防ぎに来るから、みたいに期待されても困るんだが。

 思うものの、当たり前のことが当たり前に起こっただけ、と思っているような表情の彼女に、これ以上言っても栓のないことだ。

 まぁ、間に合ったから良しとしよう、そう自分に言い聞かせながら、俺はメリーから降りて、ネロへと顔を向けた。

「お前の首を貰いに来た。約束通り、一騎討ちを受けてもらおうか」

「グダグダ言ってんじゃねぇ、さっさとかかって来いよ」

「逃げる気はないようだな、安心した」

 ここまで出てきて、リィンフェルト抱えて逃げ出すことはないだろうとは思うが、一応ちゃんとヤル気を見せてくれて良かった。ここから逃げるお前の追撃戦なんて、面倒な真似は御免だからな。

 そんなことを思いながらも、油断はせぬよう、俺はフィオナの方へと向いた。

「フィオナ、万が一の時は頼む」

「どうせ大丈夫ですよ」

「どうせとか言うな」

「リィンフェルトのことは問題ありません。どうぞお気になさらず」

 そこは心配していない。今もまだ、丘を囲うような広域展開された聖堂結界を蝕む、煉獄の炎は燃え盛っているのだから。

 最速で聖堂結界を破るのはネルの『聖堂崩し』が一番だが、広範囲に渡って剥ぎ取り、再展開も許さないよう無効化できるのは、フィオナの『煉獄現界』だけ。

 俺は何とか破れる、というだけで二人には及ばない。

 そんなフィオナに任せておけば、これ以上、リィンフェルトが何か仕出かすのも防いでくれるだろう。

「サリエルも、頼むぞ」

「はい、マスター」

 全て心得ている、とばかりに静かに頭を下げるサリエル。

 その真っ白い顔には煤けた跡の一つもなく、纏った漆黒の軍装も綺麗なまま。とても敵陣の中央突破を果たしてきたとは思えない恰好だ。

 サリエルも体力、魔力、共に万全。余力は十分に残されている。不測の事態が起きても、問題なく対応ができるだろう。

「ところで、知らない機甲鎧があるんだけど」

「アレはプリムです」

 やっぱり、ちょっと雰囲気からそんな気はしてたけど。

 サリエルの後ろに整列する古代鎧『ヘルハウンド』を纏った中に、明らかにデカいのが混じってる。プリムの専用機『ケルベロス』っぽくはあるのだが、俺の『戦闘形態デストロイア』みたいに人工筋肉が膨れ上がって、体格が二回り以上も大きくなっている。しかも何故か胸とくびれのある女性型で。

 気にはなるが、サリエルが何も言わない以上、大丈夫ではあるのだろう。

「それじゃあ、行ってくる」

「クロノさん」

 なんだ、と答える間もなく、フィオナに口づけされた。

 思えば、魔人化状態でキスされたのは初めてだ。その灼熱のような唇の熱さに驚くが、不思議と火傷した感覚はない。そのまま熱く溶けて、一つになってしまいそうな。

「勝利のキスか、ありがとな」

「いえ、ただキスしたかっただけですけど」

 否定しなくても良くない?

「今更、ゲン担ぎなど必要はないでしょう」

「気分の問題なんだが」

 素知らぬ顔で言うフィオナに口を尖らせていると、視界の端でサリエルがフラフラしているのが見えた。

 近づこうか、やめようか、怖くて一歩を踏み出せずにいる子供のように思える動きだ。

「じゃあ、サリエル、勝利のキスをくれよ」

「はい」

 俺が呼べば、神速の踏み込みで急接近され、気づいた時にはキスされた。

 頬に感じる唇の感触。

 控えめなところが、サリエルらしいと感じてしまう。

「ありがとう」

 俺も頬にキスを返す。

 すると、プリムの変形機甲鎧から凄まじい圧を感じてしまうが……イチャついてないでさっさと行けと思われているのか。それとも小さい彼女には刺激が強すぎたのか。

 ともかく、これで俺の方は準備万端だ。

 フィオナとサリエル、そして後ろに続く帝国軍の総員に見送られて、俺はネロへ向かって歩き始めた。

 対するネロも、リィンフェルトと熱い口づけを交わし終えてから、光の翼は仕舞って自らの足で歩いて来る。

 フィオナの『煉獄現界』によって、マグマが流れ焦土と化した大地を進む俺と、聖堂結界に守られ綺麗なままの緑の草原を歩むネロ。

 俺達はちょうど、黒炎が燃え盛る聖堂結界の境界線で相対した。

「ネロ、お前の凶行をここで終わらせる」

「はっ、言いやがる。随分とみすぼらしい姿になってるじゃねぇか。まるで学生時代の恰好だぞ」

 煌々と輝く白き古代鎧、『聖者の鎧ジークフリート』を纏うネロに対して、確かに俺はシンプルな黒いローブに過ぎない、『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』だ。

 本来なら、『暴君の鎧マクシミリアン』の『戦闘形態デストロイア』で一気に勝負を決めるつもりだったが、その切り札はすでに唯天ゾアを相手に切ってしまっている。

「サシで戦うなら、これで十分だ」

「ミサやマリアベルみてぇなド素人を殺ったくらいで、調子に乗ってんなよ。俺はあんな奴らとは違う――――全てを極めた、最強の力を持つ使徒だ」

 随分な自信だ。

 しかし、ネロが若くしてランク5冒険者にまで登り詰めた天才なのは事実だし、実戦経験も豊富。

 無限の使徒の魔力に、『特化能力イグジスト』、全ての能力をネロは十全に扱うことが出来るだろう。

「ならば、俺も見せてやろう。魔王の加護を」

 その言葉に、ネロの目に憎悪の光が灯る。

 魔王。その存在にお前が、どんな因縁と執念があるのかは知らない。

 だが俺は、手にした力を使うまで。古の魔王ミアに選ばれたからではない。俺自身がそうしたいと願うから。

 全て失い、絶望のどん底に沈んだあの日からずっと。それは今も、変わることはない。

 守護の意志。パンドラは俺が守る。

 そして、お前ら十字軍を滅ぼす、魔王の力だ。

「伝説は蘇る――――『魔王・ミア』」

 唱えるのは、神言ディバインスペル真名ワールドネーム

 パンドラの黒き神々が与える加護。それを発現させるための、正式な作法。

 魔王の加護、発動。

「――――『黒の魔王オーバーエルロード』」

 2024年9月20日


 祝1000話達成!

 ここまで読んでいただいた方々には、本当に感謝の言葉もありません。こんなに長い作品を追っていただき、ありがとうございます!

 連載を始めた時は、ここまで辿り着くとは全く思っていませんでした。意識したのも900話を超えてからでしたので。書きたいことを書きたいだけ書いた結果・・・1000話をもってしてもいまだ完結せず。もっとプロット練ってテンポ上げろよ、と13年前の自分に言いたいです。

 流石に2000話目は無いので、後は完結に向けて進めていきたいと思います。それでも何百話かかるか、まだ未知数ですが・・・最後までお付き合いいただければ幸いです。


 第1000話でこのサブタイと魔王の加護発動と、節目に相応しい回になったかと思います。

 勿論、この話数でこうなるよう、レーベリア会戦を始めた辺りからちょこちょこ調整はしていましたが、概ねそのまま書き上げることが出来ました。でもカウントしていた話数が途中で1話ズレてた時は本気で焦りました・・・


 さて、この章もいよいよ大詰めとなりました。クロノもようやっと真の魔王の加護が発動できましたので、是非とも戦いの結末を見届けていただきたいです。

 それでは、これからも『黒の魔王』をよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
″全てを極めた″とネロは言ったが、″精神力″は極めたのだろうか!?(笑)
ウッヒョオオ!! キタキキタァ!!!
ここで加護詠唱は熱い!
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