第999話 妖精の女王
レーベリアの空に瞬く無数の閃光。その眩い彩りは、ドラゴンによるブレスの撃ち合いにも匹敵する。
自由自在に宙を舞うのは、二つの人影。人間には許されない空の領域は、たとえハーピィであってもこれほどまでの高速、高機動は不可能である。
人という種に許された限界を軽々と超える空戦能力を発揮する者。一方は人の手により作られた、ホムンクルスの人工天使。
戦闘用に調整された、旧エルロード帝国における最終モデルは、真白の髪と白磁の肌に深い紺碧の瞳を輝かせる。纏った純白の古代鎧はエーテルによって光り、その身に刻まれた九つの聖痕が、更なる輝きを放つ。
光の翼を羽ばたかせた白騎士、その姿は正しく楽園の秩序を保つ守護天使が如く。
ローラン・エクスキア。遥か古代より、その使命を継承し続けてきた、今代のローランはついに訪れた聖戦にて、その力の全てを解き放つ。
「――――『天閃神矢』」
ローランが掲げた左手に一つ。そして広げた翼に二つずつ。浮かび上がった白光の多重魔法陣から、上級を超えた光属性攻撃魔法が放たれる。
五本の光の矢は帯状に濃密な白色魔力を伴い、精密な誘導性能を持って飛んで行く。太い蒼白の光線が、それぞれ緩いカーブを描く美しい軌跡を空に刻む。
天使が放つ天罰が如き光の鏃が向かう先にいるのは、白き神の威光を真っ向からかき消すほどに、眩く輝く七色の光を纏った少女。
相対するもう一方は、女神に愛されて生まれた妖精の姫である。
「ばーん」
迫り来る攻撃を前にしても、優雅な背面飛行のまま、左手に握った黒鉄の古代製拳銃『スターデストロイヤー』を無造作に伸ばして、トリガーを引く。
可愛いらしい微笑みを、銃口から瞬くマズルフラッシュが照らす。ソレは五回、バースト射撃のように連続的に瞬いた。
そこから撃ち出されたのは、光の矢。ローランの放つものとは比べるべくもない、精々が中級程度の『白光矢』といった威力。
真っ向からぶつかり合えば、大した抵抗もできずにあっさり飲み込まれるであろう。これが本当に、ただの中級攻撃魔法であれば。
ジジジィ――――バシィイイイイイイイイイイイイイッ!!
互いの攻撃が衝突する寸前、リリィの光矢が赤黒いスパークを散らし、爆ぜる。球形に広がる黒雷の爆発。
すると、ローランの放った『天閃神矢』はあらぬ方向へと逸れて、高い誘導性能でも修正不可能なほどの軌道となって通り過ぎて行った。
「ありがとね、サリエル。光属性相手には、便利な技だわ」
『暗黒雷雲』。
それはかつて、サリエルがリリィに対抗するために編み出した原初魔法だ。
迸る黒雷によって、直進する性質の光を文字通りに曲げる。強大な威力の攻撃を、全て無効化してかき消す必要はない。当たらなければどうということはないのだから、どんなに強力なビームもレーザーも、湾曲させて矛先を逸らせば防御としては事足りる。
こんなビームを連発してくるような相手の攻撃を凌ぐには、最も効率的な対抗策だ。
クロノのお陰で魔王の加護さえ発動させるリリィには、黒色魔力の疑似属性たる黒雷を操ることなど造作もない。
リリィはローランが放つビームの嵐が如き猛攻撃を、最も使い慣れた『光矢』系の攻撃魔法に『暗黒雷雲』を付加し、回避が難しい攻撃だけを選んで捻じ曲げることによって、最小の魔力消費で凌いでいた。
「ならば、これはどうだ――――『輝円双斬』」
ローランが手にする騎士剣を振るえば、リィン、リィン、と涼やかな音色が鳴り響く。
その刀身より放たれたのは、光の斬撃。しかし、それは自ら高速回転をして円盤状となり、凶悪な切断力をもってリリィの進路を切り裂くように迫った。
ビームやレーザーのような直進する攻撃が逸らされるならば、斬撃はどうか。リリィがこれにどう対処するかをローランは静かな眼差しで観察した。
「面白い攻撃ね。でも、二枚で足りるかしら?」
背面飛行から身を起こし、迫り来る二枚の光の円形刃へ真っ向からリリィは向き合った。
黒雷を放って逸らすか、光刃を形成し、弾き飛ばすか。あるいは妖精結界の出力に任せて防ぐこともありうる。
しかしローランの予想はどれも裏切られた。
高速飛行の最中にあっても、ふわりと優雅に揺れる漆黒のワンピースの裾をリリィは掴むと、そのまま二枚刃へと飛び込む。それも、生身のまま。
瞬間、全身を球形に包み込む妖精結界が消える。否、自ら解除して消したのだ。
そして妖精の羽と、さらに背負った古代兵器の塊たる『ルシフェル』から放たれる赤い燐光の推進力で飛びながら――――『輝円双斬』の隙間を、ギリギリの距離で通り抜けた。
何てことはない、リリィはただ身一つの回避で、ローランの斬撃を潜り抜けたのだった。
「なるほど、化物め……」
自分がどこか、この妖精を甘く見ていたことを自覚する。
リリィは使徒のように、特別に神に愛されることで絶大な力を授かっている。それは半分正解でもあるが、半分は誤りでもある。
なぜならば、授かった力を適切に使うのも、その力を引き出すのも、また別な才能と鍛錬を要するのだから。
リリィは、そのどちらも欠いたことはない。クロノと出会った、あの日からずっと。
いずれ魔王となる男の隣を歩き続けるには、力が必要なのだ。
授かった力だけに頼っていればいいものを。しかしリリィがその力を、たゆまぬ努力で磨き上げ、数多の死線を潜り抜けてきたのだとローランは察する。
戦闘経験、直感、推察、判断力。それらはたとえ加護の力を失っても残る、紛れもない自らの力だ。ただ加護に頼るだけの者には、決して到達しえない領域に、彼女はすでに踏み入っている。
「この私を前に、余裕をもって時間稼ぎに徹していられるとは」
リリィが全力を出していないのは明らかだ。
少女の姿と化し、『ルシフェル』と呼ばれる星型の古代兵器を背負った姿は、戦竜機を単独で相手できるほどの力だが、それでもこれが上限ではない。まだまだ切り札、隠し玉、を抱えているだろう。
しかしリリィが、切り札を一枚切ってでもローランとの決着を急がないのは何故か。
ローランは自分がネロに次ぐ戦力の主柱である自覚を持っている。事実、リリィの他に『九天聖痕』を発動させたローランの相手をするのは難しい。ただでさえ空中戦の舞台に上がれる者は限られるのだから。
ならばこそ、これを速やかに撃破すれば、戦力の優位は大きく自軍へと傾くだろう。
「いいや、舐められているのだな、私は」
リリィは自分に対して、速やかに討つべき戦術目標として重視していない。
「あら、そんなことないわよ。だから私が直々に相手をしているのでしょう」
「……迂闊だな、感情的になるとは」
自分の思考をテレパシーで先読みされる、などという愚を犯すはずもない。頭部の聖痕によって精神防護も万全だが……舐められている、と気づいた瞬間につい感情的な高ぶりが出てしまったということ。
自ら抑えられぬ感情は当然、相手にも読まれる。
「私の足止めで十分と考えているか。それほどまでに、魔王軍の力に自信があるようだな」
「道化に率いられた軍勢なんかに、負けるはずがないじゃない」
悔しいが、道理であると認めざるを得ない。事実として、すでに地上戦では魔王軍にすっかり押し返されてしまっている。
単純な兵力の数では、大遠征軍が有利。十字軍の増援によって、魔王軍の古代兵器にも対抗できるだけの余地が生まれている。決して不利な戦力差はなかったはずだが……いざ蓋を開けてみれば、この有様。
自ら指揮を執ることさえ放棄しているネロに対し、魔王クロノは自ら先陣を切って、血路を切り開いている。
強い力を持つカリスマ的なトップを中心にして、魔王軍の統制は行き届いている。
対して大遠征軍は、有象無象の勢力に、弱腰の十字軍の増援。烏合の衆とまでは言わずとも、精鋭と呼ぶには程遠い。一度、戦況不利となれば、あえなく逃げ散らすような心構えの将兵たちである。
「どうやら、速やかに敵を倒さねばならぬのは、私の方のようだ」
「うふふ、もっとゆっくりして行って」
遠からず大遠征軍は総崩れとなる。その時まで、この妖精女王を仕留めることが出来なければ、残った航空戦力が自らへと差し向けられるだろう。
そうなれば、如何に使徒に匹敵する力を持つローランであっても、勝ち目はない。
しかし、ここでリリィを即座に討ち取り、天空戦艦を沈めることができれば、まだ形勢はひっくり返せる。
このレーベリア決戦の勝敗は、自分の双肩にかかっているのだとローランは自覚した。
「妖精女王リリィ、貴様は危険だ。たとえ刺し違えてでも、ここで仕留める」
使徒と並ぶほど絶大な加護を宿し、広大な帝国を統べる支配力。その上、歴戦の戦闘経験を重ねた超一流の戦士でもある。
リリィ自身が魔王と呼ぶに相応しい力と才覚を持ちながらも、魔王クロノに絶対的な忠誠を誓っている。
噂に違わず、やはりこの女こそが魔王軍の要であると、強烈に実感させられた。
たとえこの決戦で大遠征軍が敗れたとしても、ここでリリィを倒すことさえ出来れば――――
「まったくもう、誰も彼も、人のことを魔王呼ばわりして。私はただ、愛する人と森の中の小屋で静かに暮らせればいいだけなのに」
「戯言を。貴様のような支配者がいれば、我らはとうに大陸統一を果たせた」
「あの情けない王子様を担ぎ上げたのは、自分達でしょうに。酷い言いようね、忠誠心はないのかしら」
「私の心にあるのは、使命のみ」
「千年以上も代替わりをしても、与えられた使命に従い続けるなんて、本当に哀れな存在ね」
「妖精とて、神によって作られただけの存在だろう。我らと変わりはない」
「いいえ、貴方達ホムンクルスは、所詮ただの道具よ。私達は愛されて生まれた、どこまでも自由な存在――――だからこそ、愛することができるの。定められた神ではなく、自分で見つけた運命の人を」
リリィの言葉など、ローランには何一つ響かない。何故、リリィがクロノにこれほどまでに付き従っているのか、心底疑問に思っているほどだ。
合理的に考えれば、リリィが頂点に立つべきである。クロノは優秀な将軍として下につけて置く方が効率的。それでも愛という感情を優先するならば、帝国の奥深くで保護していればいいだろう。
理解できない。千年を超える長きに渡って、ただ使命のみを継承してきたローランには。
あるいは、あまりにも長い時を経たせいで、受け継がれる使命は呪いとなって、決して逃れられない呪縛と化したのかもしれない。
自由など許されない。使命を果たせ。神のために。
故にローランは、己の身を顧みることなく、リリィを討つために死力を尽くす選択を迷わず選んだ。
「いざ――――」
時間経過は向こうの有利。撃ち合いでは埒が明かない。ならば、こちらから斬り込むより他はないだろう。
規格外の戦闘力ではあるが、基本的にリリィの立ち回りは妖精のものだ。自在に宙を舞い踊り、光属性の攻撃魔法を中心に中遠距離で撃ち、万能の結界で身を守る。
接近戦用に巨大な光刃を振るうことも出来るが、剣の間合いとなれば、やはり武技を修めた本職の騎士にこそ分があるだろう。
ローランは十全に白色魔力が行き渡った騎士剣を携え、リリィへと迫る。
「嫌だわ、本気にさせてしまったかしら?」
先ほどまでの小手調べのような攻撃を止め、鬼気迫る勢いで飛んでくるローランを前に、リリィは眉をひそめる。
こうなっては仕方がない。こちらもギアを一つ上げなければ。
「『サンライズハート』始動」
リリィ専用機甲鎧『ヴィーナス・ルシフェル』、その心臓部は『プラネットリアクター』という古代のパーツは利用しつつも、ほぼ現代の魔法技術によって新造されたエーテルリアクターである。
古代製のコアをメインとして、複数のサブコアを周囲で回転させることで出力を生み出す機構は、これまでのリリィの戦いによって十分に機能していたことが証明されている。
しかしながら、初めて実戦投入されたベルドリア攻略戦より、リリィが全開でこれを使うことはなかった。因縁の第十一使徒ミサを相手にした時も、拍子抜けするような決着となった以上、リリィ自身が全力を尽くして戦うべき相手はいなかったのだ。
だがしかし『九天聖痕』へと至ったローランならば、その力を引き出すに値する。
メインコアは古代で製造された本物の戦人機用エーテルリアクターの物を使っているが、リリィはここにも手を加えていた。
『紅水晶球』。妖精と最も親和性の高い魔力結晶――――しかしその正体は、妖精女王イリスが手にかけてきた数多の恋敵達の血の結晶という呪物だ。
ルルゥから奪って新たな『紅水晶球』を持つリリィは、これをメインコアとして利用することにしたのだ。
サブコアが周回する様が惑星のようだと言うならば、中央で最も強い輝きを放つメインコア『サンライズハート』は太陽である。
組み込まれた『紅水晶球』が宿した呪わしい、けれど妖精にとっては何よりも純粋な力が引き出される時、『ルシフェル』は更なる力を解き放つ。
「さぁ、行きなさい――――『流星剣士』」
変形時と同じように星型を形成する錐型のプレートがスライドする。六芒星の形状をした、六つの頂点から二本ずつ、赤いエーテルラインの浮かぶ剣が飛ぶ。
それはクロノの『魔剣』のように、自ら手で握らずとも浮かび上がり、合計十二本の浮遊する剣がリリィの前に整列した。
それらの刀身が爆ぜるような真紅の輝きと共に――――
「リリィだよー」
幼いリリィへと変身した。
その姿は正しく、かつてリリィにとり憑いたエンヴィーレイと同じ。赤一色の光によって象られた、純粋な魔法生命である精霊同様の形態である。
ニコニコ笑顔で名乗りを上げる、十二人のレイ。
いいや、リリィの魂には最早、エンヴィーレイの残滓など一欠片もありはしない。嫉妬心を煽るモンスターを宿した経験と理解によって作り上げた、分身――――すなわち、自律兵器である。
「なんだソレは、幻影か……」
「行っけー!」
「わぁー!」
「撃て撃てー!」
ただの目くらましか、と疑った次の瞬間、十二体の分身が一斉に散開して光線を乱射してきたことで、非常に厄介な攻撃であることを悟る。
分身は見た目通りに幼児が遊ぶような声をキャッキャと上げているが、その光線一発に込められた威力は直撃すれば今のローランにダメージを通すほど。ただの人が生身で受ければ一瞬で貫通するか、焼き切れるか、という立派な殺人光線だ。
それを四方八方に撃ちまくる、ように見えて、的確にローランとその進路、回避方向を潰すように空間を圧している。
見た目に騙されてはいけない。この十二体の分身は、全てリリィ本体によって正確無比に制御されている。
「くっ、ありえん……これほどの自律兵器など、古代には無かったはず」
ローランが生み出された古代末期。龍災に対抗するため様々な兵器が誕生した中で、自律兵器の構想もあった。しかし、操縦者が単独で複数の分離独立した兵器を操るのは、不可能ではないが実戦的ではない、と結論づけられ開発は止まった。
そしてソレは、魔王ミアの生きた戦人機全盛期でも同様である。自律兵器は、極一部の卓越した演算能力を持つ者にしか扱えない、欠陥兵器だと。
だが逆に、もしも戦場で何機もの自律兵器を従える機体と相見えたら――――死を覚悟しろ。ソイツは紛れもなく、敵のスーパーエースに他ならない。
「あー、逃げるなー」
「そっち言ったらダメー」
「フツーにダメー」
実に愛らしいはしゃぎ声と共に、殺人光線の嵐がローランに殺到する。
「まずい、これは――――『光翼天盾』」
左手に持つ盾を起点として、瞬間的に発動できる最大限の防御魔法を行使。神々しい蒼白の光と舞い散る羽のようなエーテル光を発しながら、全身を覆う巨大な光の盾が出現した直後、白と黒の重い光の奔流が叩きつけられた。
分身達が飛び回る向こうで、『メテオストライカー』と『スターデストロイヤー』の二丁を構えたリリィが、ローランを見下ろしながら微笑んだ。
「何ということだ、こちらが攻めるつもりが……」
防戦一方に押し込まれてしまっている。
分身によるオールレンジ攻撃だけでも厄介なのに、リリィは自らも余裕をもって攻撃に参加できる。つまり分身操作はリリィにとっては、身動きできなくなるほど集中力をつぎ込まねばならない、必殺の切り札ではないということ。
あくまで自身の戦いをサポートさせるための、通常兵器に過ぎない。一体、どんな頭脳をしていれば、自分自身が等分されるような危険極まる分身操作を戦闘中に行えるというのか。
ローランの想像の埒外だが、たとえ古代のエースパイロットであろうとも、一国の情報をリアルタイムで自分に集約させて監視・分析・命令をこなす女王の日常など考えられないだろう。
「しかし、ならばこそ私のすべき事に変わりはない!」
光線の隙間を縫うように、多少の被弾は覚悟で突っ切る。
元より刺し違える覚悟で挑んでいるのだ。敵の攻撃の圧が強まった程度で、怯んでなどいられない。
分身に囲まれ滅多撃ちにされるこの状況は、そう長くは続かないだろう。だが、今すぐ自分が撃墜されるほどではない。
チャンスは一度でもあれば十分。その一撃に全てを賭けるまで。
「貴様のようなイレギュラーが神敵として立ち塞がるなら、それを排するは我が千年の果ての使命に相応しい」
回避不能、あらゆる死角から飛んでくる光線に防御魔法を削られながら、ローランは飛ぶ。最低限の回避機動でジグザグに動きながらも、着実にリリィへの距離を詰めて行く。
「ここから先はダメー!」
「スターソード!」
二体の分身が真っ赤な輝きの光刃を形成して斬りかかって来る。
ここで真っ向から斬り結んで足を止めれば、四方から集中砲火を受けて落とされるだろう。
強引にでも、多少の犠牲を覚悟で突っ込む。
「退けぇ! 『天翔剣舞』!!」
連撃武技でもって、止まることなく光の剣を振るう。
磨き抜いた騎士としての剣技に神の加護によって燦然と光り輝く刃は、戦場の真ん中で振るえばどれほどの兵を斬り捨てられるだろう。
そんな一騎当千の剣もしかし、目の前に迫り来る二振りの『流星剣』を逸らし、分身を押しのけ、致命的な位置に飛んでくる光線を叩き落とす、自らの進む道を切り開くのでやっというところ。
それも致命傷を避けたというだけで、無傷ではない。
分身の『流星剣』は光の翼を僅かに切り裂き、その輝きを解れさせている。
僅かな体勢の崩れ、かすかな失速。その隙を突くように、追撃が降って来る。
「最大照射」
「バーストぉ!」
「どーん!!」
天罰が如く、降り注いでくるのは光の柱。
本体と分身から放たれる大きな光の奔流がローランに迫る。回避の隙間はない。故に、覚悟を決めて突っ込む。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
少なくないダメージを承知で、分身の放った大光線の一つに自ら飛び込んだ。
『光翼天盾』の宿る盾を掲げるが、真紅の光は聖なる白光を蝕むようにジワジワと削れて行く。
だが、今この時だけ耐えられればそれでいい。
削れ行く盾と、積み重なるダメージの中にありながらも、ローランは反撃の用意を済ませる。
そうして、最小限の傷で分身の光線を抜ければ――――頭上を覆うほどの巨大な魔法陣がすでに展開されていた。
「必殺技の準備は、そちらもしていたということか」
リリィもこの一撃で決めるつもりだろうと、瞬時に察する。
最も得意な光属性。白き神の加護を得た自分に対して有効な属性ではない。だが有利なはずの耐性を遥かに凌駕する破壊力を叩きだす自信があってこその選択だ。
そしてそれは決して過信ではない。その技を放てば、正しくローランを必ず殺すだろう。
「ならば撃たせる前に、仕留める――――」
元よりそのつもり。リリィは必殺の大魔法を行使するために、まだ少しばかりの時間を要する。
こちらが反撃の一手を打つ方が早い。
「――――『聖天翔閃』」
本来は槍の投擲武技だが、この局面においては右手の騎士剣を投げる。最も早く、それでいてリリィを貫く威力を期待できる。
まして相手は大魔法の発動をするため、動きを止めた状態。僅か数秒、だが戦闘中ではあまりにも致命的な隙である。反撃の一手を差し込むには絶好のタイミング。
「『妖精結界・四重層』」
「カルテットー!」
「行くぞぉー!」
「おおぉー!」
無論、リリィとて万全の防御を期している。悠長に巨大魔法陣を展開していられるのは、分身達による『妖精結界』の強化があればこそ。
リリィの前に三体の分身が集まり、それぞれが結界を展開。四層の多重結界と化して守りが固められた。
武技の威力に高密度の白色魔力による破壊力が上乗せされたローランの剣は、途轍もない貫通力をもってリリィへと迫るが、
「うわぁー!」
「やーらーれーたー」
ガシャン、とガラスが割れるような衝撃音と共に、分身が吹き飛ばされてゆく。
しかし三層分の結界を貫くだけで威力を減衰された刃は、リリィ自身の結界へ届く頃にはその速度を完全に殺されていた。
「これでも、届かぬか……」
剣を投げた以上、もうこの手に敵を斬るための刃はない。
付け焼刃の光刃や攻撃魔法では、リリィには届かないだろう。
しかし、ローランの手はまだ尽きてはいない。
「私の全て、魂を燃やし尽くしてでも――――」
妖精女王リリィ。この最悪の神敵をここで滅す。
ただの人間ではない、人造人間だからこそ、意図的に身体のリミッターを解除することが出来る。それは身体能力だけでなく、魔力も同様。
己の身を亡ぼすほどの過剰な魔力供給を、九つの聖痕によって実現させる。その莫大な魔力量はオーラと化しても尚、処理しきれないほどローランの体内で荒れ狂う。
そのまま自爆でもしようかというほどに、膨大な魔力を無理矢理に体内に押し留めて圧縮し、ローランの全身は眩いほどの光を放つ。
これを撃てば、恐らくはそのまま死ぬ。その予感がむしろ心地よくすら感じられた。
あまりにも長く続いた使命の終わりが、もう目の前まで迫っている。
「我が魂は白竜と共に――――『白竜神砲』」
正しく本物のドラゴンブレス。
愛騎たる白竜エーデルヴァイスが放つ、全身全霊のブレスと同等、あるいはそれ以上の威力となって、解き放たれる。
ローラン・エクスキア、最大にして最後の一撃を前に、リリィは必殺の魔法を完成させる。
それは自分にとって最も使い慣れた光の大魔法――――『星堕』。
「تألق نجوم تحطم يهلك(輝く星も滅びて落ちる)」
詠唱の完成と共に、頭上に描かれた巨大な魔法陣より、七色に輝く隕石が現れる。
その質量、熱量、圧倒的な破壊力でもって敵を滅す、妖精族の奥義。
だがしかし、リリィが妖精の森をクロノと共に出て行ってより、この奥義をもってしても通用しない強敵ばかりが立ちはだかってきた。『星堕』は、強力だが必殺とは言えない魔法となってしまった。
けれど、『ルシフェル』を背負い、変身時間も伸びて余裕をもって戦えるようになってから、改めてリリィは思った。『星堕』が弱いのではない。自分が使いこなしていないだけではないか、と。
『妖星墜』は隙も消費も大きすぎる。だが『星堕』ならば、極めたと思っていたこの魔法をさらに磨き上げることが出来たなら、再び必殺を冠するに相応しい奥義へと高めることが出来る。
故に、リリィは『九天聖痕』ローランを葬るに足る技として、これを選んだ。
「――――『星堕』」
振り上げたリリィの小さな拳が握られた、刹那、隕石が消える。否、縮んだのだ。
直径十数メートルの隕石が、リリィの指先で直径数十センチへと。
高密度を遥かに超えた超密度。この小さな光の玉に、一体どれほどの魔力がつぎ込まれているのか。
それを知るのは術者たるリリィと、魔法を受ける敵のみ。だが、悟った瞬間には全てが終わっているだろう。
故に、ローランが知ることも無い。
「どーん」
愛らしいウインクと共に指をさした先から、小さな『星堕』が放たれる。
それは一発の弾丸のように。
煌々とした虹色の軌跡を描いて、下から怒涛の如き勢いでもって迫り来る白竜のドラゴンブレスを――――貫いた。
キュォオオオン――――
と、不思議と甲高い音が響く。
その瞬間にリリィが見たのは、ドラゴンブレスが割けて散って穴が開く光景と、その向こう側で同じく胸に大穴が穿たれた人造天使の姿。
「……」
微かに動いたローランの口は、何を呟いたのだろう。神への祈りか。敵への恨みか。
リリィがそれを聞き届けることはない。所詮、相手はホムンクルス。人によって作られた、神のための道具。
愛を知り、人になれなかった、哀れな存在に過ぎないのだから。
ドッ、ゴゴゴゴォオオオ……
そうして『星堕』はローランの体を通り過ぎた直下で大爆発を起こす。地面に直径50メートルものクレーターを穿つ破壊力が、宙で解き放たれたのだ。
その巨大な爆発範囲に飲み込まれ、すでに聖痕の力を失ったローランの死体は跡形もなく消え去って行く。
「ふぅ……思ったよりも、消耗させられたわね。『ルシフェル』反転起動解除」
分身を収納し、再び『ヴィーナス』へと戻したリリィは、少女の姿のまま立っていた。
使徒モドキとはいえ、騎士として超一流の実力を持つローランを相手に、多少の消耗は避けられない。少々の疲労感が全身を苛む。
「けれど、もう戦いも終わるようね」
決戦は概ね想定通りに進み、帝国軍の反撃によって大遠征軍は完全に本陣まで押し込まれている。戦況はすでに終局に向かっているといっていい。
ここまで追い込めば、流石にネロも出て来るだろう。
クロノが約束通りに、一騎討ちをするためネロの前までやって来るまで、もうあと僅かといったところ。
「これ以上、もう私の出番は無いだろうけれど……用心はしておかなくちゃ」
後はクロノにネロの相手を任せれば、それでいい。
ミサの時のように、『アンチクロス』総出で包囲するような必要もない。
リリィはすでに知っている。クロノが確実にネロを殺す手段を、すでに手にしていることを。
後は想定外に対する警戒をしつつ、黙って見守っているのが、この戦場で残された自分の役目である。
「カッコいいところ、見せてよね、クロノ」
2024年9月13日
いよいよ次回、第1000話を迎えます。話数四桁の大台に入る時を、見届けていただければ幸いです。
その前話となる999話は、やはり不動のメインヒロイン、リリィが相応しいと思い、ここでローラン戦となりました。
さて、今回リリィが解放した新たな『ルシフェル』の機能である『流星剣士』でお察しかと思いますが、要するにファンネル、より正確にはドラグーンになります。
というのも、リリィが星型に変形した『ルシフェル』を背負う装備は、私が一番好きなモビルスーツである『プロヴィデンスガンダム』をイメージしているからです。放送当時、最終回直前に出てきて圧倒的な存在感と、無敵のフリーダムとほぼ相打ち近くまで持っていく大暴れぶりの衝撃は、今でも忘れられません。理想的なラスボス機体であり、ラストバトルだったと思います。
ガンダムブレイカー3でもパーツを愛用していました。プロヴィはあのどっしりした下半身がいいんですよね。ちょうどガンダムブレイカー4も出たばかりなんで、またお世話になります。
そしてMGの箱絵も超カッコいいので、見たこと無い人は一見の価値アリです。
自律兵器みたいな使い方としては、本編でも言及されたようにクロノの『魔剣』が初期のころからずっとありますが、この技はあくまで手数を補うサポート的な面が強く、それほど圧倒的な強さを強調して描いたことはないです。
なのでいわゆるファンネル的な強さの自律兵器が『流星剣士』となります。全方位から撃ちまくってくるし、近接用のビームソードも出るし、Iフィールドのバリアも張れる全部盛りみたいな機能性は、光魔法チートのリリィだからこそです。
そして決め技は元祖必殺技『星墜』。隕石圧縮して威力と速度アップ、という強化ネタはずっとあったんですけど、結局ここまで引っ張るハメになりました。リリィも全力戦闘する機会が、めっきり少なくなってしまったんで・・・でも久しぶりに本気で、強敵相手に終始圧倒し続ける、リリィらしいバトルが描けて満足しています。
それでは次回、第1000話もよろしくお願いします!