第993話 レーベリア会戦・ヴェーダの降伏
「クロノ様っ!」
応急処置を終えて煙幕から出ると、いまだに泣き顔のレキとウルスラが駆けよって来る。
「ウォオオウッ!? ホントにもうくっついてるデス!」
「嘘、もう立って歩けるの……?」
「加護のお陰でな。ほら、もう剣だって振れる、安心したか」
死人が出歩いているかのような驚きぶりの二人に、『天獄悪食』を左手でブンブンして回復アピール。実際、すぐに戦えるくらいのコンディションに戻っていないと困る。
「やったな、流石はクロノ。ヴェーダの大将を討ち取ったな」
「正直、死ぬかと思った」
「もう、心配させないでよね……アンタが魔王様なんだから」
次に顔を見せたのはカイとシャルのコンビ。無論、ただ声をかけに来ただけではない。今は俺を囲うように、副官エリウッドを筆頭に盾を構えた重装歩兵が並び、全方位へ警戒態勢を敷いている。
俺とゾアの一騎討ちはヴェーダ側も承知済み。勝負がついた直後に、すぐ襲い掛かって来るような真似はしないが、大遠征軍はその限りではない。
勢い込んで襲い掛かられても、即座に対応できるようカイはしっかり陣形を組んでくれていた。
「さて、ゾアの首は獲ったが……」
ヴェーダ傭兵団は、ここからどう出るか。
ゾアが倒れた場所には、すでにヴェーダ傭兵が集まっている。
そこへ俺が一歩を踏み出せば、彼らは武器を抜くことなく、並んで道を開ける。その先には首のない老人の遺骸と、ゾアの首を手にした……なんだ、この人、狐の獣人だろうか?
ヴェーダの黒い羽織に映える、真っ白い毛並み。細身の体つきから女性であることは分かるが、狐の顔付きそのものだから表情は正確に伺えない。だがしかし、酷く疲れたような、そんな雰囲気を感じる。
とりあえず、今すぐ敵討ちを叫んで斬りかかって来ることはなさそうだ。
「私は『唯天』ゾアの九女。ヴェーダ大老院議長にして『三柱』を務めさせていただいております、シータと申します」
手を組んで深々と頭を下げるヴェーダ式の礼だ。
大老院は、ヴェーダの政治を司る議会だ。それでいてゾアの娘で、『三柱』に至る強さを持つ。考えるまでもなく、法国においては天子とゾアに継ぐお偉いさんであろう。
「我々、ヴェーダ傭兵団は『唯天』ゾアの死を以て、エルロード帝国へと全面降伏いたします。我ら仙位を頂く全員の首にて、お詫び申し上げます。何卒、天子様と法国の民には、魔王陛下の寛大なお慈悲を賜りたく存じます」
「降伏を受け入れる。すぐに武装解除し、こちらの陣地へ投降せよ。仙位持ちの処遇については、追って伝える。勝手に死んで詫びようなどとは、思うなよ」
「ははぁ! クロノ魔王陛下のお慈悲に感謝いたします!」
シータと共に、その場にいるヴェーダ傭兵全員がひれ伏した。
誰にも相談せず、ノータイムで降伏を受け入れてしまったが、戦場のど真ん中で悠長に考えている暇はない。双極から下の仙位持ちを残し、まだまだ十分な戦力があるヴェーダ傭兵団が、ここで丸ごと抜けてくれれば戦況は一気に優位となる。それだけで、彼らの降伏を受け入れる価値は十分あるだろう。
だが、それ以上にヴェーダ傭兵団がもう敵対する理由が無くなったことは、他でもない俺自身が知っている。
「ヴェーダが帝国に敵対したのは、ゾアの意志によるものだろう」
「よもや、お気づきになられるとは……しかし今更、言い訳のしようもございません」
「いいんだ、ゾアの五百年に及ぶ強い思いは、この決闘でしかと受け止めた。最早、俺にヴェーダへ対する恨みはない」
トップ同士が決闘して決着をつけたのだ。ゾアはその死を以て、責任を果たしたということにするのが一番だろう。
まさかただの私怨で、ヴェーダほどの武力を持つ国が総力を挙げて敵対してくる、というのは予想外だった。こんなの開戦前に、幾ら調べても分からなかっただろう。
もしもゾアと決闘せずに勝っていれば、帝国はこれから先ずっと、ヴェーダの理由なき敵対を疑い続け、今後の統治に大きな影響を残すこととなったはずだ。余計な遺恨は、今ここで流しておくのが、大勢の人々のためになる。
「本当に、感謝の言葉もございません。我らが父上の暴挙を止めるのみならず、その因縁まで理解してくださるとは」
狐の目にも涙。ああ、この人、メチャクチャ苦労したんだろうな。
帝国と敵対するなんてとんでもないと思っていても、ゾアの意向に逆らえる者などヴェーダには一人もいない。
娘であり議長でもある彼女は、決して曲げぬゾアの意志と、その決定に不服を申し立てる配下達の間で、圧死しそうなほどの板挟みであっただろう。多分、天子からも何とかしてくれないかと泣きつかれたに違いない。
年甲斐もなくポロポロ涙をこぼす哀れな白狐の姿に、ついつい撫でたくなるが、ここは我慢。馴れ馴れしい魔王とか、相手も困るだろう。
「俺達はこのまま敵本陣へ進み、ネロを討つ」
「はっ、すでに全軍に戦闘停止を伝えております。魔王陛下のお邪魔はいたしません。どうぞ我らのことはお気になさらず、先をお急ぎくださいませ」
話が早くて助かる。こっちもヴェーダ傭兵団の投降が完了するまで、大人しく待っているワケにはいかないからな。
大遠征軍の陣中から、急に抜けるとなれば危険もあるだろうが、俺達の攻勢で戦場も随分と荒れている。彼らの実力があれば、ここを抜けて帝国軍陣地へ向かうことも大した問題ではないだろう。
「さて、話はまとまった。すぐに先へ進むぞ、カイ」
「おうよ。とりあえず、露払いは俺達に任せて、クロノはゆっくり休んでてくれよ。ウチのエースヒーラーをつけるぜ」
「助かる」
そうして、再びメリーに跨り進軍を再開。俺の両隣にはすぐさま、第一突撃大隊の誇る腕利きのヒーラー二人がついて、実に丁寧な治癒魔法をかけてくれたのだが、やたら威圧感のある巨漢のハゲとヒゲモジャで、ちょっと息苦しい感じがした……
閃光、爆発、炎上――――荒れ狂う戦場の只中で、哀れな悲鳴が上がった。
「こっ、降伏ぅ! 降伏するからもう止めてぇえええええええええええええっ!!」
そのあまりにも見事な敗北宣言に、サリエルは武技の威力を乗せて繰り出していた『反逆十字槍』の穂先をピタリと止めた。
あと3センチでも進めば、無様に這い蹲って突きあがった恰好の尻に、神に逆らう刃が突き刺さっていたことだろう。
「姉ちゃん!!」
「姉上ぇ!?」
「お前ら止まれ! これガチ降伏だから、もう戦いは終わりだっての!!」
サリエルが槍を止めたことで、姉を救うチャンスと見て動こうとしていた弟二人を、声を張り上げて制止した。
「本当に、降伏するのですか?」
「するする、今すぐしますぅ! ウチの大将、『唯天』ゾアが死んだの、もう戦う理由はヴェーダ傭兵団にはないからぁー!」
『四聖』の長を名乗る双剣使いのメガネ女は、ケツを振りながら必死に降伏の正統性を訴えかける。
サリエルとしても、クロノとゾアが決闘をしているだろう、二人の壮絶な魔力の気配を離れた戦場であっても感じ取っていた。いや、魔力察知に鋭いサリエルでなくても、あの二人の戦いの気配を感じない者はいなかっただろう。
そして、その強烈な魔力の波動はつい先ほどからすっかり収まっている。すでに決着がついたと見るべきだ。
べきなのだが、サリエルは穂先でちょっと目の前の尻を突いてしまった。
「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいい!? さっ、刺したぁ! 今なんで刺したぁっ!?」
「……以前、見事な降伏宣言から、背中を撃たれたことがある」
「私そんなことしないって! ほら私、誇り高きヴェーダの『四聖』だしぃ! 卑怯な騙し打ちなんて絶対しないからガチで、これマジホントの話だから!!」
なんかこの女、芸風がピンクに似てて嫌な予感がする、とサリエルの鋭い直感が訴えて仕方がないのだが、確かにこの状況から信用できないから刺し殺すのはあんまりだろう。
ガラハド戦争の時に、やっぱ仲間の仇ぃ! と弓を引いたピンクのように襲ってきたとしても、何とかなるだろうとサリエルは割り切った。
「だからほらっ、アンタらも早く武器捨てなさいよ!」
「マジでゾア様が、死んだのか」
「信じられん、あのヴェーダの頂点に君臨せしお方が……」
「いい加減、アンタらでも気づいたでしょ。五百年生きても最強だった化物ジジイは死んだの。今、一つの時代が、終わったのよ」
しみじみと言いながら、ゴロンと大の字で寝転がる四聖姉貴。サリエルはまだ槍を構えているというのに、その態度はあまりにも図太い。
「言っとくけど、ネロとかいうボンボンについたのは、全て『唯天』の意向だから。こんな奴に味方なんてするべきじゃない、ヴェーダのためには帝国に与するべき、ってみんな思ってたけど、誰もあのジジイには逆らえないから。だから死んだ瞬間、即降伏するわよ。今頃、シータの婆様が首差し出す覚悟で魔王様に詫び入れてるとこだと思う」
「……どうやら、そのようですね」
そこでサリエルの元にもテレパシー通信が届き、クロノが決闘で『唯天』ゾアを討ち取り、それをもってヴェーダ傭兵団は全面降伏をする、と簡潔な内容を受け取った。
「ヴェーダ傭兵団の降伏を認めます」
「はい、それじゃあ終わり、終了、解散! ちょっと、いつまで槍向けてんのぉ、アンタ怖いんだけど!」
無表情、態度が冷たい、もっと人の温かみを、と好き勝手な文句を叫びながら四聖姉貴は意気揚々と撤収準備に入った。
「くれぐれも、このまま戦線離脱しないように。ヴェーダ傭兵団、特に仙位持ちの処遇はこれから決まる。真っ直ぐ帝国軍陣地へ投降する様子が見られない場合は、逃亡と見做して処分する」
「い、いやだなぁ、そんないきなりバックれるような真似、するワケないじゃなーい。私、『四聖』よ、全てのヴェーダ戦士のお手本になる品行方正な良い子の美人で通ってるから」
絶対このままドサクサ紛れで国に帰るつもりだったな、と分かりやすい邪心を見抜きながらも、サリエルはひとまず見逃すこととした。いつまでも、こんな女の相手をしていられるほど、暗黒騎士団長は暇ではない。
「ヴェーダ傭兵団との戦闘を、今すぐ停止せよ。ヴェーダ傭兵団は全面降伏した」
帝国軍の要、優秀なテレパシー通信網によって状況は速やかに伝わっているだろう。それでもサリエルは団長として声を上げて命令を発し、一刻も早い戦闘停止と状況の収拾にあたる。
「ちいっ、いいとこだったんだけどねぇ。ゾア様が敗れちまったんなら、しゃあないか」
「そうか、魔王陛下が勝利されたのか」
実に渋々といった様子だが、それでも『双極』ガオジエンは溢れ出る闘気を沈めながら、大人しく決闘を中断した。
対する将軍エメリアは、クロノ勝利の一報に、かつてガラハド戦争にて竜王ガーヴィナルを退けたレオンハルト王の姿を重ねた。
「……これで終いとは、無念。良い、勝負だった」
「君みたいに強い人とは、次は肩を並べて戦いたいけどね」
同じく『双極』シャニも剣を収めて引き下がる。
ファルキウスは加護の力を鎮めながら、どこまでも爽やかな笑みを浮かべてヴェーダの降伏を喜んだ。
「ヴェーダ傭兵団は退いた。残る敵機甲騎士団を速やかに始末せよ」
こちらは元々、敵の主力たる機甲騎士団との正面戦闘を演じていたのだ。ヴェーダ傭兵団と直接やりあっていたのは、決闘組みだけである。
きちんと兵士を連れてきているのにも関わらず、決闘するだけで他の者が動かなかったのは、最初からこうなることを見越していたのだろう。
「おーい、団長さんよ、こっちは決闘が半端に終わって燻っちまってんだ」
「許しが出れば、今すぐに助太刀いたそう」
「ええー、もう降伏したんだから、後はのんびり魔王軍の雄姿を観戦してればよくなーい?」
「あぁん、ヴェーダ戦士が黙って下れるかい! 首の一つも手土産に出来ないようじゃあ、カッコがつかないだろうが!!」
「まったく、『四聖』になってもお前のサボり癖は相変わらずだな」
「ギャアアアアア! ガオ姉さん、ストップ! 嘘嘘、冗談だから! 誠心誠意、戦働きさせていただきますぅ!!」
「ふん、弟にばっか働かせんじゃないよ――――それで、どうだい団長さん」
「協力、感謝します」
「ハッハァ! そうこなくっちゃな!!」
今さっきまで敵対してきた相手をいきなり味方として取り込むことに、当然リスクはあると思っているが、天秤はメリットの方へと傾いた。
「『暗黒騎士団』は、まだ練度が低い」
去年、一昨年、生まれたばかりの人造人間でほとんど構成されているのが『暗黒騎士団』だ。元々、支持基盤も何もない冒険者に過ぎなかったクロノが、信用できる近衛を揃えようと思えば、こうするより他はないというリリィの判断をサリエルも理解している。
しかし、だからこそ熟練の実力者は少ない。副官アインを筆頭として最初のホムンクルス達でさえ、冒険者ランク5にはまだ少し届かないであろう。純粋な戦闘能力でいえば、第一突撃大隊には確実に劣る。
クロノがそちらの方へ合流する、となった時に強く反対しなかったのも、軍団としての強さが申し分ないとの判断があったからこそだ。
今の戦況では、やはり量産機である『黒鬼』の損耗率が高い。次いで高級量産機である『黒金鬼』、そして古代鎧『ヘルハウンド』を賜った騎士でさえ、すでに数名が討ち取られている。
魔王の近衛と名乗るには、まだまだ弱い。十字軍にはこれから更に機甲鎧の配備が進み、幾つもの機甲騎士団が編成されるだろう。そしてさらにその先には、最強の『聖堂騎士団』も控えている。
この戦場を自らの力だけで悠々と突破できるほどにならなければ、手遅れになるかもしれない。今回はまだ『テンペスト』の助力を受け、ここからさらにヴェーダ傭兵団が寝返ったことで、負けることはない。
けれどこれから先のことを見越せば、素直に勝利を喜んではいられないのだ。
「その程度の相手も倒せないのであれば、まだ貴女にマスターの隣に立つ資格はありません、プリム」
今この瞬間も、敵エース機との戦闘を続けている『ケルベロス』の気配を感じながら、サリエルはそう呟いた。
「ウォオオオオ――『戦血波濤拳』っ!!」
ガシュレーの突き出した両手から放たれた、真紅の衝撃波がプリムを襲う。
「くっ、うぅぁああああああ――――」
辛うじて肩にマウントされた盾で受けるが、直撃の威力を防ぎきるには足りない。鍛え上げられた武技の破壊力に、重厚な『ケルベロス』も地面を転がって吹き飛ばされた。
揺れる視界には、草の緑と空の青が連続して映る。
敵を見失った。どこに、と探そうとした時には、すでに自分が致命的な隙を晒してしまっていることにプリムは気が付いた。
「終わりだぜ、クソ犬野郎ぉ――――『鉄血拳』!」
「――――『火矢』」
トドメの拳が振り降ろされようとした瞬間、ガシュレーに火球が襲い掛かる。
耳に届いた響きから、ただの下級攻撃魔法と高を括ったが、第六感が危機を訴えていた。そして視界を向けた瞬間に、やはり戦場では自分の勘に従うのが一番だと改めて実感させられていた。
クソが、これのどこが『火矢』だ。
想像以上にデカい火球が飛んできたこと、そしてソレが一つどころか、十も二十も連続して飛来してきていることに、心中で悪態を吐きながら、回避行動へ映った。
着弾した幾つもの『火矢』が爆炎を噴き上げ、ブーストを吹かしながら間合いから逃れるガシュレーの姿が黒煙の向こうに消えたのを見送って、プリムはようやくその身を起こした。
「随分、苦戦しているようですね、メイドさん」
「……フィオナ様」
窮地に現れた意外な人物に、プリムは驚いた。
フィオナ・ソレイユ。帝国の魔女、最大火力、魔王の花嫁にして……あの女王リリィ最大のライバル。
堂々とクロノの隣に立ち、リリィと真っ向から勝負できる、プリムからすれば遥か天上の人である。自分のような人形風情、気にもかけないと思っていた。
事実、名前も覚えておらず、ただヒツギと一緒に賑やかしのメイドをしていたな、という曖昧な認識しかフィオナにはない。
けれどもう一つ、フィオナはプリムに対して覚えていることがあった。この生まれて一年にも満たないホムンクルスは、何故か『淫魔女王プリムヴェール』の加護を授かっているということを。
「淫魔の力を高めるお薬があるのですが、使ってみませんか?」
2024年8月2日
投稿数だけだと、ついに今話で1000部となります。正式な1000話まで、あともう少しなので、是非とも見届けて欲しいと思います。
それから、今回から『呪術師は勇者になれない』の第二部の連載を開始します。
外伝を読みながら待っていてくれた方は、どうぞお楽しみください。まだ読んだことなかったという方がいれば、この機会に第一部からどうぞ。第一部は大体、『黒の魔王』の半分くらいの量なので、ここまで黒魔を読み進めてくれた方ならサラっと読めるでしょう。
それでは、どうぞお楽しみに!