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黒の魔王  作者: 菱影代理
第7章:迎撃準備
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第99話 夏越しの祭り(1)


 本来は夏越しの祭りが行われたはずの新陽の月30日は、前日と変わらぬ迎撃準備で過ぎ去る――はずだった。

「な、何だこれは……」

 防壁の工事現場から陽が暮れたのでギルドへ戻ってみれば、ロビーには提灯に良く似た光を放つ飾りつけがそこら中に施され、殺風景な広間が一変してお祭会場の装いだ。

 おかしい、俺が昼過ぎにギルドを出て行ったときには見慣れたロビーだった、ということは外出中にこの飾りつけが成されたってことなのか?

「おう、帰ってきたなクロノ」

「ヴァルカンか、なんだこの――ってお前の格好もなんだよ!?」

 現れたヴァルカンは、厳つい狼ヘッドに捻り鉢巻、それとどうみても法被はっぴにしかみえない薄手の衣服を灰色の巨躯に羽織っている。

 ちなみに法被にはこっちで『夏』を意味する文字が背中にデカデカと描かれていた。

「そりゃお前ぇ、今日は夏越しの祭りだろうがよ、ほら、みんな待ってんだ、さっさと着ろや」

 常識を疑われるような眼差しを向けられつつ、ヴァルカンから法被と鉢巻を押し付けられる俺。

 聞いてねぇよ、夏越しの祭りやるってのも聞いて無いし、そもそもお祭りコスチュームがトレース疑惑かかるくらい和風なのも聞いてない、これに加えて褌まであったら訴えて勝てるぞデザイン的に。

「なに辛気臭い顔してやがる、敵は今頃ワト村占領すんのにかかりきりだ、今日中には来ねぇよ」

「そ、そうか――」

 確かに、敵の進軍具合からいって明日1日くらいは確実に余裕があるというのは偵察の報告で明らかになっている。

 なら今夜、折角の夏越しの祭りをパーっとやるのも有りかも知れない、いや、このロビーに集う冒険者達から向けられる期待の篭った視線を受ければ、無しという選択肢は有り得ない。

「――分かった」

 俺はすでに自分のトレードマークと化している黒ローブを脱ぎ、その下に着るシャツも脱ぎ捨て、上半身裸になって法被に袖を通す。

 気合を入れて捻り鉢巻を頭に巻くと、うん、もう完全にお祭気分!

「よっしゃあ! 今夜は派手に行こうぜっ!」

「おう、その意気だクロノ! おらっ早く乾杯の音頭をとりやがれっ!」

 俺はヴァルカンからいつの間にか用意された杯を受け取り、冒険者達が待つロビーのど真ん中へ進んでゆく。

 みんなの手にはすでに杯は行き渡り、一杯に注がれた酒を口にするのを今か今かと待ちわびている。

 この雰囲気、長い前口上は不要、ただ一言、杯を高々と掲げて言い放つ。

「乾杯っ!!」




 思えば、こうして冒険者同盟がほとんど全員集って酒盛りってのは無かったな、結成当日にクゥアル村ギルドで酒は飲んだが、あの時はクゥアルに滞在する冒険者のみで今ほど人数もいなかった。

 俺はこの機会に冒険者達との親睦を深めるべく、ロビーに広がるテーブルをあいさつ回りの営業マンよろしく右に左に大忙しだ。

 と言ってもすでにここ何日も共に迎撃準備を過ごした仲だ、全員顔見知りにはなっているのだが。

「へっ、マメなこったな」

 最初の席に戻ってくるなりヴァルカンが言った。

「大事なんじゃないのか、こういうの」

 そう考えるのは俺が日本人だからだろうか?

 まぁいいさ、とりあえずあいさつ回りもひと段落して、ようやく落ち着いて飯が食える。

「そういえば、リリィとフィオナはどこ行った?」

 乾杯直後にはこのテーブルにはいたはずなんだが、もしかして他の女性冒険者とガールズトークでもしにいったんだろうか。

「あのお嬢ちゃんならもうすぐ来る、ま、後はテメーのパーティ同士で親睦を深めてくれや」

 そんなコトを言うなりヴァルカンは立ち上がって、さっさと他の盛り上がってるテーブルへ向かうのだった。

「ま、そういうことですわ、ほなワシも外させてもらうで」

 モっさんがヴァルカンに続くと、他にテーブルについていた者達も示し合わせたかのように揃って席を離れる。

「な、なんだってんだ一体……」

 色々と疑問に思うが、すでに俺だけ取り残された状態。

 え、何、俺もしかして避けられてる?

 なんて心が傷つきかけたその時、

「クロノぉー!」

「クロノさん……」

 現れたのは、我がエレメントマスターのメンバーであるリリィとフィオナ。

 っていうか、何でリリィは真の姿である美少女状態になってんの? 今日別に満月じゃないよね、いや、違う、本当に驚くべきポイントはそこではない。

「な、な、何て格好してるんだ!?」

 その姿、一言で現すならバニーガール、だ。

 二人の少女が身に包むのは、水着程度の面積しか無い黒地の服、胸元は半分程度しか覆われていないし、両足も全て露わになっている。

 頭には何の毛皮を使っているのわからんがやたらモフモフしたウサミミをしっかり装着しているため、やはりバニーガールにしか見えない。

「どう、似合う?」

「……どうですか?」

 絶対の自信が表情からにじみ出ているリリィに対し、フィオナの目は泳ぎ、頬はほんのり赤く染まって実に恥かしそうだ。

 恥かしいなら無理して着なきゃ良かっただろうに、と思うが、普段のボンヤリと眠たげな表情しか見せないフィオナが恥らっている様子は、ただそれだけで千金に値する価値があるんじゃないのかと即座に考え直す。

 リリィの容姿が魅了チャームを宿すほど美しいということはこれまでで十分過ぎるほど実感しているが、そんな彼女の横に並ぶ恥じらいフィオナはリリィに勝るとも劣らないほど可愛らしいものだった。

「に、似合ってると、思うぞ」

 二人に見蕩れるが、どうにか返答する。

「うふふー良かったぁ」

 満面の笑みを浮かべるリリィは、そのまま真っ直ぐこちらへ歩み寄ってくると、まるでまだ子供状態で当然といった風に俺の膝の上へと腰を下ろした。

「うおっ、ちょ、リリィ!?」

「んん、なぁにクロノ?」

 膝の上に横向きに座るリリィは露わになった艶かしい両足を組むと同時に、そのか細い両腕が俺の首元へ回される。

 ヤバい、顔が近い、いやもっとヤバいのはリリィの白い素肌が俺の胸元と直に触れ合ってることだ。

 調子にのってシャツまで脱ぐんじゃなかった、もしくはこの頼りない法被をしっかり前で止めておくべきだった、肌が触れるのはホントにヤバいんだって、男子高校生が耐えられるレベルじゃないんだよ。

 落ち着け、平常心だ平常心、少女リリィと初めて出会ったあの満月の晩では裸だったじゃないか、今は面積少なくても服着てるだけマシだろう。

 し、しかしだな、何故か今のリリィの肌は妖精特有の発光がほとんど収まっていて、ホントに普通の女の子の素肌にしか見えんのだ。

 何、これ、どういうトリック? これも魔法なの、便利すぎるよリリィの固有魔法エクストラ

 なんだかぶっ飛びつつある思考をどうにかこうにか押し留め、この嬉し恥かしな事態の解決を図る。

「ちょ、ちょっと離れような、リリィ」

「うふふ、イ・ヤ♪」

 このやり取りは初めて会った時もやったよな、やっぱり少女リリィは反抗期に違い無い、この32歳め、遅れてやってきた反抗期かよ。

「ほら、この状態だと飯食え無いし、さ」

「大丈夫、ちゃあんと私が食べさせてあげるから」

 真っ直ぐ俺を見つめるエメラルドの瞳が妖しく煌く、どこか獲物を前にした猛禽のようである。

 つまり、どうあっても俺を逃がさない意思が見て取れた。

「あーえーと、それは、なんつーか、普通に恥かしい、人目もあるし」

「えーっ、しょうがないなぁ、それじゃあね――」

 と、小悪魔的な笑みを浮かべるリリィ。

「ここにキス、してくれたら離れてあげる」

 指し示すのは仄かに朱に染まったプニプニと柔らかそうな頬。

「ほ、本気かリリィ……」

「ふふ、冗談かどうか試してみてよ、クロノ」

 さぁどうぞと言わんばかりに、瞳を閉じて横を向くリリィ、その頬には俺がほんの僅か顔を前に動かせば唇が届く距離にある。

「ほら、早くしてよ、私も恥かしいじゃない」

 なんて言うが、その口調は俺と違ってはっきりとした余裕を感じさせる。

 くっ、何だか一人悩んでる俺が馬鹿らしくなってくる、リリィが酔っているのか、ふざけているのか、からかっているのか、マジなのか、その心は分からんがここまでされてほっぺにチュー如きで戸惑うのは男が廃るってもんじゃねぇか。

 如きとは言うが、初めてだけどな、女の子のほっぺにチューすんの。

「ええいっ、行くぞっ!」

 覚悟を決めたその瞬間、俺の唇に柔らかい感触がする前に、

「うおっ! 眩しっ!?」

 眼球に真っ白い閃光が突き刺さった。

「な、なんだよ! ドッキリかこれっ!?」

 残念だよちくしょう! とか思いつつ、ホワイトアウトした視界が数秒で正常に戻ってくる。

「んー、はやくー、チュー」

 視線を下げると、俺の膝の上にいるのは、ついさっき色っぽい表情で俺へ頬を向けたそのままの体勢でいる、子供の姿のリリィであった。

「はいはい、ほっぺにチューね」

 俺は何も考えず、何の抵抗も覚える事無くリリィを抱え挙げると、その丸いほっぺたに唇を落とした。

「キャ!」

 頬を赤く染めて恥らっているのか身をよじるリリィ、うん、実に可愛らしいぞ、やっぱりリリィはこうでなくちゃな。

「はい、じゃあちゃんと自分の椅子に座ろうな」

「はーい」

 デレデレと嬉しそうな表情の幼女リリィを、右隣の席へと降ろす。

 バニーガールの衣装は、体が小さくなった所為で脱げ落ち、頭にあるウサミミが残るのみである。

 ちょっと懐かしの全裸リリィであるが、その素肌は妖精の白い輝きが戻り、その身を優しく包み込んでいた。

「ふぅ、なんかドっと疲れたぜ」

「リリィさんは残念だったでしょうけど」

 気がつけば、いつの間にやら左隣の席へ腰を下ろしているフィオナ、勿論バニー姿のままだが、すでに自分の前に肉料理山盛りの皿を用意しているあたり実に彼女らしい。

 俺とリリィの恥かしいやり取りを間近で見ていたせいか、すでにフィオナはいつもの冷めた表情となっていた。

「……フィオナまでキスしろとか言わないよな?」

「言って欲しかったのですか?」

「魅力的な話ではあるけど、今は困る」

「それでは、代わりと言ってはなんですが、私が料理を食べさせてあげましょう」

 思わぬ返答に、目を丸くする。

「え、マジで?」

「遠慮しなくても良いですよ、これは特別サービスですので」

 特別サービスってなんぞ、祭りだからか? そもそもバニー姿の意味も未だに分からんし……

「ではどうぞ、あーん」

 俺の疑問を他所に自分のペースでさっさと料理を差し出すフィオナ。

 顔の前に突き出されたのは肉汁滴る謎肉、ではなくドルトスの肉、イルズ村のギルドでリリィと一緒に初めて食べた思い出の一品だ。

「あーん、あぁ~~~~~」

「分かった分かった、今食べるから急かすな!」

 思い出に浸る間を与えてくれないようなので、意を決して目の前の肉にかぶりつく。

「うん、美味い、やっぱ謎に――ドルトスの肉は美味いな」

「そうですか」

 フィオナは再びジューシーなドルトス肉をフォークで突き刺す。

 俺もまた口を開いて食べさせてくれるのを待つ、が、

「モムモム――確かに美味しいですね」

「俺に食べさせてくれるワケじゃねーのかよ!?」

 一人であーんって口開けて待ってた俺バカみたいじゃねーか!

「もう一口あげたから良いじゃないですか?」

 後の料理はもう全て私のモノだと言わんばかりに、高速のフォークさばきでドルトス料理を消費してゆく。

「いや、うん、期待した俺が馬鹿だったよ……」

 フィオナのサービスタイムは早くも終了、今の彼女はもう自分と料理だけの美味しい世界に旅立っていったのだった。

「クロノぉーあーん!」

 右隣から聞こえてくるのは、天使、改め麗しき妖精の声。

 小さな手にフォークを握り閉め、俺へ料理を差し出してくれている。

「うぅ、ありがとなリリィ……」

 口にする料理の味は、いつものよりずっと美味しく感じた、愛情補正って凄い。



 夏越しの祭りってなんだっけ? という人は第47話『夏の始まり』をご覧下さい。

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