俺の幼馴染は負けヒロインになった。ワンチャンあると思った俺を誰か殴ってくれ。
友理奈が泣いている。いつも俺の前では笑ってた彼女の、何年ぶりに見るかわからないギャン泣きを見て、頭を殴られるような衝撃を受けた。
誰かこのまま俺を殴ってくれ。友理奈の失恋を一瞬でも喜んだ俺を……
俺、清水陸人は幼馴染の友理奈に長年片想いしていた。茶色いふわふわの髪を揺らした、砂糖菓子のように可愛い友理奈に対して、陸人なのに名前負けして運動のできない俺は、不釣り合いだと思っていた。
二ヶ月前。俺の目の前で幼馴染の友理奈と美人な浅香さんが、溝口の両隣で話をしていた。始業前の少しの時間。俺はもう席についていて、その光景を力なく視界に入れていた。もはやそれがルーティンだった。
溝口は、朗らかで良いやつだ。誰かが落とし物をしたら気負いなく拾うし、道に迷った下級生を、教室に案内して遅刻したこともある。サッカー部ではレギュラーだし、だからといって成績が悪い脳筋でもない。ルックスも俺の五倍は整ってる。
まあ、有り体に言えば誰にも好かれる人気者である。
友理奈も例外じゃなく溝口が好きだ。高二になって、より積極的に話しかけているように思う。
彼女は、明るめの髪がふわっとウェーブがかった、可愛くも大人からは派手にも見える女の子だ。まつげだって長い。幼稚園の頃からあの髪なのは知っているけれど、教師にはよく目をつけられていた。
高一の頃、たまたまなのかな。生活指導の先生の悪意から守ったのが、溝口だった。
「届けを確認したらいいんじゃないですか?」
地毛だと困惑しながら答えていた友理奈を信用しなかった先生が、溝口の言葉で引いたのだ。
クラスが違った俺は、後からそのことを友理奈に聞いた。その日から友理奈の話に溝口はよく登場した。俺は、意識されない幼馴染で友達なんだよな。
「サッカー部の見学に行くの」
「溝口くんは浅香さんみたいなストレートヘアが好きなのかな」
俺はふわふわの友理奈の髪が好きだよって言いたかったけど、関係ないと言われそうで言えなかった。
「その人らしさが出てる方が魅力的なんじゃないかな」
「そっか」
理解したような、してないような顔をしながら、髪をいじっていた友理奈の仕草は子供の頃から変わらない。ちょっと不満なのかもしれない。
「溝口って容姿で人を見ないやつだと思うぞ」
急に納得したようで、俺を見上げてきた。くそ、かわいいな。
俺は校則ギリギリの長さの黒髪にメガネをかけたパッとしない容姿だ。垢抜ける方法なんてわからないし照れくさい。
「じゃあまた明日ね、校庭に行ってくる」
「あぁ、また明日な」
サッカー部に向かう友理奈を見送る。なんとなく一緒に下校していた日が遠く感じる。
さて、俺も部活に行くか。入っている部活は美術部だけど、時々演劇部のヘルプに駆り出される。まあ、裏方の手伝いだ。文化祭前は、美術部の展示品作成と、演劇部の道具作成で意外と忙しい。
「清水、お前メガネ取るとどんな顔?」
「突然なんですか」
「いや、地味なやつがイメチェンするとどうなるのかなって」
演劇部部長の高橋先輩が声をかけてくる。
「乗せようったって、劇には出ませんよ」
「ちっ! 駄目か。でもちょっと外してみ」
メガネをいきなり取られると、途端に視界がぼやける。
「ほう……髪も整えたらイケるんじゃね?」
どこに? 高橋先輩が顔を覗き込む。
「もう、メガネ返してくださいよ」
「惜しいなあ」
「何がですか」
メガネをかけ直すと、小道具の斧に塗料を塗るのだった。
翌日にはメガネを外す高橋先輩と俺のイラストが描かれていた。文化部って仲が良いけど、悪ふざけがすごいよな。美術室で後輩と軽口を話す。
「清水センパイ! 昨日は妄想が捗って描いてしまいました」
「許可が後なのかよ」
俺は苦笑しつつ、後輩に対して拗ねたふりをした。こういう空気は嫌いじゃない。
「それはなぁに?」
普段は来ない幽霊部員の友理奈がタイミング悪くやってきて、後輩のイラストを見た。
どう反応するんだろう。
「リクくん、メガネを外すと顔が変わるよね! 知ってた」
知ってた!? メガネをかけ始めた中一から外した記憶がないぞ。っていうか、先輩と並んだ絵面はスルーなんだな。
「こんなにレンズが分厚いんだもん。おばさん、コンタクトは許してくれないの?」
「ん、んんん?」
友理奈が改めて顔を覗き込む。
意外な反応に俺は、見た目を変えてみようかなと思うのだった。
このやり取りを練習の終わったサッカー部員が遠目に眺めていたことなど、気づきもしなかった。
それから数日後の週明け、俺はドキドキしながら駅に着いた。待ち合わせているわけではないけれど、友理奈とは同じ駅から電車に乗り込む。
「リクくん! おはよう」
迷いなく声をかけてくる友理奈にホッとしたり残念に思ったり、複雑な気持ちだ。髪も少し短く整えた。
「イメチェン、大成功だね! でもちょっと懐かしいよ」
「小学生からは、顔も変わってると思うけど?」
俺は照れくさくなって、捻くれた返しをしてしまう。それでも他愛もない話をしながら高校に向かった。
友理奈の反応とは違い、教室に入ると多くの人が振り向き、驚いた顔をした。そんなに違うものなのかな。
その日の放課後、隣のクラスの女の子に告白された。意味がわからない。俺は、昨日と何も変わらない。
おざなりに「好きな人がいるから」と断ったら、次の日には噂になっていた。勘弁してくれ。
部活の時間には、噂の顛末を白状させられていた。
「うんうん、やっぱり清水は雰囲気変わったなぁ」
「俺自身は何も変わらないのに、不思議な感じです」
「役柄も見た目から入るからね。服装やメイクを決めたり。見た目は大きいよ」
「そういうもんなんですか」
「それで、次の劇なんだけど」
「出ませんよ?」
そんな話をダラダラしているときだった。
「リクくんに告った子も頑張ったし……私も! 告白する!!」
部活に来ていた友理奈が、突然言い出した。一瞬だけ高橋先輩の顔が心配そうになって、また普通の顔に戻った。
「よし、友理奈ちゃん頑張れ!」
そして友理奈は玉砕したのだ。
「やっぱり浅香さんが好きなのかなぁ」
浅香さんは、溝口のこと好きそうだけど、どうなんだろう。えぐえぐと泣く友理奈にハンカチを渡す。ハンカチじゃ足りなさそう。
「本当に僕のこと好きなの? って意味わかんない」
ん? 俺はもっと意味がわかんないけど。カバンからティッシュを探し出して、友理奈に渡す。
「断りたいからってそんなこと言うの酷くない?」
「うん、そうだね」
友理奈はずっと泣いているし傷ついている。どちらにせよ友理奈は溝口のヒロインにはなれなかったんだ。傷ついた友理奈を見ると胸が痛い。
「好きだったんだよう」
ズキッとする自分の心には気づかないフリをする。
「今はいっぱい泣きな」
友理奈の良さがわかるやつがいるとか、俺がいるとか、俺じゃだめなのとか、言いたい言葉が頭をめぐるけれど、我慢した。
ここで付け込むのは違うと思った。チャンスかなという思いもあるけど、友理奈には誠実でいたい。
「泣きたいだけ泣いたら、ケーキでも食べよう」
「お祝いじゃないのに?」
ん? ケーキは普段から食べないのかな?
「やけ食いしよ」
「じゃあ、ラーメンと餃子がいい」
鼻をすすりながら友理奈が答える。随分ガッツリだな、おい。俺は何でもいいけれど。
帰り道、電車を降りた駅の近くにある町中華に寄った。餃子が特に美味しいところだ。ヘアゴムで友理奈が髪をまとめる。
「メガネがないと曇らなくていいな」
俺が言うと、友理奈は小さく吹き出した。
「いつも、真っ白だったもんね」
泣き顔を他人に見せたくなくて、学校から離れたけれど正解だった。少し落ち着いた友理奈は笑顔を見せてくれた。
「髪を短くしようかな。癖毛だし」
「ふわふわで可愛いのは短くても同じだしいいんじゃない?」
ラーメンをすすりながら話していた俺は、深く考えずに応えたらしい。
「可愛い?」
「え、あ、うん。カワイイヨ」
カタコトになった俺の耳は真っ赤だったかもしれなく。泣きはらして赤い目をした友理奈は、「そっか」とゆっくり笑った。
翌日からも朝は、タイミングが合えば一緒に登校し、やっぱりタイミングが合えば一緒に帰った。帰りは俺のほうが遅いから、あまり合わないけれど。
文化祭が近づくと、より帰りが遅くなった。俺は、先輩方と手分けして女の子と一緒に帰った。帰り道が暗くなってきたからだ。
「清水先輩は付き合ってる人いるんですか」
「今はいないかな」
「わっ! 前はいたんですか?」
「今もいません」
後輩の追求に困る。カノジョとかいたことないけど!?
「私なんかどうですか?」
「え……?」
「……眼中にないって感じですね」
「い、いや。びっくりして」
コンタクトにしたら今まで経験しなかったことが起きるようになってきた。彼女は、しばらくの沈黙のあと言った。
「なーんてね。好きな人がいるのは知ってますよ」
「いや、なんで知って……」
一年生まで噂が回ってるのか。言葉を失っていると、
「気づいてないみたいだから頑張ってくださいね。ではまた明日よろしくお願いします」
明日? 気がつくと、彼女の家の近くまで来ていた。
「うん、また明日……」
返事をしながらしばらく立ち尽くしていた。『気がついてないみたいだから』ってことは、傍目にはバレてるってことなのか。ため息をついて、駅に向かって歩いた。
いよいよ文化祭当日が来た。演劇部ですることはないので、美術部の展示のスタッフをしていた。今日ばかりは籍しかない友理奈もメンバーの一人だ。クラス展示の当番と時間を調整している。
「ねぇ、リクくん」
友理奈が少し甘えた声を出す。なんの願い事だろう。
「この、ピンクから紫になる空の絵、ちょうだい? すごく素敵」
「うん? 絵を?」
「どこかに出すのだったの?」
「いや、出さないよ。俺の絵なんかで良ければ。でも額は学校のを借りてるから、何か考えるね」
「もう! なんかって言っちゃだめよ。私は好きなんだから」
友理奈の言葉に心臓が跳ねる。無意識の言葉でも好きと言われると反応してしまう。
「ね、他のクラス回るの一緒に行こう」
「いいよ」
俺たちは美術部の当番の時間が終わると、三年生の教室に向かった。
高橋先輩のクラスでは星を調べた展示だった。星の種類や絵、それから神話の案内もあった。プラネタリウムに行きたくなる。
「お前らが一緒にいるとなんか安心するな」
先輩が笑うと、友理奈も笑った。
「幼馴染ですから」
幼馴染ってのは、結局どういう立場なんだ?
「星……プラネタリウムに今度行かないか?」
俺は何気なさを装って友理奈に聞いてみた。高橋先輩は得意げに合いの手を打つ。
「見に行きたくなるだろう? 本当はプラネタリウムをやりたかったけど、そこまでみんな時間が取れなくてな」
「プラネタリウム、行きたい!」
おあつらえ向きに、隣市のプラネタリウムのリーフレットも置いてあった。受験勉強の合間に誰かが調べに行ったんだろうな。
「ありがとうございます」
リーフレットを手に違うクラスへ向かおうとする。すると、溝口と何人かの男子がいた。
同じ学校だし、なんなら同じクラスだし、顔を合わせないわけにはいかないけれど、友理奈は気まずいだろう。先ほどのテンションが嘘のように固まっていた。
「星の展示、きれいだったよ」
「そっか、僕たちも見に行こうかな」
声をかけると、溝口はすれ違いざま俺の少し後ろにいた友理奈に「良かったね」と囁いた。
どういうことだ? 心なしか小さくなった友理奈は涙目だ。友理奈はあれだけ泣くほど溝口が好きだったのに。
俺は拳を握り締め、溝口を睨むことしか出来なかった。
「友理奈、食堂でお茶でも飲もう」
「うん」
さすがにそこまで鈍感じゃないから、溝口が言ったことの意味はわかった。俺は友理奈と距離を取った方がいいのかな。
ペットボトルのお茶を掴んで、食堂の席に腰を下ろす。今言わないと、言えなくなりそうだ。
「友理奈、学校では少し距離を置こう」
「どうして?」
「友理奈が振られたのって俺と仲がいいからだろう?」
「そうなの?」
あまりわかってなかったのか、友理奈がキョトンとした顔をする。
「どんな理由をつけたって、私じゃだめだったことには変わりがないもん」
「そっか」
それならいいか。いいのか? もしかして今の関係を変えるきっかけが消えたんじゃないか?
「それよりプラネタリウム、いつ行く?」
気持ちを切り替えたらしい友理奈の声に、顔を上げる。そうだな、今更慌てなくてもいいか。
「今度の火曜日。文化祭の代休だろ?平日だしゆっくりできないかな」
「いいわね!」
まだ幼馴染のポジションだけど、少しずつ意識してもらおう。
そう思ったのに、待ち合わせ場所に来た赤みのチェックのジャンパースカートを着た友理奈が可愛くて、ドキドキしてしまった。
これは、デートだと思っていい?
ここまで読んでいただきありがとうございます!
陸人頑張れー!っと思っていただけたら嬉しいです。
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