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第5話 カフェ(1)

 翌日の朝。

 教室についたわたしは自分の席に座り、鞄を足元に下ろした。

 結局昨晩も夜更かし気味になってしまったので今朝も瞼が重い。

 わたしはあくびが出そうになる口元を手で押さえながら、廊下側の一番前の席をちらりと見やる。鞄がかかっていないので、青山君はまだ登校していないみたいだ。


(気まずい感じになったら、やだな)


 せっかく少し仲良くなれたと思ったのに、このまま疎遠になっちゃったらどうしよう。

 ぼんやりとそう思っていたら、教室の入口のところに一人の女の子がひょこっと顔を覗かせた。

 その子は教室内をキョロキョロと見回している。


「あ、いたいた! 実憂ちゃーん!」

「……ふぇっ?」


 急に大きな声で名前を呼ばれて、間抜けな声が出る。

 わたしのもとに駆け寄ってきたのは、隣のクラスから来た有賀さんだった。


「おはよっ。昨日は傘貸してくれてありがとね!」

「あ、いえ、別に」


 ニコニコと可愛げな笑みを浮かべる有賀さんはやけに眩しくて、まともに目が合わせられない。

 気の利いた返事のひとつもできない自分とは大違いだ。


(ど、どうして有賀さんが?)


 傘のお礼を言うためだけに、ほとんど初対面のわたしにわざわざ会いに来たのだろうか? だとしたら、さすがにいい人過ぎませんか。

 もしかして青山君や多賀君に何か別の用事でもあるのかなとも思ったが、あいにく二人はまだ登校していなかった。

 ますます不思議に思っていると、有賀さんが「ね」と口を開いた。


「突然だけど実憂ちゃんはさ。甘いものって好き?」

「えっ? す、好きだけど?」

「ホント? よかったー」


 なぜいきなり? と思ったが、正直甘いものはかなり好きだ。

 家族からもよく甘党と言われるし、自慢ではないがスイーツ系なら無限に食べられる気がする。果物とか、ケーキとか、和菓子とか。

 以前家族とビュッフェレストランに行ったときだって、真っ先にスイーツコーナーに向かってお皿に乗せられるだけ乗せようとしたら「他のお客さんのことも考えなさい」とお父さんに怒られたことがあったくらいだ。

 有賀さんは手に持っていたスマホで何かを調べると、にこりと笑って画面を見せてきた。


「今度の週末さ、ここのカフェの期間限定プラぺ飲みに行かない? わたしたちが奢るからさ」

「ほえ!? な、なんで?」

「なんでって、昨日お礼するって言ったじゃん」


 見せてくれたスマホ画面にはわたしでも知っている有名なカフェチェーンのホームページが写っていた。そこには『期間限定ソイミルク&マンゴーフラペチーノ』と書かれている。

 ここのカフェは一人で入るには店の雰囲気もお値段もなかなか大人びていて今まで一度も行ったことがなかった。だけどいつも美味しそうな期間限定メニューを出していて、ずっと気になっていた店でもあった。

 しかもこのフラペチーノ、ソイミルクとマンゴーなんて絶対に美味しいに決まっている。考えるだけで生唾が出そうになる。

 だけど、お値段を見るとやはり高校生のお財布にはそこまでやさしそうには見えない。ただ傘を貸しただけでこれを奢ってもらうのはさすがに気が引ける。誘ってくれたのは凄く嬉しいけど。


(……ん? わたしたち?)


 さっきはびっくりして聞き流してしまったが、有賀さんは「わたしたちが奢る」と言っていた。ということは他にも誰かいるのだろうか?

 わたしが聞くより先に、有賀さんが付け足すように言ってきた。


「ちなみにその日だけどさ、裕也と遥斗も誘っていい?」

「ええっ!?」


 あまりの衝撃に、わたしは椅子に座ったまま勢いよく後ずさる。ガガッという大きな音が響き、一瞬教室内の視線が集まってきた。

 わたしは慌てふためきながら急いで居ずまいを正す。眠かったはずの目はいつの間にかすっかり覚めていた。

 どういうことですかと目で訴えかけるわたしに、有賀さんはにこやかに説明する。


「もともと裕也と遥斗もこのフラペ美味しそうって話してたんだよね。今度三人で行こうって話してたんだけど、せっかくなら実憂ちゃんもどうかなって思って。あの二人も実憂ちゃんにお礼したいって言ってたし。ね、どう? 一緒に行かない?」


 机越しにぐいっと身を乗り出して聞いてくる有賀さん。大きなお目々がキラキラしていて、とっても断りづらい。

 もちろん週末の予定など何もなく、断る理由などないのだけど。

 ただ、唯一気がかりなのは――


(青山君、わたしと会うの嫌じゃないかな)


 当日は有賀さんや多賀君もいるらしいので、露骨に気まずい空気にはならないだろうがやはり不安だ。

 ただその一方で、何となく今は自分から話しかけにくい状況でもあるので、これをきっかけに今のぎこちない関係を変えられればという淡い期待もあった。


(しかも週末ってことは、当然私服だよね)


 普段学校でしか会うことがない青山君。

 タイムリープ前のわたしも一度も見ることがなかった彼の週末の姿はどんな感じなのだろう。正直、すごく気になる。

 そう思った瞬間、わたしの中で不安よりも好奇心の方がわずかに上回った。


「じゃ、じゃあ、行く」

「やったあ! 楽しみ!」


 有賀さんは嬉しそうにパンと手を叩く。

 その顔は愛想笑いではなく本心からそう言ってくれているようだった。

 いい人なんだろうな、とわたしは思った。



 ◇



 そして迎えた週末。

 わたしは待ち合わせ場所である高校の最寄り駅前に来ていた。今日は日曜日ということもあり、あたりはいつもより人通りが多い。

 普段はただ素通りしていただけの駅前も、よくよく見渡してみるとけっこう色んなお店があるんだなと、少しだけ視野が広がったような気分になる。


(わたし、少しは変われたのかな?)

 

 週末に友達と遊びに行くのだってかなり久しぶりだ。下手すると高校生になってから初めてかもしれない。

 それゆえに、こういうときにどんな顔をして待っていればいいのかわからない。

 あまり周りをキョロキョロしていても不審者だと思われそうなので、わたしはとりあえず近くにあった街路樹の葉を無心で数えることにした。


「あ! 実憂ちゃん!」


 声が聞こえたほうに振り返ると、有賀さんが大きく手を振りながら駆け寄ってきた。


(うわあ、有賀さんの私服、かわいい)


 ふんわりとした白い半袖のブラウスと、淡い青色のスカート。足元は細いストラップがあしらわれたお洒落なサンダルで、肩からは小さめのレザーバッグを下げている。

 全体を白と青でまとめたコーデは夏を先取りしたような爽やかさがあった。


「お、山田さん早いね」


 有賀さんの後に続いて来たのは多賀君だ。

 濃いブルーの開襟シャツをさらりと着こなしていて、それがすっきりと整えられた短髪によく似合っていた。

 そして多賀君の隣。少し恥ずかしそうな顔をして来た青山君は――


(ふ、ふおぉぉぉ……か、かかか、かっこいいっ!!)


 清潔感のある白いシャツに、足首を覗かせた濃いめのジーンズ。足元には有名スポーツブランドのロゴが目を引くシンプルなスニーカー。余計な飾り気がない分、青山君自身のスタイルの良さが引き立っていて、学校の制服姿で見るときよりもずっと大人びて見えた。

 わたしが同い年の男の子の私服姿を見慣れていないだけかもしれないけど、この完成度はさすがに反則級だと思う。どこかのモデルさんですと言われても全くおかしくないくらいだ。

 あんまりじろじろと見るわけにはいかないとわかっていても、自然と視線が彼の方に向いてしまう。

 彼のこの姿を見ることができただけでも、本当に来てよかったと思えるくらいだ。


「よし。皆そろったね。実憂ちゃん、急に誘ったのに来てくれてありがとね」

「あ、ううん。こちらこそ、誘ってくれて本当にありがとう」

「裕也と遥斗もありがと。今さら言うのもあれだけど、二人とも昨日部活の練習あったんだよね? 翌日に呼び出しちゃって疲れてたりしてない?」


 有賀さんが二人に気遣うように言うと、多賀君が「全然」と手を振りながら答えた。


「いやー、練習は別に大したことなかったんだけどさ。昨日の部活終わりに遥斗が急に私服買いに行きたいから付き合ってくれって言いだしてよー」

「っ!? ちょ、おいっ!」


 頬を赤く染めた青山君が、けらけらと笑う多賀君に詰め寄る。

 何やらこしょこしょと話している二人に、今度は有賀さんが口を挟んだ。


「えー、もしかして遥斗、それ昨日新しく買った服? たしかにいつもよりお洒落かも! わたしたちと遊ぶときはいつももっとラフなシャツとかなのに、今日は何か気合入ってんじゃん」

「っ……!」


 有賀さんに言われて耳まで真っ赤にして焦る青山君は、さっきの大人びた印象とは打って変わってどこか幼く見えた。そのギャップがやけにかわいらしい。


(青山君、今日のために新しい私服を買ってきたの? そ、それって……)


 もしもわたしと会うためにいつもよりも頑張ってお洒落をしてくれたのだとしたら――そんな自意識過剰な妄想をしてしまい、わたしの顔は一気に沸騰したみたいに熱くなった。

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