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第4話 雨の帰り道(2)

「……や、山田さん……?」


 突然会話に入ってきた山田さんに、俺は唖然とした。

 俺たちのさっきのやり取りを聞いていたのだろうか。よく見ると彼女の手は微かに震えている。

 ふと裕也に顔を向けると、口をあんぐりと開けて「どういうこと? 説明しろ!」と言わんばかりの視線を送ってきた。


(俺だって説明して欲しいくらいだよ!)


 一方で南はというと、無言で視線を送り合っている俺と裕也をよそに、山田さんをじっと見つめている。

 そして急に何かを察したかのように「なるほど」と一人で頷くと、にっと微笑みを浮かべた。


「ありがとう山田さん! じゃあさ、私と裕也が遥斗の傘を貸してもらって、遥斗が山田さんの傘に入れてもらって帰るってのはどう?」

「……えっ」


 南の提案に、思わず声が出る。うろたえる俺を無視して、南は続ける。


「山田さんはそれでもへーき?」

「へっ? あ、うん。わたしは、平気だけど」

「ありがと! それじゃあ、ここはお言葉に甘えさせてもらうね。このお礼は今度するから」


 顔の前で手を合わせながら言うと、南はまだ状況を飲み込めず固まっている裕也の腕を半ば強引に掴んで「またね」と教室を出て行った。

 去り際、俺にだけ見えるように「頑張って!」と言いたげなウインクを残して。


(いやいや、頑張ってじゃねーよ!)


 南なりの気遣いということはわかるが、この状況はさすがに心臓によくない。

 残された俺はおずおずと首を巡らせて隣を見る。そこには、俺と同じように勢いに気圧されたままポカンとしている山田さんがいた。


「……とりあえず、帰ろっか」


 俺がそう言うと、山田さんはワンテンポ遅れて頷いた。



 ◇



 ポツポツと道路を叩く雨の音が静かに響く。

 俺は左手に傘を持ちながら、山田さんと二人で肩を並べながら歩いていた。


(いやいやいやいや! 近い、近いって!!)


 そう、俺は今、相合傘をしているのだ。

 しかも山田さんが貸してくれたこの折り畳み傘、女性用ということもあり思っていたより小さい。

 二人が濡れないようにするためにはどうしても体を寄せ合わないといけないのだ。とはいえ、あまり近づきすぎて腕が密着してしまうのも避けないといけない。

 さっきから俺の右肩がずっと雨に打たれているが、これは我慢だ。それよりも、山田さんが雨に濡れないようにしないと。わざわざ傘を貸してくれたのに、それでいて風邪でもひかせてしまったらさすがに頭が上がらない。

 バクバクと脈を打つ心臓を落ち着かせながら、傘の位置も上手く調整するという高難易度な技に全神経を集中していたら、ふいに山田さんが話かけてきた。


「ごめんね青山君、さっきは急に会話に割り込んじゃって。迷惑、だった?」

「いやいや! どうしようかと思ってたからすごく助かったよ」


 よかった、と少しほっとする山田さん。


「でもさ、どうして俺たちに傘を貸してくれたの?」

「青山君たちの声が聞こえてきて。その、何となく困ってるようだったから」


 その口調には、こっそりと会話を聞いてしまった申し訳なさが込められているようだった。

 冷静に考えてみれば、あれだけ大きな声で話していれば山田さんに限らず教室に残っていたほとんどの生徒が俺たちの会話を聞いていたはずなので、彼女に非はない。


「なんか、うるさくしちゃってごめん」

「ううん。むしろ、楽しそうだなって思った」

「楽しそう?」

「うん。青山君って、多賀君とか有賀さんと仲いいよね」

「あー、まあ、そうかな」

「わ、わたしも……多賀君とか有賀さんみたいになりたいなって」


 山田さんはつぶやくような小声で言うと、ふいとそっぽを向いてしまった。


(それって、もしかして)


 今から考えることはあまりにも自意識過剰かもしれない。だけど、もしも山田さんが俺との仲について裕也や南に妬いているのだとしたら……。

 俺はいつの間にか緩んでしまっていた口許を隠すように、山田さんとは反対側に視線を逃がす。


(あ、そういえば、今朝のことまだ言ってなかったな)


 ふと俺は、今日の朝、南と二人で登校しているところを山田さんに偶然見られたことを思い出した。

 さすがに先ほどの教室内での俺たちの会話を聞いていれば、俺と南が付き合っているという誤解はもうしていないと思うが、念のため話しておいても問題はないだろう。

 今考えると、放課後になって南がうちのクラスに来たのも、他の生徒に見せつけるように裕也と仲良くしていたのも、すべて俺と南が恋仲にないことを山田さんに示そうとしていたためだったのではないかと思えてきた。そうであれば、後で南に礼を言っておくべきかもしれない。

 少し頭を整理して、俺はさっきから口を閉ざしている山田さんに話しかける。


「あのさ」

「な、なに?」

「今朝、校門前で会ったよね」

「うん。青山君、有賀さんと一緒に来てたね」


 一台の車が来て、俺たちの横を静かに走り抜けていく。

 車を見送ってから、俺は話を続けた。


「実はさ、俺と南――有賀さんは幼馴染みなんだ」

「うん、知ってる。お家もご近所さんなんだよね」

「えっ?」


 平然と答えてくる山田さん。

 予想外の反応が返ってきて、俺は一瞬面食らう。


「あれ? 南が幼馴染みだって、言ったことあったっけ?」

「え? この前、青山君がメッセージで教えてくれたよ?」

「そ、そうだったっけ」


 そうだったろうか。俺は少し黙って記憶を思い出す。


(いや、たぶん言ってない、はず)


 恥ずかしくて人には絶対に言えないが、彼女と交わしたメッセージを俺はこれまで何度も見返してきた。そんな俺が、何を話したか忘れるわけがない。

 それゆえ、南との関係について山田さんに話したことがないのは明らかだった。

 人づてに聞いた情報を俺から聞いたと勘違いしているのだろうか。

 そんな風に思っていたら、隣で同じように考え込んでいた山田さんが「あ」とこぼした。


「ごめん、もしかしたらこの話……こっちに戻ってくる前に青山君から聞いた話だったかも……」

「――え?」


 見ると、慌てて両手で自分の口を塞いだ山田さんが、あわあわと視線を泳がせながら俺の顔を窺っていた。


「ご、ごめん。その、未来の記憶とごっちゃになっちゃって……。さっきの、忘れて、ください」

「…………」


 そのとき、俺の頭には数日前の帰り道に彼女から聞いたとある台詞が浮かんでいた。「未来から来た」という意味深な台詞が。



 ◇



 その日の夜。

 わたしは自分のベッドにもぐりこんで絶賛大反省会中であった。


(わたしの馬鹿馬鹿馬鹿っ! なんであんなこと言っちゃったんだぁぁぁ……)


 今日の帰り道、わたしはうっかり口を滑らせて未来の青山君から聞いたことを話してしまった。

 あのときの彼の凍り付いたような顔が忘れられない。その目には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。

 数日前、わたしが未来からタイムリープしてきたことを告白したとき、青山君は「信じる」と言ってくれた。わたしはそれが本当に嬉しくて、つい何でも話せる相手ができたと思ってしまった。

 だけど、それは大きな勘違いだった。青山君は「信じる」と言った後、「信じたい」と付け足していた。つまり彼は、わたしが本当に未来からきた人間だと思っているのではなくて、突然変なことを言いだしたおかしなクラスメイトを傷つけないように気遣ってくれていたのだ。

 未来から来たなんて突然言われれば誰だって信じられるわけはないので当然の反応である。むしろ一度も笑わずに真面目に話を聞いてくれた青山君はやっぱりやさしい人だと思う。


(自分が話していないことを知っているクラスメイトなんて、そんなの怖いに決まっているのに……)


 わたしの軽率な行動が、やさしい青山君を怖がらせてしまった。

 よくよく記憶を整理してみれば、わたしが青山君と有賀さんが幼馴染みであることを知ったのは、この世界に戻ってくる前に青山君とメッセージをしていたときだった。

 そのときの話題は同じ中学の子について。これは恥ずかしくて絶対に誰にも言えないけど、彼とのメッセージは今まで何度も何度も繰り返し見返しているから鮮明に覚えている。

 青山君と有賀さんの関係を知っていたため、今日の朝、彼らが二人で登校する姿を見てもそこまでびっくりはせずに済んだ。

 だけど、一つだけ驚いたことがあった。それは「青山君って、あんなに楽しそうな顔で話すんだ」ということ。

 何というか、表情に一切無駄な力が入ってなくて、まさに自然体という感じ。

 わたしと二人でいるときに見せてくれる笑顔とはまるで別人のようだった。

 わたしもあんな風におしゃべりできるようになりたい。一日中そう思っていたせいいで、放課後になって有賀さんたちの楽しそうな話し声が聞こえてきたとき、気がつけば自然と足が動いていた。

 今考えれば、これだって随分と大胆なことをしてしまったと思う。しかもその挙句、青山君に引かれるような発言までしてしまうなんて。


(き、嫌われちゃったかな……わたしのこと怖がって明日から話してくれなくなったらどうしよう)


 その日もわたしはなかなか寝付けなかった。

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