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第3話 雨の帰り道(1)

 山田さんと一緒に帰った日から数日後の朝。

 俺は一人で通学路を歩きながら、まだ頭の中に残っている彼女との会話を思い出していた。

 未来から来たと言われたときはさすがに耳を疑ったが、それ以上に彼女と二人で話ができた嬉しさのほうが遥かに大きかった。

「また一緒に帰ろう」そう言った時の、頬を染めた彼女の顔が忘れられない。


(だめだ。あんまりニヤけないようにしないと)


 勝手に緩んでしまう口元を引き締めながら歩いていると、後ろから誰かが背中を叩いてきた。


「おはよっ! 遥斗!」


 元気に挨拶してきたのは、ふんわりとしたショートヘアが可愛らしい小柄な女子生徒。


「南か。おはよう」


 有賀(あるが)(みなみ)は同じ高校に通う同級生だ。

 お互いに家が近かったこともあり、子供の頃からよく一緒に遊んでいた、いわゆる幼馴染みである。

 ちなみに幼少期から現在に至るまでずっと一緒にいたわけだが、残念ながら俺たちが友人以上の関係に発展することはなかった。

 それどころか南は去年の夏ごろから裕也と付き合っている。自分の親友と幼馴染みがくっついたことには最初こそ驚いたが、今ではそれぞれが互いに仲が良いという理由で三人で遊ぶこともあるくらいだった。


「ねえ遥斗。この前さ、女の子と二人で帰ってたでしょ?」

「はっ? な、なんで……」

「えへへっ。偶然見ちゃったんだー」


 にんまりと笑みを浮かべながら南が聞いてくる。

 どうやら先日山田さんと一緒にいるところを見られていたらしい。

 別に隠すつもりはないが、面と向かって言われるとやはり恥ずかしい。


「随分と可愛い子だったじゃん。もしかして遥斗のカノジョ? ていうか初カノ? 初カノだよねっ!? もしかしてついに春が来ちゃった?」

「なっ、なな、何言ってんだ! 山田さんは、その……ただの友達だって」

「ふーん。山田さんって言うんだ」


 南のニヤニヤは止まらない。


「どーせさっきもその子のこと考えてたんでしょ。一人でにまにましちゃってさー」

「えっ、み、見てたのか!?」

「うっそー。適当に言っただけー」

「~~っ!」


 アハハという南の楽しそうな声が朝の通学路に響く。

 南には子供の頃からこんな調子でからかわれてきたので、今さら何を言われても特に気にはならない。


「で、どっちからアプローチしたの? 遥斗から? それとも向こうから?」

「なんでお前に言わないといけないんだよ」

「いいじゃん。わたしたち家族みたいなもんなんだから」


 南が「ほれほれ」と急かすように背中を叩いてくる。

 俺の家はいわゆる父子家庭というやつで、母親は俺がまだ幼い頃に他界していた。そのため、昔は父がどうしても忙しいときは南の家に預かってもらうこともよくあった。そういった事情もあり、うちと南の家は今でも家族ぐるみの仲が続いている。俺の父は出張で遠出すると、必ず南の家の分のお土産も買ってくるくらいだった。


「まあ、そこは否定しないけどさ。でも何というか、山田さんはきっと目立つのは好きじゃないと思うから。あんまり勝手に人に言うのもどうかなって」


 本人に聞いたわけではないが、たぶん山田さんは周りの生徒から噂されたりして目立つのは苦手なタイプだろう。

 南が面白半分にあらぬ噂を広めるようなやつじゃないとはわかっていたが、山田さんを困らせるかもしれない迂闊な行動はなるべく避けたかった。


「わかってるって。遥斗、その子のことマジなんでしょ? 人の恋愛を邪魔したりするつもりはないから安心して。わたしはただ遥斗をからかって遊びたいだけだから」

「いや、それもできればやめて欲しいんですけど?」

「ヤダ。幼馴染みの特権でーす」


 まったく、と呆れ気味に笑いながら俺は息を吐く。

 そんな感じで朝からハイテンションな南に付き合いながら登校していると、校門が見えてきた。

 校門前の交差点で信号待ちをしている生徒たちの群れを見ながら、南が口を開く。


「あれ? あそこにいるの、遥斗がこの前一緒に帰ってた子じゃない?」

「え」


 言われた方を見ると、山田さんが一人で信号前に立っていた。

 次の瞬間、俺たちの視線に気が付いたのか、山田さんがこちらに振り向く。


(あ、ヤベ。目、あった)


 山田さんは一瞬驚いたように小さく口を開けたが、ちょうど信号が青に変わり、周囲の動きに流されるようにそのまま校門の方へ歩いて行ってしまった。

 俺は黙って彼女の背中を見つめて、少し間を置いて歩き出す。


「遥斗ー?」

「……ん」


 南が「おーい」と手を振りながらこちらを覗きこんでくる。


「彼女におはようって声かけなくていいの?」

「え? いや、もう昇降口も近いし、別にいいよ」

「一応一声かけとけばいいじゃん。もしかしたら、変な勘違いしてるかもしれないし」

「……」


 たしかにこの状況、俺と南の関係を知らない人から見たら、俺たちが付き合っていると勘違いしてもおかしくはない。

 ただ、俺と山田さんは別に恋人同士というわけでもないし、わざわざ南が幼馴染みであることを説明しに行くのも何だかおかしいような気もする。


「まあ、後で連絡しておくよ」

「もー、相変わらず奥手だなぁ。誤解はなるべく早めに解いておいたほうがいいよ?」

「うっ……わ、わかってるって」

 

 俺たちは昇降口に着き、クラスが違う南とはそこで別れた。

 教室に着いた俺は自分の席に鞄を下ろすと、窓際の隅っこの席に目を向ける。

 一人静かに座っていた山田さんは、いつもよりも物憂げに見えた。



 ◇



(結局、連絡できなかった……)


 午後のホームルームが終わり、授業から解放されたクラスメイトたちの声が色めき立つ教室。

 俺は自分の席に座りながら、密かに頭を抱えていた。

 今日一日、何度も山田さんにメッセージを送ろうと考えたが、結局送信ボタンを押せないまま気が付いたら放課後になってしまった。

 己の不甲斐なさに溜め息が出る。

 一人で悶々としていると、裕也がでかい声で話しかけてきた。


「やーっと授業終わったな! おい遥斗、部活! 部活行こうぜ」

「あ、ああ。そうだな」

「ん? なんでお前そんなに元気ないんだ?」

「いや、別に」


 怪訝そうな目を向けてくる裕也。

 さすがに裕也には相談できないなと考えていたそのとき、教室の入口の方から聞き慣れた女子の声が聞こえた。


「あ、裕也いたいた! 今日一緒に帰ろー」


 俺たちのクラスのホームルームが終わるのを廊下で待っていた南が、鞄を肩にかけながら教室に入ってくる。


「あれ、南? すまんが俺たちこれから部活だぞ?」

「でも今、外雨降ってるよ? これじゃ練習は無理じゃない?」

「へっ? う、嘘ーっ!?」


 窓際へと駆け寄っていく裕也についていくと、たしかに外はポツポツと雨が降っていた。

 うちの高校は屋外にしかテニスコートがないため、この雨では部活は難しそうだ。


「あ、テニス部のグループチャットにも連絡きた。今日の部活はやっぱり中止だって」


 スマホを確認した俺が読み上げると、裕也はへなへなと窓辺に寄りかかった。


「マジかよー。もうすぐ県予選も近いから練習したかったのに」


 残念がる裕也に南が歩み寄り、ポンポンと肩を叩く。


「そーゆーこと。というわけで、今日は大人しく私と一緒に帰ろ? ぶっちゃけ私、傘持ってないんだよね」

「いや、俺も傘なんて持ってないぞ?」

「えーっ! 頼りにしてたのにー」

「だ、だって今日雨降るなんて知らなかったし」


 露骨に頬を膨らませる南に、裕也は苦笑いしながらボリボリと頭を掻いた。

 雨のせいでお待ちかねだった部活はできず、おまけに彼女にも詰められる。

 そんな裕也が若干不憫に思えた俺は、鞄から折り畳み傘を取り出して二人に差し出す。


「よかったら傘貸そうか? これで二人で帰れるだろ」

「は? 俺たちがそれ使っちゃったら遥斗はどうやって帰るんだよ?」

「俺はまあ、適当に筋トレでもしてから帰るよ。その頃にはさすがに雨も止むだろ」


 別に裕也たちに気を遣ったわけではなく、本当に体を動かしたい気分だった。

 ここ数日、急に憧れの人と一緒に帰ることになったり、いきなりタイムリープの話をされたり、偶然幼馴染みと一緒にいるところを目撃されたりと、色々と考えないといけないことが多かった。

 こういうときは筋トレでもして一度頭をすっきりさせるのも悪くないと、そう思ったのだ。


「うーん。でも、それはさすがに悪いなあ」


 申し訳なさそうに言う南。三人でどうしようかと顔を見合わせていたら――


「……青山君」


 背後から別の女子の声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには水色の折りたたみ傘を両手で差し出している山田さんがいた。


「よ、よかったら、この傘使う?」

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