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第2話 未来から来た少女(2)

「……み、未来から?」


 あまりに予想外過ぎて、俺は思わず足を止めて聞き返した。

 山田さんは何も言わずに小さく頷く。


「変なこと言ってごめんね。信じてもらえないと思うけど……でも、本当なの」


 下校中の生徒たちが楽しそうにおしゃべりする声が俺たちの横を通り過ぎていく。

 俺は子供のころ読んだ漫画の知識を頼りながら、頭の中で彼女が口にした話を整理する。


「そ、それってつまり、タイムリープってこと?」

「……そう、だと思う」


 自信なさげに言う山田さんの顔は妙に切実で、とても冗談を言っているようには見えなかった。

 いくら女子との会話に慣れていない俺でも、さすがにここは笑い飛ばす場面ではないということくらいはわかる。

 とりあえず俺は一旦彼女の話に乗ることにした。


「……ええと、山田さんは、いつの時代から来た人なの?」

「今年の夏の終わりごろ」


(意外と近いな)


 正直、もっと遠い未来の話かと思っていた。よくわからないけど、例えば百年後とか。そうじゃないと、なんというか未来人感がない。


「そうなんだ。でも一体どうして……」


 そう言うと、山田さんは再び黙り込んでしまった。

 やや間を置いてから、言いにくそうな顔でつぶやいた。


「青山君が……いなくなっちゃったの」

「……えっ? 俺が?」


 俺がいなくなる?

 唐突に突き付けられた不吉な展開に、全身にざわつくような感覚が走る。

 いなくなるということは、つまり――


「ちょっと待って。もしかしてだけど、俺、もうすぐ死ぬの!?」

「!? ち、違うよっ!」


 山田さんは顔を上げて、慌てて首をぶんぶんと横に振る。


「青山君が未来で死ぬとか、そういうのではないの!」

「ほ、本当に?」

「本当だよ! 怪我とか病気とか、そういうのはないから安心して!」


 そうは言われても、もし仮に山田さんの話が本当であれば、俺は近い将来死ぬ設定になっているのがセオリーだ。そして山田さんはそんな不憫な俺を助けにきた主人公的キャラという立ち位置のはず。

 さっきまでは山田さんの話はどこか他人事のような印象だったけど、まさかの自分も当事者であるということがわかってから一気に現実味が増したような気がした。少なくとも今年の夏が終わるまでは交通事故などには十分に気をつけよう。


「怖がらせちゃってごめんね。具体的にいつ何が起こるとかはさすがに言えないんだけど、ひとつだけ言えることは、未来の私は凄く後悔してたの」

「後悔?」

「ど、どうしてもっと早く、青山君に話しかけなかったんだろうって」


 消え入りそうな声で山田さんが言う。

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが動いたような気がした。


(山田さんが……俺と話したかった?)


 そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。

 むしろ山田さんは俺と直接話すのを避けていたのではとすら思っていたのに。


「それって、どういうこと?」


 思わず聞くと、山田さんは一瞬こちらを見て、すぐにまた恥ずかしそうに視線を逸らした。


「青山君がいなくなってから、どうしてこうなる前に話しかけなかったんだろうってずっと思ってた。本当は、もっと色々おしゃべりしたかったのに」


 彼女の頬がどんどん赤く染まっていく。その表情には隠しきれない緊張が滲んでいた。


「わ、わたし、青山君がいなくなってから毎晩一人で泣いてた……それで、あるとき泣いてたら急に息苦しくなって、ベッドに倒れこんで……目が覚めたら過去に戻ってたの。青山君がいなくなる前の世界に」


 指先をぎゅっと握りしめて、山田さんは言葉を紡ぐ。


「最初はわたしも何が起こったのか全然わからなかったよ。ずっとおかしな夢を見てるのかとも思った。でも、学校に行くと教室に青山君がいて。それが凄くびっくりして、だけど、嬉しくて……その……」


 俺は返す言葉が見つからなかった。

 話があまりにも急展開過ぎて頭が全く追い付かない。

 困ったような顔で押し黙っていると、山田さんが申し訳なさそうな声で言った。


「ご、ごめんね、変な話して。こんな話、絶対信じられないよね……」


 俯いた顔があまりにも心細そうで、胸がきゅっと締めつけられる。

 気づけば俺は自然と口を開いていた。


「――いや、信じる」

「へっ?」


 驚いた彼女の瞳を見つめながら、俺は続ける。


「信じるよ、その話。というか、信じたい」


 もちろん俺だってタイムリープなんて非現実的な現象が起こるなんて思っていない。それに自分がどこかに消えてしまう未来なんて想像したくもない。

 だけど、もしも山田さんの説明が正しいとすれば、彼女は俺に会えなくなったことを心から悔いていたということになる。それだけで心の内がじんわりと熱くなっていくような気がした。

 そして何より、山田さんが勇気を振り絞って俺に「一緒に帰ろう」と誘ってくれたのは紛れもない事実だ。

 何かが変わるような、そんなきっかけを作ってくれた彼女に、疑いの目を向ける理由なんてどこにもなかった。


「それにさ、もし俺も山田さんと同じような状況になったら、たぶん同じことを考えると思う。俺もずっと、山田さんと話したいと思っていたから」

「えっ、あ、青山君も……?」

「うん。だから、よかったらまた一緒に帰ろう」


 俺がそう言うと、山田さんは照れくさそうに、だけど少しだけ口の端を持ち上げてこくんと頷いた。



 ◇



 青山君と初めて一緒に帰った日の夜。

 わたし――山田実憂は、ベッドの中でなかなか寝付けずにいた。


(……つ、つつつつ、ついにわたし、青山君と……しゃべった……)


 もう何度目かわからないくらい、彼と話した時の記憶が頭の中を行ったり来たりしている。

 だけどそれは仕方がないことだった。なぜなら、まさか自分が過去に戻って、ずっと憧れていた人に自ら話しかける日が来るなんて、夢にも思わなかったのだから。


(一体何が起こっているんだろ)


 わたしはふと、今の世界にくる前の記憶を思い出す。

 忘れもしない、ある暑い夏の夜。部屋で一人で読書をしていたとき、突然彼からメッセージが届いた。

 そこに書かれていたのは――


『転校することになった』


 何ともそっけないその言葉に、当時のわたしの頭は真っ白になった。

 転校? 青山君が?

 その後の彼とのやり取りで、夏休みが明ける前に彼はもうこの街からいなくなることを知った。家族の都合で海外に引っ越すことになったらしい。

 冷静さを取り戻したわたしは、ようやく青山君にもう二度と会えないということを理解した。

 その瞬間、わたしの胸に襲ってきたのは激しい後悔だった。どうしてもっと早く気持ちを伝えなかったのだろう――本当はずっと、あなたと話したかったと。


 青山君と初めて話したのは一年生の文化祭で、偶然二人で買い出し係になったときだ。

 極度に人見知りなわたしは、文化祭独特の賑やかな雰囲気にひどく緊張してしまい、周りの子たちとまともに会話ができなかった。

 だけど青山君はとてもやさしくて、わたしが苦手なコミュニケーションを代わってやってくれたり、何も言わずに重い荷物を率先して持ってくれたり、ドジな私がミスしないようにさりげなくいつもフォローしてくれた。

 とても頼りになる人だなと思ったけど、よくよく見ているとわたしと同じで異性と話すのは苦手なのかなとも思った。

 そんな不器用な一面が何となく「かわいいな」と思って、気がつけば彼のことが気になって仕方なくなっていた。

 思えば、あれがわたしの初恋だったのだろう。

 文化祭が終わった後もどうにかして彼と繋がっていたかったけど、話しかけに行く勇気なんてなかったから駄目元でメッセージを送ってみた。

 すると彼は、わたしのどうでもいい話にいつも丁寧に返事をくれた。

 迷惑じゃないかなと心配にもなったけど、彼から返事が来るのを待つ時間はいつも気持ちがふわふわして、それだけでとても楽しかった。

 またいつか二人で話せる日が来るといいな――そんな淡い期待を寄せながら半年以上RINEを送り合う日々を過ごしたわけだが、結局わたしの願いが叶うことはなかった。

 わたしは青山君がこの街からいなくなって以来、彼とのメッセージ履歴を一人で眺めては、毎晩のように枕を濡らしていた。

 寂しくて、悔しくて、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。

 ある晩、わたしは急に息ができなくなった。たぶん泣き過ぎて過呼吸だったのだろう。そのまま眠るように意識を失ったわたしは、目が覚めたときには過去の世界に戻っていたのだ。


(本当に、まだ夢でも見ているみたい)


 だけど、これが現実であるということはわかっている。

 何度頬をつねっても夢が覚める気配はないし、何よりも、今日彼と一緒に帰ったときのあの胸の高まりは間違いなく本物だ。

 そうであれば、やることはただ一つ。

 かつてのわたしが抱えていた後悔を繰り返さないように、今度こそこの胸に隠してきた想いを伝えたい。

 彼がわたしの目の前からいなくなってしまう前に。

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