第1話 未来から来た少女(1)
『青山君、今年も同じクラスだね』
『そうだね、山田さん。今年もよろしく』
四月の始業式を終えて、高校二年生になったばかりの初日。
俺――青山遥斗は、新しい教室の廊下側の一番前の席に座り、机の下でスマホをいじっていた。
『青山君は今年も出席番号一番だね』
『小学校の頃からだいたいいつも一番だよ』
『たしかに。それもそっか』
メッセージの相手は山田実憂。
同じクラスの窓際の一番後ろの席に座っている女子生徒だ。
肩にかかるくらいの黒髪を下ろし、小さな顔の半分くらいを覆いそうな大きな眼鏡をかけている。小柄で大人しく、小動物みたいな女の子。
山田さんとは一年生のときから同じクラスだったが、休み時間は友達と話している姿はあまり見かけず、大抵いつも一人で文庫本を読んでいた。
そう、彼女はいわゆる地味系女子だった。
当時のクラスの男子たちからの評価は中の上。「真ん中よりも少し可愛いくらい?」みたいな、なんとも微妙な格付けをされていた。
その主な理由は彼女の性格にある。あまり人と、特に男子と話すのは得意ではないらしく、クラスの男子と話すときはいつも無表情で返事もそっけないことが多い。
それゆえ、周囲からは「何を考えているのかよくわからない」と言われることがしばしばあった。
だけど俺は知っている。山田さんは実はメッセージだとけっこうおしゃべりな女の子だということを。
勉強のことや学校行事のこと、家族のことなど、色んなことを普通に話してくれる。ときどき可愛らしい動物のスタンプとかも送ってくる。
そもそも山田さんとメッセージをするようになったのは昨年の文化祭がきっかけだった。
たまたま一緒に買い出し係になり、そのとき初めてRINEを交換した。
当時は事務的な話をするだけだったが、文化祭が終わった後もなぜか山田さんとのやり取りは途絶えなかった。
彼女から連絡がくることもあるし、俺から連絡することもある。気がつけばそんな関係が続き、今では気軽に何でも話ができる仲になっていた。
とはいえ、山田さんとやり取りするのはメッセージのみ。教室で顔を合わせても会話はおろか、挨拶すらまともに交わすことはない。
最初はその落差に少し戸惑ったけど、次第にそれが彼女にとっての普通なのだと知った。
きっと週に数回メッセージをするくらいの関係が、彼女にとっての心地よい距離感なのだろう。
本当はもっと普通に話せたらいいのだけど――
「うぉーい、遥斗!」
「うおっ!?」
背後からいきなり背中を叩かれて、慌ててスマホをポケットにしまう。
「な、なんだ、裕也か。おどかすなって」
「なんだお前、コソコソして。それよか、今年も同じクラスだな!」
白い歯をニカッと見せながら絡んできたのは多賀裕也。
清潔感のある短髪が似合うイケメンだ。裕也とは一年のときから同じクラスで、部活も俺と同じテニス部に入っている。そのため自然と一緒にいることが多くなり、今では学校で一番よく話す友人だ。
「なあ遥斗、うちのクラスさ。けっこう女子のレベル高いと思わねえか?」
「ん、そうか?」
生半可な返事をして教室内に視線を向ける。
たしかに言われて見ると、目鼻立ちの整った美人な子が多いような気がする。周囲の男子生徒たちはさっそくクラスの女子の中で誰が一番か、熱い議論をぶつけあっていた。
「やっぱ可愛い子が多いとテンションあがるよな!」
「気持ちはわからなくもないけどな。つーか裕也、お前は彼女いるだろ。そんなこと言って大丈夫なのか?」
「まあ彼女が一番なのは間違いないが、可愛い子を見て可愛いと思ってしまうのは男の性なのだよ」
ハハハと笑う裕也に、俺はやれやれと目を細める。
「で、遥斗はどうなんだ?」
「ん? 何が?」
「だから、お前は誰が一番だと思う?」
ふいに聞かれ、頭の中にはなぜか文庫本を読む山田さんの横顔が浮かんだ。
「……別に。俺は特に誰が一番とかないよ」
「なんだよそれ、つまんねー」
不満そうな裕也に「うるさい」と言って、視線を逸らす。
まともに話すらしたことがないクラスの地味な女の子。そんな子のことが気になってしまう俺は、やはり少しおかしいのだろうか。
(少なくとも山田さんと恋愛関係になることはないだろうな)
きっとこれからも彼女とはリアルで話すようなことはなく、時折メッセージを送り合うだけのささやかな関係が続くのだろう。
そしてそのまま卒業して、いつかお互いに連絡することもなくなって自然と忘れていく。
まあ現実なんてそんなもんかと、このときの俺は呑気なことを考えていた。
◇
そして始業式から約二カ月が経った六月のある日。
新しいクラスにもすっかり慣れた初夏の頃、小さな異変が起きた。
いつも通り登校して教室に入ると、クラスの男子たちがざわついている。「何かあったのか?」と不思議に思ったが、その理由はすぐにわかった。
(あれ? 山田さん?)
窓際の隅っこの席。
いつもなら分厚い眼鏡をかけて文庫本を見つめているはずの彼女の横顔が、今日は驚くほどすっきりとしていた。彼女の顔から、あの野暮ったい眼鏡が消えていたのだ。
「おい、見ろよ。山田さん、コンタクトにしたのかな」
「マジかよ。別人じゃん」
「あの子、眼鏡外したらあんなに可愛かったのか!」
周囲の男子たちがヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
実際に今日の彼女は本当に別人のようだった。眼鏡を外しただけではなく、少し髪も短くなっているように見える。まさに「垢ぬけた」という言葉がふさわしいような、劇的な変貌だった。
席についた俺はすぐにスマホを取り出してRINEを立ち上げる。相手はもちろん山田さんだ。「おはよう。コンタクトにしたの?」と送ろうとした、そのとき――
『おはよう青山君。今日の放課後、予定ある?』
ピコンと、先に山田さんからメッセージが飛んできた。
(……放課後? 今日は部活の練習はオフだけど……)
昨年の文化祭の買い出し係のとき以来、放課後の予定を聞かれたことなど一度もなかった。俺は少し驚きながら、スマホに文字を打ち込んでいく。
『おはよう山田さん。特に予定はないけど?』
そう返信すると、その数秒後、すぐに彼女から返事がきた。
『よかったら今日、一緒に帰らない?』
(…………え?)
当然ながら、その日の授業は全く頭に入らなかった。
◇
午後の授業が終わり、放課後。
俺は山田さんとの待ち合わせ場所である正門前にいた。
クラスメイトたちが見ている前で山田さんと二人で教室を出る勇気はなかったため、授業が終わると一人でそそくさと教室を出てきた。
正門前に立ち、帰宅する生徒たちが通り過ぎていくのをそわそわと眺めている。するとほどなくして、小走りでこちらにやってくる山田さんが見えた。
「ご、ごめん。おまたせ、しました」
「う、ううん。俺が早く来過ぎただけだから」
お互いにぎこちない会話を交わし、少し間を置いてから二人でゆっくりと歩き出す。
普段は学校で会っても顔を合わせることすらないものだから、こうやって彼女と肩を並べて歩くのは何とも不思議な気分だった。
「あの、山田さん」
「なっ、なに?」
山田さんがびくっと肩を上げる。
「あ、いや。眼鏡、外したんだね。コンタクトにしたの?」
「うん。やっぱり変、かな?」
「いやいや。よく似合ってるよ」
「そ、そう? よかった」
……沈黙。
女子に見た目についての話題をふるのはよくなかったのだろうか。
一人で悩んでいると、今度は山田さんが話しかけてくる。
「あ、あの、青山君。今日、部活は?」
「部活は休み。今日は女子テニス部がコート使う日だから」
「そ、そっか」
また沈黙。
早くも話題が尽きた俺は、気まずさから逃げるように視線を斜め下に落とした。
(か、会話が続かねえ……)
いつもRINEでやり取りしているときはもう少しまともに話せるのに。
気になっていた人を目の前にするとこうも口が動かなくなるなんて。情けない自分に思わず溜め息が出そうになる。
いたたまれなくなった俺はそっと横目で山田さんを窺った。うつむき加減のその横顔はほんのりと赤くなっていて、やけに儚げに見えた。
「……なんか今日の山田さん、別人みたいだ」
「えっ?」
無意識に口をついた俺の本音に、山田さんが顔を上げる。
「あ、いや。変な意味ではないんだけど、見た目も変わったし、なんだがいつもと雰囲気が違うなって」
山田さんは一瞬目を見開いた後、すぐにまた視線を落とした。
そのまましばし黙り込んで、言葉を探すようにゆっくりと口を開く。
「……あのね、青山君。じ、実は、聞いて欲しい話があるの」
「な、なに?」
改まった様子の山田さんに、心臓がどくんと跳ねた。鼓動の音がやけにうるさく聞こえる。
まさか告白?――なんて都合のいい妄想がよぎる。
だが、彼女の口からこぼれた言葉は、俺の予想を遥かに超えたものだった。
「実は私、未来から来たの」




