束縛系モラハラ彼女の浮気現場を目撃したので、事故を装い配信で裸体を晒します!
「よーっし、今日はグロウウルフをターゲットにするか」
今日の配信予定を考えながら、スマホを片手にダンジョンへ向かう男子高校生。
彼の名前は流川 獏。
現在チャンネル登録者1500人ほどの中堅配信者だ。
彼は倒した魔物を解体して、鱗や骨を集める配信をメインに行っている。
配信開始数か月は見向きもされない彼の配信チャンネルだったが、副業に使える知識系配信者として徐々に評価を伸ばしていった。
「うーん、それとも……」
軽い独り言を呟きながら、彼は配信アプリを立ち上げる。
しかし、ダンジョンの入り口を目前にした時、獏の足は不意に止まった。
「……え?」
そこにいたのは一つ下の後輩で恋人の成瀬 理奈だった。
すらっとした高身長の男性と腕を組みながら歩き、甘い音色で甘えるように話していた。
間違いない、理奈は浮気をしている。
しかも、あの男を本命と見ているのだろう。
獏がそう思ったのは、あんなに甘い声で言い寄る彼女を見たことがないからだ。
獏が理奈と付き合い始めたのは、彼のチャンネルがまだ見向きもされなかった頃だ。
獏の配信を見ていた理奈が「すごい楽しかったよ。これからも頑張ってね」とエールを送ったのがきっかけだった。
チャンネル登録者が一桁だった頃の獏は、そんなエールを送ってくれた彼女に一瞬で心を奪われてしまった。
ただでさえ理奈は可愛いと評判の女の子だ。
愛嬌があり、聞き上手な彼女に、獏はどんどんのめり込んでいった。
さらに理奈と付き合ってることを周囲からは羨ましがられ、優越感まで満たされていた。
一方で獏は彼女に不満も抱えていた。
それは過度の束縛と干渉だ。
スマホのやりとりは3分以内に返すこと、他の女子と話すときはその内容を自分に伝えること、リスナーや他の配信者とオフ会を開かないことなど、彼女の干渉行為は数知れない。
獏はモラハラ染みた理奈の要求を愛の重さと、好意的に解釈しようと努めてきた。
けれど、彼女の浮気現場を目撃した瞬間、獏の強引な解釈は成立しなくなってしまった。
彼女の過度な干渉は単なる支配欲求を満たす手段でしかない。
そう思った瞬間、獏は心の内にドス黒い感情が溢れ出した。
配信事故を装って、理奈を陥れてやろうと。
理奈は獏に見られているとは露とも知らず、浮気相手の男に甘い言葉を囁きながらダンジョンに近づいていった。
「ねぇ修也くん、私怖いよぉ」
「大丈夫だって!俺が守ってやるからさ!」
理奈は修也と呼ばれた男に体を寄せて、ダンジョンへの恐怖を口にする。
間違いなく修也の気を引くための嘘だ。
理奈は過去に単独でダンジョンの最深部へ向かい、その様子をSNSに投稿していたことを獏は知っている。
そんな彼女が今更このダンジョンを恐れる理由がない。
「様子を伺うか」
どうやら二人は最深部まで向かうつもりはないらしい。
全層で魔物の顔ぶれが全く変わらないこのダンジョンは、資金稼ぎや写真映えを意識するならば奥まで目指すこと一択だ。
それなのに中層までしか向かうつもりのない二人は、何らかの目的があるのだろう。
二人の目的が気になった獏は、理奈たちに気づかれぬよう尾行することにした。
ダンジョンの奥へと進む二人は魔物との戦闘を避けながら、あっという間にダンジョンの中層へとたどり着いた。
そして、フロアの一角にあるセーフルームの前で立ち止まった。
「それじゃ、入ろうか」
「はぁい」
「……」
二人の目的地はセーフルームだった。
セーフルームは魔物が入ってこない何らかの仕掛けが施されており、探索者が安全に休息できるポイントだ。
「部屋デートなら、自宅ですればいいだろうに」
セーフルームはダンジョンの魔物が入ってこないというだけで、それ以上何か特別な仕掛けがあるわけじゃない。
なのにどうして二人はここへ向かったのか?
獏はその様子を伺うため、セーフルームの外で聞き耳を立てた。
「じゃあ、お互いに脱ごうか」
「ああ……」
獏は二人がどうしてセーフルームを訪れたのか理解した。
ラブホ代わりに使うつもりだ。
セーフルームに鍵はなく、扉を開けようと思えばいつでも開けられる。
そんな場所で事を始める二人のリテラシーには呆れるばかりだ。
「どうしてやろうか……」
獏は浮気現場を収めるまでの台本を脳内で計画を立てる。
二人の裸体を晒すなら、絶対に配信事故でなくてはならない。
故意であることが知られれば、配信アカウントを凍結されるだけでなく、異議申し立てをしても認められなくなる。
そもそも相手の同意を得ずに裸体を晒すのは、規約違反以前に法律に違反している。
だからこそ警察のお世話にならないためにも、慎重に行う必要がある。
また近くで配信をしていれば、二人は獏の声に気づく。
そうなれば行為を中断して、ただのダンジョン探索していたと言い張るだろう。
そのため、二人に聞こえる声で喋るわけにはいかなかった。
「あれを使うか」
獏にはとあるチートスキルがあった。
それは一瞬にしてダンジョンに干渉し、内部の魔物やアイテムもろとも抹消するチートスキルだ。
ダンジョンの外から入ってきた人間や動物は消えることなく、外へと放り出される。
つまりこの状況でダンジョン抹消を用いれば、二人は真っ昼間の開けた場所で裸体を晒すことになる。
獏は歪んだ笑みを浮かべる。
支配欲求を満たすためだけのぬいぐるみ──自分をそんな風に扱ってきた理奈への加虐心に心を躍らせていたからだ。
「ねぇ修也くん、今日はずぅーっとこうしていたいな。だから、TRPGの予定なんて白紙にしてよ!」
理奈の悪癖は浮気相手の修也が相手でも変わらなかった。
彼女はすぐに恋情を利用して、相手の行動をコントロールしようとする。
こうして自分以外との人間関係を悪化させて、自身に依存させようとするのだ。
「えっ……」
修也は理奈の言葉にためらうも、雰囲気を壊したくない一心で彼女の言葉に従った。
「大好きだよ。修也くん……」
「……」
獏は修也に同情していた。
彼もまた、理奈にとっては支配欲求を満たすためのぬいぐるみだ。
修也は恐らく理奈の本命ではない。
そもそも理奈に本命なんていないのかもしれない。
「あいつのことは可哀想だけど、セーフルームでやってるんなら自業自得か」
リテラシーが欠如しているのは修也も同じだ。
だから獏は彼を巻き込んでしまうことにためらわなかった。
「よし、やるぞ!」
二人の近くで配信を始めれば、すぐに気づかれる。
そのため、獏は一度ダンジョンの外へと向かう配信の準備を始めた。
「はい、どーもー!流川工房の解体配信!今日も始めていきまーす!」
彼はいつもお馴染みの挨拶と、リスナーへの軽快なやり取りを交わしつつ、配信をスタートさせた。
「今日はグロウウルフの解体をしていきたいと思います。グロウウルフは爪、毛皮、骨、目と使える部位が非常に多いです」
獏の口調は普段と何も変わらない。
そんな彼の思惑に気づくリスナーは一人としていないだろう。
「では、早速ダンジョンに入っていきましょう」
獏はカメラの向きを自分の顔からダンジョンの風景へ切り替えると、いつもと変わらぬ足取りでダンジョンの中へと進む。
ダンジョンに踏み入れてから約三分後、獏はカメラの向きを調整するため、わざと足を滑らせた。
「あーっと、すいません」
配信画面はダンジョンの床を映し、視聴者には何が起きているか分からない状態だ。
そして次の瞬間、獏は誰にも知られていないチートスキルをついに発動させた!
【ダンジョン抹消!】
ダンジョンの崩壊が始まったことを確認すると、獏はスマホのカメラをセーフルームへと向けた。
辺りは真っ白に包まれて、ダンジョンを構成していた岩石は砂埃のように分解されていく。
しばらくすると、ダンジョンを構成していた岩壁、魔物、アイテム、それら全てがデータごと消去されたかのように何も残らなかった。
ダンジョンが完全に消え去ると、地下深くにいたはずの理奈と修也が地上に放り出されていた。
真昼の太陽が照り付ける中、一組のカップルが裸のまま獏の配信画面に映し出される。
その様子にコメント欄は大盛り上がりだ。
「えぇっ!」
「神展開!」
「えっ、こいつら誰?」
「もしかしてダンジョンでパコってた?」
中には獏が二人を晒すために、何かやったんじゃないかと疑うコメントもあった。
だが、ダンジョン抹消を使った証拠なんかない。
そもそもそんなチートスキルは周知されておらず、書き込んだ本人も本当に獏がやったとは思っていないだろう。
「ひゃっ、キャアアアアア!」
理奈が悲鳴を上げる。
「ええええぇぇぇっ!」
修也も何が起きたか理解できず、あたふたするばかりだった。
二人が脱ぎ散らかしていた衣服はダンジョン内のアイテムとして感知されたらしく、ダンジョンと共に消滅していた。
「え、うそ、何これ!?って、おい!」
獏は困惑する演技を少しだけしてから、視線の先にいた理奈へと詰め寄った。
「理奈、どういうことだ!」
「えっと獏くん、これは……」
獏はスマホを内ポケットに仕舞い込む。
ただし、電源はもちろん配信は切っておらず、音声はリスナーにだだ漏れだ。
「理奈、お前はクラスの女子と少し雑談していただけで、俺を悪者に仕立て上げてきたよな?」
あの時の事件は獏にとって悪夢でしかなかった。
理奈は大勢の前で泣き喚き、あれ以来クラスの女子はほとんど彼に話しかけられなくなっていた。
「そのお前が他の男と裸になって何をやっているんだ?」
理奈は慌てた様子で修也に人差し指を向けて、彼に罪をなすりつけた。
「私は悪くないの!修也くんがどうしてもってしつこく迫ってくるから仕方なく……」
「おい!」
全てを修也のせいにして、その場をやり過ごそうとする理奈。
しかし、彼女の態度に修也も黙っていなかった。
「理奈、お前は何を言ってるんだ!」
突然の暴論に、修也は怒声を上げた。
彼は理奈に彼氏がいたことなど聞かされていなかったのだ。
「最初に誘ってきたのはお前だろ!」
「違う!私は悪くないもん!」
ダンジョンをラブホ代わりに選んだのは修也らしいが、それ以外はほとんど理奈の判断によるものらしい。
どちらが誘ったのか?
修也は理奈が獏と付き合っていたことを知っていたのか?
それらは獏の知るところではない。
しかし、一部の非を認めた上で主張をする修也に対して、理奈は全ての非を認めなかった。
どちらが都合の良い嘘を付いているかは明白だ。
二人の口論が白熱する中、獏は追い打ちをかけるように演技をする。
「やべっ、配信切ってなかった!」
「はぁっ!?」
理奈はその言葉に青ざめた表情で、泣きながら獏を非難する。
「どうしてくれるのよ!」
今のやりとりが配信で全世界に拡散されたと理解していたからだ。
「自業自得だろ」
そんな理奈を獏は冷たく突き放した。
「一生分の慰謝料を払ってもらうからね!」
理奈は脅すように言葉を向ける。
だが、彼女は裁判を起こさないだろう。
裁判を起こせば彼女の勝訴はほぼ間違いないが、請求できる慰謝料はたかが知れている。
しかも獏が裁判になったことを配信で話せば、彼女の醜態を人々はいつまでも忘れてくれない。
大学受験や、就職にも悪影響を及ぼすことは間違いないだろう。
つまり理奈が裁判をするメリットはどこにもない。
「ぐすっ、誰か助けてよ」
状況が好転しないことに涙する理奈。
獏はそんな理奈を無視して、彼女の浮気相手であった修也に声をかけた。
「えーっとすみません、服を買ってきますので……」
「ああ、ありがとうございます」
修也は複雑な心境で獏にお礼の言葉を告げる。
近くの洋服店に足を運んだ獏は、適当なTシャツと、ズボンをすぐさま購入した。
今頃彼も理奈と共に映像が拡散され、特定班が動いていることだろう。
だから巻き込んでしまったせめてものお詫びだ。
もちろん理奈の分を買うつもりはない。
ダンジョンのあった場所に獏が戻ると、そのときすでに理奈の姿はなかった。
よりを戻すことを諦めて、裸のまま家に帰ったのだろう。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
修也は獏から衣服を手渡されると、理奈と付き合っていたことに謝罪をした。
何も知らなかった彼に非はない。
だから獏は彼を責めなかった。
「あいつと裁判になったら、証人になるんで俺を呼んでください」
修也は獏にスマホの連絡先を伝えた。
彼はリテラシーに欠けるが、誠意のある人物だ。
獏は彼の申し出を快く受け止め、連絡先を受け取った。
「はい。ありがとうございます」
ぎこちないやりとりだったが、理奈の傲慢を許すまいと二人は意気投合していた。
数日後、獏のチャンネルはコメント欄が炎上しており、配信アカウントは運営によって凍結処分がされていた。
けれど獏にとっては想定の範囲内だ。
意図的でないことを運営に伝え、異議申し立てを行えば、二週間ほどで凍結解除がなされるはずだ。
すでにチャンネル内の配信アーカイブは削除済であり、あとはチャンネル再開後に謝罪配信を行えば騒ぎは収まるだろう。
両親や高校の先生たちから、配信活動をやめろと言われるかもしれない。
彼の炎上は配信コメント欄だけに留まらず、SNSのトレンド欄に載るほどだった。
大学の推薦入試は到底期待できないだろう。
報復に手を染めた彼もまた、それなりの代償を負うことになった。
だから、一度ダンジョン配信から手を引き、勉強に専念することも視野に入れていた。
理奈と修也はあの騒ぎのあと、すぐに住所、本名、通っている学校まで特定された。
修也は顔面フリー素材として扱われて、約一週間の間笑いものにされていた。
けれど、彼の炎上はすぐに鎮火した。
それほど人々の反感を買う振る舞いをしていたわけではないからだ。
一方の理奈は違った。
事件のあった翌日からすぐに同級生からビッチと揶揄され、一部の男子生徒からはセクハラしてもいい相手だと認識されるようになった。
学校側が行った事情聴取では嘘の弁解を見破られ、退学処分が下された。
一連の騒動から両親に勘当された理奈は家を追い出されて、彼女の居場所はどこにもなくなった。
その後、彼女がどこに向かったのかは分からない。
大方、他の浮気相手の家で寝泊まりしているのだろう。
みんなそんな風に認識していた。
それから一年後のある日、行方を眩ませていた理奈がSNSで再び話題となっていた。
どうやら彼女は高校を退学した後、都心の売春スポットでたちんぼをしていたらしい。
「……」
SNSで拡散された理奈の写真を見た獏は、本当に彼女なのかと目を疑った。
あの頃の愛らしい雰囲気は全く感じられず、生気のない表情で売春スポットに立っていたのだ。
そして何よりも驚いたのは、彼女が妊娠していたことだ。
どうしてそんな人生を歩んでいたのかは分からない。
噂では先日監禁暴行の疑いで捕まった男の被害者ではないかと言われていた。
その容疑者のニュース記事を確認すると、人間関係を壊されたことへの逆上がきっかけらしい。
あの頃の理奈のやっていたことそのものだ。
おそらくその噂は真実なのだろう。
「理奈、結局お前はそういう生き方しかできないんだな」
獏はかつて恋人だった理奈の悲惨な姿に憐れみの表情を浮かべると、そっとスマホを閉じた。




