7.「PNウィルスについての特徴」
PNウィルス、果たして人類に対抗策はあるのか――!?
「まず結論から申し上げましょう……PNウィルスのワクチンは――まだ完成していません!」
今野さんはそう言い切った。
あーあ、やっぱりね。
ウィルスが発見されてから、まだ二ヶ月くらいしか経っていない。そんな簡単にワクチンが作れるわけがないか。
私は少しがっかりして、視線を落とす。
その瞬間、今野さんが続けて、信じられないようなことを口にした。
「ですが、二年……いや、一年待ってください! この今野、一年以内にPNウィルスのワクチンを完成させることを約束しましょう!!」
「えっ? 今、なんて……?」
「大事なのでもう一度言いましょう! この今野なら、PNウィルスのワクチン――一年以内に作れます!!」
自信満々な表情で断言する今野さん。
「どういうことなのか、説明する前に……私から、日本政府と日本国民の皆さんにお願いがあります」
「まずは、日本政府の方……引き続き、渡航制限を継続し、ウィルスの上陸を防いでください!」
「ワクチンを作るためにも、必要なのは、時間と集中できる環境の確保。やはり、この日本だけでも、ウィルスの上陸はできるだけ防いでおきたい……日本の安全を守るためにも尚更です」
「そして、日本国民の皆さん! 私からあなた方にお願いするのは大きく二つ!!」
「まず一つは、これまで以上に助け合うこと!」
「今までだってそうでした。災害で大きな被害が起きたときも、日本は助け合いの精神でそれを乗り越えてきた。ウィルスだって同じです! 隣人に疑心暗鬼になるのではなく、隣人を助け合い、そしてその助け合いの心を〝ウィルスのように〟日本全体に広げる! 一致団結した我々なら、PNウィルスなんぞに負けるはずがないでしょう!!」
「そしてもう一つは――PNウィルスについて知ることです!」
「今から、このウィルスの特徴を、世界中で知られている事実と、私の研究成果を合わせて、一からご説明いたします。特徴を知るだけでも、あなた方日本国民の生存率は必ず上がる!」
「そして、順を追って説明すれば、なぜ私が〝ワクチンを一年以内に完成できる〟と断言したのか、あなた方は必ず納得していただけるはずです!」
その熱量に、私は再びテレビ画面に釘付けになった。
そして、ようやく――
今野さんが〝日本医学会の最高頭脳〟と呼ばれている理由が、少しわかった気がした。
「PNウィルスについての特徴は、以下の通りです。ニュースなどで既に知られている事実も含まれていますが、もう一度おさらいしておきましょう」
今野さんが合図を送ると、スタジオの大型モニターが切り替わり、「PNウィルスの特徴」と書かれた画面が表示された。
◆PNウィルスの特徴
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一、感染経路は飛沫感染・接触感染・経口感染の三種類のみ
二、空気感染はない
三、感染後は、狂犬病のように神経を通って脳に到達し、そこで爆発的にウィルスが増殖する
四、脳の中で増殖したウィルスの毒素が、脳の理性や思考を司る前頭前野の機能を破壊し、やがて毒素は両目に蓄積される。感染者の目がミッドナイトブルーの色に変色するのはこのため
五、個人差によるが、感染すれば、早ければ数分、遅くても一時間以内には、俗に言う感染者と呼ばれる状態になり、破壊衝動に支配され、非感染者を優先的に襲う
六、知能が低下し、凶暴化する症状と毒素が目に溜まる症状が起きるのは、人間とチンパンジーにのみ確認されている
七、他の生物の場合では、動物は毒素が目に溜まる症状が起きても、知能低下と凶暴化は確認されない。植物の場合は、そもそも目立った影響はなし。つまり植物はウィルスの感染はあっても、発症はないと見ていい
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「以上、七つがPNウィルスの大まかな特徴となります。これらも順を追って具体的に説明しましょう」
今野さんは、冷静に淡々と説明を続けていった。
ワクチンの話を除けば、私が個人的に一番気になっていたのは――PNウィルスが空気感染するかどうか。
空気感染までするタイプだったら、感染を防ぐ難易度は爆上げだ。
一先ず、空気感染がないだけわかっただけでもホッとした。
引き続き、私は今野さんの言葉に耳を傾ける。
「一、二、の感染経路については、海外のニュースを見ていた方ならご存知かもしれません。空気感染はない、という見解は海外でも有力でしたが――私の研究により、空気感染は100%起きないことが判明しました」
「つまり、感染者との接触以外で感染することはあり得ない。……もちろん、会ってほしくはありませんが、日本でも感染者が現れた場合、銃でも持っていない限り、直接戦うのは避けるべきでしょう」
「続いて三、の感染から脳までの侵食について」
「理論上、感染しても――脳までウィルスが届く前に止められれば、俗に言う感染者化は防げます。が、体内にウィルスが入った瞬間、脳への侵食スピードは非常に早いのです」
「たとえば、脳から最も遠い体の部位である、足の指先、つまり、足の親指や小指とかですね。そこからの侵入でも、一秒以内には脳に届く……つまり、ウィルスが体内に入ってから救うことは現実的には厳しいと言わざるを得ません」
「そんな……じゃあ、やっぱり噛まれたら、もう助からないんだ……」
私は思わず、小さくつぶやいた。
PNウィルスのあまりの凶悪さに、背筋が冷たくなる。
「続いて、四、と五、の感染者化のプロセスについてですが、こちらは既に多くの専門家が解説していますので、詳細な説明は割愛させていただきます」
「うん……四、と五、については前から知っていたからいいと思う」
スタジオにいる今野さんが聞いているはずはないが、私は今野さんとお話するように、つい返事してしまう。
「最後に六、と七、について、俗に言う人々を襲う感染者化ですが、確認した範囲では、この状態になるのは、我々人間と、人間に最も近い動物である、チンパンジー。この二つだけですね」
「実験用のマウスにもPNウィルスを注入しましたが、目の色がミッドナイトブルーに変わるだけで、行動には一切変化が見られませんでした」
「試しに、我が家の猫や犬、その辺の虫とか野生の猿にもウィルスを注入したのですが……、やはり、目の変色以外は何の変化もなかったのです」
「これは、毒素が目に溜まることがあっても、脳に影響がないためであります。つまり、我々人間とチンパンジー以外の動物は、このウィルスは〝無害〟と言えるでしょう」
……ちょっと待って。
さらっと今、とんでもないことを言った気がする。
試しに、猫や犬、虫にも、野生の猿にも注入した? 彼らが可哀想なこともあるが、もしそこから感染拡大が起きたらどうするの?
この時、私はPNウィルスそのものより、今野さんという人間のほうがよっぽど危険なのでは――そんな考えさえ浮かんだ。
実際、今野さんの「試しに、我が家の猫や犬、その辺の虫とか野生の猿にもウィルスを注入したのですが……」という発言は、問題視され、後日、動物愛護団体から猛抗議があったことは言うまでもない。
「なお、植物については、ウィルスを注入しても、まったく何の症状も現れませんでした。もちろん、すべての動物や植物を調べたわけではありませんが、現時点での結論としては、PNウィルスが〝脅威〟になるのは、やはり人類とチンパンジーだけです」
「ちなみに、ポイント・ネモで発見された、ネモ・デメニギス、ネモ・ダイオウイカ、ネモ・ダンボオクトパスといった深海魚も他の動物と同様、凶暴化や異常行動は確認されていませんでした」
人間とチンパンジーだけが感染者化する――
その事実を聞いたとき、胸の奥から、なんとも言えない複雑な感情がこみ上げてきた。
PNウィルス。
それは、深海という神秘の領域を暴こうとした人類に対する罰なのか。
あるいは、人類という種が進化の傲慢を重ねた末の、必然的な淘汰なのか。
宗教家の中には、「審判の日がキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」とテンションMAXで騒ぎ出す者もいれば、
「貴様ら人類が神への信仰を捨て、科学ばかりにうつつを抜かすから、神が罰を下したのだ!!」と、まるで救世主のように説教を垂れる者まで出てきている。
そのとき、画面の中の今野さんが、突然、厳粛な表情で語りはじめた。
「ポイント・ネモの深海調査――それは当初、我々人類に新たな希望をもたらす〝福音〟となると思われていました」
「……しかし実際は、絶望をもたらす〝パンドラの箱〟だったのです。そして我々人類は、その箱の中を解き放ってしまった……」
その言葉を聞いて、私の中の不安と恐怖は、さらに濃く、重くなっていく。
やっぱり、人類はPNウィルスに駆逐される運命なのか。
もう、希望も未来もないのか――
そう思いかけた、そのときだった。
「しかし、忘れてはいけません。パンドラの箱の底には希望が残ったように……我々人類にはまだ、希望が残されています」
その一言で、私はすがるように、テレビ画面を見つめた。
「私という希望がね……人類に、この最高頭脳がまだ残されていたことは――不幸中の幸いだった」
自信満々に、けれどどこか使命感を帯びた口調で、今野さんは続ける。
「PNウィルスを研究していく中で、私は確信しました。〝私ならワクチンを完成できる〟――そう断言できる、明確な根拠があるのです!!」
その言葉に、私は思わず背筋を伸ばした。
――もしかしたら、本当に……今野さんなら、ワクチンを作れるかもしれない。
しかも、たった一年で。
一年。
それだけなら……なんとか、生き延びる自信はある。
「気になるその根拠とは――」
ゴクリと私は唾を呑み込んで、今野さんの言葉を待つ。
「……答えは、CMの後で!」
人類の希望は、今野に託された!!




