20.「疫滅の刃」
紗綾さんが部屋を出てから、しばらく時間が経った。
私と順は部屋の隅で体育座りをして、大人しく待っていた。
紘人さんをはじめとする感染者たちも、ボーっとしたまま大人しかった。
待っている……待っているけど、紗綾さんが一向に戻る気配がない。
さっき、命の危機に晒されたばかりということもあり、だんだんと不安が募っていく。
「紗綾さん……遅いけど、大丈夫かな?」
「信じて待つしかないよ。僕らは下手に動かない方がいい」
順の言うことは正論だ。
もし私たちが勝手に探しに行って、途中で入れ違いになったら意味がない。
……でも、このまま待っているのもしんどいなぁ。
正直、私は元々ジッとしているのが苦手だ。何もしていないと、不安ばかりが膨らんでいく。
その不安を振り払うように、私は思いついたことをぽつりと口にした。
「ねえ、順。ふと思ったんだけどさぁ……もし、紗綾さんが……その、もしもの話よ……もし亡くなったら、紘人さんたち感染者はどうなるのかな?」
なぜそんなことを聞いたのか、自分でもよくわからなかった。ただ、気になったから口に出しただけ。
「……っ、そ、それは……わからないとしか言いようがない……どうなるんだ?」
順は明らかに戸惑っていた。
「紗綾さんが亡くなっても命令が有効なら僕らを守るはずだし……亡くなった場合にそれまでの命令が無効になるなら……僕らを襲うかも?」
「そうなったら……ヤバいよね? 私たち」
なんでこんな話をしてしまったのか――後悔した。
ただでさえ不安なのに、自分でその火に油を注いでしまった気がした。
――仕方ない。
「私――刀、取ってくる!」
「えっ!?」
私は勢いよく立ち上がり、そう宣言した。
目指すのは、この3階北エリア最奥にある刀剣専門店〝龍門刀堂〟。
「愛華! 待てって! 紗綾さんからも『この部屋に待機しておいて』って言われただろう?」
順があわてて止めにかかり、私の手首をつかむ。
「放してよ……私、一人で行ってくるから」
「尚更、行かせるか! この3階には感染者がいるという話だろう!? 襲われたらどうするんだ!!」
「襲われたら、返り討ちにすればいいじゃん」
「なっ……!?」
順の目が驚きに見開かれる。
強がって言っているのは、私が一番わかっている。
感染者を操れるチートな紗綾さん、見た目は頼りなくても、いざって時にはちゃんと頼りになる順、紘人さん含めて守ってくれる感染者たち。
みんな、本当にすごい――私以外は。
先の金山たちとの戦いでいやというほど痛感した。
私は弱く無力だ……みんなの足を引っ張るほどに。
でも、だからこそ思う。私だって強くならないと。
守られてばかりじゃ駄目……逆に私がみんなを守れるほどの力を――というのは傲慢だけど、みんなの足を引っ張らないほどには強くなる努力はしないと。
「順はいいよね……私のパパとママを始め、感染者をやっつけた経験がそれなりにあるから」
「!?」
「対する私は、一度だって感染者をやっつけたことがない……私だって感染者と戦えるくらいの経験はしないと」
そして、まっすぐ順を見つめて言った。
「……強くなるんだ私だって!!!」
私は力いっぱい、順の手を振りほどく。
そして勢いよくドアを開け、部屋の外へと飛び出した。
「ちょ、ちょっと、愛華――! くそっ……紘人さん、一緒に来てください!!」
振り返ると、遠くの廊下で順が紘人さんを引っ張って追ってくるのが見えた。
紘人さんは「私たちを襲わない」「私たちを守る」という命令は受けているけど、それ以外の行動は紗綾さんの命令がなければ自発的には動けない。だから、順も移動させるのに苦労しているのだろう。
でも、順には悪いけど、手伝うわけにはいかない。
一刻も早く、武器を手に入れるために。
手には、順から貰ったバールを持っている。けれど、やっぱり刀のように殺傷能力が高い武器が欲しい。
私は〝龍門刀堂〟を目指して、早足で通路を進んだ。
そして、ついにたどり着いた。刀剣専門店〝龍門刀堂〟。
幸い、ここまでの道中に感染者の姿はなかった。
この3階にどれほどの数の感染者がいるかはわからないけど――もしかしたら、紗綾さんがすでに何体かを集めてくれているのかもしれない。
順たちがここまで来るには、もう少し時間がかかりそうだ。
私はこの店に感染者もしくは、金山たちの仲間がいる可能性を考え、注意しながら、刀を探し始めた。
うん、色々と刀がある。
どれも切れ味良さそうないい刀ばかりだ。
でも、私が選ぶとしたら……やっぱり女子だから、〝重すぎないこと〟、〝リーチがそれなりにあること〟。この二つが必要条件だ。
重すぎたら扱うのに苦労するし、かといって軽いのを選ぼうとして、リーチが短い刀を選んでしまえば、感染者相手に戦うのは好ましくない。
そうして、ガラスケースの中を順に見ていったとき――
ある一本の刀が、ふと目に留まった。
「……え? 疫病退散?」
刀身に、そう刻まれていた。
そして、その刀の名は――
「蓮華刀?」
説明書きを読むと、刃渡りが2尺2寸(約66.6cm)ほどの日本刀らしい。
〝リーチがそれなりにあること〟この条件は満たしている。
なぜだか分からないが、私はこの刀に強く惹かれた。
もしかすると、自分の名前に含まれる〝華〟の文字と通じるものを感じたからかもしれない。
「(この刀を使ってみたい――!!)」
そんな衝動に駆られた私は、すぐに店の奥を探し、鍵の束を見つけ出す。
束の中から順番に鍵を試し、蓮華刀が収められたガラスケースに差し込んでいく。
――カチャリ。
鍵が回り、ケースの扉が静かに開いた。
ゴクリと私は唾を呑み込む。
おそるおそる、私はその刀を手に取った。
重さは――まあまあある。けれど、振れないほどじゃない。
「(まずは試しに……振ってみよう)」
「フン! ハァ! ヤァッ!!」
思いきり振り回してみる。
うん、悪くない。
確かに重さはあるが、使っているうちに慣れそうだし、何より筋トレにもなりそうだ。
「蓮華刀……蓮華って、蓮のことだよね。植物にはPNウィルスが効かない。そして、刻まれているのは疫病退散……」
私はブツブツと呟きながら、ひとつのアイデアを思いついた。
「鬼をやっつける刃を〝鬼滅の刃〟と呼ぶなら……PNウィルスの感染者をやっつけるこの刃は、疫滅の刃と呼ぼう」
そして、私は高らかに宣言する。
「この刀に決めた!!!」
新たに手に入れた武器を手にし、言い表せない全能感が胸に込み上げてくる。
この武器で感染者と戦ってみたいと思うほどに――
私は新たな武器を手に、店を出た。
目の前には、順たちの姿が見える。
今の私の気持ちはこうだ。
――武器も手に入ったし、そろそろ順のところへ戻って、紗綾さんの合流を待とう。
……そのはずだったのに――
ガタッ!
突然、隣の服屋から何かが動く音が聞こえた。
「(まさか……感染者かも!?)」
イケイケ状態だった私は、そのまま順のもとへ戻るのではなく、一人、音のした隣の服屋へと足を踏み入れてしまった――。
ゾンビ作品において、
アメリカが舞台なら木製バット(あるいは銃)。
イギリスが舞台ならクリケットバット。
そして――日本が舞台なら、やっぱり日本刀で戦うべきでしょ!!




