18.「喰い尽くせぇえええええええええ! あんなケダモノぉおおおおおおおお!!」
全身が痙攣するかのようにピクピクと震えていた銅壁の身体が突如止まった。
そして、何事もなかったかのように、ゆっくりと立ち上がる。
「こ、小綿? 身体は大丈夫なのか!? ま、まるで感染者みたいな動きしていたから……!」
銅壁の背後には、金山と銀城がいる。
だからこそ、彼らにはまだ異変が見えていない。
だが、私と紗綾さんの位置からは、はっきりと見えていた。
――銅壁の両目が、ミッドナイトブルーに染まっていることを。
銅壁は、ぎこちないながらもゆっくりとゆっくりと振り返る。
その視線の先には、かつての仲間である金山と銀城がいた。
そして――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「「小綿――!!!!」」
変わり果てた姿に、金山と銀城が悲鳴を上げる。
「これであなたたちは終わりよ……」
それを見た紗綾さんは、勝ち誇ったように薄く笑った。
「紗綾さん、倒すなら銀髪の男から!!」
私はすかさず助言を紗綾さんに送る。
身長、体格、ここまでのただずまいから、金山の方が銀城よりも強そうだ。
ならば、まずは銀城から叩くべきだ。
紗綾さんは、私の言葉にコクンと頷いた。
次の瞬間――
銅壁は、手にしていた十徳ナイフを自らの太ももにグサッと突き刺した。
そして、血の付いた十徳ナイフをそのまま手にし、銀城に向かって突進する。
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
「うわぁああああああああああ――!!」
感染者と化した銅壁の異様な気迫に、銀城は怯み、動きが遅れた。その隙を突いて、血染めの十徳ナイフが銀城の腹部を貫く。
「ぐっ……!」
刃渡りが小さい十徳ナイフでは、そこまでの殺傷能力は高くないかもしれない。
だが――それは最初から、殺すことが目的ではない。
紗綾さんの真の狙いは、〝仲間を増やす〟ことだから。
「……あ゛う゛!」
腹部を刺した直後、銅壁は銀城を蹴り飛ばす。
だが、追撃でトドメを刺すことはせず、すぐに次なる標的――金山へと向き直る。
血染めのナイフを振りかざし、咆哮をあげながら襲いかかる。
「小綿ぁあああああああああああ!! テメェ変わっちまったなぁああ!!」
金山は叫びながらも、銀城と違い動揺に飲まれることなく冷静に対処していた。
迫る銅壁のナイフ攻撃を寸前でかわし、足払いをかけて床に倒す。
そのまま馬乗りになり、銅壁の動きを封じる。
「な、なんで小綿が感染者になっちまっているんだよ……!?」
金山は銅壁の頭を手で押さえつけたまま、銀城に問いかける。
「さ、さあ!? 噛まれた跡もないし、感染者の血が入った形跡も……!」
銀城は腹部を刺された傷を手で抑えながら、必死に答えた。
「(くっ、やはり金山は強い……! 銅壁を感染者化させただけでは倒せないのか)」
このまま銅壁がやられれば、また私たちは不利になる。
銀城の感染は成功したが、いつ感染者化するかまでは、さすがの紗綾さんでも読みきれないのだろう。
それでも――彼女の顔に焦りの色は一切なかった。
そのときだった。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
近くで扉を叩く音と叫び声が聞こえる。これは――感染者の仕業か。
「ひぃい! おい、存田。ここがバレでやんす!? どうするやんすか!」
「な、なぜ……部屋の音が聞かれたのか!? いや、それよりも――美徳! タオルだ! 近くのタオルを寄こせ!!」
「えっ!?」
「早く――!!」
金山に怒鳴られた銀城は、近くの棚からタオルをつかんで投げた。
金山はそれを受け取り、唾を飛ばして抵抗する銅壁の攻撃を躱し、顔面に押し当てた。
続けて、金山はポケットから何かを取り出し、手元でシャカシャカと振った。
それはカチャリという音とともに、刃を開き――バタフライナイフへと変形する。
「悪く思うなよ、小綿……」
そう呟いた金山は、ためらいなく銅壁をザクザクと刺した。
そして――銅壁の動きが、完全に止まった。
「ハァ……ハァ。さて、次は――美徳、お前だ」
立ち上がった金山は、ナイフの刃先を銀城に向けた。
「小綿の血のナイフで刺されたよな? お前も感染者になるんだろう?」
「……いや、もうなっていたか」
そう金山の言う通り、すでに銀城の両目はミッドナイトブルーに染まり、感染者と化していた。
しかし金山は、先ほどのように動揺しない。
むしろ、すでに覚悟を決めたような、冷徹な目をしていた――まるで、目の前の銀城をかつての仲間として見ていないように。
向かい合う銀城と金山。
そして、銀城は走り出す。
……だが、向かったのは金山ではない。扉の方だ!
一瞬呆気を取られる金山。だが、すぐにその意図を読み取る。
「まずい!」
扉の鍵を開けようとする銀城。
いや、正確には、紗綾さんが銀城をそう操っているけど。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
外から今も扉を開けようと攻撃する感染者。
流石の金山も焦りの表情を見せる。
「させるかぁ!」
金山は駆け寄ると、ナイフを銀城の後頭部に一刺しする。
そこで、銀城の動きは止まり倒れた。
つまり、それは扉を開けて、感染者をこの部屋に入れる作戦が失敗だということに。
「へへ、危なかったぜ……なんとか止められた」
扉の向こうからは、今も感染者たちの叩く音が鳴り続けている。
「さて……このまま俺だけで楽しむのもいいが……今の一連の流れ、解せない点がある」
金山はホッとする間もなく、険しい表情で思考を巡らせていた。
正直言って、ピンチだ。銅壁を感染者化させたときは、これで形勢逆転だと思ったけど、想像以上に金山は強い。
「美徳が感染者になったのはわかる。感染者である小綿の血が付いたナイフで傷つけられたからな……だが、なぜ、そもそも小綿は感染者になった!?」
「それに感染者の動きもおかしかった。ナイフを使う、扉の鍵を開けようとする……まるで理性のある人間のような行動をしていた? どうなっている?」
その時、金山の表情が何かに気づいたように鋭く変わった。
「はっ……待てよ! 小綿に異変が起きたのは、深水! テメェがあいつに唾をぶっかけたときからだった……何者だ!! テメェ!!!」
金山は先ほど銅壁の顔面に押し当てたタオルを今度は紗綾さんの口元を当てて押し倒す。
「その眼帯が怪しいな、見せてみろ」
ピッ――。
鋭い音を立てて、金山のナイフが紗綾さんの眼帯を切り裂く。
そして、その右目が露わになった。
「……その右目? テメェ、感染者だったのか!?」
金山は明らかに動揺していた。だが、対する紗綾さんは、命の危機に瀕しているにもかかわらず、落ち着き払っている。
「なるほどな……感染者が相手ならヤルわけにはいかねぇが、殺る必要はあるわな」
金山は左手に持ったナイフを紗綾さんに振り下ろそうとする。
「(紗綾さんが危ない――!!)」
思考よりも先に、私の身体が動いていた。
手足は縛られて動けない。自由なのは、口だけ。
ならば、今できる最大の行動を――
ガブッ!
まるで感染者のように金山の左腕に噛みついた。
「いっっっっっっっっっ痛ぁあ~~~~~~~~~~~~!!!!」
「愛華さん!!」
金山と紗綾さん、そして私自身も、その行動に驚いていた。
「このッ……テメェ、離れろ!!」
金山が左腕を激しく振るい、私を振りほどこうとする。
けれど、私は離れない。必死に歯を食いしばり、ギュウウウウウと噛み続けた。
「愛華さん! もう充分よ!! 離れて!!!」
「っこの野郎!」
金山はついに紗綾さんから離れ、私をそのまま床に叩きつけるように押し倒した。
血に濡れたナイフの切っ先が、目の前に突き立てられる。
「文月! テメェだけは生かして楽しんでやろうと思っていたが……ここまで可愛くないなら話は別だ」
「まずは、テメェから殺してやるよ!!」
金山はナイフを右手に握り直し、そのまま私に向けて振り下ろそうとする。
「愛華さん!!!!」
――怖い。
でも意地でも、離れない。
私はせめてもの抵抗として、左腕を喰いちぎる覚悟で、全身の力を歯に込める。
こんな奴に犯されるくらいなら死を選んでやる!!
私はそう自分を奮い立たせて、尚も嚙み続ける。
そして、ナイフが振り下ろされる。
次の瞬間――
バン!
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
開かずの扉が音を立てて吹き飛ぶように開かれた。
その音に反応するように、金山のナイフはピタっと、私に当たる寸前で止まる。
「喰い尽くせぇえええええええええ! あんなケダモノぉおおおおおおおお!!」
紗綾さんの叫びとともに、扉の向こうから――六体もの感染者が、怒涛の勢いで金山に襲いかかってきた。
「うわぁああああああああああああ!!!!」
流石の金山も多勢に無勢だった。
感染者たちが一斉に群がり、喰らいつき、悲鳴と嫌な咀嚼音が部屋に響く。
「た、助かった~~!!」
私はホッとした。その時、緊張の糸がプツンと切れたためか、滝のような汗がぶわっとが噴き出した。
あの感染者たちは、紗綾さんによって操作されている。
であるならば、私が襲われることはない。
「助かりましたね……私たち。たまたま感染者がここに来てくれてよかった」
私は紗綾さんに声をかけた。
「……いいえ、〝たまたま〟じゃないのよ」
紗綾さんは微笑みながら言った。
「この感染者たちは、施設の入口――つまり、公園エリアにいたものを、六体ほど、連れてきておいたの。私たちが1階にいた頃からね」
「えっ?」
衝撃の真実に言葉を失った。
1階にいた頃からいた?
だって、私たちが1階や2階を探索したときは、感染者がいた気配なんて一切なかったのに……
すると、紗綾さんは私の疑問に答えるように話を続けた。
「見つからないように、ずっと後ろから追跡させていたの。隠れながらね。万が一、こういう事態になった時のために、動けるように」
そこまで見越していたなんて――流石は紗綾さん!
「でも、助けに入るのに、思ったより時間がかかってしまったわ……命の危険にさらしてしまって、ごめんなさい、愛華さん」
そう言って、紗綾さんは深く、静かに頭を下げた。
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