12.「二人はどんな出会いだったのですか?」
「深水さんと紘人さん、二人はどんな出会いだったのですか?」
夕飯も済み、順が一番風呂に入っている間、私はお茶を片手に、リビングで深水さん夫妻とくつろいでいた。
「ねぇ……家族になるんだし、私のことは〝紗綾〟って下の名前で呼んでくれないかしら?」
「えっ?」
「夫のことを下の名前で呼んで、私だけ苗字っていうのも……なんだか他人行儀に感じちゃって」
「あっ、すみません……深じゃなくて、紗綾さんさえよければ、もちろん!」
そういえば今までずっと〝深水さん〟と呼んでいたから、それがもう私の中で自然になっていた。
「……ありがとう。私も〝文月さん〟と〝天川くん〟じゃなくて、〝愛華さん〟と〝順くん〟って呼ばせてもらってもいいかしら?」
「ええ、もちろんです!」
私がそう返すと、深じゃなくて、紗綾さんはふわっと優しく笑った。
下の名前で呼び合うだけで、少しずつ家族のような距離が縮まっていく気がした。
「順くんにも、一応聞いておいた方がいいよね? 下の名前で呼んでいいかって」
「いやあ~、アイツなら、苗字でも名前でもどっちでも気にしないと思いますよ?」
「「ハハハハハ」」
私と紗綾さんは顔を見合わせて、笑い合った。
「……ところで、私と夫の出会いだったわね? そうね……最初に出会ったのは、私が入社した年だったわ。配属された営業部に夫がいて……そのとき、夫はすでに課長だったの」
「課長? 紘人さんが」
「ええ。いわゆる年の差夫婦ってやつよ。私は今23歳で、夫は36歳」
「えっ、嘘!? 見えない……!」
私は驚いて思わず口に出してしまった。
見えないとは、紘人さんと紗綾さんの見た目の印象からだ。
紘人さんは感染者とはいえ、実年齢より5、6歳は若く見える。
紗綾さんがスキンケアしているかもだが、肌はみずみずしく、顔立ちも整っていて、とても30代半ばには見えなかった。
一方、紗綾さんは背中まで届く艶やかな長い黒髪と、どこか妖艶で落ち着いた雰囲気を纏っていて、まさに〝ザ・大人の女性〟。
だからこそ、実年齢よりも少し上に見えることもある(いや、決して老けて見えるという意味ではない)。
さらに、片目だけがミッドナイトブルーに染まったオッドアイのような瞳は、まるで宝石のように美しく、彼女がただの〝人間〟ではないことを感じさせた。
そんな、若々しい紘人さんと成熟した紗綾さんの二人は、見た目にもとても釣り合っていて。だから私はてっきり、同年代の夫婦だと思っていたのだ。まさかここまで年の差があるとは思わなかった。
「あら、そう? そんなに私、老けて見えるかしら」
「い、いえ! そういうわけではないんです!」
「フフ。冗談よ。さて、話を戻すとね――」
そう言って紗綾さんは話を続けた。
「新入社員の私に、夫が仕事を教えてくれて、一緒に外回りに出たりするうちに……私はだんだん夫に惹かれていって。それで、私からアプローチしたの」
「えっ、紗綾さんから……!?」
「ええ。夫は真面目な人だから〝職場恋愛は禁止〟って最初は断られたけど、それでも私、諦めきれなかったの。何度も何度もアプローチして、やっと夫が心を開いてくれて今の関係に至るの」
「へぇ……なんだか意外ですね! 紗綾さんほどの美人なら、男性の方から寄ってくると思っていましたよ!」
「ふふ、ありがとう……。でもね、本当に……本当に、夫のことを諦めなくてよかったと思っているの。今、こうして夫の隣にいられる幸せを、毎日噛みしめているのよ」
そう言いながら、紗綾さんは隣にいる紘人さんの顎にそっと手を添え、指先で優しく撫でた。
「え゛あ゛?」
その瞳には、紘人さんしか映っていない。
――本当に、心から愛しているんだ。紘人さんのことが。
「(羨ましいな……感染者になっても、変わらずに愛する人を愛せるなんて)」
「(もし、順が感染者になったら……私は順のこと、どう思うんだろう――って、なに考えてんの私!?)」
突然浮かんだ考えに、思わず自分でツッコミを入れてしまった。
「愛華さんと順くんのような、学生時代にしか味わえない同い年の恋愛も素敵だけどね……年が離れているからこそ味わえる、大人の恋愛っていうのもまた違った良さがあるのよ?」
「へぇ……って、だから! 私たちはそういう関係じゃないですってば!」
慌てて否定する私をよそに、紗綾さんはにこにこと微笑みながら、湯呑みに口をつけた。
その時――
ガチャ!
「お風呂あがりました~~。愛華、次どうぞ」
風呂から上がった順が、リビングの扉を開けて声をかけてくる。
「ええ……やっぱり着替えの服はないわよね?」
紗綾さんが、順の姿をジロジロと見つめる。
湯上がりでサッパリとした順だが、身につけているのは、今日外に出たときとまったく同じ服だった。
当然だ。
私も順も、食料を調達したらすぐに自宅へ帰るつもりでここへ来た。だから着替えの服なんて持ってきていない。
私も、お風呂から上がったら、今着ているこの服をそのまま着るつもりだ。
「順、明日、我が家で着替えの服、取りに行く?」
私の問いかけに、順は顔をしかめた。
「冗談じゃない。外には感染者がうようよいるんだぞ? 一ヶ月だけだ、一ヶ月このまま同じ服を着て我慢すれば、安全に取りに行けるようになる。僕らはこの家でジッとしているべきだ」
その言葉に、私は返す言葉を失った。
確かに先ほどの紗綾さんの話を信じるなら、感染者の命はあと一ヶ月だけど。
でも……女としては、ずっと同じ服を着続けるのは、やっぱりちょっと……。
ちらりと、紗綾さんの方を見た。
すると、紗綾さんは腕を組みながら、何かを考え込んでいるようだった。
そして――
「なら、明日、取りに行こうかしら。愛華さんの家まで」
「「え?」」
「本当は、私たち夫婦の着替えを貸せればいいんだけど……感染対策を考えると、それも避けたいのよね」
紗綾さんは少し困ったように笑い、そして決意したように言った。
「だから、明日一緒に取りに行きましょう!」
「えっ……」
その行動力に戸惑っていると、紗綾さんはすぐさま話を進めてくる。
「愛華さんの住所、どこかしら?」
「えっと……東京都立川市Y町X丁目XX番地XX号にあります」
「Y町ね……少し遠いわね」
そう呟いた紗綾さんの目が、ふいに輝いた。
「そうだ! なら、明日ショッピングモールに行かないかしら? そこなら、服だけじゃなく、食料も武器も、きっと手に入るはずよ!」
明日も日付変わったら続き投稿します




