幼女 VS 魔王 / そして異世界万博開催
魔王もこの異世界万博の会場に来ているらしい。
「あそこですわね」
私は魔王がいるという天幕へと歩き出した。
この会場最大のイベントブースだ。
万博の大きな催し物はあの天幕で行われる。
日本との往来用の魔法陣を囲んだテントもすぐそばにある。
脇のテントの奥に魔法陣が見えた。
無事なことを確認して通り過ぎる。
天幕の入口の前に到着した。
この中に魔王がいる。
そして空手に似た拳法を使うのだという。
だがこの世界に空手があるはずもない。
頭の中で疑問が渦巻いている。
「いけない。集中しなくちゃ」
私は手の平で顔を挟むように二度叩いてから天幕に足を踏み入れた。
無人の観客席の横を通り過ぎる。
さらに先、壇上に人影が見えた。
私も脇の階段から壇上に上がった。
「お見事な戦いぶりだったよ」
壇上の人物、マント姿の男が呟いた。
翳した手の平の少し上で水晶玉のような魔力が輝いている。
水晶玉の中には倒れたミノタウロスが映っていた。
移し出されている映像が切り替わる。
ハーピー。
メイジリザード。
キングオーク。
それにコボルトやオーク、ゴブリンたち。
どうも遠隔地を見ることができる千里眼的な魔法のようだ。
「私が連れてきた部下は、全て君に倒されてしまったようだね」
マント姿の男が呟いた直後、魔法の水晶玉が消えた。
「あなたが魔王ですの?」
「いかにも。僕が魔王さ」
マント姿の男────。
いや、魔王が、ニコリと笑いながら私に振り向いた。
一見美麗な人間の青年のようだが、頭の左右からは二本の角が生えている。
「魔王さん。一つ聞いていいかしら? どうして万博会場を占拠するような真似を?」
「異世界との転移用の魔法陣が欲しかったんだ」
その魔法陣は先ほども確認した。
「悪用するためとしか考えられませんわね」
「まあ、否定はしないよ。私利私欲のために使わせてもらうつもりさ」
「諦めてくださる? あれは向こうの世界の人を招いて万博を楽しんでもらうためのものですもの」
「それは出来ない相談だね」
魔王は引き下がるつもりはないらしい。
「────なら、戦るしかありませんわね。表に出て頂けるかしら? 魔法でドンパチやられてここを壊されると迷惑ですの」
「心配は無用。魔法は使わない。素手でお相手するよ」
魔王は涼しい顔のまま左手を差し出してきた。
握手のような仕草だ。
だが、意味は違う。
「望むところですわ」
私も左手を差し出す。
お互いの手首を接触させて『推手』の状態になった。
「さあ。いつでもどうぞ」
「ええ。あなたがこの会場を占拠したときから、戦いは始まっていますもの」
魔王が微笑みながらうなずいた。
余裕たっぷりだ。
こちらに合わせて姿勢を低くしている。
だが魔王の身長は180センチほどで、マントの開いている部分から見える体つきは特別がっしりしているわけでもない。
体自体は普通の成人男子とそれほど違わないように見える。
攻撃を命中させれば、おそらく倒せるはず。
それなら、先手必勝────。
「シャ!」
推手状態の左手はそのままに右足でのカーフキックを放った。
だが魔王は左足を少し上げて脛でブロックした。
「うん。いい一撃だね」
互いに元の姿勢に戻った時、魔王が爽やかに言った。
「まだまだですわ!」
脇に構えている右手の正拳突きを繰り出す。
だがその攻撃も魔王には当たらなかった。
右手で受け流された。
手刀部分で引っ掛けるようにして。
転掌掛けという、空手の防御方法────。
態勢が崩れそうになったが、推手状態の左手に力を入れて堪えた。
踏みとどまって右手を引いた途端────。
「こっちから行くよ。それっ」
いつの間にか転掌掛けを放った魔王の右手は背中の後ろに回されていた。
死角から現れた右拳が私の顔を目掛けて横から飛んでくる。
フックではない。
手の甲側がこちらに向いている。
「くうっ!」
推手の左手を離してバックステップで辛うじて躱した。
顔のすぐ前を魔王の裏拳が奔り抜けた。
「凄いね。僕の裏拳回し打ちを避けるなんて」
魔王がヒュウと口笛を鳴らした。
「あなたの使っている拳法、明らかに空手ですわね?」
確信していた。
裏拳回し打ちも空手の技だ。
魔王が満足そうにうなずいた。
「どうして、この世界の方が空手を使えますの?」
「僕は元日本人だからね。転生前に習っていたんだ。多分君もなのだろうけれど」
私は驚いたが、魔王が空手を使う理由は腑に落ちた。
「あなたもわたくしと同じ異世界転生者? でも魔王に転生するなんて」
「いいや。僕が転生したのは特別身分が高いわけでもない魔族の少年だったんだ。空手の力で魔王にのし上がったのさ」
「確かにあなたは空手の腕は相当なものだとは思うけれど、魔王になれるほどかしら?」
魔王が苦笑した。
「まあ、そう思うよね。魔王になれたのは、ある技のおかげなんだ」
一介の魔族の少年を、魔王にのし上げたほどの技────。
「その技、そろそろ使うとしようかな」
私は身構えた。
どれほど恐ろしい技が飛び出してくるのだろう。
「転生前の記憶が、僕を強くする」
魔王が目を閉じた。
隙だらけで距離を詰めれば簡単に攻撃が入りそうだったが、近づけなかった。
とてつもない不気味さを感じる。
「行くよ」
魔王が目を開けてそう呟いた直後────。
「なっ!?」
目前にまで魔王が迫っていた。
信じられないスピードだった。
私は慌てて床に転がった。
「フィーバー!」
魔王が叫んだ。
高く跳び上がって膝蹴りを放っている。
あの膝をもらっていたらひとたまりも無かった。
床に伏せた状態でそう思っていると────。
!?
私の頭の中に、魔王の思念のようなものが流れ込んできた。
魔王は『お立ち台』の上に飛び乗っていた。
そこにはボディコン姿の扇を持った女性が多数踊り狂っている。
まるでバブル時代のディスコ────。
元アラフォーの私が子供時代にTVで見た光景だ。
だが実際にそんなものがあるわけではない。
思念から解放されると、いる場所はこれまでと同じ壇上だった。
魔王がマントをなびかせながらふわりと壇上の床に着地する。
私は慌てて立ち上がった。
「おや? この技を躱したのは君が初めてだよ」
魔王がこちらを向いて意外そうな顔をした。
「い、今の技は、一体────」
「ふふ。転生前の僕の少年時代の憧れを体現した技さ」
「憧れ?」
「そうだよ」
魔王が語り出した。
昭和末期、バブルのお姉さま方に魅せられた思春期の少年がいた。
転生前の魔王だ。
大人になったらディスコでお立ち台の上でお姉さま方と一緒に踊ることを夢見ていたが、不慮の事故で亡くなってしまった。
だが魔族の少年に転生後、その夢を技へと昇華させた。
技の仕組みはこうだ。
まず戦っている相手を意識から締め出す。
そして相手の背後の位置に憧れのお立ち台をイメージする。
そこに向かって一気に跳び上がる。
憧れに向かうスピードと跳躍力は想像を絶する。
しかも殺気が生じないため、相手は攻撃の気配を察知して躱すことも難しい。
「これが僕の究極奥義、『妄想の極み』さ」
「………………………」
な、なんてアホ技。
「ミノタウロスさえも一撃で昏倒させたよ。魔王軍の猛者のほとんどはこの技で倒して部下にしたんだ」
ま、魔王軍のメンバーが可哀想になってきたわ。
「僕は転移用の魔法陣を使って日本に行く。そしてフィーバーするのさ」
魔王自身も哀れに思えてきたわ。
時代は令和。あれは三十年以上前のノスタルジーな光景だもの。
「もう日本に行っても、あんな風景はどこにも残っていないわ」
「信じられないね。だけどそれがもし本当なら、そんな日本なんて必要ない。僕が滅ぼす」
そんなことはさせない。
私は真っすぐに魔王を見据えた。
「同じ昭和生まれとして、あなたを止めてみせますわ」
「できるかな? 僕の憧れのパワーは伊達ではないよ」
「わたくしだって、憧れを背負っておりますのよ」
私は魔王に背中を向けた。
「何の真似かな?」
「これをご覧なさい!」
私はショールを外して放り投げた。
その下のプリンセスドレスは背中が大きく開いている。
そして背中の肌には────。
「おや。刺青を入れているのかい?」
魔王が少し驚いたようだった。
「残念ながらペイントですわ」
タトゥーを入れることも考えたけれど、さすがに思いとどまった。
「へえ。人の顔みたいだけど、一体誰なんだい?」
「真田海斗君。わたくしのイチ推しですわ」
海斗君の顔の横には『I ♥』もペイントしてある。
「令和を生きている日本の若者たちの未来を、奪わせはしませんわ!」
私は魔王へと向き直った。
「決着を付けましょう! 真田海斗を熱烈に推すこの不肖クララ、推して参りますわ!」
「いいだろう。だが僕の妄想の極みは誰にも破れない。次は外さないよ」
魔王が目を閉じた。
来る。
妄想の極みが。
私も目を閉じる。
そして念じた。
海斗君。
あなたの力を、私に貸して!
目を開けた瞬間、魔王の膝が鼻先まで迫っていた。
だが、それを意識から締め出した。
そして私は、手にしたペンライトを懸命に振っていた。
舞台挨拶をしている海斗君を見つめながら。
手首で。
肘で。
肩で。
全身で。
ペンライトを振ってエールを送る。
「海斗君サイコー♥」
そう叫んだ直後、我に返った。
足元にはボロボロの魔王が転がっていた。
「う、うう。鉄槌が僕を何度も────」
魔王が呻いた。
鉄槌は握った拳の小指側で相手を叩く技だ。
「鉄槌だけでなく、逆の振りもあなたを捉えていたはずですわ」
「あ、ああ。その通りだ。だけど、どうして防げなかったんだ? さっきの君の突きは、あっさりと捌けたのに。君は、一体何をした?」
「海斗君のライブ風景をイメージしましたの。そして海斗君へのエールのペンライトアクションをあなたにヒットさせた。ただし実際は素手。当たったのは握り拳だったのですわ」
「ま、まさか」
「その、ま・さ・か」
キリッ。
私は決め顔になった。
「妄想の極み・返し」
「そんな、馬鹿な。ぐふっ」
魔王が動かなくなった。
それを見届けると、私は視線を上に向けた。
「海斗君。ありがとう」
普通なら即席の模倣の技で勝てるはずがない。
だけどこの舞台での妄想力に限っては、私の方が上だったということなのだろう。
実は日本の万博運営チームと打ち合わせの際、この舞台で行うイベントについてある取り決めをした。
こちらの世界の出し物を行うだけでなく、日本からもある劇団を呼び寄せて参加してもらうと。
その劇団はもちろん、海斗君率いる劇団海斗。
「この舞台で活躍する海斗君をどうしても見たかったの。異世界万博の会場を奪還するために戦い抜いたのは、そのためでもあったのよね」
私は取り返したイベントの舞台を眺めながら呟いた。
◇◇◇
魔王軍や佞臣に対する後処理は滞りなく行った。
数日後、異世界万博は無事に開催された。
日本から多くの人々が会場を訪れた。
異世界の珍しい展示や催し物を楽しそうに見ていた。
大成功といっていいだろう。
そして────。
私は天幕の観客席で、劇団海斗を見つめていた。
演劇が終わった後のミニライブだ。
全力でペンライトを振っている。
見つめている壇上の相手は海斗君ではないけれど。
劇団海斗が最終調整にやってきたとき、新メンバーを見て一目惚れしちゃったの。
「黒崎律君、カッコよすぎですわ~♥」
背中のペイントも、律君に描き替え済み♪
万博に行った記念に書いた物語を最後まで読んで下さってありがとうございます!
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