幼女 VS 四天王その3/四天王その4
「おっほっほっほ」
上から羽音と笑い声がした。
見上げると怪物が羽ばたいている。
鳥のようだが頭は人間だ。
大きさも人間くらいで、女性然とした風貌。
「わたくしは魔王軍四天王が一人、ハーピーですわ」
この怪物、ハーピーも四天王らしい。
「わたくしはクララ。お手合わせ願えるかしら?」
「ええ。相手にとって不足はありませんわ」
ハーピーはそう言ったものの、数メートル上空で羽ばたいているままだ。
降りてくる気配は無い。
「クララ姫。あなた、お強いみたいですわね。そんな相手の間合いに入るなんて、愚の骨頂ですわ」
「上空にいれば安全でしょうけど、攻撃も出来ないのではなくて?」
「心配ご無用。カッ!」
ハーピーの口から光の輪のようなものが放出された。
その輪がこちらに迫って来る。
跳び退って避けた。
光の輪が命中した直系1メートルくらいの草地が枯れたようになっている。
「こ、これは!?」
「わたくしの怪音波、いかがかしら? あなたのみずみずしい体も枯草のようにして差し上げますわ! カッ! カッ!」
ハーピーが立て続けに怪音波を放ってきた。
上空にはとても攻撃は届かず、逃げ惑うしかなかった。
草地がどんどん枯れていく。
「わたくしが上空に留まるかぎり反撃は不可能。あなたに勝ち目はありませんわ! さあ、観念なさい!」
「くっ!」
私は近くにあったテントの中に逃げ込んだ。
ここはまだ展示物の搬入前らしい。
地面にも絨毯などは敷かれておらず草地のままだ。
「無駄ですわ。わたくしの怪音波は、そんな薄布程度ならすり抜けることが出来ましてよ! カッ!」
外からハーピーの声が聞こえた直後、テントの屋根付近に回音波が出現した。
慌てて避けたが、すぐそばの草地が枯れてしまっている。
「カッ! カッ!」
さらに回音波。
わたしは入口とは反対側に行くとテントを潜って這い出た。
足音を殺しながら走る。
別のテントの下まで行くと布を掴んで這い上った。
テントが崩れないか少し心配だったが、幼児の体重ぐらいなら十分耐えられるようだ。
屋根に上がると、上空にいるハーピーの背面が見えた。
さきほどのテントに回音波を放ち続けている。
高さも距離もそれほど離れていない。
屋根を踏んでみるとトランポリンのように弾んだ。
この反動を使えば────。
私は支えの骨部分の上を走った。
跳び上がって屋根の柔らかい部分へ。
深く沈んだ。
その反動で体が舞い上がる。
狙いを定めたハーピーに向かって跳んだ。
「なっ!?」
ハーピーがこちらに気付いて振り返った。
だが、取った。
「やあ! せい!」
右、左と蹴りを放つ。
二起脚。
ハーピーの左右それぞれの翼に打ち込むと、どちらの蹴り足も突き抜けた。
無数の羽が空に舞う。
「ああっ!」
ハーピーが私より先に落下を始めた。
必死で羽ばたいているが高度は上がらない。
私は頭上で手の平を合わせた。
「とどめですわ!」
ハーピーの頭に二つ合わせの手刀を打ち下ろす。
モンゴリアチョップ。
「ぐうっ!」
ハーピーが一気に落下して地面に激突した。
私は一呼吸遅れて着地した。
ハーピーはピクリとも動かない。
私は軽くショールとドレスを整えた。
これで四天王のうち三人を撃破。
おそらく、あと一人も来ていると考えた方が良さそうね。
それらしき奴がいるし。
テントより高い位置に牛の頭が見えているもの。
そちらに向かって進んだ。
近づくにつれて大きさがはっきりとしてきた。
五メートルほどはあるだろうか。
キングオークの比ではない。
「あなたが最後の四天王かしら?」
二本の足で立っている巨大な牛頭のモンスターに問いかけた。
「いかにも。我は魔王軍四天王筆頭、ミノタウロス」
ミノタウロスが右手に持っている巨大な斧を振った。
それだけで風が巻き起こり、離れた位置に立っている私の髪や服が靡いた。
「我は他の四天王のようにはいかぬ。さあ、来るがよい」
ミノタウロスが斧を私に向けながら言った。
「行きますわよ!」
私は的を絞らせないように左右にフットワークしながら隙を伺った。
ミノタウロスが斧を横なぎに振った。
その攻撃より深く体を沈めてギリギリで躱す。
斧が通り過ぎた直後、一気に距離を詰めた。
右足で渾身のカーフキックを叩き込む。
だが、びくともしなかった。
予想はしていた。
ふくらはぎでさえ人間の胴に近い太さがある。
一旦距離を取った。
ミノタウロスがこちらを見下ろしている。
「そんな小さな体の突き蹴りが通用するはずがなかろう。情けで剣ぐらい持たせてやっても構わんが」
「無用ですわ!」
私はミノタウロスを睨みつけた。
「見上げた心意気だな。だが、無謀」
ミノタウロスが斧を振りかざした。
「この一撃で、冥土に旅立つがよいわ!」
振り下ろされた斧が地面に深々と食い込んだ。
私はその斧の上に立っている。
寸前で避けて飛び乗った。
「むうっ!?」
斧、そしてミノタウロスの右腕の上を走った。
ミノタウロスが顔を左手でガードした。
だが私の狙いは、そこではない。
ミノタウロスの左手と頭を飛び越して背中側に着地した。
そして後頭部に拳を打ち込んだ。
一発ではない。
両拳で、何度も何度も何度も何度も。
だんだんとミノタウロスの体からずり落ちて行ったが、それでも打つのをやめなかった。
首、背中、腰。
徹底的に打ち続けた。
私が地面に降り立った瞬間、ミノタウロスがぐらついた。
そして巨体が前のめりに倒れて、地響きを立てた。
「第三急所、百連突き!」
私は深く腰を落とし、左手をミノタウロスに向けて右拳を脇に引いた残身の構えを取りながら叫んだ。
人体には第一から第三の急所がある。
ミノタウロスのような亜人でも同じだ。
まず第一急所は体の正面の急所だ。
ここを攻撃するのが最も一般的だろう。
次の第二急所は体の側面の急所。
回し蹴りはここを攻撃する技ということになる。
そして第三急所。
体の背面の急所だ。
後頭部や脊髄など致命傷になる部位というだけでなく、第一第二急所とは大きな違いがある。
死角になっていて攻撃される瞬間が分からないということだ。
攻撃が来るとわかっていれば、身じろぎや体を硬直させることで無意識のうちにダメージを減少させようとする。
だが攻撃が来る瞬間が分からなければ話は別だ。
だから第三急所を徹底的に攻撃した。
予想通り、巨大なミノタウロスであっても倒れた。
「やる、な」
倒れたままのミノタウロスが呟いた。
「それにお前の技は、魔王様が使う拳法に、似ている」
「なんですって?」
ミノタウロスの言葉に私は驚いていた。
「だが、お前では勝てまいよ。魔王様はこの先の一番大きな天幕の中におられるが……」
そこまで言うと、ミノタウロスは気を失ったようだった。