記録5喫茶店「酢束」
夜の学校からこっそり出て、彼が向かったのは町の隅、ビルが立ち並ぶ中、道路沿いにポツンと位置する店だった
「一旦こちらへ、詳しい話は中でしましょう」
そう言って彼に招かれたのは、それこそ元々は私たちが今日行く予定だったカフェ、「酢束」だった。
いざ中に入ると広がるのはどこか昔を思わせるノスタルジックな雰囲気の場所で、奥に掛けてあるアンティークの古時計が良い味を出している。
店内はそこまで広くなく、席はカウンター式になっており招き猫や、カプセルトイの象などが置いてあり、店主の趣味が少し伺えるようになっていた
「鉄線さーん、居ますか~?」
彼はカウンター乗り出し、店主と思しき名を呼んだ、すると店の奥から茶色いエプロンを着た糸目高身長のイケメンが厨房に出てきた。
そう、私もこの町に来てから何回か来ている喫茶店酢束だが、この店が人参高校の生徒、主に女子から人気の理由。こんなカフェの古めかしい雰囲気からは考えられないほど店主が若く、なおかつイケメンの優男なのだ。
「おや、鳥花くん、こんな夜にお客さんかな?しかも女子?君も成長したね~。お兄さん涙出てきたよ」
鉄線と呼ばれた店主はわざとらしくポケットからハンカチを取り出し涙をぬぐう仕草をする。こう見えて結構クールな見た目に反してフランクな性格なのだろうか
「いや、鉄線さん、この子はコロドの被害者で・・・・
「何ィーっ!?とうとう鳥花に女が出来たのか!?!?!?!あのクソ雑魚チェリーボーイの鳥花に!?」
店主と同じく奥から厨房に飛び込んできたのはなんと件の「喋るカブ」だった。近くで見ると気づくが、二つの黑い・・が顔と思しき場所についている。瞳の役割を果たしているのだろうか。
頭部(?)には特徴的な緑の葉が3枚生えている。
「で、でた!喋るカブ!!!」
「こら菜伊、一般人の前には出てきちゃダメっていつも言ってるだろう?」
「だって鉄線、鳥花に女が出てきたら思わず気になって出てくるに決まってるだろーが」
「いやでも躊躇というものが「いやでも鳥花に女だぜ!?」」
「それもそうだな、、、、、」
「あの!!!!ちょっとお二人とも黙っていただいても良いですか。あと火器女さんは僕の女でも何でもないですただの知り合いです」
「(´・ω・`)」
「なんで火器女さんがそんな顔するんですか!?」
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「はーん、そりゃこっぴどくやられたねぇ」
「早く俺を呼べばよかったじゃねーか、鳥花」
「まさか捜査の途中で犯人が帰ってくるとは思わないじゃないですか・・・・」
あの後いったん落ち着いて二人(?)に今日の放課後起きたことの一部始終を話した。
「てかさ、なんで鳥花くんすぐに真葛が犯人だって分かったの?」
「普通にグラウンドの方で記憶を再生していたら裏校舎に位置していたコロドの出口が突如消滅したので急いで向かったら案の定、という形です。僕は一旦荷物を奥に置いてくるので少し三人で自己紹介でもしておいてください」
鉄線さんが出てきたカウンターの奥へと走って消えていった鳥花くんを尻目にへぇ、と納得しながらも私は今目の前で跳ね回って喋っている蕪の存在が信じられない。どうなってるんだ、コレ?
そうやって豆鉄砲を喰らった鳩のような顔でぽかんと見つめていると蕪の方から話しかけてきた
「俺の事が気になるって顔してるな、お前。俺は蕪野 菜伊動いて喋るカブだ、蕪野って呼んでくれ」
「自己紹介が遅れたね、僕は鉄線、曲入 鉄線だ、君いつもミルクセーキ頼んでた子だよね?名前は・・・・・」
「火器女 鬼灯、人参高校一年です。」
鉄線さんは私に水を出してくれて、少しくつろぐように言った。気づくと視界から消えていた蕪はいつの間にかカウンター席に座っていた私の膝に乗っていた。
早く帰らねばと思いつつ鳥花くんを待たなくてはいけない状況にむずがゆさを覚えつつも水をちびちび飲んでいると、どうしても気になったことがあったので聞いた
「蕪野さんと鳥花くんって苗字同じですよね、親子?兄弟?どういう関係なんですか?」
あの二人が兄弟とか、親子とか、にわかには信じがたい、だって蕪と人間って。鳥花くんはカブ人間ってこと!?まさか鳥花くんのお兄様って・・・・
「・・・あ、もしかしてだけど二人に血縁関係あると思った?言っておくけど無いよ。鳥花くんはね、9年前に菜伊が拾ってきたんだよ、コロドの中でね。それから・・・・・」
「俺が駄々こねた。それで役所で手続して義理の姉弟ってことにした。勿論あいつが弟な!」
「そ、そうなんですか(蕪が役所で手続・・・・・?)」
隣でウィンクをする鉄線さんたちと他愛のない会話を続けていると奥から鳥花くんが帰ってきた
「少し待たせてすみません。ではさっさと本題に入りましょうか」
そうして彼はお馴染みのパソコンを開き、私の隣に座ると資料を画面に出し、指で指しながら説明を始めた
「火器女さん、単刀直入に言います。今回の事は誰にも話さないでください。特に警察とかには」
「何で?」
別に言うつもりもなかったが、この言い方だとどこか含みがある。それに鳥花くん自身も神妙な面持ちだし。それに対し、鉄線さんは思うことがあるようで顎に手をあて、何かを考えこんでいる
「警察の中に民間人から隠されているとある機関があるのですが・・・・・まぁここまで話せば分かりきっていますよね。コロドに関する政府直属の機関でして名を・・・・」
「超法規機関現実統制監視局。通称ヴァルキリア、だね」
「え?なにスーパー箒?なんだって?」
鳥花くんから聞いたその組織はとんでもないものだった。
彼曰くヴァルキリアの連中は脳みそが石でできているらしく、コロドにかかわった人間は被害者だろうが加害者だろうが見境なく拘束し、政府の研究機関に明け渡され、検査という名の人体実験を受けさせられるらしい。
「因みに研究機関に渡されたが最後、もう出られないらしいです」
「えぇ・・・・そのヴァル?なんたらが恐ろしいのは分かったけどなんで鳥花くんはそこまで知ってるのさ?一度捕まったらもう外には出られないんじゃないの?」
「それは簡単。この僕、曲入鉄線はもとヴァルキリア勤めだったからさ!」
さらっととんでもない事吐きやがったよ、この店主。確かに日本古来から糸目高身長イケメンキャラは不穏だって言うけど早すぎでしょこの人、そんなヤバい組織に昔所属してたなんて、ここのカフェにまともな人はいないのか?というか一蕪は人間ですらないし・・・・・
「まぁそれも昔のことだ、君の事を今からとっ捕まえて彼らに渡したりしないから安心して。それよりも鬼灯君。僕からもっといい提案があるんだけど、良いかな?」
鉄線さんは相変わらずの態度でニコニコしながら人差し指をピンと私の方を向いて立てた後「提案」の詳細を話し始めた
「ここで働かない?君も記録者として、さ」
「ダメです」
私の答える暇なく突然口を開いたのは鳥花くんだった。基本的に物腰低い彼だが、今回身にまとっている雰囲気は実葛と戦っている時と同じ、いやそれ以上の剣幕を感じる。彼らしくない厳しい態度だ
「まだ引きずってるのかい?あの子の事」
「今はその事は関係ないでしょう!火器女さんは一般人です。普通の高校生です。今回不運にも事件に巻き込まれただけの被害者なんです。だから・・・・!」
「何も言わず今日の事は忘れて日常生活に戻ってもらう、と?」
鉄線は薄い笑みを浮かべ、鳥花くんを挑発するように言う。それに対して鳥花くんは余裕が無く、拳を固く握りしめたまま俯き、黙り込んでしまった
「でもね鳥花くん、僕思うんだ。無理だよ、ヴァルキリア相手に隠しきるのは。彼らは必ず嗅ぎつけてこの町に来るだろう、昔居た僕が言うんだから間違いない。鳥花くんも捜査に関してはスペシャリストだ、でもあっちには僕の知る限り君を大きく上回る捜査力を持つ虚使いも、人数も、設備もある。そんな彼らから隠し通して彼女を守り切るのかい?そこのとこ、どうなんだい?鳥花くん」
「あまり僕を舐めないでください、鉄線さん。これでも僕は!」
鉄線さんは一切余裕を崩さず、猫がネズミを追い詰めるが如く、じりじり言葉で鳥花くんを追い詰め、煽り立てる。そして鳥花くんの拳が小刻みに震え、顔つきが険しくなり、言い合いが始まる寸前の所で蕪が前に躍り出て、二人を制止した
「やめろお前ら、見苦しいぞ。客人がいる前だぞ。」
「でも蕪野さん!」
「でもじゃねぇ、鳥花、一回落ち着け。あと鉄線テメー、鳥花のことあんまイジメんな、もう今日一緒に寝てやらねーぞ?」
「それは少し、困るなぁ・・・・」
蕪が喋りだした途端場に張り詰めていた糸が解けた。鳥花くんは不満げな様子だが握りしめていた拳を解き、険しくなっていた顔は少し柔らかく、カウンターの席に座っている。鉄線さんは少し残念そうな顔をすると思い出したように私のコップに水を注いだ後、呑気に食器を拭いている。よく見ると蕪が少し下から頭に付いている葉で鉄線さんの頬をぺちぺち叩いている
「鳥花、お前の言いたいことも十二分に分かる、でも今回は鉄線の言うとおりだ。」
「ね?菜伊もこう言っていることだし、鳥花くんも・・・・」
「だが、お前ら、一番重要なのはそこじゃねぇ。そこの、鬼灯だったか?お前がどうしたいか?それがイチバンだ」
二人はハッとしたように私を見た、鉄線さんは食器を拭く手を止め、鳥花くんは申し訳なさそうにこちらを見た。何か言おうとした彼の言葉を丁度遮るように蕪が、いや、蕪野さんが口を開いた
「そう、お前がどうしたいかだ?別にここでこれ以上深入りしたくねぇってなら鳥花の言うとおりにすれば良い。まぁヴァルキリアやらなんやらがあるが、ああは言った以上鳥花も責任をもってお前を守るはずだ。だが、逆に鉄線の話に乗ってこの先の道に進むのも悪かねぇ、そん時は命の危険が伴うが・・・・」
「なります」
即答だ。最初から私はそのつもりだった。
「は?」
「え、いや、それは辞めた方が」
「なりますよ、私。記録者に」
唖然とする二人を置いてカウンターを挟み、真っすぐと鉄線さんの方を見る。
彼は一瞬私の瞳を覗き込むと軽く頷き、笑顔で言った
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ、じゃあ明日、この時間にカフェまで来てくれ」
彼は私に紙切れを差し出した。その紙には17:00と綺麗な字で書かれており、その下には
「The flower is not suits lady who has a noble blood」
と、書かれていた
「この紙、最初から用意してたんですか?」
「・・・・・・今さっき、急いで用意したよ。それが何か?」
その時鉄線さんは初めて目を薄く開き、その瑠璃色の瞳を開き、私を見た。そこから向けられる視線は少なくとも敵意ではない事が感じられた。だが、優しさではない事だけは理解できた。
文字の書いてあるとこを少し擦る。触った感じからして分かるインクの乾き具合は書いてからある程度時間が経っていることの証だ。
「さ、今日はもう帰りな!意思表示も確認できたし、女の子一人をこんな場所にいつまでも留めておく訳にもいかないからね」
「でも、本当に良いんですか?そんな、ロクに彼女に記録者の事も説明してないのに記録者にするなんて!」
「明日だよ、あ・し・た。鳥花くんが鬼灯君に記録者になって欲しくないのは分かったからさ、今日は遅いし、早くお風呂入ってきな、泥だらけだろ?鬼灯君は僕が送ってあげるからさ。ハイ、菜伊!連れてっちゃってー」
そう彼が言うと待ってましたと言わんばかりに蕪野さんは抵抗する鳥花くんを葉で器用に捕まえ、カウンターの奥に連れ去っていった。
その様子を見届けると、鉄線さんはエプロンを着たまま厨房から出てきて、私の正面に立った。そんな形で私たちはお互い初めてカウンターを挟まず向き合った
「じゃ、送るから扉の前に立って。あ、荷物は忘れずにね」
鉄線さんに通学バッグを渡された、何故持っているのか訪ねると、どうやら踏切で気を失った時に鳥花くんが回収し、あの鳥に持たせていたらしい。その後、私は言われるがまま扉の前まで来て、反射的に開いて外に出ようとしたが、そこで止められてしまった
「あぁ、待って待って、今”繋げる”から」
彼はにこりと優しく微笑んで扉に触れると私の方を向き、言った
「出来るだけ家には早く帰った方が、僕は良いと思うよ」
「言われなくとも」
扉を開けると、その奥に広がっていたのは紛れもない我が家だった。祖母と暮らし、いつも私が学校に行くために出ていく場所そのままだ。思わず驚き振り返るとそこにあったのは閉じた「私」の家の扉であり、さっきまで居た喫茶店「酢束」は幻の様に消えていたのだった