記録1虚像の中
──────────ごめんね、パパ。
そう言って少女は雨の中、立ち尽くす。
母の墓の前で、隣に立っている父と思われる男は俯いたまま歩き出し、その場を立ち去った
まるで少女の顔を避けるように
目の前の現実から逃げるように、そこに立っていたのは一人娘を持つ「父親」では無く、愛する人を失った「男」だった
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「っは!」
頭が痛い、、、
鬼灯はおもむろに頭を抱えながら立ち上がり、おぼつかない動きで辺りを見回すと、部屋は全体的に薄暗く、車が一つ止まっており、壁には工具がかけられており正面には大きなシャッターがある。
「ここ、どっかのガレージ?」
理解のできない状況に混乱するが頭を精一杯回し、記憶を探る
「えっと、真葛と別れて、鳥花君見つけて、それで、、、、、」
ここから先をどうしても思い出すことができない.
暫く深い思慮に浸る、が
何も分からない、そうして鬼灯は今はいったん考えるよりもここから出て家に帰ることを目標として、出口を探し始めた。
まず最初にシャッターと反対側にあるドア
「うんともすんとも言わない、、、、」
次に正面のシャッター
「開くわけないよね、、、、」
勿論鍵がかかっており小娘一人の力ではどうにもならない、ここまでくるとほぼ監禁である、そこまで思考がたどり着くと、今度は誘拐の線を疑い始めた。
狭いガレージの中をトコトコ歩き回りながら鬼灯は考える。
(犯人の目的は身代金?でももう今そんな立場じゃないしなぁ、、、)
そこで彼女の目に一つの道具が目に留まった、ホラーゲームなどでよく扉なんかを無理やりこじ開けるために使われる、そう「バール」である。
「ま、開くかどうか分かんないけど、てこの原理を利用すればワンチャンあるかもだしね~」
扉は隙間なくがっちり閉まっていた、しかしシャッターの方は指が入り込むほどの隙間があった、そこに目を付け、バールをねじ込み、思い切り取っ手部分を踏みつけようとした、その時だった。
「せーのって、あら!?」
ひとりでにシャッターが開き、驚きと衝撃により精一杯力を入れて踏み下ろした足はおもわずバールを避けてしまいその勢いのまま転倒してしまったが、その直後聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「やっと目が覚めたようだね」
「鳥花くん!?」
私が気を失う直前ストーk、ではなく尾行していた蕪野鳥花その人だったのだ
「ちょ、鳥花くん、なんで私こんな場所にいるの!?、てかこのガレージどこ?、えっとあと、、、、」
「いったん落ち着いてくれ、一から説明する取り敢えずそこに座って」
「あ、はい」
鳥花くんに言われた場所に私は座り込んだ、すると鳥花くんが神妙な顔もちでこちらを見ていた
「どうしたの?」
「いや、なんか座り方お上品だな、と少し思って、まぁ良いや、説明を始めるからいったん聞いて」
そう言われて彼から告げられた話はにわかに信じがたいものだった
「単刀直入に言う、君は『虚像』の中に誰かによって落とされたんだ、なんかの呪いか、爆弾付きで」
「あの、色々突っ込みたいところがあるんですけど、、、、」
「まぁ待って、一から説明するからさ」
鬼灯は一言も聞き逃さないつもりで身構えたが、そんな心構えは数秒後にあっさり切り崩されることとなった。
「まずコロド(旧称:ライネス)空間というのはRSが0を下回った異常空間の事を指す、このコロドの特徴は様々あるが全てに共通するのは空が紫色に染まり、現実世界とそっくりだが色んな建物、道具なんかが”少し大きい”というのに付け加え、普通の人間(RS値を0を下回れない人間を指す)は侵入できない。因みにRSというのはReal Scoreの略称で文字通り現実値を表したものだがこの数値が高ければ高いほど現実に近く、低ければ低いほど非現実的な現象が引き起こり、かの有名な「ミカエル・ロートノート」博士が発見、発表した、そして今回の事象は何かの人的要因により、”意図的”に君が倒れた肥料踏切を中心にRSが急激に引き下げられ、最終的にRS-4.8の半径1.2㎞ほどのコロドが発生、いや展開された。通常普通の人間がコロドに迷い込めば現実と自分の境界が曖昧になり溶け込んでしまう。文字通りね、しかしそれは一般にはコロドに遭難してから25時間以上経過してからだ、しかし君はコロドに落ちてから数秒でその現象に陥っていた、RS症候群の線もあるが、それでもここまでの重篤な例は無い、その上そこまでの症状だったら日常生活を送ることも困難、そのことから考えると君は恐らく外的要因、いや間違いなく”嘘つき”の仕業だな、付け加えると嘘つきというのは、、、、」
「ストーッップ!!!!、いきなりそんな早口で説明されても分かんないよ!情報量多すぎ!お願いします、も、もうちょい簡潔にしてもらえませんか、、、、」
残念ながら火器女鬼灯は長い話を聞くのが苦手である、ゲームなんかをする時もキャラクターの会話中にAボタンを連打し、あとから分からなくなって苦労するタイプである。
まぁ先程の話は常人でもウンザリするものだが
「まぁざっくり言うと、君は異空間に引きずり込まれた挙句、誰かの能力によって殺されかけたって訳だ」
「じゃあ何で今こんな私ピンピン生きてるの?」
「僕が応急処置したからだよ、その、まぁ、えっと、少し、服を、」
おもむろに鳥花くんが顔を赤くする、ふと胸元を見るとリボンが少しずれている
「別にこれくらい良いよ、命には代えられないし、ところでその、空を見た感じ紫色だけどさ、そのコロド?ってやつから出るにはどうすればいいの?」
「それに関しては僕がすでに出口を見つけてるからそこから出れば良い、ただ、ちょっと落ち着いて聞いてね、僕がしたのはあくまで”応急処置”なんだ、だから多分だけど君はこのままだと、明後日くらいに、その、」
言葉に詰まった鳥花くんは私の目を真っすぐ見て、真剣な表情で、自分の拳をもう一度強く握って、覚悟を決めたように言った
「死ぬ」
「ま、マジ?」
「残念ながらね、応急処置は応急処置だ、君に仕掛けられたのは多分時間が経てば経つほどにRS値を下げて最終的に消滅させる的な能力なんだけど、僕はそれを遅らせたに過ぎない、でも、君が死ぬ前に能力者本人を撃破すればRS値の低下は止まるはずだ、つまり」
「能力者本人を探し出して撃破するしか生き延びる方法は無い、と」
「飲み込みが早くて助かるよ、じゃあ早速探しに行こう!」
このままでは死ぬ事実を突きつけられた私を尻目に鳥花くんは元気よく立ち上がって、ガレージの外に出る、私もそれに付いていく形で急いで立ち上がって外に出るとそこは私の良く知る近所の街並みだった、ガレージも近所の家だった、改めて周りを見回すと相変わらず空は紫色だし、辺りには不気味で暗い雰囲気が漂っている、それに先ほど言われて気づいたが、いろんなものが微妙に大きい、私の知る道路はここまでは広くなかった。
だがそれらを加味するとさらに不安になってくる、普通の日常をつい昨日まで送っていたのにこんなに死が身近どころか目の前に迫ってくるとは、朝電車で失踪事件なんか他人事だと思っていた自分にパンチをかましてやりたい。
「てゆーかさ、私の事なんで助けてくれるのさ?てかさっき普通の人は入れない的なこと言ってたのに、なんでここいるの?何者なの?鳥花くんって」
「いきなりすごい量の質問だね、まぁ良いや僕もたくさん君に聞きたい事があるし。実は僕、君の名前知らないんだよね、学校では殆どパソコンいじってて、もう高校始まって2,3週間ぐらい経つけど、皆の名前覚えてないんだ」
「私は火器女 鬼灯、よろしく」
「じゃ、火器女さん、よろしく」
それから私たちは互いに質問し合った、普通だったら殆ど接点の無い私と鳥花くん、こんな特殊な状況のお陰かすぐに打ち解けた。それでも不安は拭えない、今こんなに当たり前のように、話して、動いてるのに、明後日には自分は死んでしまうという重い事実が胸の奥にずっしりのしかかってくる。思わず下を俯いてしまう。
「火器女さん、僕は記録者ってヤツでさ、君みたいにコロドに関係する事件に巻き込まれた一般人を助ける仕事人なんだけど。僕はその中でも調査の専門家なんだ、だから大丈夫!必ず火器女さんに攻撃を仕掛けた犯人見つけ出して倒すから」
「うん、ありがとね。それと、ごめんね尾行なんかしちゃって」
「まぁ、聞いた時はびっくりしたけど、あれは蕪野さんが悪いからね、ウチの戦闘要員なんだけど、言うこと聞かなくてね、、、、」
コレが一番驚いたのだが、あの例の「喋るカブ」こと蕪野菜伊は昔からの仲らしく、ほぼ家族らしい。あまり詳しくは聞かなかったが、かなり仲が良く、この前私が見た現場は鳥花くんに付いていくと話を聞かず、カバンに忍び込んで学校に来ていたので、誰もいないはずの校舎裏を選んで説教をしていたらしい。
しばらく歩いていると、前畑駅のホームに着いた。いつもより時間がかかったように感じたのはいろいろなものが大きくなって、距離も伸びていたからだろうか
「じゃ、ここら辺で良いかな」
彼はそう言うとどこからともなく不透明なパソコンを取り出し、タイピングを始め何かのコードを打ち込むと気持ちよさそうにエンターキーをクリックした
「解析開始っと」
「え、えと何してるの?それにそのパソコンどこから出したの?」
彼は立ち上がってホームのベンチに座ると一旦息を着いて、私に説明し始めた
「改めて説明するよ、僕たちホネスティはコロドに関する事件の専門家であると同時に、君らの視点で言えば”超能力者”僕らの世界の用語で言うなら「虚使い」なんて呼ばれてる。稀に居るんだ、君は誰かによって引きずり込まれたようだけど、自然に発生したコロドに落ちる人がね。
そういう人の道は二つある、一つ目、適応できずに前述した通り消滅する。これが稀に起こる失踪事件の真相だね、そして二つ目、適応して虚を獲得して生き延びる。ちなみに僕は後者のパターン。こうして「虚使い」が出来るって訳」
「へ~、ということはあのパソコンが君のファルス?」
「ご名答!今は詳しく説明する時間は無いけど僕のファルスはあのパソコンを使って地形とか能力の痕跡なんかを解析できるんだ、そんでもって解析が終わったようだね」
彼はベンチから立ち上がりパソコンの方へ駆け寄ると、どこか神妙な面持ちでこちらに帰ってきた。
「どうやら逃げられたみたいだね、虚使いの反応が僕以外一切無い。一応聞いておくんだけど、火器女さん、今日よりも前にコロドに入った経験は?似たような物でも良い、思い出せない?」
そう言われて鬼灯は顎に手を当て記憶の中を探るが、今日という日までこんな非現実的なことには巻き込まれたことが無い。本当にごく普通の生活を送ってきたのだ、そんな彼女には思い当たる節すら浮かばない。
「本当になんにも心当たりが無いよ、こんな空が紫色の場所来たら覚えているだろうし、ごめんけど全然、ところで何でそんなこと聞くの?」
「実はね、僕たち虚使いはねコロドの中でしかファルスを使えないんだよ。そして君が受けた攻撃はほぼ間違いなく今現在から1時間以上前に受けた攻撃なんだ、事実応急処置した時に肩のあたりに能力を使われた痕跡もあったけど、、、、」
「気を失っている間にコロドに運び込まれたとかは?」
「それだったら君の意識を奪った時点で殺せば良いだろう?」
あんなに自信満々に大丈夫だと言い張っていた鳥花君はとうとううずくまって頭を抱えてしまった。私もこのまま見ているだけにはいかないと思い必死に思慮を巡らせる
────虚使いはコロドの中でしかファルスを使えない
────────時間差の能力だと思う
────────────コロドは”展開”された
そこで一つの仮説にたどり着いた
「ねぇ、一つ質問なんだけどさ、コロドって空間さ、めちゃくちゃ小さいの展開出来たり、する?」
「理論的には可能だけど、、、まさか!」
「「犯人は極小のコロドを使って攻撃を仕掛けた!」」
私をコロドに落とさず、かつ気づかれないようにファルスによる攻撃を仕掛けるならそれ以外ありえない
「確かにその方法ならコロドに火器女さんを落とさずとも攻撃を仕掛けることが出来る!」
「例えばだけど手のひらサイズのコロドを手にまとわせて肩を叩いたとか」
「その線が濃い、というか多分それだね、だけどそれだと今まで君が生きてきて会ったすべての人が容疑者になってしまうけど、、、、」
確かにその線だと何千何万という人を疑わなければならない、そんな人を明後日までに調べるなど不可能だ、何かまだ絞れる点があるはず。
いや待てよいったん落ち着いて考えてみると、、、
「現実的に考えて何年も前の人とかだったらもっと早く私を仕留めると思う、今回コロドに私が落とされたのも明らかに一人の状況だったし、今日以外にそんな場面は腐るほどあったよ」
「それなら最も可能性が高いのは「今日」だね、じゃあ今日あった人全員思い出せる?」
「無理、だね」
無理である、今日は電車に二回も乗ったし、あんな満員電車の中だったら、どさくさに紛れて肩を触れられても気づけるわけが無いし、電車に乗っていた人なんて普通気にするわけがない
ここに来て八方塞がりかと頭を抱える
「ま、今日あった人を全員思い出すなんて不可能だよね、普通、でも任せてここからは”消化試合”だ」
「消化試合?どういうこと?」
「僕のファルスを本格的に使う」
───────さぁ『虚像回想』を始めようか