記録10台頭する遺物
──虚使いには一定数、『名持ち』と呼ばれる者たちがいる。
『名持ち』は自らの名前とは別にその戦いぶりや人柄から付けられたもう一つの通り名を持っている。彼らの共通点として規格外の強さを持つ点が挙げられる、もう一つの名を付けられた時点でその存在が多くの虚使いに知られていることの証明であり、ヴァルキリア然り、その界隈では危険人物であるマークを付けられている同然なのだ。
その中でも敢えて名持ちの虚使いを狙って首を獲りに行く物好きも存在し、多方面から常に狙われている状況にある。そんな環境で生き残り続けているには間違っても運だけでは不可能であり、それ故彼ら『名持ち』は多くの虚使いに恐れられているのだ
=============
=============
「『死神の寵愛』『黒葬』」
蕪野さんの体がドロリと溶け、黒い液体となって飛び散った
「蕪野さん!?」
「サーヴィゲート!私たちを護れ!」
ボウは両手を地面に押し付け、再び周辺をバリアで包み込んだ
「レイドウィップ!『鋭鞭』!」
私を光の縄で捕まえたケイという少女が再び指先から光の糸を出し蕪野さんが居た場所に振り下ろすと易々と道路のコンクリートが砕け散った
「ボウ先輩!あの蕪黒い液体になっちゃいましたけど!案の定全く手応えありませんよ!どうするんですか!?」
「死神が噂通りならばダメージは通るはずだ!結界は私が貼り続けるからそれで持ちこたえろ!」
「んな無茶な、まぁ続けますけど!『鋭鞭』!」
再び私が当たったら真っ二つ待った無しな光の鞭をお構い無しに振り回す。
ここにいたら戦いの余波で猫も私もくたばるのは明白だったので再びケースを抱え走り出そうとしたら足元に光の縄が飛んできた
「アンタも逃しはしないッ!『軽鞭』!」
「両手でその鞭使えるの!?」
再び足首に光の縄が巻き付き捕まったと思った刹那私の足にちゃっかり掴まっていたモグラが前に飛び出し、持っているスコップで飛んでくる縄を叩き落としてくれた
「ちょこざいな…!『鋭鞭』!」
とうとう相手も本気でこちらを仕留めにきたのか両手が出る光の縄をこちらに振り下ろし、私の周りのコンクリートで出来た塀をバラバラにしてしまった
「オイ!ケイ、あの蕪の方への攻撃の手を緩めるな!」
「もう遅ェよ、『死神の寵愛』。」
私達の気づかぬ間に彼女らの背後に回り込んでいた蕪野さんは、辺りに飛び散らせた漆黒の液体を槍に変化させ、全方向から一斉にバリアへと発射したが全てはじき返されてしまった
「そんなんで勝った気になるのは早すぎだと思うっすよ!」
ケイは振り返り、先ほどコンクリートをあっさり切り裂いた光の縄を蕪野さんに寸分の狂い無く振り下ろし、蕪野さんごと道路を直線上に真っ二つにし、勝利を確信した、その時だった
「あぁ、早過ぎたな、"勝った気"になるのはな」
綺麗に真っ二つに割られた蕪野さんだった物はドロリと溶けて消滅し、バリアの中の2人の足元から声がした
「俺の仲間を傷つけたツケ、払ってもらうぜ?」
二人は焦って足元を確認するがすでに手遅れであった
蕪野さんは囮として偽物の体を用意して喋らせ、本体は液状化した後、ケイが無作為に攻撃した時にできた道路の亀裂を通って二人の足元まで移動していたらしい
「レイドウィッ...........!」
「遅ェ!『黒刈』!」
ケイが光を出すよりも、ボウが再びバリアを貼るよりも早く蕪野さんは漆黒の巨鎌で二人を薙ぎ払い、周辺の家の壁にのめり込むまで吹っ飛ばし、文字通りその鎌で二人の意識を一瞬にして刈り取ったのであった
「蕪野さん、強..........」
「まぁな、俺酢束の戦闘員だし」
蕪野さんは気を失った二人を頭の葉で軽々しく持ち上げ、口からペッと粘着性のある黒い塊を吐き出し拘束した
「俺のファルス、まだ説明しなかったよな?今簡潔に説明するからこれから戦うとき覚えとけ」
「あ、ハイ」
蕪野さんは拘束したヴァルキリアの二人組の上にちょこんと座って自らのファルスの説明を始めた
「俺のファルス、死神の寵愛はこんな感じに自分の体を液体にして操れる、スライムみたいな認識で問題ない」
蕪野さんはそう言うと頭の葉をドロリと溶かし、直ぐに葉っぱに形成し直した
「色は基本黒だ、変色は出来ない。本気出せば人間にもなれるが複雑すぎて維持が出来ん、だから戦うときはこの姿のままさっきも見せた大鎌で戦う。この液体で武器作る以外にも葉っぱをそのまま伸ばして捕まえたり殴ったり出来る、そんぐらいだな」
「は、はぁ」
「取り敢えずこいつら酢束持って行くから鉄線に連絡してくれ」
スマホを取り出して再び鉄線さんに電話しようとすると、蕪野さんの足元からガヤガヤ騒ぐ声が聞こえてきた
「................う、イタタ、って!は、離しなさい!」
「離してほしいならここに来た理由を吐きやがれ、ヴァルキリアさんよ」
「そんなの話す訳..............!」
「先輩、話しましょう。このまま殺されちゃったら元も子も無いです」
「しかし.............!」
平行線上の押し問答を繰り返していた、その時だった
「・・-・ -- ・・- ・-・・ 」
低く、厚い不気味な電子音のような歌声が私たち以外誰もいない住宅街に響き渡った
「おい、ヴァルキリアの犬共!今のはお前らのか!?」
「知らん!なんだ今のは!?」
「どうせ隠しているんだろう!正直に吐きやがれ!」
蕪野さんがらしくなく、強く怒鳴り付けた時だった
「--・-- ・- -・ ・- 」
再び電子音が流れ、私でも分かる不気味な気配が奥から迫ってくる
「蕪野さん、なんか私、さっきから震えが止まらないんですけど」
「あいにくだな鬼灯、俺も心なしか震えが止まらねぇ」
「ちょっと!記録者の方々!なにかおかしいっす!自分のレーダーが何か途轍もなく大きな信号をキャッチしてるっす!尋常ではない”何か”がこちらに迫ってきているんですよ!」
悪寒が背筋を伝い、嫌な汗がうなじを滑ったその時、3回目の電子音が響いた
「・ー・ ・ー・・ ー・・ー 」
その瞬間、住宅街の奥の道路に何かの大きな影が見えた。
「逃げましょう!蕪野さん!なんか、こう、ヤバいです」
「彼女の言う通りっす!今は記録者だとかヴァルキリアだとか関係ないです!」
必死に訴えかけ、それぞれの仲間を説得していると奥の大きな影が”地面の中に"消えていった
文字通り、地面の中に潜るように、そうして4回目の声が聞こえた
「・・ー・ー ・ーー・ ー・ーー ー・ 」
「コレ......................モールス信号?」
「鬼灯、こいつら一旦開放して逃げるぞ!猫持って、急げ!」
私は言われるがままケースを持った、その時だった。
地面が揺れたのは、揺れたと言っても地震や衝撃などで揺れたのでは無い。まるでコンクリートの道路が水面に物を落とした時に波紋が広がる時の様に”揺れ”、直後それは私たちの目の前に姿を現した
「これって、クジラ!?」
全長40~50m程のクジラが地面から飛び出し、優雅な動きで空を泳ぎ、その全てを飲み込む口を大きく開け、私たち一行を丸ごと底無き闇の中へ引きずり込もうとこちらへ全速力で飛び込んできた
「全員走れ!」
蕪野さんの呼びかけで全員が走り出し、私はどこに逃げればよいか分からなかったがとにかく何も考えず逃げることだけ考え、ヴァルキリアの二人組もいなくなっていたので凄まじいスピードで跳ね回る蕪野さんの背中を追うことにした
「鬼灯!出口の場所は俺が把握しているから付いてこい!間違っても振り返るんじゃねえぞ!絶対だ!」
「はい!」
背後から次々と爆発音が聞こえ、後ろから家の瓦礫と思われる破片が大量に転がってきた。この惨状からある程度背中側の状態は想像がつくので言われた通り後ろを一切振り返らず、十字に形成された住宅街を蕪野さんが右に曲がれば右、左ならば左と蕪野さんの動きをなぞる様に逃げ続けた
「鬼灯!出口は直ぐそこだ!」
終わりのない絶望の逃走劇に蕪野さんがゴールを示してくれたことにつかの間の喜びを味わったその時、右手を鋭く、熱い一瞬の衝撃と共に激痛が走った
「ッ!」
「鬼灯!」
咄嗟に右手を見ると手のひらの中心辺りに直径3㎝ほどの穴が開いており、血がだらだらと指を伝って地面に落ちていた
「少し外したか?」
「貴様ッ!」
激痛に悶えながら足を引きずる片手間に声のする右手側の家の屋根を見ると赤装束の男が立っており、深いフードを被ったままこちらを見下ろしていた
「失礼、名乗り忘れたな。私はヴァルキリア『掌』所属、『赫撃の射手』『ラグエル』だ以後、お見知り置きを。」
その名乗りに蕪野さんの動きが止まり、そのどこにあるか分からない口から震えた絶望の言葉が零れる
「『ラグエル』、だと................!?最上位の幹部じゃねぇか!何でこんな時に来やがった!」
「以前から目を付けていた実葛がやられたと聞いてね、プライベートがてら来たんだが、まさか『黒の死神』と合間見られるとは!私は運が良い!これも主のお陰だ!」
『ラグエル』と呼ばれた男はバッと両手を空に掲げ、わざとらしく感動する手振りをする。
先程”最上位の幹部”などという聞き捨てならない言葉が耳に入ってきたが、そんな私たちをお構いなしにクジラは追ってくる、このままでは追い付かれ食べられてしまう。しかし迂闊に動けば赤装束の男に再び撃ち抜かれ先程の二の舞だ
八方塞がりの絶望的な状況に唖然としていると、前方で走っていた蕪野さんがこちらに怒鳴りかけてきた
「走れ鬼灯!こいつら全員俺がここでぶっ倒す!出口はそこ曲がったところ直ぐだ!」
「でも」
「いいから行きやがれーッ!!!!」
蕪野さんの迫真の怒号に足枷にしかなれない私は「蕪野さんを置いていけない」そんな言葉を心の中でぐっと押し殺し、何も考えないよう、右手の激痛も、私を助けてくれた恩人一人置いていくという行為への惨めさを思い出して立ち止まらないように走った
「『忍耐の赫弓』!」
ラグエルのファルスが発動し、彼の手元に炎の弓が現れる
「主の名のもとに、彼らを撃ち抜きたまえ」
弓に炎の矢を引き、弦から手を離すと炎の矢は無数に分裂し、正確無比にこちらへ飛んできた
「死神の寵愛!」
蕪野さんも負けじと大鎌を出して、飛んでくる矢の殆どを打ち落とし、槍に変形しラグエルに投げつけたが、軽々と飛びのいて避けられてしまった
「おっと、流石は死神の名に恥じぬ強さだね。万全の状態で戦えないのが残念でならないよ。では、さようなら『火葬鳥』」
男の一言で周囲に落ちていた炎の矢が再び宙に浮いて一点に集まると大きな鳥へと変身し、こちらに突っ込んできた
「『黒葬』!」
蕪野さんが先程の二人組から意識を奪った必殺の斬撃を放つが抵抗むなしく、力負けし吹っ飛ばされてしまい、その余波で私も転んでしまった
「...................あ」
地面にへたり込んだまま後ろを見るとクジラがそのすべてを飲み込む口をこちらに向け、飲み込まれる0.5秒前だった。恐怖とどうにもならない絶望的状況に私は体に力が入らず、私は抵抗も出来ないままただ飲み込まれるのを待つのみとなっていた
「鬼灯、鳥花を頼む」
蕪野さんがそういった時にはもう私は体当たりで突き飛ばされ、蕪野さんが身代わりになる形で助けられていた
「蕪野さん!」
私が手を伸ばした時にはとっくに手遅れで、クジラは再び地面の中に潜りこんでしまい以外にもそこにはクジラのお腹の中に入ってしまったはずの蕪野さんが倒れていた。
「感動的だ、しかし主はそれも許さない。『忍耐の赫弓』」
私ごときが助かっても何も変わらない、ラグエルはこちらに深紅の炎を轟轟とその身に宿す死の弓をこちらに向かって引き始め、私の死へのカウントダウンは目前まで迫っていた。
しかし
その時にはもう恐怖よりも怒りの方が勝っていた
ただ助けられるだけで、何もできない自分への”怒り”が
あの日自らの手で母と妹を亡くしたその日から自らの中で燃え続けていたが、「鬼灯」の中に秘密と共に閉じ込めたその炎が今だけは外に出たのかもしれない
単純だがそれ故激しい感情が作用したのか、実葛にとどめを出した時の手のひらサイズの拳銃では無く、巨大なロケットランチャーが私の手元には握られており、不思議とその名が口から出た
「『虚構の血弾』」
トリガーを引いて放たれたロケット弾は着弾と共に大きな爆発と、赤い霧をその場に残し、家を瓦礫に変えて消滅した。
あれをまともに喰らって生きている人間はいない、そう思って倒れている蕪野さんの傍に向かおうとした時、土煙を払いながら男は、ラグエルは現れた
「こんな虚使いがいるなんて聞いてないのだが」
「な.................!」
傷一つ、負っていない。その体裁はおおよそロケットランチャーによる爆撃を受けた人間の物ではなく、一瞬でもどうにかなったと思った私にそこには虚使いとしての戦力差が天と地ほどの差があると思い知らせた
「君は役に立ちそうだが、死神の方は、、、駄目そうだな」
一歩ずつ、一歩ずつ歩み寄ってくるその姿に私は己の無力さを呪うと共に、目の前の圧倒的強者に記録者がどれだけ厳しいものか、今初めて知ることとなった。それもまた、最悪の形で
「嫌..........................!」
そう呟き、敗北を確信しかけた、その瞬間だった
「ウチのバイトを返してもらうよ」
先程までの絶体絶命の空気に似合わぬ軽い声が聞こえた後、瓦礫となった家の扉が開き、鎖が飛び出した
「何者だ?」
ラグエルが弓を構えようとした瞬間、鎖はラグエルを弾き飛ばし、私と蕪野さんに巻き付くと扉の中に引きずり込んでいった
「ハァ、主に褒めてもらえると思ったんだけどな!」
ラグエルは八つ当たりと言わんばかりに小石を蹴ると爆発し、煙が晴れると男は消え、コロドの中の住宅街にやっと静寂が帰ってきた
しかしながらそこに家など無く、灰と焼け残った瓦礫だけがあった