記録9黒の死神
「え、この空の色って、私またコロドに来ちゃったって事!?」
紫色の空に加え、先程まで私の身長と同じくらいだった家の塀も見上げないといけない高さまで大きくなっているので間違いないだろう
「ど、どうしよ、鳥花くんもいないし...............」
頭の奥からスーッと寒気が襲ってきて、全身から汗が噴き出す。一気に頭が真っ白になり、そこに立ち尽くしてしまった。今回は鳥花くんもいないし、前回の様に気を失ったら今度こそ助からない。
「....................電話するか」
大体こういう異世界に閉じ込められたら外との電波は繋がらないと相場が決まっている、しかしふと見た携帯電話の画面に「圏外」の文字はどこにもなかった。
とりあえず震える手で鉄線さんに渡されていた電話番号をスマホに打ち込み、着信ボタンをタップした。思わず無言となり、猫の鳴き声が遠くなり世界の音より私の心拍音の方が大きくなる
「あ、もしもし~?なんかあったかい?」
「わぁーっ!繋がったぁー!」
「ちょちょ、どうしたのさ?」
「じ、実はぁ.............」
私はむせび泣きつつ鉄線さんに経緯を話した、猫を何とか捕まえたこと、気づいたらまたコロドに入っていたことを順に説明した
「なるほどね、今すぐにでも助けに行きたいところなんだけど、さっきも言った通り僕はお尋ね者だからね。菜伊に行かせるよ、彼女には僕が電話しておくから、鬼灯君はそこら辺の茂みなんかに隠れておいてくれ。敵が近くにいる可能性があるから、とにかく落ち着いて行動することを思いがけるんだよ」
「は、はい」
蕪野さんカブなのにスマホ持っている事実に驚きつつ、鉄線さんに言われた通り私は猫の入ったペット用のケースを抱えたままジャンプで頑張って塀を乗り越え、しゃがみ込んで身を潜めた。
「とゆーか、今回は前みたいにならなくてよかったぁ.............」
今回は不幸中の幸いか鳥花くんに助けてもらった時みたいにいきなり死にかけることは無く、敵も見当たらないが逆に何もないのが不気味さを加速させるが、蕪野さんが来るのを信じて息を殺して待っていると塀の向こうから声が聞こえてきた
「ここら辺に実葛を倒したという記録者がいるというのは本当なんですか?」
「まだ記録者と決まったわけでは無い、独立した虚使いかもしれん」
声からして二人組の女性だ
「独立した虚使いw、一体何十年前の話をしているんですか?今時そんなのがいたらとっくの昔に自分らヴァルキリアに捕まってますよ」
「ケイ、私はあまり戦いたくないんだ。記録者でなければ話し合いでこちら側に引き込めるかもしれないだろう?」
「話し合い、ですか?自分らヴァルキリアは誰かを傷つける生き方以外知らないというのに」
ヴァルキリア!鉄線さんから聞いている危険組織だ、捕まれば一生外に出られないとか言ってたけど.....
私一人で太刀打ちできる相手じゃないし、蕪野さんが来るまで絶対バレないようにしなきゃ....!
[ここら辺に『コロドに入ったことのあるモノ』という条件で入り口をいくつか設置しておいたが私たち以外の虚使いの気配は感じられんな」
「もうコレ帰ってよくないですか?自分パトロール疲れったすよ~」
「見つけないと大目玉を喰らうのは私なんだぞ!件の虚使いを捕まえるまで帰れん!」
「でも虚使いの気配無いんですよね?少なくともここら辺には居ないって事じゃないですか、別の場所行きましょ?ね?」
会話を聞く限りここから離れる流れになっている、頼むからどっか行ってとここの中で願いつつケースの中の猫に「絶対に鳴くな」と眼を飛ばし続けている。口を押さえ、息を殺して彼らがいなくなるのをひたすら待ちながら私は再び耳を澄ませた
「ここら辺には確かに居なさそうだな、虚使いは」
「じゃあ引き上げますか」
足音が遠退と共に私の心拍音も小さくなってゆく
(助かったのか?私)
そう思って一瞬肩の力を抜いた瞬間、コンクリートでできているはずの塀の位置的に私がしゃがんでいた場所の真横部分が丸々吹っ飛び、漆黒のスーツに包まれた二人組がこちらを覗き込んでいた
「容疑者を確保してから、だが」
「ッ!」
私はケースを抱え一目散に逃げだした。一瞬確認した限り黒スーツたちは片方が私よりも小さい少女で、もう一人がかなり身長が高い、見上げるほどの大人の女性だった
「逃がすか!ケイ、ファルスを使え!」
「話し合いがどーとか言ってた気がしますが、了解です」
ケイと呼ばれた方の少女の指先が黄金色に発光した後、光の糸となってこちらに伸びてきた
「『保安官の夢跡』!『重鞭』」
光の糸は空中で輪を描き、西部劇でカウボーイが操る投げ縄の如く私を捕まえようと追ってくる
かくいう私も負けじと走り避けようとするが投げ縄の速度は圧倒的で、虚使いとそうでない人間の圧倒的な力量差を私に思い知らせる
「ボウ先輩、もう捕縛できます」
「私が結界を貼る、その間に尋問するぞ」
「私まだ捕まってないんですけど!」
投げ縄が私の頭を潜り抜けるその直前、私は決死の飛び込みで投げ縄を避けた。つもりだったが相手の凄まじいコントロール技術により手首に光の輪をひっかけられてしまった
「こんなもの!」
「あ、辞めた方が良いっすよ」
急いで縄を無理やり外そうとした瞬間、先程までほぼ重量などなかった光の縄が体積に見合わない大岩のごとき質量を持ち、私の手ごと地面に叩きつけると共にケースは宙に吹っ飛び、衝撃で中から飛び出した猫も一緒に光の縄で捕まえられてしまった
「なにこれ、重い...........!全然動かない................!」
「だから辞めた方が良いと言ったのに、っとボウ先輩、ボケーッとしてないでさっさと結界貼ってください」
私の抵抗むなしくあっという間に組み伏せられ、私を捕まえた方の少女はスマホまでいじり始めてしまった
「待て、"誓い"が無ければ結界は貼れんぞ!条件を言え!」
「『この場にいる人間しか出入りしない事』を誓います!とかで良いんじゃないんですか?」
「ではそれで貼るぞ、手を出せ」
ボウ先輩と呼ばれた方の女性が目を瞑り、祈りを捧げた後、女性は私を取り押さえていたケイという少女と手のひらと手のひらを合わせ、ファルスと思われるのを発動した
「『誓いの花畑』ケイの名の下に誓いを立てる」
その後祈りを捧げた女性を中心に花畑が広がり、桃色のバリアのようなものがドーム状に私たちを包み、ふわりと鼻の中にフローラルな良い匂いが舞い込んできた
「この後拘束したまま本部に持ち帰って尋問するぞ、ケイ、回収部隊に連絡しろ」
「りょーかいです」
ケイという少女は私を光の縄でぐるぐる巻きにした後私の上に座りスマホに電話番号を打ち込み始めた
「君、黙ってるが記録者なのか?詳しい話は本部で聞くが回収部隊が来るまでにも時間がある、私と少し話をひないか?」
ボウと呼ばれていた女性の方が私の顔の前にしゃがみ込んで話しかけて来た
「き、記録者ってなんですか?私知らないですそこの猫を探してただけです!」
「まぁ客観的に見ればそうだろうな、逃げた猫を探していたら異空間に迷い込んでしまった哀れな民間人、と言った所だろうな。その"モグラ"が居なければの話だが」
モグラ...........................!?
一瞬何を言っているか分からなかったが思い当たる節があることを思い出し、背筋が凍り付く。ここまで逃げたり猫を追ったりするのに夢中で気づかなかった右足の"異物感"に気づいた私は急いで拘束されている体勢のまま首を精一杯動かし、足元を確認するとこの前地中に埋まった鳥花くんを掘り出すときに手伝ってくれたモグラが涙目で私の脚にしがみついていた
「私の知る限りモグラはヘルメットなど被っていないしスコップも持っていない。貴様のファルスで生成した物だろう?」
「いや!その、モグラくんは関係ないけど何も知らないかというと違くて......!」
「分かった分かった、詳しい話は署で聞くから大人しくしておけ」
完全に連れていかれる流れである、モグラに関しても涙目で震えているだけで今回は何の役にも立ってくれそうに無い。早々に万事休すかと思ったその時だった
「ソイツとにゃんこを返してもらおうか」
何処かから聞き覚えのある声が響いた後刹那、緊張が走る
「誰、すか?」
ケイという少女が呟き、警戒態勢を取った直後だった
「伏せろッ!ケイ!」
超高速で飛んできた黒い影が私と猫の入ったケースを掴み、二人から少し離れたところに優しく置いてくれた
「鬼灯、遅れてすまなかった」
「か、蕪野さん!来てくれたんですか!?」
どうやら私と猫を二人から解放してくれたのは蕪野さんだったらしい、相変わらずその小柄な体に見合わないパワーだが助かったことに変わりはないので私は安心して肩の力を少し抜いた
「バカな...........!サーヴィゲートは『この場にいる人間しか出入りしない事』を誓いとして機能していた筈!いったいどうやって無効化したんだ!?」
「んー、よく分かんねぇけど俺、”蕪”だしな、人間じゃねー。それだけだ」
蕪野さんはわざとらしく肩を透かしてニヤリと笑う、対して蕪野さんに吹っ飛ばされて倒れていたケイという少女も痛そうに頭をさすりながら立ち上がり、こちらに向けて構える
「良くもやってくれたっすね.............」
「ケイ、戦闘態勢を取れ。奴は『名持ち』の記録者だ、間違いない」
「言われなくても分かってるっすよ...................!」
「なんだお前ら、俺のこと知ってるのか?それなら隠す必要もねぇみたいだな」
名持ち?蕪野さんは虚使いの間で有名なのだろうか、そういえば鳥花くんが戦闘は基本蕪野さんが担当してるとか言ってたっけ?
そんな事を呑気に考えていると蕪野さんがどこからともなく私が見上げるほど大きい全長2.5m程ある漆黒の大鎌を取り出し、構えると冷徹な視線で彼らを睨み、どこにあるのか分からない口を開いた
「『黒の死神』、『蕪野菜伊』だ、二度目は無い」
「ヴァルキリア所属『監視者』、『楽野 ボウ』」
「同じく『縛徒 ケイ』」
「いざ尋常に」
「「「参る」」」
それぞれの名乗りの後、記録者とヴァルキリアという相容れない二つの組織の人間の戦いが始まった