プロローグ:最初の嘘
────────────体が透けていく
意識が遠退いてゆく、世界と自分の境界線が分からず、最初からそこになかったかのように、空気の中へ融けてゆく、そんな感覚だ。
不思議と恐怖はない、「死」が目前にあるというのに、全く怖くない。
むしろ心地よい
──────最初からこうすれば良かったんだ
そして目を閉じ、意識を手放す、小さな子供が遊び疲れて眠るように、優しく。
ただ、優しく。
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火器女 鬼灯は日本人には見慣れない深紅の瞳を持つこと以外は少し成績が良いだけのごく『普通』の女子高校生である。
詳細は省くが今年3月に前畑市に引っ越し、母型の祖母と二人で暮らしており、四月から人参高校に在籍している。
今日も高校に持っていくための弁当をカバンに詰め、遅刻する心配のない余裕を持った時間に家を出発し、いつもの駅に向かって歩き出す。
「今日の授業、数学が二時間もある!、こりゃ憂鬱だなぁ~」
こう見えてクラス内ではよく聡明と言われる彼女だが、理系科目がてんでダメなのである。
そんなこんなで駅のホームまで着くとよく見る顔が、視界に入った。
「あ、鬼灯ちゃん!おはよ~」
鬼灯と駅のホームにて邂逅を交わしている少女は 裏切 真葛、最初の席も近かった事もあり、話してみるとすぐに意気投合し、毎日電車を共にする仲となった「普通」の友人である。
朝の通勤通学ラッシュによる、満員電車の中、二人は他愛のない会話を繰り広げる
「真葛、ちゃんと課題してきた?数学ほぼ一週間ぶりだけど」
「あ!忘れてた!ちょ、鬼灯さん、学校で写させてください」
鬼灯は露骨に嫌な顔をする、そりゃ真面目に課題をしてきた人間にしてみれば白昼堂々何のためらいもなく、課題を写すことの要求など、嫌な気持ちになるに決まっている
「今日の帰り酢束のミルクセーキおごるんで!お願い!」
「良かろう」
そんな彼女も大好きなスイーツの前には全くの無力だったらしい。
「そう言えば、鬼灯ちゃん、失踪事件の話、知ってる?」
「知らないな、なんかあったの?」
「いやそれがね、ここ最近この前畑市で多発してるらしいの、忽然と人が消えちゃうんだって!」
「急に?」
「そう、”溶けちゃう”みたいに消えちゃうんだって!」
そんなことあるか?と一瞬疑問が脳裏をよぎるが、自分にはあまり関係の無い話だと割り切り、何も考えず、電車に揺られた。
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「いやぁ~、やっぱり持つべきものは「友達」に限るね!あのまま白紙のノート出したら狐狸元くんの説教確定だったよー」
「まぁ私数学苦手だから合ってるか分からないけどね」
「え」
3時間目の終わり、60分座って凝り固まった体をほぐすように手足を伸ばしていると鬼灯の目に一人の男子生徒が目に留まった。
その生徒は真昼間、教室でパソコンを広げ一心不乱にキーボードを打ち込んでいた
「おや?鬼灯さん?もしやあの子、気になるの!?」
「いや、この学校、パソコンの持ち込みと日中触って良かったっけ?って思ってさ」
「ダメ!、、、、、、だけど鬼灯ちゃん、彼はパソコン部の期待のエース、株野 鳥花君!噂によるとプログラムの構築がめちゃくちゃ早くて、先輩達みーんな打ち負かしちゃったらしいよ」
「へ~」と言った具合に適当に流す、そう、何故ならこの火器女 鬼灯、そんなことは既に全て知っているからである!
鬼灯は先日からずっとこの男をストーk、、、ではなく尾行していたのだ、その理由は一目惚れしたとか、運命の出会いを果たしたとかではなく、確かに見てしまったのだ。
この株野鳥花が、校舎裏にて「喋るカブ」と会話している現場を。
そう、あれは確か3日前、、、、
「鬼灯ちゃん!ボーっとしてどうしたの?早く学食行こ!食券なくなっちゃうよ!」
「いや、私今日お弁当だから」
「じゃあ一緒行こ!」
そんなこんなで鬼灯は少年がパソコンをいじっているのを尻目に、真葛に連れられる形で食堂に向かい、昼食を済ませた後、午後の授業も終わり、気づけば空も赤くなり、下校時間になっていた。
「鬼灯ちゃんってそういえば部活は入ってないの?」
「無所属の帰宅部だよ、とくに好きなスポーツとか無いし、でも美術部入ろうか迷ってるんだよね」
サッカーや野球で賑わうグラウンドとは対照的にクラスメイトのほとんどが下校し、どこか静まり返ったような教室で夕日に黄昏ながら鬼灯は考えていた。
あの男、鳥花の事を。
思い返せば会話など交わしたことのない二人だが鬼灯の中にある何かが彼への興味を引き立てていた。「喋るカブ」の件は勿論、だが鬼灯自身にはそれ以外の「何か」があるようで気になって仕方がなかったのだ。
「なぁ真葛、私が『喋るカブ』を見たって言ったらさ、信じるか?」
自分で振り返っても突拍子のない話だった、さっきまで部活の話をしていたのに。
真葛からの返しが遅い、私の話を聞いて固まっている。流石に突拍子が無さ過ぎたか、やっぱり冗談だと無理やりその場を濁そうとした時だった、鬼灯が口を開くよりも先に真葛が答えた。
「ソレ、私も見たかも」
予想外の返しに一瞬驚くがすかさず鬼灯は誤魔化してそのまま帰る方針から、真葛にその話を深堀する方針へと変更し、直ぐに真葛に詰めた
「どこで見たの?」
「校舎裏」
「いつ?」
「えっと、、、確か、先週の金曜、、だったはず」
先週の金曜、そして私が見たのは三日前かつ今日は4月21日月曜日。つまり私と真葛が見たのは同じ時、同じ場所、ならば、、、
「あの時、真葛もいたの?私も生き物係の仕事で鱧に餌やりしに校舎裏向かってる途中目撃したんだけど」
「私は、、、あの時先生に頼まれてプリント運ぶ途中の渡り廊下で見たの」
なるほど、と納得する渡り廊下と私がいた通路では学校の位置関係的に見えない場所同士にいる、それならば互いに同じ場所にいたのに気付かなかったことにも納得いく。
それから二人で件の「喋るカブ」に関してしばらく話した。
そこから得た情報をまとめるとこうだった
・株は鳥花のカバンから出てきた
・喋るついでにそこら辺を跳ね回っていた
・二人は会話をしていたが内容までは聞き取れなかった
「というか、なーんだ鬼灯ちゃん、朝さも知らない風を装ってたけど、まさか尾行するほど探っていたとは、そんなに鳥花君のこと気になる訳?」
「ま、まぁね、どうしてもさ、いろいろ気になっちゃって」
「ふーん、なら今日はもう遅いし帰ろっか、酢束に行くも今からだと暗くなりそうだし、明日で良いかな」
言われて気づいたが、ふと外を見ると帳が降りかけていた、あまり遅く帰ると祖母に叱られることを思い出し、急いでカバンを取り帰る支度をした後、真葛と共に帰路に着いた。
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「じゃ、また明日」
「じゃあね~」
駅のホームから出た後、別れの挨拶を交わし、私は自宅へ一歩ずつ足を進めた。
それにしても彼は何なのだろうか、てか今日の夜ご飯なんだろ、課題面倒くさいな、など他愛のないことを考えながら、すっかり日の落ちた空を見上げ、差し掛かった踏切の音につられるように前を向くと、一人の人影が目に留まった
「あ、鳥花君」
今日の鬼灯の頭の8割を占領していた件の男、株野鳥花である
ふと立ち止まる、そこで回る思考、最終的にたどり着く、良くない考え
(帰る方向が同じならこのまま後を付いていけば、「喋るカブ」の秘密に迫れるのでは!?)
ただのストーカーである。
彼をここ数日”付けていた”と前述したが、正しくは「”学校”で付けていた」ということである。
彼、株野鳥花は毎日部活動で学校に遅くまで残っており、帰宅部の鬼灯は帰りの時間まで待とうとも、毎日しびれを切らして真葛と共に帰ってしまっていたのだ。
そんなこんなで初めてまともに彼の秘密に迫れると意気揚々と電柱に隠れた鬼灯は彼との距離がある程度離れたことが確認できた後、踏切を「渡った」
その時だった
「、、、、、ん?」
一瞬の悪寒が私の背後を駆け巡った
なんだか辺りは急に静まり返ってるし、それに、何より、
「空が、紫!?」
明らかに尋常ではない事態に焦るが、異変は止まることを知らず
「何、!?手足に、、、力が、入らない?」
最終的にその場にへたり込んでしまい、追い打ちをかけるように強烈な眠気が彼女を襲い、冒頭の状態に至り、そして
────ぃ
────────おい!
目の前の誰かに呼びかけられる、しかし意識と共に視界もぼやけ何が何か分からない。
「どうやら、学校にも『コロド』の被害が出だしたようだな…….」
最後に誰かのそんな言葉を最後に私は完全に意識を手放した。