No.28-神器の力(中編)-
紗衣純哉はむくりと起き上がり、夕飯の準備をしていた。
結局帰ってきてからかなりの時間眠っていたようで、
既に時計の針は午後の六時を指していた。
紗衣が適正者として選ばれた午前の出来事のせいか、
人が恋しくなったようで、仙寿とカシスをベーゼに呼んでいた。
六時半に二人は来るようで、それまでに作れる簡単で、
三人分の食事という事で鍋を用意した。
季節は既に冬に近い。冬の代表格は、現世も天界も変わらない。
皆で楽しく鍋を囲む、はずだった。
「純哉くぅん……さっさと……食べなよ……ふふふふふ………」
「ヒューヒュヒュヒュ……安心しやがれ。地獄が見れるようなもん入れてねぇ。ヒュヒュ……」
そう。闇鍋になっていたのだ。
純哉が二人を呼んでからすぐに、カシスから「闇鍋しようぜ!」とメールが届いたのだ。
闇鍋を経験したことのなかった純哉はとても喜んでいた。
もちろん、闇鍋についての知識は「適当な物を入れる!」ぐらいしかなかった。
それが今回、地獄を生み出したのかもしれない。
俗に言う天国に今いる彼らが死後の世界を口に出すのは少々おかしいように思える。
が、これは現世だろうが、天界だろうが関係なかった。
紫色のスープ。
漆黒に染まった謎の塊。
これだけで地獄を連想してしまいそうだが、追撃は止まらない。
正体不明の激臭のする肉。
枯れて、いかにも体に悪そうな野菜。
闇市で手に入れた一ヶ月間在庫が変動していないチョコレート。
鍋に入れた瞬間、それまで入りきらなかった食材(?)を一気に溶かした液体。
これを地獄と言わず、何と言うのだろうか。
特に最後の液体は、食して大丈夫なのだろうか。
闇鍋のレベルを超えた食材(?)が集まった件の闇鍋。
純哉は食材を特に用意していない。
用意したのは主に客の二人だ。
その二人ですら、食べる気が失せたらしく、一向に箸を動かさない。
このままでは埒が明かない。
事実、部屋中に毒ガスの様なものが蔓延している。
天使なので死に至ることは無いだろうが、
危険な状態になることは確かだろう。
「くそ……!このままじゃどうにもならない!俺が逝くぜ!」
そう言いながらカシスは箸を鍋に突っ込んだ。
瞬間、箸の先が融解してしまった。
唖然、驚愕、様々な思考が三人の頭を過る。
「「「これは、食べたら二度死ぬのではないか……?」」」
三人の言葉が偶然、若しくは必然的に一致した。
「もう……止めない?」
「ヒュ……そ、そうだな。」
「お、おう……純哉、片づけ……どうする……?」
「ヒュ、俺がするぜ……」
そう言い、仙寿が立ちあがった。
そして、仙寿が二人の頭に手を当て、
「死ぬのはお前らだけでいい!!後片付けしやがれ!ヒュヒュヒュ!!!」
鍋の中に突っ込んだ。
もちろん全部は突っ込めなかったが、二人の頭は半分ほど鍋に浸かった。
「「ンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」
その断末魔と叫びは、数十分止まなかった。
泡沫紗衣はトレーニングルームの一角で訓練用のモンスターと戦闘を繰り広げていた。
しかしそれが「戦闘」と言えるのかはわからなかった。
どれだけ大量にモンスターが出てこようと、紗衣が神器を一振りすると、全てのモンスターを蹴散らすことができる。
リンチしようとしているモンスターを一人でリンチしていた。
そのモンスターたちが十秒以上機械の命を保つことは決してなかった。
「んだァ?SSSで、しかもUltimateでこの程度だァ?故障でもしてんのかよ。」
彼は訓練を最高ランク最高難易度で行っていた。
あまりにも手ごたえが無さ過ぎる。
彼の言動からもわかる通り、故障を疑いたくなるほどだった。
それほどまでに圧倒的な神器の力。彼はまだ第一の神器の、しかも半分しか出していなかった。
第一の神器たる対の神器「ロード・オブ・ソード/ナックル」は二つの形を擁する。
一つは今使っているロード・オブ・ソード。
二つ目は左手に装着したロード・オブ・ナックル。
斬撃と打撃という、非常にシンプルな神器だが、この戦闘を見ても、その性能が非常に高い事がわかる。
「これじャァ、槍も爪も出せねェなァ。どうすッかねェ。」
紗衣は対の神器の他に、槍の神器と爪の神器を手に入れていた。
槍の神器は爪の神器戦で使用したが、爪の神器はまだ扱っていない。
是非ともそれを使用して戦いたいというのが紗衣の心情なわけだが、
如何せん敵の手ごたえがなさすぎるため、使用を躊躇していた。
使用したところで、本来の力の50%引き出せるかどうか、というところ。
「やッぱ、対人で使うべきだッたか。」
そんな独り言を呟く紗衣。
元々神器は対魔物、対悪魔用に作られた武器であり、
効果がないわけではないが、対人戦では「絶対的な武器」というよりも、「かなり強い武器」程度の代物になってしまう。
そのデメリットを逆手にとり、太古の昔より神器の修行に対人戦は欠かせないとされていた。
しかしそのような修行が行えるのは極一部の者たちだけであり、
使用者以上に対戦者が強くなければ、勢い余って致命傷を負わせてしまう可能性が高い。
思い当たる節は紗衣純哉、望月仙寿、カシスがギリギリ、という程度だ。
それ以外にも紗衣に次ぐ天使である「西康太郎」の名が浮かび上がったが、即座にその考えを改める。
西康太郎は精神系能力を扱う天使の中では最強の能力を持っている天使だ。
使いようによっては紗衣をも凌ぐ性能を誇り、
実際に戦闘経験のある紗衣は一種のトラウマとして忘れることができなくなっていた。
「仕方ねェなァ。帰……」
「何処へ?」
紗衣が言葉と歩みをとめた。
その先にはたった今頭の中に浮かび上がった西康太郎の姿があった。
学校の制服にカーディガン、意味のわからない鉄製の仮面に提灯鮟鱇の提灯の様な特殊な飾り。
紗衣の記憶にこびり付いた西康太郎その物だった。
西はユラリユラリと歩きながらトレーニングルームの入り口に近づく。
紗衣は向かってくる西を睨みつけながら、入り口の自動ドアを自身の能力で破壊する。
西はキヒヒッと独特の笑いを鉄の仮面から漏らし、紗衣の懐へ一瞬で移動する。
「紗衣君さぁ、神器ぃ、手に入れたんだってぇ?」
「だッたらどうすんだよ。」
「ちょーっと、戦ってみたいなぁ、って。今後の研究の為にね。」
「そうかい、そうかい。丁度、ルームのザコ共に飽き飽きしてたとこだ。ぶッ潰してやるよ。」
現在、苛立ちが九割を占める紗衣は数歩分ほど後ろに下がり、蒼く輝く大海の神槍を装備し、西の懐目がけて突進した。
直撃した西はこれでもか、というほど廊下を転がり、壁に激突する。
その直後、西の身体が四方に破裂する。
そして、発生源のわからない声が紗衣を取り巻く。
『キヒヒヒヒヒッッ!!ざぁんねぇんでぇしたぁ!!!今のはディフェンスウェポン“身代りBOY”でぇしたぁ。キヒヒッ!!』
「ほォ。まァ、んなことはどォでもいィ。
取りあえず、どッからそのうざッてェ声がしてんのか分かんねェからよォ、廊下毎吹ッ飛ばして良いかねェ!」
そう怒鳴り上げ、大槍を振りまわし、廊下に突き刺す。
槍から魔力の水が発生し、数秒ほどで量が倍増し、やがて激流と化す。
槍の如く尖り、形を保つため回転し続ける水の槍。
この技は決して、紗衣自身が考え付いたものではない。
何の修行も積まない槍がそうしろと命令してきた、初期技だ。
「今からぶッ放してやッから、精々逃げ回れ、提灯野郎。」
意外と登場が遅れた第二位の天使。




