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珠景姫 Mikage hime  作者: 美珠夏/misyuka
第2章 姫じゃない人生( 珠景 )
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心の天秤

 

 珠景姫(みかげひめ)の物語は、まだ終わっていない。 

 十七歳で生涯を閉じたはずなのに、珠景姫(みかげひめ)の魂は今も生き続けている。


 あの夏から百年が経った今日。

 長姫制度(おさひめせいど)が存在しない現代の世界で、私は色歌(いろか)の曾孫に出会ってしまった。

 最愛の妹に良く似た彼女に、声をかけてしまったのだ。


 本当は、声を掛けずに見守るべきだったのかもしれない。

 でも、放っておくことは出来なかった。

 トンネルの前で泣く(つむぎ)が、幼い頃の色歌(いろか)にしか見えなかったから。


「ただいま。色歌(いろか)

 仏壇の前に座り、珠景(みかげ)は表情を緩める。

 自己紹介を終えた後、 弥栄(やえ)(つむぎ)は部屋を出て行った。

 きっと、色歌(いろか)と向き合う時間を作ってくれたのだろう。

 部屋に残された 珠景(みかげ)は、亡き妹の遺影に語りかける。


「……私は、どうしたら良いかな……?」

 お婆ちゃんになった色歌(いろか)を見つめ、弱々しい声を漏らす。


 現代の世界で始まった『珠景(みかげ)』の物語。

 想像すらしていなかった二度目の人生には、正直戸惑っている。

 (つむぎ)を家まで送り届けるだけのつもりが、民宿かみしまで暮らす事になってしまった。

 もう一度、あの夏の続きを描けるのなら、この機会を逃す訳にはいかない。


 二度目の人生に希望を抱く反面、現代で暮らすことへの不安もある。

 百年という時間が過ぎゆくなかで、島の景色や文化も大きく変わってしまったはずだ。

 新しい生活様式や流行りの言葉に慣れるまで、時間を要してしまうことだろう。


 令和の時代に『珠景姫(みかげひめ)が夢見た世界』が存在する保証も無く、二度目の人生が幸せになるとも限らない。

 心のなかで、期待と不安の天秤が揺れる。


「……やっぱり、御神体に帰るよ」

 人生をやり直すのは、全てを託した色歌(いろか)に申し訳ないから――


 あの夏、私は長姫制度(おさひめせいど)を終わらせる為に、色歌(いろか)の反対を押し切って最後の姫になった。

 十四歳の色歌(いろか)に、姉の死と長姫制度(おさひめせいど)の撤廃を背負わせてしまったのだ。

 色歌(いろか)の人生を制限してしまった私に、二度目の人生を楽しむ資格なんて無い。

 だから、運命に従って、御神体で眠り続けよう。


「またいつか会おうね」

 その一言を残して、珠景(みかげ)色歌(いろか)の部屋を出た。

 今なら、まだ間に合うだろう。

 八月八日が終わる前に、御神体に戻れば問題ないはずだ。

 中庭に降り立ち、夜風を割くようにして歩き出す。


「どこ行くんだ。もうご飯出来るよ」

 声の主に目を向けると、弥栄(やえ)が穏やかな表情を浮かべていた。

 きっと、珠景(みかげ)の分も夕飯を作ってくれたのだろう。

 その優しさに、少しだけ胸が痛む。


「……すみません。嬉しい提案でしたが、私は御神体に戻ろうと思います」

「そうか。それは残念やな」

(つむぎ)ちゃんにも、よろしくお伝えください。では、失礼します」


「何でだろうね。母の寂しそうな顔が目に浮かぶ。『せっかく帰ってきたのに、もう帰るんですか?』ってね。ずっと、あなたの帰りを待ってたから――」


 色歌(いろか)の声が聞こえた。

 もう生きていない妹の言葉が、心に波紋を広げていく。


「迷うくらいなら、新しい道を選びなさい。それが正しい選択じゃなかったとしても、得られるものがあるからね。不変を望むのは、現状に満足している時だけで良い。珠景(みかげ)は御神体で生きる事に満足しているのかい?」


「私は……」

「せっかく帰ってきたんだ。珠景姫(みかげひめ)が生き続ける理由を探してみたら? 今のあなたは自由なはずでしょ」


 長姫制度(おさひめせいど)が無い世界に、珠景姫(みかげひめ)の人生を制限するものは何も無い。

 御神体に戻る選択をしなければ、あの夏に夢見た環境で生きる事が出来るのだ。

 心の空が、再び迷いの雲で覆われていく。


 それと。と弥栄(やえ)は言葉を繋いだ。

(つむぎ)の為にも、ここに居て欲しい」

(つむぎ)ちゃんの為……?」


「臆病で泣き虫なあの子が、あなたを引き留めようとする姿を見てね。『あぁ、寂しかったんだなぁ』と。あの子の両親は本州で働いているから、普段は婆さんと二人きり。兄妹も居ないから、ずっと一人だった」


 弥栄(やえ)は中庭に面した廊下に腰掛け、話を続ける。


「だからね、昔から姉妹への憧れもあったんだと思うよ。あなたを家族に迎え入れようとするのは、きっとそういう訳さ。もし、珠景(みかげ)が義理の姉として生活してくれるなら、あの子の人生もより豊かになる。まあ……これは婆さんの我儘だ」


 悩む珠景(みかげ)に、弥栄(やえ)は穏やかな表情で告げる。


「話はこれで終わり。御神体に帰っても良いし、ここで暮らしても良い。母も私も、あなたの選ぶ道を尊重するから」

 弥栄(やえ)はゆっくりと立ち上がり、厨房へと戻ってしまった。


 月明かりに照らされた中庭の中心に立ち、珠景(みかげ)は夏の夜空を見上げる。

 姫として生きた最後の日、綺麗に輝く星を見る事は出来なかった。

 夕陽の光を背に、底の見えない穴の中へと飛び込んだから。

 静かな世界で光り輝く星を見つめ、もう一度自分の心と向き合う。


 (つむぎ)との出会いは、きっと偶然じゃない。

 神様が用意してくれた運命的な巡り合わせなのだろう。


 初めて御神体を離れて、生まれ育った地へ帰郷することが出来た。

 姫としての暮らしを強要された宮殿も無く、代わりに帰る場所が用意されていた。

 色歌(いろか)が残した想いと共に、珠景姫(みかげひめ)の存在を受け入れてくれる人達も居る。

 もし、色歌(いろか)が許してくれるのなら。



 この場所で、あの夏に諦めた夢を叶えたい――



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