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珠景姫 Mikage hime  作者: 美珠夏/misyuka
第1章 百年越しの出会い( 紬 )
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百年越しの帰郷

 

「夜に泣き喚く赤ん坊は誰の孫だぁ。私の孫しかおらんか」


 厨房から出て来たのは、(つむぎ)の祖母である弥栄(やえ)だ。

 八十代になってもまだまだ元気で、民宿で提供する料理は弥栄(やえ)が一人で作っている。

 明るいおばあちゃんで、身体機能こそ衰えているものの、頭の回転の速さは未だに健在だ。言葉の魔法使いであり、お悩み相談にも定評がある。


「一人で泣いていると思ったら、お客さんが……」

 珠景姫(みかげひめ)に目を向けた弥栄(やえ)は、その場に立ち尽くす。

「……おばあちゃん?」

 (つむぎ)が心配そうな声を漏らすと、弥栄(やえ)は表情を変えずに尋ねる。


「あんた、珠景姫(みかげひめ)か」


 (つむぎ)珠景姫(みかげひめ)は言葉を失った。

 重たい沈黙が、夜の空気に混じっていく。


「はい。神島珠景姫(みかげひめ)と申します。この身体は生まれ変わりの姿であり、魂そのものは生前と変わりません」


 珠景姫(みかげひめ)が真面目な口調で挨拶を済ませると、弥栄(やえ)は小さく手招きをした。

 帰路につく予定だった珠景姫(みかげひめ)は、困惑した様子で歩み寄る。

「せっかく来たんだ。帰る前に、色歌(いろか)の部屋に寄っていきなさい」

色歌(いろか)の部屋?」

「亡き母が生前に使っていた部屋だ。(つむぎ)もおいで」

 廊下に立つ弥栄(やえ)は、居住部屋の一室に入っていった。


 残された二人も中庭から廊下へと上がり、色歌(いろか)の部屋へと向かう。

 仏壇が置かれた和室に入ると、正座した弥栄(やえ)が待っていた。

 (つむぎ)珠景姫(みかげひめ)も、弥栄(やえ)と向き合うようにして座る。


「自己紹介がまだでしたね」

 丁寧な口調で話を切り出した弥栄(やえ)は、珠景姫(みかげひめ)に向かって深々と座礼をした。

「神島色歌(いろか)の娘、弥栄(やえ)でございます。お会い出来て光栄ですよ」

色歌(いろか)の娘……つまり、私の姪ってことですか?」


「えぇ。母より、お話は良く聞いておりました。まさか、こうした形で会えるとは思いもしなかったもんで、正直驚いております」


 関係性がややこしくなっているが、整理すると次のようになる。


 ・弥栄(やえ)珠景姫(みかげひめ)の姪であり、(つむぎ)の祖母

 ・(つむぎ)弥栄(やえ)の孫であり、珠景姫(みかげひめ)の曾姪孫(姪の孫)

 ・珠景姫(みかげひめ)弥栄(やえ)の伯母であり、(つむぎ)の曾祖伯母(曾祖母の姉)


 つまり、十七歳止まりの珠景姫(みかげひめ)は、八十代の弥栄(やえ)よりも目上の存在という事だ。

 それを理解している弥栄(やえ)は、丁寧な言葉で話しているのだろう。しかし、珠景姫(みかげひめ)の容姿があまりにも若々しいので、第三者として眺める(つむぎ)は違和感を覚えてしまう。


「あのさ……一回、ここでの立場をハッキリさせない?」

「十七歳として生きるか、先祖として生きるか。そういう事?」

「うん。それを決めないと、色々とややこしいかなって」

「そうだね。じゃあ……」

 顎に指を置いて考え始める。

 悩む姿さえ絵になるのだから、珠景姫(みかげひめ)の美貌には敵わない。

 しばらく考えた後、珠景姫(みかげひめ)は口を開いた。 


「十七歳の『珠景(みかげ)』として、ここでは過ごすよ」


 今まで背負ってきた『姫』を外し、『珠景(みかげ)』と名を改める。

 その意図は分からないが、(つむぎ)にとっては嬉しい選択だった。

 この出会いを、奇跡で終わらせたくない。

 もしも、仲良くなれるのなら、その機会を逃したくない。だから――


「嬉しいっ」

 子供のような笑顔を見せる(つむぎ)に、珠景(みかげ)は困ったように告げる。

「あくまで、二人と会う時の話だよ。もう少ししたら、御神体へ帰るし」

「え……何で?」


「何でって……私は一度死んだ身だし、今の神島家にお世話になる訳にはいかないでしょ? それに、今日は(つむぎ)ちゃんを送り届ける為に来た訳だからさ」


 返す言葉が見つからない(つむぎ)を見て、弥栄(やえ)が代わりに会話を繋いでくれた。

「御神体に居るのは、他に行く場所が無いから。そうでしょ?」

「そうですけど……」

「あの場所を離れて問題が無いなら、ここに住めばええさ」

 弥栄(やえ)の提案に、珠景(みかげ)は申し訳なさそうに首を横に振る。


「私は今を生きる人間では無いですし、ここに住む資格もないです」

「勘違いをしないで。珠景(みかげ)に対して『いらっしゃい』なんて思ってないのよ」

 次の言葉を待つ珠景(みかげ)に、弥栄(やえ)は穏やかな口調で告げる。

「だって、ここはあなたの家だから、私達が思うのは『おかえり』でしょ」

 予想外の言葉をかけられ、珠景(みかげ)は大きく目を見開いた。

 心配そうな表情で二人の会話を聞いていた(つむぎ)も、安堵の息を漏らす。


「この民宿はね、母の色歌(いろか)が始めたのよ。だから、亡き母に代わって言わせて貰うわ」

 弥栄(やえ)珠景(みかげ)の目を見て、柔らかな笑顔で告げた。


「おかえり」


 嬉しそうに笑った後、珠景(みかげ)は照れくさそうに口を動かす。


「ただいま」


 この瞬間、珠景姫(みかげひめ)の魂は、百年ぶりに帰省を果たした。

 八月八日で止まった時間が動き出す――



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