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珠景姫 Mikage hime  作者: 美珠夏/misyuka
第9章 妹から義妹へ( 紬 )
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春の便りが届く日

 


 春の淡い夕暮れ時。

 (つむぎ)は一冊の小説を読み終えた。

 本を机に置き、畳の上に寝転がる。


 美しい茜空のグラデーション。

 反転する世界に、高嶺の花を見つけた。


「みかげ、みっけ」

 呑気な声で呟くと、珠景(みかげ)はそっと微笑んだ。

 そして、(つむぎ)の近くに腰を下ろす。

「渡したいものがあってさ」

 身体を起こし、向き合うように座る。

 手渡されたのは、一通の手紙。 


「えっと……これは?」

色歌(いろか)の手紙」

色歌(いろか)さんの手紙? え、私宛だ!」

 封筒には、『(つむぎ)ちゃんへ』と書かれている。


「生前、私や(つむぎ)にも手紙を書いてくれたみたい」

「今、読んでも良い?」

「うん。ゆっくり読んであげて」

 寂しくて切ない。そんな声だった。

 珠景(みかげ)は静かに立ち去り、妹だけが残される。


 十七年越しに届いた手紙。

 封筒を開けてみると、中には便箋と写真が入っていた。

 まずは、手紙を読んでみる。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 (つむぎ)ちゃんへ

 ひいばあちゃんの、色歌(いろか)です。


 この手紙を読む(つむぎ)ちゃんは、何歳になりましたか?


 覚えていないと思いますが、私達は会ったことがあるんですよ。一緒に入っている写真は、その時に撮ったものです。要らなかったら、手紙と一緒に捨ててください。

 お墓を出て、拾いに行きますね。


 六月九日。

 念願の曾孫。(つむぎ)ちゃんが生まれました。


 長い人生を振り返っても、あの感動を超える瞬間はありません。

 大切な約束を果たせたことで、私の九十七年間は報われたんです。

 人生の最後に、花を添えてくれてありがとう。


 これまでの私と、これからの(つむぎ)ちゃん。

 一緒に過ごせた時間は、本当に僅かなものでした。

 私は赤ん坊の(つむぎ)ちゃんしか知らないので、将来どんな子に育つか楽しみです。


 (つむぎ)ちゃんは、叶えたい夢がありますか?

 もし、素敵な夢に出会えていたのなら。

 叶う。叶わない。は考えず、全力で挑戦してください。

 誰もが、夢を追える環境で生きている訳では無いですからね。


 人生は長いので、幸せな時もあれば、辛い時だってあります。

 悩みごとがあれば、私のお墓か仏壇に来てください。

 そこに宿る私の魂が、最後まで話を聞きますので。


 もちろん、嬉しい報告や、好きな人の話も大歓迎です。時々で良いので、(つむぎ)ちゃんの顔を見せてくれたら嬉しいです。

 深夜から早朝は私も眠っていますが、遠慮なく叩き起こしてください。

 多分、罰は当たらないと思います。



 最後に、一つだけ。

 (つむぎ)という名前は、私が付けたんですよ。

 曾孫が女の子なら、絶対にこの名前を授けたかったんです。


 九十七歳の婆さんが「人生最後のお願い」と懇願したので、(つむぎ)ちゃんの両親も困ったことだと思います。この言い方だと、遺言に他ならないですからね。

 それでも、嫌な顔をせずに「良い名前ですね」と笑ってくれました。

 見知らぬお婆さんが、あなたの名付け親でごめんね。

 そして、これは最初で最後のお願いです。



『神島 (つむぎ)』 この名前を大切にしてね。



  神島 色歌(いろか)(ひいばあ)     

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈                               

 曾祖母が、生まれたばかりの赤ちゃんに書いた手紙。

 十七年の歳月を経て、その想いを受け取ることが出来た。

 (つむぎ)は手紙を置き、封筒から写真を取り出す。

 桜がひらりと舞った。


 刹那を切り取った世界。 

 生まれたばかりの(つむぎ)を、色歌(いろか)が幸せそうに抱いていた。

 この日の記憶は、もう残っていない。


「私と、ひいばあちゃん……」

 写真が出会いを証明し、手紙が言葉を伝えてくれた。

 先祖の一人という認識が、世界に一人の名付け親へと変わる。

 二人の縁は、血の繋がりだけじゃない。


「また会いたいな」

 同じ時代を生きた期間は、一年にも満たない。

 色歌(いろか)の人生が終わり、(つむぎ)の人生が始まった。

 きっと、二人の縁を結ぶ為の時間だったのだろう。


「……?」

 写真を戻そうとした時、畳の上に桜色を見つけた。

 手紙とは別に、もう一枚入っていたらしい。

 桜柄の小さな紙を拾い、内容を確かめる。

「――え」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 珠景姫(みかげひめ)は、元気にしていますか? 



 この手紙は『珠景姫(みかげひめ)が帰ってきたら渡して欲しい』と、娘に伝えてあります。

 珠景姫(みかげひめ)と出会っていなければ、そもそも読むことが出来ません。

 (つむぎ)ちゃんと姉さんが、どんな関係性を築けているかは分かりませんが、もし仲良く生活出来ているのなら、お願いがあります。



 もう一度、姉さんに生きる道を選ばせてください。



 私は『珠景姫(みかげひめ)の物語』を、悲劇で終わらせたくない。

 幸せな未来へ導いてくれた姉さんに、幸せな人生を送って欲しいんです。

 今の時代なら、きっと幸せに生きられるから。


 私は諦めが悪いので、九十七歳を迎えても、こんなお願いをしてしまいます。

『いつか、姉さんが帰って来る』と、今も本気で信じているんです。

 世界の誰よりも、姉さんが大好きなので。


 これは、亡き婆さんの戯言です。

 意味が分からないと思ったら、破り捨てても構いません。

 でも、この想いが届くのなら。



 姉さんのこと、よろしくお願いします。



  神島 色歌(いろか)     

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 もし、この手紙を去年の春に渡されていたら。

 色歌(いろか)の願い虚しく、何も気づけなかったかもしれない。

 でも、今なら分かる。


「私が『物語の続き』を紡げば良いんだよね」


 あの夏から続く、八月八日のお祈り。

 珠景姫(みかげひめ)が帰ってくる日まで、御神体の信仰を守り続けたい。

 その一心で、曾孫に全てを託すと決めたのだろう。

 だから、(つむぎ)の名前に願いを込めた。


「ひいばあちゃん。お手紙ありがとう」

 神島(つむぎ)という名前。大切にするね。

 妹から義妹へ。


 二人の想いは重なり、一つになって(つむぎ)に託された――



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