二人の故郷
日常の景色が目に映る。
トンネルを抜けると、故郷が待っていた。
住み慣れた建物を見て、紬は安堵の息を漏らす。
帰るべき場所まで戻って来た二人は、民宿の前で足を止めた。
「ここが紬ちゃんの家? 結構、広いね」
「半分は、おばあちゃんがやってる民宿の建物なんです」
紬の自宅でもある『民宿かみしま』は、コの字型をした平屋建ての屋敷だ。
玄関から左右に廊下が伸びていて、廊下に沿う形で和室が四部屋ずつ並んでいる。
右側が民宿部屋、左側が居住部屋となっていて、中庭に面した廊下に立てば全部屋を見渡せる開放的な作りだ。
民宿と周辺の景色を眺め、珠景姫は表情を緩める。
「今は神島家の土地なんだ」
「昔は違ったんですか?」
「うん。ここにはね、姫と侍女達が暮らす宮殿があったの。同じ形の建物だったから、どこか懐かしい」
珠景姫は中庭へと足を踏み入れ、中央にある玄関の方へと歩いていく。
玄関前の廊下まで歩いた後、紬の方を振り返った。
「少しだけ、座って話さない?」
珠景姫の提案に、紬は笑顔で頷く。
二人は廊下に並んで腰掛け、中庭を眺めながら話し始める。
「紬ちゃんは、何歳なの?」
「十七歳です」
「同い年なんだ」
「え、珠景姫さんも?」
「うん。永遠の十七歳!」
「発言がアイドル……本当に、年を取らないんですか?」
「十七歳の誕生日に、私の人生は終わっちゃったからね。その先には進めないんだよ」
遠くを見つめ、珠景姫は切なげに微笑む。
「まさか、生まれ変わるとは思わないじゃん。だから正直、今でも戸惑ってるんだ。夢を諦めてまで命をかけたのに、大好きな人達とお別れして来たのにさ……生きる意味を失っても、百年の時が経っても、この命は終わってくれない」
命は途絶えたのに、魂だけは生き残ってしまった。
終わりのない物語を、これからも生き続けなければならない。
望んだ未来で無ければ、あまりにも残酷だ。
「百年間、ずっと一人で……?」
紬の問いかけに、珠景姫は小さく首を振った。
「私はね、八月八日にだけ目を覚ますの――」
珠景姫の声が、静かな夜に溶けていく。
返す言葉が見つからず、紬は言葉の続きを待つ。
「今日が終わると同時に、私は御神体の力で眠っちゃうみたい。一度眠ると、現実世界では一年も時間が進んじゃうから、次に目を覚ますのは来年の八月八日。だからね、あの夏から今日まで、私は百年を生きていないんだよ。時代が違う八月八日が百回続いただけ」
夏の夜空を見上げ、珠景姫は切ない表情で微笑む。
「私はまだ、あの夏を生きてる」
夜風が風鈴を揺らし、綺麗な音色が響いた。
二人の間に静寂が生まれ始める。
「さてと。無事に送り届けたし、私も帰るね」
沈黙を打破するように、珠景姫は中庭へと降り立つ。
紬に小さく手を振り、御神体へと続く道を歩き出した。
珠景姫の背中が遠のいていく。
「ま、待って!」
慌てて声を出し、珠景姫を呼び止める。
このままお別れしたら、もう二度と会えない気がしたから。
「もう少しだけ、お話ししませんか?」
紬の提案を聞いて、珠景姫は困ったように笑みを浮かべる。
今にも切れそうな糸を繋ぎ止めたくて、紬は必死に言葉を並べていく。
「珠景姫さんの話をもっと聞きたいというか、昔の時代に興味があるので、その……そうだ、今日は泊まっていきませんか? 民宿の部屋も空いてるので、帰るのは明日でも良いと思うし、それに――」
首を横に振り、珠景姫は申し訳なさそうに告げる。
「私の居場所は、ここじゃないから」