表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景姫 Mikage hime  作者: 美珠夏/misyuka
第1章 百年越しの出会い( 紬 )
4/55

二人の故郷

 

 日常の景色が目に映る。

 トンネルを抜けると、故郷が待っていた。 

 住み慣れた建物を見て、(つむぎ)は安堵の息を漏らす。

 帰るべき場所まで戻って来た二人は、民宿の前で足を止めた。

「ここが(つむぎ)ちゃんの家? 結構、広いね」

「半分は、おばあちゃんがやってる民宿の建物なんです」


 (つむぎ)の自宅でもある『民宿かみしま』は、コの字型をした平屋建ての屋敷だ。

 玄関から左右に廊下が伸びていて、廊下に沿う形で和室が四部屋ずつ並んでいる。


 右側が民宿部屋、左側が居住部屋となっていて、中庭に面した廊下に立てば全部屋を見渡せる開放的な作りだ。

 民宿と周辺の景色を眺め、珠景姫(みかげひめ)は表情を緩める。


「今は神島家の土地なんだ」

「昔は違ったんですか?」

「うん。ここにはね、姫と侍女達が暮らす宮殿があったの。同じ形の建物だったから、どこか懐かしい」

 珠景姫(みかげひめ)は中庭へと足を踏み入れ、中央にある玄関の方へと歩いていく。

 玄関前の廊下まで歩いた後、(つむぎ)の方を振り返った。


「少しだけ、座って話さない?」

 珠景姫(みかげひめ)の提案に、(つむぎ)は笑顔で頷く。 

 二人は廊下に並んで腰掛け、中庭を眺めながら話し始める。

(つむぎ)ちゃんは、何歳なの?」

「十七歳です」

「同い年なんだ」

「え、珠景姫(みかげひめ)さんも?」

「うん。永遠の十七歳!」

「発言がアイドル……本当に、年を取らないんですか?」


「十七歳の誕生日に、私の人生は終わっちゃったからね。その先には進めないんだよ」

 遠くを見つめ、珠景姫(みかげひめ)は切なげに微笑む。


「まさか、生まれ変わるとは思わないじゃん。だから正直、今でも戸惑ってるんだ。夢を諦めてまで命をかけたのに、大好きな人達とお別れして来たのにさ……生きる意味を失っても、百年の時が経っても、この命は終わってくれない」


 命は途絶えたのに、魂だけは生き残ってしまった。

 終わりのない物語を、これからも生き続けなければならない。

 望んだ未来で無ければ、あまりにも残酷だ。


「百年間、ずっと一人で……?」

 (つむぎ)の問いかけに、珠景姫(みかげひめ)は小さく首を振った。



「私はね、八月八日にだけ目を覚ますの――」



 珠景姫(みかげひめ)の声が、静かな夜に溶けていく。

 返す言葉が見つからず、(つむぎ)は言葉の続きを待つ。


「今日が終わると同時に、私は御神体の力で眠っちゃうみたい。一度眠ると、現実世界では一年も時間が進んじゃうから、次に目を覚ますのは来年の八月八日。だからね、あの夏から今日まで、私は百年を生きていないんだよ。時代が違う八月八日が百回続いただけ」


 夏の夜空を見上げ、珠景姫(みかげひめ)は切ない表情で微笑む。 



「私はまだ、あの夏を生きてる」



 夜風が風鈴を揺らし、綺麗な音色が響いた。

 二人の間に静寂が生まれ始める。


「さてと。無事に送り届けたし、私も帰るね」

 沈黙を打破するように、珠景姫(みかげひめ)は中庭へと降り立つ。

 (つむぎ)に小さく手を振り、御神体へと続く道を歩き出した。

 珠景姫(みかげひめ)の背中が遠のいていく。


「ま、待って!」

 慌てて声を出し、珠景姫(みかげひめ)を呼び止める。

 このままお別れしたら、もう二度と会えない気がしたから。

「もう少しだけ、お話ししませんか?」

 (つむぎ)の提案を聞いて、珠景姫(みかげひめ)は困ったように笑みを浮かべる。

 今にも切れそうな糸を繋ぎ止めたくて、(つむぎ)は必死に言葉を並べていく。


珠景姫(みかげひめ)さんの話をもっと聞きたいというか、昔の時代に興味があるので、その……そうだ、今日は泊まっていきませんか? 民宿の部屋も空いてるので、帰るのは明日でも良いと思うし、それに――」


 首を横に振り、珠景姫(みかげひめ)は申し訳なさそうに告げる。


「私の居場所は、ここじゃないから」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ