鬼の説教
秋の夕陽に照らされた廊下を歩いていると、玄関の戸が開く音がした。
「おかえり」
廊下から玄関を覗き込むと、予想通り凪が帰ってきていた。
「ただいま……悪いな、酷い試合を見せて。珠景も来てたんだろ?」
頷く紬を見て、凪は苦笑を浮かべる。
「次は良い試合を見せるから、期待してくれ」
「うん! また応援しにいくね」
「おう。あと、知らない外国人がついて来たんだけど……何か知らね?」
玄関の外に目を向けると、サングラスをした外国人が立っていた。
大きなリュックを背負い、スマホの画面を見つめている。
「さっきの外人さん!」
紬の声に気づいた外国人男性は、一礼してから民宿の中に入って来た。
凪の背中に隠れ、紬は困惑した声で尋ねる。
「えっと……何か御用ですか?」
「ナギは変化球がタリマセン。あの球を覚えれば、必ず化けマス」
「……だからって、家までついてくるか? 通報案件だろ、これ」
怪訝な表情を浮かべる凪に、外国人男性は思いだしたように告げる。
「あ、民宿の予約ならシマシタ。一ヶ月、お世話にナリマス」
外国人男性はスマホの画面を二人に見せる。
そこに表示されていたのは、民宿かみしまの予約サイトだった。
「え、お客さん?」
「イエス」
紬と凪は顔を見合わせた後、流れる様に土下座して声を揃える。
「「怪しんですみませんでした」」
外国人男性は不思議そうに二人を見つめるだけで、何も反応はない。
変な空気が生まれ始めた所で、居住部屋の方からリンが歩いてきた。
「ねぇ、つむっち聞いてよ。今、とんでもない予約が入ってさぁ――」
呑気な声と軽快な足音が、ピタリと止まった。
「え、何やってんの……?」
声をかけられた二人は頭を上げて、リンの方を振り返る。
そこに居たのは、鬼だった。
土曜日が思い出になる。
目を覚ますと、日曜日の午後だった。
軽く身だしなみを整えた紬は、食べ物を求めて厨房へ向かう。
「おはよ……」
「おそよー。つむっちもご飯食べちゃって」
「あ、はい!」
厨房で料理をしているリンを見つけ、紬は慌てて姿勢を正す。
「ん? どしたん?」
「いえ、何でもありません! 急いで朝食兼昼食を済ませます!」
「ゆっくりで良いよ」
「お、恐れ入ります」
「つむっち……さっきから、喋り方変じゃない?」
「ひいぃぃ!」
紬は頭を抱える様にしてしゃがみこみ、悲鳴のような声を出す。
変な空気が漂う厨房に、珠景もやって来た。
「……リンちゃん。うちの妹をいじめないの」
「姫ちゃん!? いじめてないって! いつも通りでしょ、私」
「私からすればいつも通りなんだけど、ほら昨日の件で」
「昨日の件? ……あぁ、何。お説教の話? もう怒ってないって」
「紬の心には、まだ余韻が残っているみたいだよ。昨日の夜、怯えてたもん」
「えー、そんなに怖くなかったでしょ。怒るの苦手だもん」
犬のようにブルブルと頭を揺らして、リンの言葉を否定する。
いつもは優しいリンだが、怒ると『鬼』が殻を破る様にして出てくるのだ。
怒らせた時点で負け。恐怖の説教タイムによって、心は切り裂かれてしまう。
リンは紬に歩み寄ると、背後から抱き上げた。
「よっこらしょ」
「み、 珠景! 助けて、山に捨てられるぅ! いやだぁぁ!」
紬はバタバタと暴れて、リンの腕のなかで必死に抵抗する。
「こら、暴れないの」
「いやだぁ、まだ十七歳なのにぃ」
抵抗を続ける紬を見て、珠景は笑みをこぼす。
「私はこの歳で死んだけどね」
「いや。笑えないから!」
ツッコミを入れた紬は、隙をみてリンの腕の中から逃げ出した。
紬が珠景の背後に隠れると、リンは話題を切り替える。
「昨日から宿泊しているルークさんに加えて、今日からもう一人宿泊予定だから」
「ルークさん?」
「昨日、つむっちと凪が話してた外人さん。なんか、結構凄い人っぽいよ。一ヶ月くらい滞在するみたいだし、お金持ちの可能性高め」
「凪に興味示してたから、野球やってる人なのかな?」
「かもね。身体もデカいし、強そう」
「タカアシガニ」
「出たな、カニめ」
紬と珠景のコンボが決まると、三人は楽しそうに笑い合った。




