人生最後の夏祭り
「お待たせしてすみません」
色歌の声が聞こえ、後ろを振り返る。
猫半面をつけた少女が立っていた。
「……変な人に声をかけられたんだけど」
「え、ばかなんですか。鏡を見てきてください。お互い様ですよ」
「冗談だって。宮殿の方は大丈夫そう?」
「ええ。姉さんは疲労により、早めに就寝。 小春と小鈴も、私の指示で不在と伝えてあります。宮殿関係者も帰宅する時間ですし、騒ぎになることは無いでしょう」
「流石だね。色歌に任せて良かった」
「もっと褒めてください。準備も含めて大変だったんですよ?」
「良く頑張りました。ありがとね」
頭を撫でられた色歌は、目を逸らして呟く。
「なんか、照れるので……やめてください」
「可愛い奴め」
面の下で笑い合った後、色歌は双子姉妹に目を向けた。
「小春。お金の管理、ありがとうございます」
財布を受け取った色歌は、中身の確認を済ませる。
「あの…… 色歌さん」
「なんでしょう?」
小春が何かを耳打ちすると、色歌はふふっと笑った。
「仕方ないですね。一度だけですよ?」
「ありがとうございます」
小春は嬉しそうな表情を浮かべ、小鈴に対して手で丸を作ってみせる。
すると、双子姉妹が左右から抱きついてきた。
「どうしたの、急に?」
「今日はどうしても、姉さんに甘えたかったみたいです。普段は侍女である以上、こんなこと出来ないですからね」
「そっか。じゃあ、特別な日になったね」
小春と小鈴の頭も、優しく撫でてあげる。
心地良さそうに微笑むと、二人は抱擁を解いた。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「また、金魚すくいやりたいです!」
「私も楽しかった。次やる時は、十匹目指そっ!」
「気をつけて帰ってくださいね。くれぐれも、他の人に見つからないように」
色歌の言葉に頷き、双子姉妹は夜の森を駆けていく。
すぐに、その姿は見えなくなった。
「私達も行きましょうか」
「色歌は、何食べる?」
「もちろん、全ての屋台を……と言いたいところですが、しっかりご飯を食べちゃったので。今日は、飴細工だけ買おうと思います」
「金魚すくいとか、輪投げもあったけど」
「時間も限られてますからね。お祭りの雰囲気を楽しめれば充分です。それに、姉さんと遊べることが、何より幸せなので」
月明かりに照らされて、笑顔の花が咲く。
「ほら、行きますよ」
楽しげな声と共に、手を引かれて歩き出す。
社殿の影から、祭りの舞台へ。
久しぶりに繋いだ手は、どこか大きくなっていた。
この刹那に、時の流れの速さを痛感する。
幼少期で止まってしまった姉妹の時間。
赤ちゃんみたいな手だったのに、今はもう少女の手だ。
気がつけば、もう七年が経とうとしている。
人生の半分を、色歌は侍女として生きてきたのだ。
妹として生きた時間は、半分に満たない。
そして、これからも。増えることは無い。
「これを二つ、お願いします」
妹の成長を感じている間に、色歌は飴細工を購入していた。
夢みたいな現実に、意識を戻す。
「この後は、どうする?」
「あとは、姉さんに任せますよ」
飴細工を一つ受け取り、珠景姫は少し考える。
「じゃあ……最後にお参りしよっか」
「お祭りは、もう良いんですか?」
「うん。名残惜しいくらいが、丁度良いかなって」
夏祭りの特別な雰囲気は、充分に味わえたと思う。
小春と小鈴が無邪気に遊ぶ姿を見たり、色歌と手を繋いで歩いたり。
どちらも、普段の『姫と侍女』の関係では出来ないことだ。
二人は長姫神社の社殿へと向かい、作法に則ってお参りを済ませる。
長姫神社は、姫として生まれた女子の為の神社でもある。
御三家の人々は、姫の無病息災や、長姫の安産をこの場所で願い続けて来た。
「……ありがとう」
他の人に見られないように狐面を外して、珠景姫は笑みを浮かべる。
十六年間、見守ってくれた神様に、悔いの無い表情を見せる為に――
「帰ろっか」
珠景姫は狐面をつけ直し、後ろを振り返って夏祭りの光景を眺めた。
篝火の先、参道に立ち並ぶ屋台の灯り、が夜の世界に映えている。
これが、姉妹で過ごす最後の夏祭り。
そう思うと、少しだけ切なかった。
夏祭りの余韻に浸りながら、ゆっくりと夜道を歩く。
獣道を抜け、トンネルの近くまで戻って来た。
夜風が髪を揺らし、珠景姫は口を開く。
「ありがとね」
「別に大した事はしてないです。こっちの方は、簡単ですから」
「……あのさ、一つだけお願い追加しても良い?」
「良いですよ。その代わり、明日のおやつは全部私が貰いますからね」
「食いしん坊め」
「魅力の一つですよ? それで、お願いって何ですか?」
色歌は立ち止まり、珠景姫に目を向ける。
「小春と小鈴が迷わないように、傍で見守って欲しいんだ。私が突然居なくなってさ、長姫制度や侍女の立場が無くなれば、戸惑うことも多いと思う、それは色歌も同じだけど」
「安心してください。大人になるまでは、侍女の先輩として面倒をみますので。それに……姉さんが居なくなったら、私には彼女達しか居ませんから」
寂しそうに笑う色歌を見て、返す言葉を見失う。
珠景姫の時間だけが、止まってしまった。
「……」
「後の事は、気にしないでください。私が何とかしますから。大丈夫です」
「……うん。色歌なら大丈夫だって信じてる」
珠景姫の言葉を受け取ると、色歌は再び歩き出した。
「見つかる前に帰りますよ。あ、夜のトンネル怖いので、手繋いでください」
「幽霊が出るから?」
「怒りますよ?」
「はいはい。怖がりな妹を守るのも、お姉ちゃんの仕事だもんね」
手を繋いだ二人は、真っ暗なトンネルへと入って行く。
ひんやりとしたトンネルの中では、手の温もりがより伝わって来た。
お忍びで行った、初めての夏祭り。
最後の夏に、最高の思い出を描いた――
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『 珠景色の春風鈴 』:長姫神社の夏祭り
https://ncode.syosetu.com/n9791jo/16/
珠景姫Mikagehime ⇔ 珠景色の春風鈴
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どちらから読んでも楽しめる物語
❀ 春風鈴→珠景姫(時系列順)
❀ 珠景姫→春風鈴(神島家の姉妹を深く知る)




