若葉色のワンピース
「それで、朝早くにどしたん?」
「一緒にお散歩行くんだけど、珠景に貸せる服無いから、リンさん服貸してぇ」
「お洒落な服あったかなぁ? あ、でもでも、こんな美人なら、何でも似合いそう!」
リンは表情を緩めると、押入れの戸を開く。
押入れの中は、小さな洋服屋さんだった。
多種多様な服が綺麗に並べられていて、中に置かれた棚にはアクセサリーや小物も可愛く飾られている。
「無難にTシャツとスカートとか、テンプレの白ワンピ? パーカー系もあるけど」
リンは何着か服を手に取ると、分かりやすい様に広げて見せてくれた。
珠景は手で肌触りを確かめながら、リンと一緒に服を選び始める。
「私も着替えてくる」
相談しながら服を選ぶ二人に声をかけて、紬は自室へ向かった。
隣を歩くのが国宝級の美少女となれば、可愛い格好をする必要がある。
「んぅ、可愛いやつあったかな……」
箪笥の中から服を見繕い、畳の上に広げてコーディネートを確認してみる。
チョコレートカラーのボーダー柄Tシャツに、白のオーバーオール。そして、お気に入りのブラウンのキャスケット。
以前、リンから貰った誕生日プレゼントであり、紬の唯一の勝負服だ。
普段は動きやすさを重視して、Tシャツに短パンという格好で過ごしているので、こうした可愛い服を着る機会は滅多に無い。
貰った日に着用して以降、一度も着ていないので、久々のお披露目になる。
これしかない。と確信した紬は、すぐに着替えを済ませた。
慣れない服を身に纏い、リンの部屋へ戻る。
「着替えてきたぁ」
「あ、それ誕プレのやつ! 着てくれたのは嬉しいけど、流石に暑くない?」
「お洒落は我慢だから」
「わお、哲学的」
「午前中は涼しいし、珠景の隣を歩くなら、可愛い服着ないとヤバい」
「タカアシガニ」
紬とリンが使う言葉の一つに、『タカアシガニ』というものがある。
確かに。という言葉は『タシカニ』という蟹の一種なのではないかという、紬の独特な発想から始まり、『タシカニ』の進化系として『タカアシガニ』という言葉が生まれた。
大いに納得する。確信を得る。という意味合いで使われる。
ちなみに、タカアシガニは、足を広げた長さが一メートルを越す巨大な蟹だ。
紬が持っている大きなカニのぬいぐるみも、タカアシガニがモデルになっている。
「つむっちも気合十分だけど、姫ちゃんも負けてないよ?」
ニヤリと笑みを浮かべ、リンは部屋の隅を指差す。
誘導された視線の先、着替えを済ませた珠景と目が合った。
「どうかな?」
不安そうに首を傾げ、珠景は着慣れない洋服に視線を落とす。
珠景が選んだのは、若葉色のTシャツワンピースだった。
発色が綺麗で、ウエストリボンが大人っぽさの中に可愛さも演出。
すらっと長く綺麗な足を活かしたファッションであり、セレブのようなオーラを放っている。
一瞬で、目を奪われた。
「めっちゃ可愛い……これはずるいよ、リンさん」
「分かるか、つむっち。素材が良すぎて、着せ替えが楽し過ぎたよ」
二人に見つめられ、珠景は照れくさそうに視線を逸らす。
「うわ、仕草で破壊力を増しやがった。男いなくて良かったねぇ」
「本当ですよ。今から散歩行くのに……変な人に声かけられないかな?」
同じ女性の紬から見ても、羨ましいくらいに綺麗で可愛いのだ。
リンの言う通り、男性なら簡単に惚れてしまうかもしれない。
街を歩けば、知らない男性が声をかけてくる可能性だってある。
「あぁ、ナンパって事? そんときは、つむっちが撃退しちゃってよ」
「無理でしょ」
紬は弱々しい右腕をポンと叩いて、非戦闘民族をアピールする。
「ナンパ男はさ、壊れかけの船に詰め込んで嵐の海に送り出すのが一番。これが俗に言う……難破船」
リンの声が畳に落ちると、遠くから蝉の鳴き声が聞こえてきた。
瞬きを二回。紬は珠景に視線を戻す。
「暑くなる前に行こっ!」
珠景の手を取り、紬はリンの部屋を飛び出した。
熱を帯びた廊下を踏みつけて、楽しげな足音を響かせる。
「ちょ、つむっち……こら、逃げるなぁ!」
リンの声に追いかけられながら、二人は玄関へ向かう。
「いってきまーす!」
お気に入りの靴を履いて、玄関に立つ珠景を見つめた。
夏空に映える若葉色のワンピース。
希望に満ちた表情の珠景は、光を揺らす海のように美しい。
鮮やかな夏の世界に、珠景という名の華を添えよう。
最後の姫になってから百回目の夏。最高の青春を描くために。
引き戸を開けると、空を制する入道雲と目が合った。




