同じ舞台に立ってくれて助かりましたわ
この日、ミゲリーナは婚約者のロドリコと夜会に参加する予定だった。
しかしロドリコがミゲリーナを迎えに来てエスコートする気配は一切ない。
よって、ミゲリーナは仕方なく一人で夜会が開催されるパンタリャオン侯爵家の王都の屋敷に向かった。
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ポリーニャ伯爵令嬢であるミゲリーナ・テレーザ・デ・ポリーニャが、アルバカーキ公爵令息ロドリコとの婚約が決まったのは七年前。ミゲリーナとロドリコが十歳の頃だ。
ロドリコは褐色の髪にターコイズのような青い目で、見た目は悪くないと思ったミゲリーナ。
ミゲリーナはプラチナブロンドの髪にサファイアのような青い目で、大人びた顔立ち。ミゲリーナも見た目は悪くない。しかしロドリコはミゲリーナのことを気に入らなかったようだ。ロドリコは親から勝手に決められた婚約者だということでミゲリーナを邪険にしていた。
「ロドリコ様、ポリーニャ伯爵領で改良した小麦をアルバカーキ公爵領の」
「お前はまたつまらないことをしているのか。お前がやることは全部無駄だって気付けよ」
ミゲリーナは両家の発展の為に動いているが、ロドリコはミゲリーナを全否定する。
「ですが……」
「ああ、もう、その顔を二度と見せるな!」
「……申し訳ございません」
公爵令息であるロドリコからそう言われてしまうとミゲリーナは黙ることしか出来ない。
ミゲリーナは何とかロドリコに歩み寄ろうとするが、ロドリコは歩み寄る気はないようだ。
そんな関係が何年も続いた。
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パンタリャオン侯爵家の王都の屋敷に到着したミゲリーナ。
ミゲリーナは会場に向かう途中、庭園でとある光景を見てサファイアの目を丸くする。
ミゲリーナの目の先にはロドリコの姿。
(まあ……!)
ミゲリーナは思わず隠れた。
ロドリコはミゲリーナ以外の令嬢とキスをしていた。
栗毛色のふわふわとした髪にペリドットのような緑の目の令嬢である。
「彼女はネウザ嬢だったかな。グアルダ子爵家の。ミゲリーナ嬢より一つ年下の十六歳だ」
背後から声が聞こえ、ミゲリーナはビクリと肩を震わせた。
「マルティム様……」
ミゲリーナは声の主を見てホッと肩を撫で下ろす。
マルティム・ホルヘ・デ・パンタリャオン。
今回の夜会の主催であるパンタリャオン侯爵家長男だ。
スラリと背が高く、ブロンドの髪にエメラルドのような緑の目。中々の美形である。
ちなみにミゲリーナより一つ年上の十八歳だ。
「本当にロドリコ殿は救いようのない男だね。こんなに素敵なミゲリーナ嬢を邪険にして挙げ句の果てには浮気か」
マルティムは呆れたように肩をすくめる。
「マルティム様ったら……。ロドリコ様は半年前からあの調子よ」
ミゲリーナは苦笑しながら肩をすくめた。
マルティムはロドリコから邪険にされるミゲリーナに寄り添い、優しくしてくれる。
ミゲリーナがマルティムと出会ったのは十二歳の時。ミゲリーナが成人していない時期である。
アルバカーキ公爵家が子供達の交流会を開いており、マルティムはそこに参加していたのだ。
相変わらずロドリコから邪険にされていたミゲリーナをマルティムが助けたのがきっかけで、二人の交流が始まった。
ポリーニャ伯爵領は小麦の栽培が盛んで穀物の品種改良技術がある。パンタリャオン侯爵領は小麦を始めとする様々な穀物の栽培が盛んであり、最近は品種改良にも積極的。よって穀物の品種改良技術の知識を持つミゲリーナはマルティムと議論することが多かったのだ。
しかし、ミゲリーナは婚約者がいるので人目がある場所では周囲から誤解されないような距離感を保っていた。
「せっかくだし、僕がエスコートしようか?」
マルティムはミゲリーナに手を差し伸べる。
するとミゲリーナは困ったようなため息をつく。
「マルティム様、今回はお断りいたします。周囲に誤解されるようなことがあってはいけませんわ」
「……残念だけど、確かにそうだね。困らせてしまってすまない」
マルティムは眉を八の字にして申し訳なさそうな表情だった。
結局、ミゲリーナはエスコートなしで夜会会場へ向かい、何とかやり過ごしたのである。
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時は少し経過し、王家主催の夜会にて。
この夜会は基本的にこの国――グロートロップ王国の貴族全員参加である。
ミゲリーナはやはり今回もロドリコからのエスコートなしで会場入りした。
そして会場が盛り上がって来た頃、突然ロドリコから会場中央に呼び出されたミゲリーナ。ロドリコはネウザの腰を抱いていた。そしてロドリコは大声で宣言する。
「ミゲリーナ・テレーザ・デ・ポリーニャ! 今を以てお前との婚約を破棄する!」
会場にいた者達は一斉にミゲリーナ達に目を向ける。
好奇の目を向ける者、眉を顰める者など、反応は様々だ。
そんな中、ミゲリーナは冷静だった。
「……それは個人的なお話ですよね? この場で宣言する必要がございますか? 家同士のことなので、そういったことはまずポリーニャ伯爵家当主のお父様に仰ってください」
「煩い! お前のその態度が気に入らないんだ! 最近は特に鬱陶しいぞ! お前のような奴と結婚なんてするものか! 俺はここにいるネウザと結婚するんだ!」
ロドリコの何とも言えない下品な声に、ミゲリーナは眉を顰めた。
「まあ、ロドリコ様、嬉しいですわ。そういうわけだから、ミゲリーナ様は身を引いてください」
ロドリコの隣で腰を抱かれているネウザは勝ち誇ったような表情である。
ミゲリーナは呆れたようにため息をついた。
その時、ミゲリーナ達に近付く者がいた。
「ロドリコ殿、ミゲリーナ嬢との婚約を破棄するそうですね」
マルティムだ。どこか明るい表情である。
「ああ」
ロドリコは怪訝そうな表情で頷いた。
「それならミゲリーナ嬢、新たに僕と婚約して欲しい」
マルティムはエメラルドの目を真っ直ぐミゲリーナに向けていた。
当然周囲は騒つく。
ロドリコとネウザは突然のことに困惑したような表情だ。
「まあ……!」
ミゲリーナは驚きサファイアの目を見開いた。
「ミゲリーナ嬢、僕が君に婚約を申し込んだのはもちろん、利益があるから。ポリーニャ伯爵領は高い穀物品種改良技術を持つ。パンタリャオン侯爵領は小麦を始めとする穀物栽培量がグロートロップ王国の中で一番多い。僕達が結婚して結び付くことで、小麦や穀物の品種改良がしやすくなって、両家だけでなく国の利益にもなる」
マルティムは会場全体に言い聞かせるように話していた。
「それに、ミゲリーナ嬢は穀物の品種改良技術を学ぶことが好きだろう? 僕と婚約したら、パンタリャオン侯爵領の穀物の研究も出来るよ。どうだろうか?」
ミゲリーナを見てフッと口角を上げるマルティム。
「マルティム様、とても魅力的なお話ですが、婚約破棄の件はまずアルバカーキ公爵閣下の判断を待たないといけませんわ」
ミゲリーナは困ったように微笑み、肩をすくめた。
「それなら問題はないと思う」
ニヤリと笑うマルティム。
そしてある方向を向く。
「国王陛下、突然失礼いたします。今僕が話したことは聞こえましたでしょうか?」
マルティムはグロートロップ王国の国王カルロスにそう呼びかけたのだ。
国王カルロスは「うむ」と首を縦に振る。
「国王陛下、ポリーニャ伯爵家はアルバカーキ公爵家と結び付くより、我がパンタリャオン侯爵家と結び付く方がこのグロートロップ王国にとっても大きな利益があります。僕とミゲリーナ嬢の婚約を認めていただけるでしょうか?」
するとカルロスは少し考え、ゆっくりと頷いた。
「許可しよう」
その言葉を聞き、マルティムはパアッと明るい表情になる。
「国王陛下、ありがとうございます。ミゲリーナ嬢と共に、グロートロップ王国の発展に貢献出来るよう精進して参ります」
そしてマルティムはミゲリーナの方を向く。
「ミゲリーナ嬢、国王陛下から許可をいただけた。僕との婚約、考えてくれるだろうか?」
疑問系だが、自信がある様子のマルティム。
ミゲリーナは穏やかに微笑み頷いた。
「お受けいたします」
すると、会場からちらほらと拍手が聞こえ始めた。いつの間にか大きな拍手になっており、ミゲリーナとマルティムはグロートロップ王国の国王だけでなく貴族達からも認められていた。
しかし、ここで黙っていない者達がいた。
「国王陛下! それなら俺とネウザの結婚も認めてくださいますよね?」
「そうですわ! マルティム様とミゲリーナ様が認められたのですから!」
ロドリコとネウザである。
「アルバカーキ公爵家とグアルダ子爵家が結び付くことでグロートロップ王国に何か利益はあるのか?」
カルロスは怪訝そうな表情でそう問いただした。
「それは……」
「えっと……」
するとロドリコとネウザは黙り込んでしまう。
「ですが、俺とネウザは愛し合っています!」
「そうです! 私達の愛はグロートロップ王国の中で一番です!」
必死なロドリコとネウザである。
会場の貴族達は呆れたようにロドリコとネウザを見る。ミゲリーナとマルティムも、呆れたように苦笑した。
「話にならぬな」
カルロスはピシャリと一掃した。
「さて、ロドリコよ、お前は自分の浮気を正当化する為にミゲリーナに婚約破棄を突き付け騒ぎを起こした。ネウザも同罪だ。この責任は取ってもらう。衛兵、この二人を連れて行け」
カルロスが衛兵に命じると、ロドリコとネウザは拘束された。
「どうして俺がこんな目に!?」
「嫌よ! 離して!」
暴れるロドリコとネウザを衛兵は押さえ付け、会場から連れて行くのであった。
ロドリコとネウザがいなくなった後、夜会会場は平穏を取り戻した。
「ミゲリーナ嬢、国王陛下が僕達のことを認めてくださった。きっとすぐにポリーニャ伯爵家とパンタリャオン侯爵家の間で僕達の婚約が取り決められる。まだ少し早いけれど、婚約者としてダンスを一曲願えるだろうか?」
マルティムは優しい表情でミゲリーナに手を差し出す。
「一曲だけでなく、何曲でも喜んでお受けいたしますわ」
ミゲリーナは嬉しそうに微笑み、マルティムの手を取った。
二人は軽やかにダンスを始める。
マルティムのリードに身を任せ、ふわりと舞うミゲリーナ。まるで水を得た魚のようである。
「それにしてもマルティム様、まさかここまで上手く行くとは思いませんでしたわ」
ミゲリーナはニヤリと口角を上げた。
「そうだね。それに、僕達がもう三年も深い関係だなんて誰も気付いていない」
マルティムもニヤリと口角を上げた。
「そうですわね。でも、もしあのままアルバカーキ公爵家に嫁ぐことになったら大変でしたわ」
ミゲリーナは悪戯っぽい表情になり、マルティムの耳元でそっと囁く。
「私は既に純潔をマルティムに捧げてしまいましたもの」
実はミゲリーナとマルティムはロドリコがネウザと浮気をする前から不貞を行っていたのだ。
ミゲリーナはロドリコから邪険にされていた時、マルティムと次第に心を通わせていき、十六歳の時に一線を超えてしまったのだ。
それ以降、何とかミゲリーナとロドリコの婚約を解消出来るよう密かに奔走していた二人。すると半年前からロドリコがネウザと浮気を始めたのだ。こちらはミゲリーナ達とは違い、体の関係はなかったが。
ミゲリーナとマルティムはチャンスが巡って来たと意気込んだ。ミゲリーナはロドリコから更に嫌われるよう振る舞い、わざとロドリコがネウザと過ごす時間を増やした。その間人目のない場所でミゲリーナはマルティムと愛を深めていた。
そしてついに今回ロドリコが婚約破棄を告げた。
ミゲリーナは冷静を装っていたが、内心舞い上がっていた。
しかしロドリコの父、アルバカーキ公爵家当主がミゲリーナとロドリコの婚約続行を確定してしまえば伯爵令嬢のミゲリーナと侯爵令息のマルティムは何も出来なくなる。
伯爵令嬢や侯爵令息は公爵家当主に逆らえないのだ。
そこでミゲリーナとマルティムはグロートロップ王国の最高権力者である国王カルロスを味方につけることにした。
そして今回マルティムがポリーニャ伯爵家とパンタリャオン侯爵家の結び付きにより国がどのような利益を得るか明確にしたことで、カルロスからの同意が得られたのだ。
「これでようやく堂々とミゲリーナ嬢の隣にいることが出来る」
マルティムは嬉しそうにエメラルドの目を輝かせた。
「そうですわね」
ミゲリーナのサファイアの目も、嬉しそうにキラキラとしていた。
「それに、きっとロドリコ様の有責で婚約破棄になりますわ。マルティム様と結ばれて、ロドリコ様からは賠償金がもらえる。一石二鳥ですわね。ロドリコ様が同じ舞台に立ってくれて助かりましたわ」
「ああ、僕達の完全勝利だ」
ミゲリーナとマルティムはニヤリと悪い表情である。
結ばれた二人は今までのことがバレないよう気を付けながら結婚し、幸せを享受するのであった。




