復讐編(1) 復讐はいけないことですか?
「失礼いたします」
コーヒーを必要分持って応接室に入るとお父さんと由貴お兄ちゃん、そしてお父さんと同じくらいの年齢の男性二人。
うち一人は例のドラマのプロデューサー。彼は制作費の過剰請求がバレて地方に左遷されることになっている。娘と年の変わらない愛人がいたこともバレ、妻は愛想を尽かし離婚届を残して娘と出ていったと聞いている。
お父さんが顔色の悪い二人にコーヒーを勧める。
「先ほどからの要領を得ない会話を私なりに理解してみましたが、私が娘の復讐をしていると言っているのですね?」
「いえ、そう言うわけでは……」
目を逸らしたプロデューサーにお父さんは笑う。
「言葉を選ぶ必要はありませんよ。復讐していますから」
「「は?」」
「我々はあなたたちに復讐しています。正確にはあなた方を含む大勢に。……おや? もしかして復讐されないと思っていましたか? やり返される覚悟をもてとハンムラビさんも言っているのに」
首を傾げるお父さんに男性二人は唖然とする。因みにハンムラビさんとはハンムラビ法典のこと。
「復讐なんて……」
あくまでも責任者として部下の失態を詫びる体で来ているからか局長のほうが先に回復した。
「娘と彼を傷つけた者達が気に入らない。目障り。目に入ったら嫌だ、排除したい。この感覚はおかしいですか? 復讐をしてはいけないという法律はないでしょう?」
ここだけ聞けばヤバい人だ。
「それに大したことはしていません。こんなことがあったと呟いただけですよ」
「大したことはしていないと言いましても……」
語尾を濁したゴニョゴニョした声などお父さんは汲みとらない。
「私は自分が呟いたことに責任を持ちますよ。匿名で事実無根の噂を流してはどこかの卑怯者たちと同じです。裏取りもしっかりした事実を、私は顔も名前も晒して呟きました」
議事録が残る会議の場でお父さんは呟いただけのことだと笑う。
バタフライエフェクトという言葉がある。蝶の羽ばたきが竜巻を発生させるとかなんとか、些細な変化が大きなものに変わるという言葉。バタフライ効果って本当にあるんだなと思わせる実例だ。
「わ、私たちが娘さんを貶めたという証拠はありませんよね?」
「ええ、ありませんよ」
お父さんが肯定すると男性二人は驚く。
「何を驚いているのです? 悪いことするときにバレると思ってする人はなかなかいませんよ、だから悪いことをする。ネット上の誹謗中傷は発信源の特定が難しいのはよく知られたこと、これなら大丈夫と思うのも仕方がありません」
お父さんは呆れたように首を横に振る。
「私はあなた達が気に入らなかった。気に入らなかったから目の前から消えてほしくて手段を探した。そして手段を提供したのはあなた達自身。横領も強姦も全て証拠がある。証拠があるもので社会的及び経済的に裁くのは当然でしょう?」
「しかしSNS上には……」
「SNS上にのせられた情報から何を思うかなど人の自由なのでしょう?」
それがあのドラマの制作陣が自分たちのやっていること正当化するための言い訳。
「ある役者の三股疑惑。ある芸能人のパワハラ疑惑。どれも珍しいことじゃないが『あの人たちってあのドラマに出ていた?』と誰かが気づく。発見したことを誰かに聞いてほしいというのは人の持つ性。抑えられない。人の口に戸は立てられない。あの人たちは手紙をもらっていた。その手紙は橘斗真の妻だと名乗る女から渡される。橘斗真の妻は死んでいると聞いたことがある。こうして幽霊からの不幸の手紙が完成する」
お父さんがパンッと手を叩く。
「さて本当に幽霊があなた達を不幸にしたのでしょうか? 違いますよね。お金を盗んじゃいけません。合意なく性交渉を強要してはいけません。十人が十人ともアウトと判定することをしたのはあなた達でしょう?」
彼らのやったことに「仕方がない」は一切ない。誰も同情をしない罪だから私たちは心置きなく復讐ができた。
復讐してはいけないという法律はあるが、復讐をしてはいけないと大勢が思うのは復讐は連鎖するからに他ならない。
復讐して、その復讐をされて、その復讐をして……永遠に復讐を互いに繰り返するのか、そのとき復讐されるのは誰なのかと人は考える。そして守りたいものがあるから復讐をしないと大勢が選択をする。
「あれだけ色々なことをやっていて『復讐される』と思わないとは……」
愚かだとお父さんが頭を振るとプロデューサーの男は真っ青な顔で固まり、そんな彼の隣で呆然としている局長にお父さんがにこりと笑う。
「別に復讐に範囲はありませんよ。気に入らなければどこまでも。『もういいだろう』は復讐される側の人たちが言うことではありません。言ってしまえば娘の気がすむまでです」
いまはまだ例のドラマの関係者しか制裁を受けていないため対岸の火事ですむと思っていたのだろう。
どう言いくるめてきたかは知らないが、局長はプロデューサーをこうしてお父さんの前につれてくることで生贄にし、自分は味方だとでもいうような顔をして自分は助かろうとしている。
それは気に入らない。この男は方々への言い訳に「何も知らなかった」と言っているがそれはあり得ないことは調べがついている。それに調査内容が誤りで本当に知らなかったとしたら、そんな者がトップでいるのはよくない。どっちに転んでもこの男が局長の座には役者不足だ。
「娘がどこまでやるかなど私には分かりません。手を貸してほしいと言われたら協力するだけ。もちろんそれが犯罪なら止めますけれど娘にも大切な者がいるから大丈夫でしょう。立花の者は愛情深いとよく言われますが我々の愛情は偏執的なのです」
以前お母さんが泣いたと怒りを顕にして対象者全員を粛清したお父さんに「大袈裟だ」と言った私は子どもだった。誠にあんなに悲しい顔をさせてしまったとき、別れの言葉を言わせて誠を一人にしてしまったときに沸いた怒りに私は自分もお父さんと同じだと理解した。
「大袈裟なんていってごめんね」と遅ればせながら謝罪したとき、お父さんは私のヤンデレな性質と誠に向ける偏執的な愛に気づいた。やっぱりそうだと思ったとサムズアップされたときは「それでいいのかと少し不安になったけれど。
「だから、た、橘斗真は許すと?」
うわあ、すごく図々しい。
「え? 気に入らないからやっつけていつだけなのですから、気に入っている彼をやっつける必要などないでしょう? 僕はあの子が好きなんですよ。妻も息子たちも可愛がっていて、娘はぞっこんです。そんな彼とあなた達が同じ扱いになるわけがないでしょう?」
誠はお父さんのことを「可愛い人」と言うけれど私たちからすれば誠のほうが余程可愛らしい。
敬愛する院長先生との繋がりである「成田」も大事だけど、私達が好きだから「立花」にもなりたい。さんざん悩んだ末に知恵熱を出して、高熱で魘される誠を慌てて家に連れてきて交代で看病しながら聞いたその悩みに皆で笑った。
――― 芸名を「たちばな」にすればいいだろう。
お兄ちゃんの言葉で漸く熱を下げた誠には愛おしさしかない。
さて、可愛い誠のために頑張ろう。
「お父さん、お兄ちゃん。呼んでくれてありがとう、すっきりしたよ」




