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あの恨みを晴らしにきました  作者: 酔夫人(旧:綴)


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6/9

第5話 少しだけ昔の話を。

「スマホが鳴ってるぞ」

「時間か、行くぞ」


 アラートだったらしい。ノンアルビールの缶を握り潰して車のほうに向かう由貴のあとに続く。


「テレビ局に戻るのか?」


 車は来た道を戻っている。テレビ局に戻るなら振り出しだな。楽しかったからいいけれど。



 局の地下駐車場で由貴と別れてロビーに出られるエレベータに向かったが異様に混んでいる。


 目をギラつかせる彼らの様子から何か起きたのだと察しはしたが特に興味はない。ここは情報を発信基地の一つ、日常茶飯事だ。


 何かに飢えたように目をぎらつかせて、大勢がエレベータに殺到していく。



 目立つのも面倒なので使う人の少ない非常階段を選ぶ。登る階段数は二階分くらい。歩きスマホは危険だと承知しつつも仄かな酔いと由貴と久しぶりに会えた高揚感で懐かしさを抑えられない。


 開くのはアルバム。


 出てきた写真は三年前のもの。真っ白なベッドで横たわる咲羅は窶れて頬がこけ、細い肩が儚げで空気に溶けてしまいそうだった。


 アルバムの写真に写っているのは咲羅ばかり。咲羅は「その日の一番」を毎日撮っていたから俺も真似して咲羅を撮っていた。


 咲羅と一緒ではない日は咲羅に教えてやりたい美味しい店の料理、咲羅に見せてやりたい道端の猫を撮った。


 他に撮るものはないのかと呆れる咲羅に「ない」と即答すると馬鹿だと笑われたが、礼をいうようなキスもされた。



 咲羅と離婚したあとは写真だけが俺を支えてくれた。笑っている咲羅。怒っている咲羅。拗ねている咲羅。どれも大切な俺の咲羅。


 俺の唯一の女性(ひと)



「咲羅、ごめん……ごめんな、俺が……もっと俺が……」


 俺はあのドラマの主役になるまで演劇好きしか知らない役者で、主役になって役者は上手く演じれるだけでは駄目だと実感した。


 注目を浴びて金を稼がなかければならず、注目を浴びるためにバラエティ番組や番組公式SNSでプライベートを切り売りしなければいけない。


 ドラマは視聴率が伸び悩んでいた。炎上覚悟の演出をしようとするスタッフの雰囲気を感じていたが、少し濡れ場を増やす程度の想像しかしていなかった。


 『橘斗真』と『春沢安奈』の熱愛が捏造されたとき馬鹿じゃないかと思った。俺の公式情報は既婚者。既婚者が妻以外の女と噂になれば不倫でしかない。


 俺の抗議は「テレビだから」で往なされる。水田まで協力して熱愛を捏造する。大勢と歩いていてもデートの写真が作られ、ホテルの前を通れば密会のあとの写真が作られる。


 げんなりしたが「確かにこれは業界の当たり前だ」と笑ったのは、写真を作って過激な文言で煽っても日常茶飯事過ぎて三日も騒がれないことに番組関係者が焦ったとき。逆に不倫を叩かれそうになり番組スポンサーの顔が渋くなったのだから当然だ。


 そんなときSNS上に『橘斗真の妻』が登場した。


 『橘斗真の妻』を登場させたのは番組関係者に違いないが「見た」「知っている」の投稿やコメントが『橘斗真の妻』を悪女にしていく。


 この頃はまだ大丈夫だったが中学の卒業アルバムの咲羅がSNSに載ったときから咲羅の雰囲気が一気に変わった。


 外出が減ったと思った翌週には仕事を辞めて家に引き籠もった。俺も咲羅の家族も手を尽くしたが、顔も名前も分からない不特定の人間の悪意をとめることはできなかった。


 狂ったように風呂に入り「私じゃない」と泣く。 「分かっている」と何度説いても俺の声は届かず只管謝罪を零す咲羅の口をキスで塞いで、抱き潰して眠らせることしか俺にはできなかった。


 無力な俺を嘲笑うように咲羅の憔悴は止まらず、目を離した間に部屋で倒れた咲羅を抱き上げて救急車を呼んだとき俺は咲羅の手を離すことを決めた。


 嫌われても恨まれても良かった。


 ただ同じ空の下で咲羅が心穏やかに生きているのなら良かった。


 咲羅が俺のことを忘れても良かった。


 俺じゃない誰かに恋しても……悔しくて妬ましくて仕方がないけれど咲羅が笑っていてくれるなら我慢すると誓った。



  Trurururu Trurururu


 !


 着信のようだけれど知らない番号。滅多にないけれど仕事関係者からだとこういうこともあるから電話に出る。


『きゃああああ! いやあああ!』


 !?


『あんな!?』


 あんな……『春沢安奈』か? なんだこれ?


『触らないで!』

『うわっ!』


『返せ、返せ、返せ!!』

『や、やめてください!』


『杏奈!! 誰か、誰か杏奈を止めて!』

「やめさせて、誰か、誰か!!」


 ……はあ。


 非常階段を出て見てたホールの様子に唖然とする。『春沢安奈』のマネージャーらしき女性が「誰か」と只管叫んでいる。『春沢安奈』は「返せ!」と喚きながら局スタッフの上着を着た男に馬乗りになっている。


 成程。


 状況を理解できた。



「あーあ、『春沢杏奈』も終わりだな」

「あんなのが拡散されたら……お、おい! 『橘斗真』だ」


 気の毒なものを見るように『春沢杏奈』を見ていた男たちのうち一人がすれ違いざま俺に気づき隣の男を嗜める。


 申しわけなさそうな雰囲気をしていたが、その目はどれも次はこいつかと期待していた。


 馬鹿馬鹿しくてさっさと帰ろうとしたとき、局自慢の桜の大木が見えるように設置された大きな窓の前に白い服の女がいた。


「咲羅?」


 咲羅は満足げに『春沢杏奈』の修羅場を見ていた。満足げな微笑み。その唇は血色がよくて、うん、足もある。

  


「もういいのか?」


 「これで最後」と呟いた咲羅は俺の声に驚いた顔をして、十秒くらい驚いたあとふわりと微笑む。


 咲羅の背後、大きな窓から見える大きな桜はいま満開で、桜の花びらがひらひら舞う風景の中で微笑む咲羅はただ美しい。


 無意識で俺は咲羅にスマホのカメラを向けたが、意識を戻せば手の中には嬉しそうに笑う咲羅。


「少しだけ昔話に付き合ってくれない?」

「いくらでも、よろこんで」

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