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あの恨みを晴らしにきました  作者: 酔夫人(旧:綴)


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4/9

第3話 次は、あなた。

「少しは落ち着いたらどうです?」


 誠の声にこのテレビ局に来てからずっと落ち着かない『橘斗真』のマネージャー水田はビクッと震えた。そんな水田に誠は冷たい目を向ける。


 三カ月ほど前からこのテレビ局には女の幽霊が出るという話は有名だ。名乗る幽霊と言うのも珍しい上に、その幽霊は『橘斗真の妻』だと名乗る。


 『橘斗真の妻』は三年前に自殺した。


 名前も知られていない『橘斗真の妻』が死んだことを知っている人が多いのは、SNS上で「『橘斗真の妻』が行方不明」「『橘斗真の妻』が自殺したらしい」と一時騒がれたからだ。


 そうは言っても三年前のことを覚えていたわけではない。


 三ヵ月ほど前から騒がれている幽霊が『橘斗真の妻』と名乗ったものだから、誰かが『橘斗真の妻』を調べ、そのセンセーショナルな過去に注目が集まり『橘斗真の妻』と『橘斗真の妻の幽霊』はSNS上で盛り上がっている。


 『橘斗真の妻の幽霊』が現れるのはこのテレビ局のみ。いつの間にか目の前にいる幽霊に首を傾げて「誰だ?」と尋ね、幽霊が名乗りに驚くその者に幽霊は美しく微笑み桜の絵が描かれた封筒を渡して去っていく。


 何人かが幽霊を捕まえようとしたらしいが捕まえられた者はいない。



 『橘斗真の妻の幽霊』は何のために現れるのか。


 SNS上は幽霊の目的は何かで盛り上がる。ヒントは封筒を受け取る者たち。その者たちの相関図は幽霊の登場と共にどんどん大きくなり、何の相関図か徐々に明確になる。


 誰かが『橘斗真の妻の幽霊』の残した封筒の中身を公開した。【あの恨みを晴らしにきました】という文章は騒ぎを煽る。


 多くの者が直ぐに『橘斗真の妻の幽霊』の恨みは『橘斗真』と『春沢杏奈』の『真実の愛』だと気づくが人の好奇心はそこで治まらない。なぜ恨むのか。二人の『真実の愛』や『橘斗真の妻』に関する情報は全て事実無根、それどころかドラマの番宣のために手紙を受け取った者たちが捏造したものだと暴露されるまであっという間だった。


「斗真さん、奥さんの幽霊に会ったことは?」

「会ったら何を伝えたいですか?」


 『橘斗真の妻の幽霊』について『橘斗真』は連日報道に追われていたが、『橘斗真』は沈黙を貫き、その代わりとばかりにSNS上で『橘斗真』の気持ちを捏造する。


 悲しみのコメントが投稿されるたび、人々の非難は手紙を受け取った者たちに向かう。




「水田さん、何か後ろめたいことがあるのですか?」

「……まさか。それよりも……」


 水田の言葉に誠は溜め息を吐き、困った顔をする。


「そうですね。それよりも俺の新しいマネージャーを早く決めてください」

「そのことだが……頼むよ。このまま俺にお前のマネージャーを続けさせてくれないか?」


 水田の言葉に誠はきょとんと首を傾げる。


「なぜです?」

「なぜって、お前がデビューしたときから支えてきたのは俺じゃないか。考え直してくれよ」


 水田は縋るような目を向けたが誠はにこりと笑う。口元は緩くカーブを描くのにその目はゾッとするほど冷たい。


「音楽スタジオの所長、栄転じゃありませんか。給与もマネージャー職よりいいと聞きましたよ」

「……斗真」


「でもこれからは俺をダシにして新人タレントや女優を食い散らかすことはできなくなりますね。夜遊びも控えないと。静けさだけが売りの音楽スタジオだから周辺には野生の獣も多いでしょうし」

「なあ、頼むよ」


 あははと誠は笑い声をあげる。


「俺には何もできませんよ、事務所の株主の意向なんですよね。そう言えば彼女のことを会社員だと馬鹿にしていたけれど、よく考えれば水田さんもその会社員ってやつなんですよね」


 誠の言葉に水田は顔を青くしたが、誠は何も言うことなく局の人が控室に用意してくれた雑誌を手に取る。ただの暇潰しであることを隠すことなくパラパラとページを捲ると―――。


「ひっ」


 雑誌の間から落ちた桜が描かれた封筒に水田が悲鳴を上げ、控室を逃げるように出ていった。


「水田さん宛てとは限らないのに……でも心当たりがあるのかな」


 もう受け取っていたりしてと他人事のように笑い、誠は落ちた封筒を拾って中から便箋を取り出す。【恨みをはらしにきました】と書かれた文字は見覚えのある元妻のもの。


「俺には会いに来てくれないのか」




 仕事が始まっても水田が戻ってくることはなかったが、後任のマネージャーが決まるまでは自分でスケジュール管理するしかないと思っていたから特に問題なく仕事は終わった。


「タクシーを呼んで帰るしかないか」


 ここまで水田の運転できたため車の鍵はない。タクシーを呼ぶためスマホを操作しながら控室に入った誠は中に人がいることに気づく。



「……由貴(よしたか)

「よお」


 手に開いた雑誌を持ちながら片手で挨拶してきたのは立花由貴だった。由貴は誠の妻だった咲羅(さくら)の兄。


「ちょっとつき合ってくれないか?」

「ようやく俺と話す気になったわけ?」


 誠の言葉に由貴は肩を竦めるだけ。何も応える気はないと察して誠は頷き、手早く着替えて荷物を持つと廊下で待っていた由貴の後に続いた。



「なにに付き合えばいいんだ?」

「時間潰し。折角だからドライブしていくか」

「男二人で?」


 別にいいだろうと由貴は笑う。


「桜を見に行こうぜ、忙しくて見ていないんだ。誠は?」

「……見ていない」


 それなら決まりと笑う由貴に誠は溜め息を吐きつつも、由貴のことを信用しているので行き先は任せる。



「生きてる?」

「ああ。何でかね、眠くもなるし、腹も減るんだ」


「お前のそんな顔を見たら咲羅が泣くぞ」

「泣かれるのは嫌だなあ」


 ぼんやりと呟くその生気のない声に由貴は溜め息を吐く。


「全く……」


 その呟きかたは咲羅のものとよく似ていて、誠は目の奥の痛みに耐えた。

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