プロローグ
以前ホラー企画で考えた作品です。完結させたので投稿します。
このテレビ局には女の幽霊が出るという。
華やかさに比例して情や欲が蠢くショービジネス界で「幽霊の話」など別に珍しくはない。ただこの幽霊話が人の口にのぼりやすいのは女の幽霊が有名だからだ。
幽霊の女は有名ではあるが人気のある芸能人というわけではない。実際に女の幽霊を見たことのある者は全員「最初は局のスタッフだと思った」と証言する。
幽霊の女は穏やかな声で語りかけると楚々として微笑み「―――と申します」と淑やかに名前を名乗る。誰か分からないという反応を示すと「―――の妻です」と言う。それを聞いた者は顔を青くしたり叫び声をあげたりと様々な反応を見せる。
そんな者たちに女の幽霊はくすくすと笑いながら一通の封筒を差し出し、それで満足したというように微笑み一つ残して立ち去る。
渡された封筒には綺麗な字で【あの恨みを晴らしにきました】と書かれている。優美な桜が描かれた封筒に似合わない禍々しい一言だ。
「きゃああああ! いやあああ!」
「杏奈!?」
今宵も一人、封筒を受け取った女が悲鳴を上げる。
ここは数多のスキャンダルの聖地であるテレビ局、女の悲鳴に我先と人が集まり始める。
九割は野次馬、スマホを構えて動画を撮る。残り一割、女性の悲鳴に駆け付けた義勇ある局員が悲鳴をあげ続ける女性にびびりつつ彼女の足元にある封筒とその中に入っていたらしい散らばった数枚の紙を拾おうとした。
「触らないで!」
「うわっ!」
女性としても小柄な彼女だが成人している。飛び掛かられた男性局員は耐え切れずひっくり返った。彼はそこで手に握っていたものを離すべきだったが、予想もしない状況に陥ると咄嗟に人は手を握る習性がある。
「返せ、返せ、返せ!!」
男性局員はパニックを起こし、女性が返せと迫っていることに気づかず手をぎゅっと握る。
「や、やめてください!」
女の必死は男性には鬼の形相に見え、恐怖心に駆られた男性は体を丸めて身を守る。女が返せと喚く紙はそのまま蹲る男の中へ中へと隠れていく。
女は奇声を上げて男性を殴り、その顔に爪を立ててひっかく。痛みのあまり男性から悲鳴が上がる。
「杏奈!! 誰か、誰か杏奈を止めて! やめさせて、誰か、誰か!!」
その叫びも空しく暴行を受ける同僚に局員は呆然とし、野次馬はひたすらシャッターを切る。情報は鮮度が命、次々に我先にとSNSに投稿していく。ハッシュタグはもちろん「#噂の幽霊」とか「#あの恨みを晴らしにきました」。
「あらあら」
何かに取り憑かれた表情でスマホを操作する者たちの姿を一人の女が微笑みながら見守る。ショービジネスの業界にいる者の多くは騒ぎを好むため、「面白いことが起きている」という口上は何よりも美味な謳い文句だ。
騒ぎの周りに集まる野次馬の群れを見ながら女は大きな窓の前で嫣然と笑う。
「これで最後」
「もういいのか?」
突然話しかけられて女の顔は驚きに満ちる。このフロアには大勢がいるが、誰も彼も騒ぎに夢中で女とそれに対峙する男に興味など向けない。
「少しだけ昔話に付き合ってくれない?」
気さくに話しかける女の背中、大きな窓の向こうには桜の大木。このテレビ局自慢の桜はいま満開で、桜の花びらがひらひら舞う風景の中で微笑む女はただ美しい。
「いくらでも、よろこんで」
女の桜色の唇がゆっくり動き出した。
今日はもう一話投稿、明日以降は一話ずつ投稿します。




